【完結】捨てられた侯爵令息は、王子に深い愛を注がれる

藍沢真啓/庚あき

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一章

躊躇

 フレデリク王子の襲来から十日。
 彼の住む王城がある王都から、エミリオがいるスーヴェリア領とは、早馬で駆けて一日かかる。馬車で来るとしたら三日は見たほうがいい。いくら第二王子であるフレデリクが気軽に領へと来れる訳はないのだ。
 突然すぎた求婚による動揺も、数日経てば夢だったのでは、と思うようになっていた。

「エミリオ、頼みがあるんだが」
「はい、お祖父様。どうかしましたか?」

 庭で祖母と豊作となった桑の実をジャムにするからと一緒に籠いっぱいに摘んでいると、祖父がそう声をかけてくる。
 祖母お手製のジャムはどれも美味しい。桑の実も黒すぐりも木苺も、それから秋になればずっしりと枝から垂れる林檎も。
 紅茶に入れたり、パイにしたりと色々な形で出てくるので、エミリオも楽しみにしていたのだ。

「先日手伝ってくれた薬草があるだろう?」
「ええ。今年はどれも状態が良いって言ってましたね」

 先ごろ庭の奥で栽培している薬草を祖父と使用人たちと摘んだり乾燥させたりと手伝ったのである。
 スーヴェリア邸で作られる薬草は、一般的に市場に出る事はない。ここで育てられる殆どを王家に納めるのだ。
 薬草といっても使用用途はさまざまある。薬師が煎じる事もあれば、魔法薬の材料として使われる事もあるし、日々王族が口にする材料のひとつとしても利用されている。故に毒に侵されないよう、邸宅の裏で密かに育てられるのだった。
 今年は雨の日が少なく、晴天が続いていたため、上質な薬草が出来上がったと聞いていた。しかし、納品はいつも祖父がやっていた筈だが……

「すまないが、エミリオ。わたしの代わりに王城へ薬草を持って行ってくれないか」
「それは……構わないですが……」

 王都にある王城。どちらも離婚してから一年のエミリオには辛いものがあるも、大した事をしていない居候の身でわがままを通す訳にもいかない。
 戸惑いがちに了承を告げると、祖父は困ったような顔で「すまない」とエミリオの頭を優しく撫でた。


 メイドに手伝ってもらいながら数日分の荷物を用意して出立したのは、祖父から話があった翌日の朝だった。
 祖母からは馬車の中で食べたらいいとサンドウィッチを手渡される。中身を尋ねると、開けてからのお楽しみだと言って教えてくれなかった。他にもハーブ水なども渡され、ここまでしてくれる祖父母に感謝の気持ちを抱いて、エミリオは馬車へと乗り込んだ。

 王家に献上する薬草は、魔法が仕込まれた箱に厳重に収められ、一度封印をすれば特殊な解除方法でしか開ける事ができない。
 領地にある馬車の中でも質素な外見の物に荷物を詰め、エミリオと御者のふたりだけで王都へと向かうよう指示をされた。
 祖父からは久々に王都へ行くのだから、友人に会ってゆっくりするといい、と言われたものの、思い入れのない場所では友人と言える存在もほぼいなかったため、用事が終わればすぐに帰路につくと答えた。
 そんな哀しい事を微笑を浮かべて話す孫の姿に、祖父母は何も言うことはできなかった。

 長閑な空気の中を馬車が王都に向けて走る。エミリオの体調に合わせての移動なので、この旅程だとトラブルがなくても三日以上はかかるかもしれない。祖父に頼まれたとはいえ、行くのを躊躇う気持ちが体と心に出ているのかもしれないと、エミリオは苦笑に唇を歪めた。

 途中休憩を挟みつつ、一日目の宿に到着したのは、陽もすっかり落ちた夜の事だった。

「エミリオ様、お疲れになった事でしょう。先にお部屋でおやすみになってください」
「ですが、あなたも僕以上に疲れたでしょう? 馬の世話は僕にもできます。あなたこそ休息を取ったほうがいい」
「いえ、御館様にも重々言われてます。エミリオ様は無理をされるので、きっと手伝うと言ってくる筈、その時は断固として断って部屋で休ませるようにと」

 祖父に先回りして言いつけられていたのなら、これ以上わがままを言っても受け入れてくれないだろう。それに、祖父に知られたら、後から大目玉を頂戴してしまいそうだ。
 ここは引き下がった方が賢明だと、馬の世話などを御者に任せて、エミリオは設えの良い部屋へとひとり入っていった。
 本当なら宿のメイドが身の回りの世話をしてくれるのを、今回の案件の内容が内容なだけに、献上する箱も室内へと持ち込んでいたため断った。そもそも学園では独立性を養うために一通りの身の回りの事はできるので問題ない。
 食事も御者が持ってきてもらったのを部屋で取り、風呂も手持ちの魔石を水を張った浴槽に投げ込めば適温になる。さっと日中の汚れを落とし、そうそうにベッドに潜り込んだ。


 眠れない――
 何度も寝返りをうち、なんとか眠る努力をしたものの、頭が冴えてしまう。

「……少し気分を変えた方がいいかもしれないな」

 ぽつりとひとりごち、ベッドから起き上がるとシャツとズボンという軽装に着替え部屋をそっと出る。夜も深い。御者も疲れ果てて寝ているだろう。明日もひとりで馬を手繰らなくてはいけないのだ。自分の都合で彼を巻き込むのは可哀想だ。
 この町は比較的治安が良いと聞いている。すぐに戻るつもりで宿を出た。

 大通りに面した宿の前は、店も全て閉じられていて、しんと静まり返っている。エミリオが宿泊している宿は酒場を併設してないが、奥の安宿などは酒場を経営してるから賑わっている事だろう。
 うろつくつもりもないエミリオは、不意に空を仰ぐ。銀色の光を放つ月が夜空に輝いていた。

 冴え渡る夜の澄んだ空にぽっかり浮かぶ銀色の月は、どこかフレデリクを思い出させる。

「あれは、僕の願望が見せた夢だったのだろうか……」

 祖父母も目撃しているのだから、エミリオの夢幻ではないと頭では理解しているものの、どこか浮き足立っているのはまだクライドにつけられた傷が癒えてないからか。
 両親に振り向いてもらえず、兄とは兄弟の絆が破綻し、元夫は指一本触れてくれなかった。

「……これでも結婚には夢があったんだけど」

 政略でも恋愛でも、ちゃんと家族を愛し愛される。そんな居場所を作りたかった。だけどエミリオの体は男の精を受け、子供を孕むようにできている。自身の男性機能は正常だと思うけど、果たして本当に問題ないかは自分自身でも分からなかった。
 今は父親はエミリオを役立たずで突き放しているが、彼の利益になる相手が出てきたのなら、それがたとえ愛人でも被虐趣味でも、躊躇わずエミリオを差し出すだろう。
 それは一年後か五年後か……

「こんな体に生まれたのは僕のせいじゃないのに……」

 辛い。哀しい。自分の存在意義が見当たらない。

「助けて……僕を……愛して助けて……」
「エミリオ?」
「っ!?」

 月に手を伸ばしていたエミリオの背後から、聞き覚えのある声がエミリオの名を呼ぶ。
 こんな場所にいる筈がない。そう頭の中で言い聞かせるも、心は期待に高鳴っていた。
 恐る恐る首を後ろに巡らせる。大通りに伴も連れずたったひとり。月に透ける銀の髪と蕩けそうな赤い瞳をした、美しい国の王子がそこに立っていた。

「フレデリク様……」

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