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第4章:過去の呪縛、絆の証明
第107話:正しさだけじゃ、人の心は救えない
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「この計画通りに進めれば、あなたの課題は必ず解決できます。僕が保証します」
完璧で揺るぎない自信に満ちたケンジの言葉が、共有ルームの静寂に響き渡った。プロジェクトマネージャーとしての経験則が告げていた。これは最善のアプローチだと。問題を可視化し、具体的な目標を設定し、達成可能な道筋を示す。それこそが、部下のモチベーションを引き出し、成長を促す唯一の方法論なのだと。
だが、彼がその完璧な正論のナイフで切り開こうとしていたのは、システムのバグではなかった。それは、一人の少女の、あまりにも繊細で深く傷ついた心だった。
ルリエルの顔から、急速に血の気が引いていく。彼女の翡翠の瞳は、ケンジが差し出した「能力開発プラン」と、彼の自信に満ちた顔を交互に往復した。その瞳に宿っていたのは、感謝でも決意でもない。ただ深い絶望と、裏切られたかのような哀しみの色だった。
彼女は震える唇で、か細い声を絞り出す。もはや反論などという力強いものではない。ただのか弱く痛切な問いだった。
「…私に…」
「…私に、また、失敗しろと、言うのですか…?」
その言葉の意味を、ケンジは一瞬理解できなかった。失敗?何を言っているんだ。これは成功するための計画書だ。
だが、ルリエルの瞳には、ケンジの善意は届いていなかった。彼女の目に映っているのは、KPI98%という無慈悲な数字。直径1センチの的という具体的な目標。そして、そのすべてをクリアしなければならないという重いプレッシャー。それは彼女にとって、希望のロードマップなどでは断じてなかった。あの卒業試験の悪夢の再現。自らの弱さと欠陥を再び白日の下に晒すための公開処刑の宣告書だった。
「…できませんわ…」
彼女は力なく首を横に振った。
「…私には、無理です…。また、きっと、失敗する…。そして、あなたのその完璧な計画を台無しにしてしまう…。あなたの期待を裏切ってしまう…」
彼女はゆっくりと椅子から立ち上がると、ケンジの顔を見ることなく、うつむいたまま背を向けた。「…少し、一人に、してくださいまし…」そのか細い声だけを残して、彼女はまるで逃げ出すかのように自らの部屋へと戻っていった。
バタン、と閉ざされた扉の音。それが、ケンジの完璧だったはずのアプローチが完全に失敗したことを無慈悲に告げていた。
シーナの助言
その夜。共有ルームの空気は、管理局を後にしたあの日以上に重く冷たく沈んでいた。ケンジは一人、テーブルの上で自らが作り上げた「能力開発プラン」を呆然と見つめる。
(なぜだ…?)
彼の頭の中では、その問いだけが何度も反響している。(僕のやり方は間違っていたのか…?これ以上に論理的で効果的な解決策があるというのか…?)プロジェクトマネージャーとして彼が信じてきたすべての方法論が、今、その意味を失いかけていた。
その彼の背後に、一つの影が近づく。シーナだった。彼女は音もなくケンジの隣の椅子に腰掛けると、テーブルの上の計画書を一瞥した。そして、呆れたような、しかしどこか優しい声で言った。
「あんたさあ。本当に馬鹿なのか、それともただの朴念仁なのか、どっちなんだい?」
その直接的な言葉に、ケンジはハッと顔を上げた。
「どういう意味ですか…?」
シーナはやれやれと肩をすくめた。「あんたのやり方は正しいよ。理屈の上ではな。あたしみたいな頭の悪い奴でも分かる。その計画書通りにやれば、あいつの苦手な魔法もきっと上手くなるんだろうさ」
彼女はそこで一度言葉を切ると、ケンジの瞳をまっすぐに見つめた。
「だが、今のあの子に必要なのは、そんなお勉強じゃねえんだよ」
彼女の声には、裏社会を生き抜いてきた者だけが持つ、人の心の機微を見抜く鋭さがあった。
「あんたは、あの子の『スキル』の問題点を解決しようとした。だが、あの子が本当に苦しんでいるのは、技術的な問題じゃない。あの子の『心』が壊れちまってるんだ」
シーナは続ける。「あの子は、ずっと一人で戦ってきたんだよ。『天才』っていう重い鎧を着込んでな。その鎧がボロボロになって、初めてあんたに助けを求めた。それなのにあんたはどうだ?その傷だらけの心に絆創膏を貼ってやるどころか、『その鎧は欠陥品だから、新しいのに着替えろ』って言ったようなもんだぜ?」
あまりにも的確で痛烈な比喩に、ケンジは言葉を失った。
「あんたのやり方は正しい。だが、正しさだけじゃ、人の心は救えねえんだよ、ボス」
シーナは静かに、そして諭すように言った。それは彼女がこのパーティに加わってから初めて見せた、仲間を想う姉のような優しさだった。
「今のあの子に必要なのは、KPIじゃない。ただ、そのボロボロになった心の話を、黙って聞いてくれる友達だよ」
その言葉が、ケンジのプロジェクトマネージャーとしての分厚い仮面を完全に打ち砕いた。彼は自らのあまりにも致命的な過ちに、ようやく気づいたのだ。
自分はルリエルの心を救おうとしたのではない。ただ、プロジェクトの遅延という「リスク」を排除しようとしていただけだったのだ。彼女を一人の人間としてではなく、ただの「リソース」としてしか見ていなかった。その事実に戦慄し、深い自己嫌悪に襲われる。自分は前世の、あの倫理観の欠如した上司たちと、一体何が違うというのか。
テーブルの上に広げられた、完璧なフォーマットの「能力開発プラン」。それが今や、自らの過ちの動かぬ証拠のように目に映っていた。彼はその羊皮紙をくしゃりと握り潰してしまいたい衝動に駆られた。だが、それもできない。これは自分が犯した過ちの記録なのだから。
(俺は、マネージャー失格だ…)
新たな絶望
ケンジがその重い自己評価に打ちひしがれていた、まさにその瞬間だった。
バタンッ!
共有ルームの扉が、凄まじい勢いで外側から開け放たれた。そこに立っていたのはゴードンだった。彼の鋼鉄の巨体は荒い息遣いで大きく上下し、兜の奥の瞳には、これまでに見たこともないほどの切迫した焦りの色が浮かんでいた。
「ケンジ殿ッ!」
そのただならぬ様子に、部屋の空気が一瞬にして張り詰める。
「どうしました、ゴードンさん!?」
ケンジは内省を中断し、即座にリーダーの顔へと切り替わった。
ゴードンは息を整えるのももどかしく、早口で報告を開始した。「ガイ殿と共に、管理局の外部資料庫に忍び込み、マナ・レギュレーターの設計図の一部を手に入れてきた!」
「なんと…!」
「だが、問題はそこからだ…!」
ゴードンの声が絶望の色を帯びる。「その設計図を俺のドワーフとしての知識で解析した結果…。とんでもない事実が判明した…」
彼はそこで一度言葉を切った。そして部屋の隅で息を殺すようにその会話を聞いていたルリエルに視線を向けた。その視線には深い哀れみと、あまりにも残酷な真実を告げなければならない苦悩が滲んでいた。
ゴードンは絞り出すように、その絶望的な報告を続けた。
「マナ・レギュレーターは、古代の超精密魔法機械だ。その中枢部は物理的な衝撃にはびくともしない特殊な合金で守られている。だが、内部の制御システムは極めて繊細で脆弱だ」
彼はごくりと喉を鳴らした。
「そのシステムを正常化…、つまり修復するためには、外部から直接魔力を送り込む必要がある。だが、その方法は並大抵のものではない…」
ゴードンの声が震える。
「―――ゴブリンの心臓を針で狙うよりも繊細な、極小の魔力注入が不可欠なのだ」
あまりにも具体的で絶望的な比喩が、共有ルームの静寂に重く響き渡った。
針の穴に糸を通すなどというレベルではない。動いている魔物の、体内の小さな臓器を正確に射抜く。それよりもさらに繊細な魔力制御。それはもはや神の領域に等しい神業だった。
そのゴードンの報告を聞いていたルリエルの顔から、急速に血の気が引いていくのが分かった。彼女の翡翠の瞳が恐怖に見開かれる。その脳裏に、あの卒業試験の悪夢が鮮明にフラッシュバックしていた。直径1ミリの魔力の糸。ぷつりと切れた、あの絶望的な感触。試験官の冷たい視線。そしてシルヴィアの嘲笑が。
(…できない…)
彼女の心が悲鳴を上げる。(私には無理だ…。また失敗する…。私の、この欠陥品の魔法では、絶対に…!)
ケンジもまた、その報告に戦慄していた。そして、彼は気づいてしまったのだ。
自分が先ほど作り上げた、あの「能力開発プラン」。そこに記されていた最終目標『実戦シミュレーション』。そのあまりにも過酷な最終試験が、今この瞬間に現実のものとなって、ルリエルの目の前に突きつけられてしまったという、あまりにも皮肉で残酷な事実に。
彼は自らの善意が、彼女を励ますどころか、そのトラウマを真正面から抉り、絶望の淵へと突き落としてしまったのだと悟った。ルリエルは恐怖に顔を青ざめさせ、ただか細く震えている。ケンジは、そんな彼女にかけるべき言葉を何一つ見つけ出すことができずにいた。
プロジェクトは再び、完全な暗礁に乗り上げた。これまでにないほど深く、冷たい絶望の海の中へと。
完璧で揺るぎない自信に満ちたケンジの言葉が、共有ルームの静寂に響き渡った。プロジェクトマネージャーとしての経験則が告げていた。これは最善のアプローチだと。問題を可視化し、具体的な目標を設定し、達成可能な道筋を示す。それこそが、部下のモチベーションを引き出し、成長を促す唯一の方法論なのだと。
だが、彼がその完璧な正論のナイフで切り開こうとしていたのは、システムのバグではなかった。それは、一人の少女の、あまりにも繊細で深く傷ついた心だった。
ルリエルの顔から、急速に血の気が引いていく。彼女の翡翠の瞳は、ケンジが差し出した「能力開発プラン」と、彼の自信に満ちた顔を交互に往復した。その瞳に宿っていたのは、感謝でも決意でもない。ただ深い絶望と、裏切られたかのような哀しみの色だった。
彼女は震える唇で、か細い声を絞り出す。もはや反論などという力強いものではない。ただのか弱く痛切な問いだった。
「…私に…」
「…私に、また、失敗しろと、言うのですか…?」
その言葉の意味を、ケンジは一瞬理解できなかった。失敗?何を言っているんだ。これは成功するための計画書だ。
だが、ルリエルの瞳には、ケンジの善意は届いていなかった。彼女の目に映っているのは、KPI98%という無慈悲な数字。直径1センチの的という具体的な目標。そして、そのすべてをクリアしなければならないという重いプレッシャー。それは彼女にとって、希望のロードマップなどでは断じてなかった。あの卒業試験の悪夢の再現。自らの弱さと欠陥を再び白日の下に晒すための公開処刑の宣告書だった。
「…できませんわ…」
彼女は力なく首を横に振った。
「…私には、無理です…。また、きっと、失敗する…。そして、あなたのその完璧な計画を台無しにしてしまう…。あなたの期待を裏切ってしまう…」
彼女はゆっくりと椅子から立ち上がると、ケンジの顔を見ることなく、うつむいたまま背を向けた。「…少し、一人に、してくださいまし…」そのか細い声だけを残して、彼女はまるで逃げ出すかのように自らの部屋へと戻っていった。
バタン、と閉ざされた扉の音。それが、ケンジの完璧だったはずのアプローチが完全に失敗したことを無慈悲に告げていた。
シーナの助言
その夜。共有ルームの空気は、管理局を後にしたあの日以上に重く冷たく沈んでいた。ケンジは一人、テーブルの上で自らが作り上げた「能力開発プラン」を呆然と見つめる。
(なぜだ…?)
彼の頭の中では、その問いだけが何度も反響している。(僕のやり方は間違っていたのか…?これ以上に論理的で効果的な解決策があるというのか…?)プロジェクトマネージャーとして彼が信じてきたすべての方法論が、今、その意味を失いかけていた。
その彼の背後に、一つの影が近づく。シーナだった。彼女は音もなくケンジの隣の椅子に腰掛けると、テーブルの上の計画書を一瞥した。そして、呆れたような、しかしどこか優しい声で言った。
「あんたさあ。本当に馬鹿なのか、それともただの朴念仁なのか、どっちなんだい?」
その直接的な言葉に、ケンジはハッと顔を上げた。
「どういう意味ですか…?」
シーナはやれやれと肩をすくめた。「あんたのやり方は正しいよ。理屈の上ではな。あたしみたいな頭の悪い奴でも分かる。その計画書通りにやれば、あいつの苦手な魔法もきっと上手くなるんだろうさ」
彼女はそこで一度言葉を切ると、ケンジの瞳をまっすぐに見つめた。
「だが、今のあの子に必要なのは、そんなお勉強じゃねえんだよ」
彼女の声には、裏社会を生き抜いてきた者だけが持つ、人の心の機微を見抜く鋭さがあった。
「あんたは、あの子の『スキル』の問題点を解決しようとした。だが、あの子が本当に苦しんでいるのは、技術的な問題じゃない。あの子の『心』が壊れちまってるんだ」
シーナは続ける。「あの子は、ずっと一人で戦ってきたんだよ。『天才』っていう重い鎧を着込んでな。その鎧がボロボロになって、初めてあんたに助けを求めた。それなのにあんたはどうだ?その傷だらけの心に絆創膏を貼ってやるどころか、『その鎧は欠陥品だから、新しいのに着替えろ』って言ったようなもんだぜ?」
あまりにも的確で痛烈な比喩に、ケンジは言葉を失った。
「あんたのやり方は正しい。だが、正しさだけじゃ、人の心は救えねえんだよ、ボス」
シーナは静かに、そして諭すように言った。それは彼女がこのパーティに加わってから初めて見せた、仲間を想う姉のような優しさだった。
「今のあの子に必要なのは、KPIじゃない。ただ、そのボロボロになった心の話を、黙って聞いてくれる友達だよ」
その言葉が、ケンジのプロジェクトマネージャーとしての分厚い仮面を完全に打ち砕いた。彼は自らのあまりにも致命的な過ちに、ようやく気づいたのだ。
自分はルリエルの心を救おうとしたのではない。ただ、プロジェクトの遅延という「リスク」を排除しようとしていただけだったのだ。彼女を一人の人間としてではなく、ただの「リソース」としてしか見ていなかった。その事実に戦慄し、深い自己嫌悪に襲われる。自分は前世の、あの倫理観の欠如した上司たちと、一体何が違うというのか。
テーブルの上に広げられた、完璧なフォーマットの「能力開発プラン」。それが今や、自らの過ちの動かぬ証拠のように目に映っていた。彼はその羊皮紙をくしゃりと握り潰してしまいたい衝動に駆られた。だが、それもできない。これは自分が犯した過ちの記録なのだから。
(俺は、マネージャー失格だ…)
新たな絶望
ケンジがその重い自己評価に打ちひしがれていた、まさにその瞬間だった。
バタンッ!
共有ルームの扉が、凄まじい勢いで外側から開け放たれた。そこに立っていたのはゴードンだった。彼の鋼鉄の巨体は荒い息遣いで大きく上下し、兜の奥の瞳には、これまでに見たこともないほどの切迫した焦りの色が浮かんでいた。
「ケンジ殿ッ!」
そのただならぬ様子に、部屋の空気が一瞬にして張り詰める。
「どうしました、ゴードンさん!?」
ケンジは内省を中断し、即座にリーダーの顔へと切り替わった。
ゴードンは息を整えるのももどかしく、早口で報告を開始した。「ガイ殿と共に、管理局の外部資料庫に忍び込み、マナ・レギュレーターの設計図の一部を手に入れてきた!」
「なんと…!」
「だが、問題はそこからだ…!」
ゴードンの声が絶望の色を帯びる。「その設計図を俺のドワーフとしての知識で解析した結果…。とんでもない事実が判明した…」
彼はそこで一度言葉を切った。そして部屋の隅で息を殺すようにその会話を聞いていたルリエルに視線を向けた。その視線には深い哀れみと、あまりにも残酷な真実を告げなければならない苦悩が滲んでいた。
ゴードンは絞り出すように、その絶望的な報告を続けた。
「マナ・レギュレーターは、古代の超精密魔法機械だ。その中枢部は物理的な衝撃にはびくともしない特殊な合金で守られている。だが、内部の制御システムは極めて繊細で脆弱だ」
彼はごくりと喉を鳴らした。
「そのシステムを正常化…、つまり修復するためには、外部から直接魔力を送り込む必要がある。だが、その方法は並大抵のものではない…」
ゴードンの声が震える。
「―――ゴブリンの心臓を針で狙うよりも繊細な、極小の魔力注入が不可欠なのだ」
あまりにも具体的で絶望的な比喩が、共有ルームの静寂に重く響き渡った。
針の穴に糸を通すなどというレベルではない。動いている魔物の、体内の小さな臓器を正確に射抜く。それよりもさらに繊細な魔力制御。それはもはや神の領域に等しい神業だった。
そのゴードンの報告を聞いていたルリエルの顔から、急速に血の気が引いていくのが分かった。彼女の翡翠の瞳が恐怖に見開かれる。その脳裏に、あの卒業試験の悪夢が鮮明にフラッシュバックしていた。直径1ミリの魔力の糸。ぷつりと切れた、あの絶望的な感触。試験官の冷たい視線。そしてシルヴィアの嘲笑が。
(…できない…)
彼女の心が悲鳴を上げる。(私には無理だ…。また失敗する…。私の、この欠陥品の魔法では、絶対に…!)
ケンジもまた、その報告に戦慄していた。そして、彼は気づいてしまったのだ。
自分が先ほど作り上げた、あの「能力開発プラン」。そこに記されていた最終目標『実戦シミュレーション』。そのあまりにも過酷な最終試験が、今この瞬間に現実のものとなって、ルリエルの目の前に突きつけられてしまったという、あまりにも皮肉で残酷な事実に。
彼は自らの善意が、彼女を励ますどころか、そのトラウマを真正面から抉り、絶望の淵へと突き落としてしまったのだと悟った。ルリエルは恐怖に顔を青ざめさせ、ただか細く震えている。ケンジは、そんな彼女にかけるべき言葉を何一つ見つけ出すことができずにいた。
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