ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

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第1章:炎上プロジェクトと問題児(エリート)たち

第4話:最初の要件定義、あるいは不敬罪

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村での一件を終えた佐藤健司は、女神のテレパシーによる要領を得ないナビゲーションに従い、ひたすら東へと歩き続けていた。

「ええと、次の分岐を右…あ、ごめんなさい! 今のバージョンだとこの道は廃止されてるんでした! 左です、左!」

頭の中に響く声に、もはや神聖さは微塵もなかった。それは、まるで仕様書を読み間違えた新人プログラマーの言い訳にしか聞こえない。健司は、この世界の未来を本気で憂いつつも、今はただ、このポンコツな上司(?)の指示に従うしかなかった。

道中、彼の目には信じがたい光景が次々と飛び込んできた。空を飛ぶトカゲのような生き物。森の奥に一瞬だけ見えた、尖った耳を持つ狩人。前世ではゲームや映画の中だけの存在だった「ファンタジー」が、彼の目の前で当たり前の日常として繰り広げられる。しかし、その感動に浸る余裕は今の健司にはなかった。彼の頭の中は、これから始まる前代未聞のプロジェクトのことで埋め尽くされていたのだ。

数日後、彼の視線の先に巨大な白い壁が見えてきた。

王都「アーキタイプ」。

近づくにつれて、その圧倒的なスケールが明らかになる。天を突く純白の城壁。色とりどりの旗がはためく優美な尖塔。これまでいた村とは、文明レベルが明らかに違っていた。

壮麗な城門をくぐると、そこは活気に満ちた別世界だった。石畳の道をさまざまな人種の人々が行き交い、市場では威勢のいい声が飛び交っている。何より健司を驚かせたのは、その都市設計の見事さだった。計算し尽くされた区画整理、機能的な水路、そして定期的に巡回する衛兵たち。それは混沌ではなく、優れた統治(マネジメント)が行き届いた、一つの完成された「システム」だった。彼は、その光景に心の安らぎを覚えた。

女神の指示通り、健司は都市の中心にそびえる王城へと向かう。城門を固めるのは、寸分の隙もない銀色の鎧を身につけた屈強な騎士たちだった。その鋭い視線に、健司は思わず身を固くする。

「大丈夫です! あなたの右手に、一時的な“認証キー”を付与しておきましたから!」

女神の言葉に従い、おそるおそる右手を掲げると、手の甲に淡い光で王家の紋章が浮かび上がる。騎士たちは怪訝な顔をしながらも、槍を収めて道を開けた。

城の内部は、静寂と威厳に包まれていた。磨き上げられた大理石の廊下。壁には、この国の歴史を描いたであろう巨大なタペストリーが掛けられている。すれ違う官吏や侍女たちは、質素な旅人姿の健司に、好奇と侮蔑の入り混じった視線を投げかけてくる。まるで、場違いなバグが紛れ込んだかのような居心地の悪さ。

やがて、案内された騎士が巨大な両開きの扉の前で足を止める。扉の向こうには、この世界の、そして彼のプロジェクトの、最重要ステークホルダーがいる。

健司は、ごくりと喉を鳴らし、スーツの襟元を正すような仕草を無意識にした。これから始まるのは、謁見ではない。クライアントとの、最初の打ち合わせだ。彼は、プロジェクトマネージャーとしての表情を作り、静かに扉が開かれるのを待った。

重厚な扉が、ゆっくりと内側へ開かれる。健司の目に飛び込んできたのは、圧倒的な威厳に満ちた空間だった。

天井は、教会のドームのように高く、美しいフレスコ画で埋め尽くされている。壁には英雄たちの武勲を称える巨大なステンドグラスが嵌め込まれ、そこから差し込む光が、床に敷かれた真紅の絨毯に幻想的な模様を描き出していた。

その絨毯の両脇には、寸分の隙もない銀鎧に身を包んだ近衛騎士たちが、石像のように直立不動で並んでいる。そして、その道の遥か先、数段高くなった壇上に巨大な玉座が鎮座していた。玉座に座る人物こそ、このアーキタイプ王国の国王だろう。年は五十代ほどか。立派な髭をたくわえ、金の刺繍が施された豪奢な王衣を身に着けている。その姿はまさしく王の威厳に満ちていたが、目元にはあの女神と同じ、深い疲労の色が刻まれていた。世界の危機は、為政者の心身をもこうして蝕むのだろう。

王の隣には、剃刀のように鋭い目つきをした、痩身の老人が控えている。おそらく宰相だろう。彼は値踏みするように、健司の一挙手一投足を観察していた。

「女神の使者、ケンジ殿が参上いたしました!」

騎士の一人が朗々とそう告げる。謁見の間の全ての視線が、健司一人に突き刺さった。向けられるのは、好奇、侮蔑、そしてわずかな期待。まるで、新規プロジェクトの成否を左右する、重要なプレゼンテーションに臨むようなプレッシャーだ。

(いや、これは、まさにそうじゃないか)

健司は内心で頷いた。クライアントは国王。プロジェクトの成否は世界の存亡。これほど大規模で、責任の重い案件は、前世でも経験したことがない。彼は自然と背筋を伸ばした。

絨毯の上を、定められた位置まで進み出る。騎士団長と思しき、一際立派な甲冑をまとった壮年の男が、厳しい視線で彼を監視していた。

健司は、その場で立ち止まると、日本のビジネスマンとしてその身に染みついた作法に従った。まず、両手を腿の横に揃え、背筋をまっすぐに伸ばす。そして、腰を起点にして、ゆっくりと、深く、美しい角度を描くように、頭を下げた。最敬礼。相手への、最大限の敬意を示す、日本の礼法だ。

謁見の間に、ざわめきが走った。

この国での礼法は、片膝をついてこうべを垂れるのが常識だ。中途半端な角度で腰を折るだけの健司の動きは、彼らの目にはひどく奇妙で、不敬なものに映った。

しかし、健司はそんなことにも気づかず、ゆっくりと頭を上げる。そして、はっきりとした、しかし落ち着いた声で口上を述べた。

「この度、本プロジェクトを担当させていただきます、佐藤健司と申します。皆様、何卒、よろしくお願い申し上げます」

「「「…………」」」

プロジェクト? 担当? よろしくお願い?

謁見の間の沈黙がさらに深くなる。誰も彼の言葉の意味を正確に理解できずにいた。

そして、健司は、最大の過ちを犯す。

挨拶が終われば、次に来るのは名刺交換だ。その長年の習慣に、彼の身体は思考よりも早く反応してしまっていた。彼は、ごく自然な動作で、質素な旅の上着の内側に右手を差し入れた。スーツの内ポケットから名刺入れを取り出す、あの動き。そして、何もない空間に向かって、すっと、名刺を差し出すかのような仕草を、してしまったのだ。

その瞬間。

「無礼者ッ!!」

雷鳴のような怒号と共に、凄まじい殺気が健司に突きつけられた。見ると、あの騎士団長が、腰の長剣を抜き放ち、その切っ先を健司の喉元に突きつけていた。剣身が、冷たい光を放っている。

「国王陛下の御前にて、その不審な挙動は何事か! 貴様、何者だ!」

「ひっ…!」

健司は、生まれて初めて「死」をこれほど間近に感じた。何が起きている? 俺は、何かマナー違反を…?彼のPMとしての思考回路が完全にフリーズする。この状況における最適な「リスク回避」の手段が、彼のデータベースには存在しなかった。

謁見の間が、騒然となる。近衛騎士たちが、一斉に臨戦態勢をとる。その張り詰めた空気を破ったのは、玉座からの静かで、しかし重い声だった。

「…そこまでだ、ヘクトル」

国王が、疲れたように、しかし威厳を込めて騎士団長の名を呼んだ。「しかし、陛下!」「よい。その者は、女神が遣わした者。我々の常識が彼に通じぬこともあるだろう。剣を収めよ」「…御意」ヘクトルと呼ばれた騎士団長は、不満を隠しきれない様子で、しかしゆっくりと剣を鞘に収めた。だが、その視線は依然として健司を射殺さんばかりに睨みつけている。

健司は、震える足でなんとか立ち上がり、改めて国王と向き合った。彼の異世界での、最初のクライアントとの打ち合わせは、開始わずか一分で、命の危機に瀕するという、最悪のスタートを切ったのだった。
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