ポンコツ女神が受注した『プロジェクト:魔王討伐』は炎上確定!? プロジェクトマネージャーの俺がデスマーチ現場を立て直して絶対FIREしてやる

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第3章:偽りの繁栄と経済戦争

第82話:交渉決裂

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アルタイル商会。その巨大で邪悪な正体を知ってから一夜が明けた。一行が拠点とする安宿の一室には夜明けの冷気を上回る張り詰めた空気が漂う。ルリエルだけが、その重圧に身を縮こませていた。

テーブルに広げられたフラックスの詳細な地図。その中心にケンジは赤いインクで印をつけた。アルタイル商会の本部ビル。狂乱の都市の心臓であり全ての元凶である古代アーティファクトが眠る魔窟だ。

「…突入するしかあるまい」

最初に沈黙を破ったのはシーナだった。二本の短剣を手入れしながら低い声で言う。「本拠地に乗り込みそのアーティファクトとかいうふざけたお宝をぶっ壊す。話はそれからだ」

「うむ。それが最も早い」
ゴードンもまた巨大な戦斧を傍らに置き重々しく頷いた。

「ああ。悪の根源を断つ。それこそが我ら勇者の務めだ」
ガイもまた琥珀色の瞳に聖なる怒りの炎を宿して同意する。

彼らの意見は一致していた。もはや躊躇う必要はない。ただ力をもってこの邪悪な商会を打ち破るのみ。

だがケンジだけは違った。仲間たちのあまりに真っ直ぐな正義感に彼は静かに首を横に振る。宿の窓から差し込む光が彼らの間にできた溝を際立たせていた。

「…いえ。それは最終手段です」

その冷静な言葉に仲間たちの視線が一斉に彼へと集中した。ルリエルが彼らの間に漂う不穏な空気に息を詰めて見守っている。

「ボス何を悠長なことを!」
苛立ちを隠せない様子のシーナが声を荒げる。「ミレット村の連中にはもう時間がないんだぞ!」

「分かっています」
ケンジは静かに答える。「だからこそです。我々が今最も避けなければならないリスクは何か。それはアルタイル商会との全面対決によってこのフラックス市そのものを戦場にしてしまうことです」

彼は地図を指し示した。「この街には何万人もの市民が暮らしています。彼らは何も知らない。自分たちの繁栄が何によって成り立っているのかさえも。もし我々がここで戦闘を開始すれば必ず彼らを巻き込むことになる。それは僕が引き受けたプロジェクトとして決して容認できない最悪の事態です」

その揺るぎない正論に仲間たちはぐっと言葉を詰まらせた。

「ではどうすると言うのだ」
ガイが問う。

ケンジは静かに答えた。それは彼が前世で幾度となく行ってきたあらゆるプロジェクトの始まりの儀式。

「―――交渉します」

彼はそう断言した。「アルタイル商会のリーダーレプスと直接会いアーティファクトの即時稼働停止を要求します。それが現時点で最もリスクが低く最も効果的な解決策です」

無謀で理想論に聞こえる提案。だがケンジの瞳に微塵の迷いもなかった。彼は本気だった。あの悪魔のような商人ギルドと言葉だけで渡り合おうとしているのだ。

数時間後ケンジは言葉通りアルタイル商会の本部ビルの前に立っていた。両脇をゴードンとシーナが固める。ルリエルとガイは後方支援として宿で待機していた。

目の前にそびえ立つ建物はまるでこの街の偽りの繁栄を象徴するかのように白くどこまでも高く天へと届きそうだった。

彼らが名乗ると商会の受付は少しも驚いた様子を見せない。まるで彼らが来ることを完全に予期していたかのように。彼らは静かに最上階へと案内された。

通されたのはリーダーであるレプスの執務室。下の階の喧騒が嘘のように静まり返っていた。床には真紅の絨毯が敷き詰められ壁には高価な絵画が飾られている。そして部屋の一番奥。街全体を見下ろす巨大な窓を背にして一人の男が豪奢な椅子に深く腰掛け優雅に茶をすすっていた。

その男こそこの狂乱の都市の王。アルタイル商会リーダーレプス。

彼はケンジたちの姿を認めるとその唇に全てを見透かしたような薄い笑みを浮かべた。「…ようこそ。お待ちしておりましたよ。プロジェクトマネージャー殿」

レプスの穏やかな声が豪華な執務室の静寂に響き渡る。ゴードンは部屋の入り口で鋼鉄の門番のように立ちはだかりシーナは壁際の影に音もなく身を溶け込ませる。剥き出しの警戒と敵意をレプスは心地よいそよ風でも浴びるかのように受け止めていた。

ケンジはレプスが勧めるままに目の前の椅子へと深く腰掛けた。目の前に置かれた最高級の茶器には一瞥もくれずただ静かに本題を切り出す。

「僕はヒーローとしてここへ来たのではありません。レプス殿」

ケンジの声はどこまでも平坦だった。「僕はただ一つのプロジェクトの責任者としてあなたと交渉するために来ました」

レプスは面白そうに眉を上げた。「ほう。交渉かね?…随分と珍しい訪問者だ。勇者ごっこは楽しいかね」

シーナが震える声で叫んだ。「ふざけるな!」

レプスは構わず優雅に茶を一口すすった。「貴殿が提示したのは現状のリスクと被害。そしてその原因。だがそれはすでに私が把握している情報に過ぎない。商談とは提示された情報に対し互いの利益を最大化する道を探すものだ。貴殿はその肝心な『交渉材料』をまだ何も見せていない」

「交渉はもう始まっている」
ゴードンが重々しく口を挟んだ。

「退屈な時間だ」
レプスは面白そうに笑う。「貴殿が何者であろうとこの交渉はすでにこちらが優位にある。まさかその青臭い正義感を振りかざし私を説得できるとでも?」

ケンジはそこで初めてレプスから視線を外した。一瞬の沈黙が部屋を満たす。彼は目の前の茶器をじっと見つめ静かにしかし冷ややかに告げた。

「……僕があなたの望む『交渉材料』を提示しないのは必要がないからです」

その言葉にレプスの笑みがわずかに硬直する。ケンジはゆっくりと顔を上げ再びレプスの瞳を射抜いた。

「僕はただ一つの事実を告げに来た。それはあなたのプロジェクトが既に僕の『管理下』にあるという事実です」

レプスの眉がピクリと動いた。完璧な均衡を保っていた彼の表情に初めて動揺がよぎる。その隙を見逃さずケンジは続けた。

「あなたはまだ僕たちが何者であるかを正確には理解していない。あなたは僕たちを単なる『勇者』と見なしている。…違いますか?」

レプスは答えない。ただ冷たい目でケンジを見返している。

「一人の人間として、そしてこの世界の理を維持する者として、僕はあなたのその暴挙を見過ごすことはできません」

ケンジの揺るぎない言葉が静寂に満ちた執務室に響き渡る。ゴードンの身体から凄まじい威圧感が放たれシーナの気配が研ぎ澄まされた殺意へと変わる。

だがその中心にいるレプスは、一瞬だけ、その完璧な笑みを崩した。彼はまるで目の前の駒が予想外の動きをしたかのようにわずかに目を見開く。

「……なるほど。これが貴殿の言う『最終手段』というわけか」
彼は静かにしかし明確な敵意を込めて言った。

そこでレプスは手に持っていた茶器を音もなくテーブルに置いた。澄んだ磁器の音が、不気味なほどに静かな部屋に響く。彼はゆっくりと立ち上がり、窓の外、眼下の街を見下ろした。その表情には、もはや退屈の色はなかった。

「面白い。だがその愚かな『交渉』受け入れる義理などどこにもない。貴殿らはすでに最も価値のあるものを失ったのだからな」
レプスは不敵な笑みを深くする。
「…交渉は決裂だ。そしてゲームは我々の勝利で終わった」
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