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第40話:決戦の終わりと新たな問題
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リリアーナの、あの常軌を逸した無茶苦茶な陽動のおかげで生まれた、ほんの一瞬の隙。俺はそれを逃さなかった。閃光のように敵幹部の懐へと踏み込み、人質にされていた部下を救出。そして、体勢を立て直した部下と共に、見事、幹部を撃破した。奴は、最後まで信じられないという顔で、俺と、そして俺の背後で誇らしげに微笑むリリアーナを見ていた。その目には、俺たち精鋭騎士団に敗れたという屈辱よりも、「なぜこんな訳の分からない連中に…」という純粋な困惑の色が浮かんでいた。奴の理解を超えた混沌が、奴の野望を打ち砕いたのだ。
これにより、王都に潜伏していた結社の主要戦力は壊滅。長かった結社の掃討任務は、ようやく完了した。後には、甘ったるい薔薇の香りと、未だに宙を舞う粘着性のキラキラした粒子、そして俺の部下が開発した解毒薬でようやく目を覚まし、状況が理解できずに呆然とする敵兵たちの呻き声だけが響く、奇妙な静寂だけが残された。
だが俺の戦いは、まだ終わっていなかった。後処理という、地味で、しかし重要な任務が残っている。捕虜の移送、負傷者の治療、そして今回の戦闘における各部隊の損害報告。血と埃にまみれた報告書が、これから何日も俺を待っている。そして何より、それら全てを霞ませるほどの、最大の問題が残っている。全ての元凶であり、全ての奇跡の源泉でもある、リリアーナ・フォン・エルドラドだ。
これ以上、彼女の善意の暴走に振り回されるのは御免だ。俺は戦いが終わり、負傷者の手当てや捕虜の拘束に追われる騎士たちを横目に、彼女に最後通牒を突きつけるべく、まっすぐその前に立った。俺の鎧は血と埃で汚れ、何か甘ったるい匂いまで染みついている。数日間の不眠不休で蓄積された疲労は、とっくに限界に達していた。だが、この言葉だけは、今、この場で言っておかねばならない。俺の、かろうじて残った平穏な未来のために。この悪夢の連鎖を、俺自身の手で断ち切らねばならない。
俺は、これまでの全ての迷惑と、これから訪れるであろう、俺のかすかな平穏への切実な祈りを込めて、最大限に厳しく、そして心の底から冷たく言い放った。それは、俺の魂からの拒絶の叫びだった。
「いいか、よく聞け。二度と勝手な行動はするな」
これ以上ない、完璧な拒絶の言葉のはずだった。これできっぱりと、あの女の妄想も断ち切れるだろう。ようやくこの長い悪夢も終わる。俺は、そう確信していた。だが彼女はなぜか、俺の言葉を聞くと、恍惚とした表情で頬を染め、その大きな瞳にみるみるうちに感動の涙を溜め始めたのだ。そして、「はい…!」と、力強く、何度も頷いた。その顔には、拒絶された絶望など微塵もない。むしろ、長年の祈りが天に通じたかのような、至上の幸福が浮かんでいた。まるで、最高の愛の告白でも受けたかのように。その瞳は、俺の言葉の裏に、俺自身すら知らない、何百もの甘い意味を見出しているようだった。
…まさか、これを求婚されたとでも、勘違いしているのか?いや、この女ならあり得る。俺の拒絶の言葉が、彼女の脳内では「もう俺から離れるな」という情熱的な束縛の言葉に変換されているに違いない。俺の精神が、ついに限界を迎え、膝から崩れ落ちそうになっていた、その時だった。
後日の報告会議は、王城の最も重苦しい一室で行われた。俺の報告を聞く上層部の面々の顔は、一様に険しい。
「…以上が、今回の掃討作戦の顛末です」
俺が締めくくると、長い沈黙が落ちた。やがて、司令官が重々しく口を開いた。
「うむ。ゼノン、貴官の働き、見事であった。だが…」
司令官は、机に置かれたもう一つの報告書…リリアーナ嬢に関する調書を、指でなぞった。
「リリアーナ嬢の、あの規格外の力は無視できん。結社を壊滅に追い込んだ一因は、間違いなく彼女の存在だ。報告によれば、一個師団に匹敵する魔導兵器を個人で運用し、騎士団最強の貴官すら救ってみせた、と。危険ではあるが、有用な駒でもある。よって、今後、彼女を正式に騎士団の『特別護衛対象』とする」
その言葉は、まるで強力な兵器の管理方法を定めるかのように、淡々と、そして有無を言わさぬ響きで告げられた。俺はそれを聞き、一瞬、安堵に天を仰いだ。「これで少しは、静かになるか…?」。国家公認の監視下に置かれれば、いくら公爵令嬢といえど、彼女の自由な行動も制限されるだろう、と。ようやく、あの歩く災害から解放されるのだ、と。
だが、俺はすぐに、その考えが致命的に甘かったことを悟る。司令官は、俺をまっすぐに見据え、まるでとどめを刺すかのように、続けたのだ。
「公式な護衛対象…つまり、彼女の行動の全責任は、護衛する騎士団が負うということだ。そして、その『扱いに最も慣れた』指揮官として、ゼノン、貴官がその任に就く。これは決定事項だ。異論は認めん」
彼女が、ますます俺の近くに来るための、国家公認の口実ができてしまった。俺は、彼女という意思を持つ戦略級の爆弾の、公式な処理係に任命されたのだ。
戦いは終わった。だが、俺の本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。
これにより、王都に潜伏していた結社の主要戦力は壊滅。長かった結社の掃討任務は、ようやく完了した。後には、甘ったるい薔薇の香りと、未だに宙を舞う粘着性のキラキラした粒子、そして俺の部下が開発した解毒薬でようやく目を覚まし、状況が理解できずに呆然とする敵兵たちの呻き声だけが響く、奇妙な静寂だけが残された。
だが俺の戦いは、まだ終わっていなかった。後処理という、地味で、しかし重要な任務が残っている。捕虜の移送、負傷者の治療、そして今回の戦闘における各部隊の損害報告。血と埃にまみれた報告書が、これから何日も俺を待っている。そして何より、それら全てを霞ませるほどの、最大の問題が残っている。全ての元凶であり、全ての奇跡の源泉でもある、リリアーナ・フォン・エルドラドだ。
これ以上、彼女の善意の暴走に振り回されるのは御免だ。俺は戦いが終わり、負傷者の手当てや捕虜の拘束に追われる騎士たちを横目に、彼女に最後通牒を突きつけるべく、まっすぐその前に立った。俺の鎧は血と埃で汚れ、何か甘ったるい匂いまで染みついている。数日間の不眠不休で蓄積された疲労は、とっくに限界に達していた。だが、この言葉だけは、今、この場で言っておかねばならない。俺の、かろうじて残った平穏な未来のために。この悪夢の連鎖を、俺自身の手で断ち切らねばならない。
俺は、これまでの全ての迷惑と、これから訪れるであろう、俺のかすかな平穏への切実な祈りを込めて、最大限に厳しく、そして心の底から冷たく言い放った。それは、俺の魂からの拒絶の叫びだった。
「いいか、よく聞け。二度と勝手な行動はするな」
これ以上ない、完璧な拒絶の言葉のはずだった。これできっぱりと、あの女の妄想も断ち切れるだろう。ようやくこの長い悪夢も終わる。俺は、そう確信していた。だが彼女はなぜか、俺の言葉を聞くと、恍惚とした表情で頬を染め、その大きな瞳にみるみるうちに感動の涙を溜め始めたのだ。そして、「はい…!」と、力強く、何度も頷いた。その顔には、拒絶された絶望など微塵もない。むしろ、長年の祈りが天に通じたかのような、至上の幸福が浮かんでいた。まるで、最高の愛の告白でも受けたかのように。その瞳は、俺の言葉の裏に、俺自身すら知らない、何百もの甘い意味を見出しているようだった。
…まさか、これを求婚されたとでも、勘違いしているのか?いや、この女ならあり得る。俺の拒絶の言葉が、彼女の脳内では「もう俺から離れるな」という情熱的な束縛の言葉に変換されているに違いない。俺の精神が、ついに限界を迎え、膝から崩れ落ちそうになっていた、その時だった。
後日の報告会議は、王城の最も重苦しい一室で行われた。俺の報告を聞く上層部の面々の顔は、一様に険しい。
「…以上が、今回の掃討作戦の顛末です」
俺が締めくくると、長い沈黙が落ちた。やがて、司令官が重々しく口を開いた。
「うむ。ゼノン、貴官の働き、見事であった。だが…」
司令官は、机に置かれたもう一つの報告書…リリアーナ嬢に関する調書を、指でなぞった。
「リリアーナ嬢の、あの規格外の力は無視できん。結社を壊滅に追い込んだ一因は、間違いなく彼女の存在だ。報告によれば、一個師団に匹敵する魔導兵器を個人で運用し、騎士団最強の貴官すら救ってみせた、と。危険ではあるが、有用な駒でもある。よって、今後、彼女を正式に騎士団の『特別護衛対象』とする」
その言葉は、まるで強力な兵器の管理方法を定めるかのように、淡々と、そして有無を言わさぬ響きで告げられた。俺はそれを聞き、一瞬、安堵に天を仰いだ。「これで少しは、静かになるか…?」。国家公認の監視下に置かれれば、いくら公爵令嬢といえど、彼女の自由な行動も制限されるだろう、と。ようやく、あの歩く災害から解放されるのだ、と。
だが、俺はすぐに、その考えが致命的に甘かったことを悟る。司令官は、俺をまっすぐに見据え、まるでとどめを刺すかのように、続けたのだ。
「公式な護衛対象…つまり、彼女の行動の全責任は、護衛する騎士団が負うということだ。そして、その『扱いに最も慣れた』指揮官として、ゼノン、貴官がその任に就く。これは決定事項だ。異論は認めん」
彼女が、ますます俺の近くに来るための、国家公認の口実ができてしまった。俺は、彼女という意思を持つ戦略級の爆弾の、公式な処理係に任命されたのだ。
戦いは終わった。だが、俺の本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。
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