ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

YY

文字の大きさ
64 / 156
第3章:偽りの繁栄と経済戦争

第64話:最重要インシデント「ミレット村」

しおりを挟む
「―――これは、パーティが、最優先で対応すべき、最重要インシデントです」

ケンジが放った静かだが鋼のように揺るぎない宣言。その言葉が、まるで石を投げ入れたかのように、塔の一室に満ちる重く冷たい沈黙の湖面に、いつまでも波紋を広げていた。

床に膝をつき、嗚咽を漏らしていたシーナの震えが、ぴたりと止まる。彼女は信じられないものを見るようにゆっくりと涙に濡れた顔を上げた。フードは完全に脱げ落ち、月明かりが、彼女のあまりにも無防備で、混乱しきった表情を容赦なく照らし出していた。

その翡翠のように美しい、しかし今はただ絶望の色に染まった瞳が、まっすぐにケンジを捉える。彼女の唇がわずかに震え、かすかに開閉を繰り返した。

(…なんて、言ったんだ…? こいつは…)

シーナの頭は完全な白紙だった。ほんの数秒前まで、彼女は自らのあまりにもみじめで個人的な問題を告白していたのだ。パーティの金を使い込み、仲間を騙していたという、裏切りにも等しい罪を。彼女が覚悟していたのは、ケンジからの罵倒か、軽蔑の眼差し。最悪の場合、このパーティからの追放。それらすべてを受け入れる覚悟はできていたはずだった。

だが、ケンジが与えたのはそのどれでもなかった。

最重要インシデント?
パーティが最優先で対応すべき?

彼女の個人的な失敗と絶望が、なぜこのチーム全体の最も重要な課題になるというのか。シーナにはその意味が全く理解できなかった。これは同情か? あるいは哀れみか?

いや、違う。

目の前で自分を見下ろすケンジの瞳。そのあまりにも冷静で、一切の感情を排した、プロジェクトマネージャーとしての冷徹な光。その瞳には、同情も哀れみも一切浮かんでいなかった。彼はまるで、突発的に発生したシステムの致命的なバグを分析するかのように、ただ純粋な「課題」として、シーナのその絶望を見つめていた。その無機質さが、かえって彼女の心を強く揺さぶった。

「…ボス…?」

シーナの唇からか細く困惑に満ちた声が漏れる。「あんた、今なんて…」

その問いに、ケンジは即答しなかった。彼の隣で息をのんで事の成り行きを見守っていたルリエルとゴードンが、その答えを代弁するかのように動いた。彼らはケンジの常人には到底理解しがたい、しかし絶対的なリーダーとしての決断の意味を、この短い時間の中で既に完全に理解していた。

「…シーナ」
ルリエルが一歩前に進み出る。その顔にはもはやシーナへの同情の色はない。そこにあるのは、共に戦う仲間へと向ける力強い意志の光だった。彼女はケンジの言葉が持つ真の意図を理解していた。これは、シーナを追い詰めるためではなく、彼女を救うための「指示」なのだと。

ゴードンもまた、固く握りしめていた拳をゆっくりと解いていた。彼の心にあったどうしようもない無力感は、ケンジのその一言によって振り払われていた。目の前で仲間が苦しんでいるのに何もできないと嘆いていた自分に、今何をすべきかという明確な道筋が示されたのだ。

だが、シーナだけはまだそのあまりにも唐突な救いの手を信じられずにいた。彼女はただ呆然と、ケンジの真意の読めない静かな瞳を見つめ返すことしかできなかった。彼女の孤独な戦いは、本当に終わるのだろうか。その問いの答えは、まだ風の中にあった。

「…なぜ…?」

シーナの唇からか細く、そしてあまりにも当然の問いが漏れた。彼女は涙に濡れた瞳でケンジの顔をただ見上げる。

「なぜ、あたしの、個人的な、失敗が…。パーティの最重要インシデントになるんだ…?」
彼女は理解できなかった。自分は仲間を騙し金を使い込んだ裏切り者だ。その個人的な救いようのない問題を、なぜこの男はチーム全体の最優先課題だと断言するのか。それはあまりにも理不尽で、そしてあまりにも優しすぎる宣告だった。

ケンジはそんな彼女の切実な問いに、静かに、そしてプロジェクトマネージャーとして完璧な論理をもって答え始めた。

彼は立ち上がると、先ほどヒナたちの課題を書き出した羊皮紙を再びテーブルの上に広げた。その一番上に、流れるような筆致で一つの言葉を書き記す。

【チームの財産】

「シーナさん」
ケンジの声はどこまでも冷静だった。「まず、僕たちのチームを、一つの巨大な機械だと思ってください。そこにいる一人一人は、かけがえのない歯車です」

シーナは、ケンジの唐突な比喩に戸惑いながらも、静かに耳を傾けた。

「あなたの卓越した隠密行動能力と情報収集能力。ルリエルの圧倒的な魔術の才能。ゴードンの何者にも打ち破られない守護の力。そしてそれらすべてを管理し、最も効率よく動かす僕のマネジメント能力。これら四つの歯車が完璧に噛み合ってこそ、僕たちの『魔王討伐』という機械は、初めて動き出すことができる」

彼はそこで一度言葉を切った。シーナは、自分がただの「資源」ではなく「歯車」だという表現に、わずかな安堵を覚えた。しかし、その安堵はすぐに吹き飛ぶ。

「ですが、今、その最も重要な歯車の一つであるあなた、シーナさんが、正常に機能していない」

そのあまりにも直接的で、一切の容赦のない指摘。シーナの肩がびくりと震えた。それは彼女が最も恐れていた真実の指摘だった。ケンジは彼女の心の傷を躊躇なく暴き出す。

「これはあなたを責めているのではありません。ただの事実分析です」
ケンジの声は変わらない。
「あなたは故郷の問題を一人で抱え込み、精神的に極度の負荷がかかっている。それはあなたの能力を著しく低下させている。その証拠に、あなたはチームの規律を破り、独断で資金を流用した。これはあなたのプロとしての判断力が、もはやまともに働いていないことを示している」

それはあまりにも冷徹で、反論のしようもない正論だった。シーナはぐっと唇を噛み締める。自分の行動のすべてが、まるで業務報告書のように分析されている。

「そして、そのあなたの性能を低下させている根本原因は何か?」
ケンジは自問し、そして自答する。
「それはあなたの故郷を襲っている、『原因不明の熱病』です。あなたが先ほど説明してくれたその症状。『バグった魔法陣のような赤い痣』。それは、僕たちがこれまで遭遇してきた世界の『不具合(バグ)』と、完全に一致する」

ケンジの瞳が鋭い光を宿す。彼は一度、ヒナの籠が置かれた部屋の隅に視線を向けた。

「ワイバーンのヒナに発現した『魔王プロセス同期候補』という赤い警告。そして、あなたの故郷を蝕む『赤い痣』。これら全ては、一つの巨大な不具合が引き起こしている事象です」

彼はそこで結論を告げた。それはこの場にいる誰もが予想だにしなかった衝撃的な分析結果だった。シーナの個人的な悲劇は、すでに世界の危機と繋がっていたのだと。

シーナの目に、驚きと、かすかな希望が宿る。彼女の故郷は、ただの悲劇ではなく、世界の病の兆候だった。

「世界の不具合という根本原因が、僕たちのチームという『機械』の歯車を、今、一つずつ侵食している。シーナさん、あなたの問題はもはやあなた個人の問題ではない。それは世界のシステムが、僕たちの最も脆弱な部分を攻撃してきているという、明確なサインなのです」

ケンジは静かに、しかし有無を言わせぬ力強さで断言した。

「これは放置すれば、チーム全体の崩壊に繋がりかねない最大のリスクです。故に、このリスクを排除すること。すなわち、あなたの故郷を救うことは。今、僕たちが取り組むべき、最も優先順位の高い『任務(タスク)』なのです」

それは、同情でも哀れみでも、断じてなかった。
ただ、チームを成功させるためだけの、あまりにも合理的で、そして冷徹な経営判断。
だが、その人間味のないロジックこそが、今、シーナの凍てついた心を救う、唯一の言葉だった。

彼女の故郷は、ついに、このチームの正式な「仕事」になったのだ。
一人で抱えきれないほどの重荷だったものが、仲間と共に立ち向かうべき、共通の「任務」へと姿を変えた。
シーナの瞳から、それまで絶望の色だった涙が、静かに、しかし、温かい光を宿した輝きへと変わっていく。
彼女は、再び、このパーティの「仲間」として、立ち上がる力を取り戻し始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

無能烙印押された貧乏準男爵家三男は、『握手スキル』で成り上がる!~外れスキル?握手スキルこそ、最強のスキルなんです!

飼猫タマ
ファンタジー
貧乏準男爵家の三男トト・カスタネット(妾の子)は、13歳の誕生日に貴族では有り得ない『握手』スキルという、握手すると人の名前が解るだけの、全く使えないスキルを女神様から授かる。 貴族は、攻撃的なスキルを授かるものという頭が固い厳格な父親からは、それ以来、実の息子とは扱われず、自分の本当の母親ではない本妻からは、嫌がらせの井戸掘りばかりさせられる毎日。 だが、しかし、『握手』スキルには、有り得ない秘密があったのだ。 なんと、ただ、人と握手するだけで、付随スキルが無限にゲットできちゃう。 その付随スキルにより、今までトト・カスタネットの事を、無能と見下してた奴らを無意識下にザマーしまくる痛快物語。

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

処理中です...