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一章
未練
黒に近い紺色に染まる町の中、月の光に照らされ銀色の妖艶な青年がうっそりと微笑んで佇む。
さながら美しすぎて畏怖が込み上げる人外の生き物のようだ。王族だから、彼らの持つ尊い気配がそう思わせているのかもしれないが。
「フレデリク様、なぜ」
「君こそ、こんな真夜中にそんな薄着でどこに行くつもりなのかな? 私という者がありながら誰かに会いにいくつもりだった?」
ブーツの踵を鳴らしてエミリオとの距離を縮めるフレデリクの表情は、笑みを形作りながらもぶるりと震える程の怖さを感じる。思わず後退るのは仕方ないだろう。例え不敬だとしても恐怖心に煽られているよりかは良い。
「そ、そんな事……ただ、眠れなかったので気分転換に……」
「誰かの温もりを求めてた、と?」
柳眉を歪めエミリオの言葉を遮り悪態するフレデリクに、エミリオの胸は彼がそんな風に自分を評価していたのかと胸が痛くなった。
クライドとは白い結婚だったので、周囲からは身の潔白だと思われていた。だけど、そうではないと知っている筈のフレデリクから、冷ややかな声色で咎められると、身を切り裂かれる程の衝撃に襲われる。
「フレデリク様……あなたは僕をそんな人間だと思われてたのですね」
自分の耳に届く自分の声が凍えて冷たく響く。きっと、フレデリクに対して落胆しているのだ。彼は自分が淫らな人間ではないと知っている筈なのに、夜中に外に出ただけで人肌を求めて彷徨ってると勘違いし、怒りに赤い瞳に焔を灯している。
「違うのか?」
「違います。額面通りに、眠れなくて夜風に当たるために外に出ただけですので」
毅然と――やはりイラついていたのか、多少睨む素振りを見せ、エミリオは目の前の銀色の王子に告げる。
「ところで、フレデリク様はどうしてここへ? まさか偶然とは言いませんよね」
早馬で駆ければ王都から祖父母の住む領地までは一日で来れるが、ここは王都へ続く途中の町。スーヴェリア領に居る祖父母から話を聞かなければ、彼ならば普通に通り過ぎる場所だからだ。つまり、ここへは自分が居ると理解した上で姿を現した事になる。
エミリオの指摘に、フレデリクはぐっと喉を詰まらせ、視線を彷徨かせる。やはり、とエミリオは内心で呟いた。
その上でエミリオを尻軽扱いしたのだ。
「ああ、数日時間が取れたので、スーヴェリア領へエミリオに会いに行った。侯からエミリオが代理で王城に献上に行ったと聞き、慌てて追いかけた」
バツが悪そうに顔を歪めて言い訳を吐くフレデリクに、エミリオは小さくため息を零す。
「はい、そう言う事ですので。ご安心ください。明日も早くに移動しなくてはいけないので、そろそろ寝ます」
「そ、それなら、私の宿に……」
「結構です。僕は祖父の頼まれごとをしなくてはいけませんので」
言外に「あなたと遊ぶ暇はありません」とピシャリと言い放ち、エミリオはフレデリクに背中を見せて宿に戻ろうとするが……
「待って、エミリオ!」
ぎゅっと手首が大きな手に掴まれ、エミリオの進行を阻んだ。
「すまない! 私が狭量だった。兄に大量の仕事を押し付けられ、必死で片付けて、やっとエミリオに会えると馬で急いで行ったら、スーヴェリア侯にエミリオが王都へ向かったと言われて……。まだクライドに未練があるのかと、目の前が真っ赤になって、エミリオに八つ当たりをしてしまった」
焦ったように矢継ぎ早に言い訳するフレデリクは必死な形相で、エミリオは呆然と彼の話を耳に入れていた。が、聞き捨てならない一文が聞こえ、不機嫌に眉を歪める。
「僕がクライドに未練……?」
「あっ!」
「確かにクライドとは付き合いが長いので、それなりに彼に対して思い入れはあります。ですが、未練ではありません。彼は僕に子宮を持ちながら子供を孕めなかった役立たずと、彼の両親に悪口を言い、自身の愛人を妻に置き換えた事です。僕が不要でエミリアを妻にしたいのなら、そう素直に言ってくれたら僕だって一緒に最善を考えました。ですが、自分の保身しか考えず、僕を悪者にしたのです。これは未練でなく、あれだけの年月を一緒に過ごしたのに信用されていなかった不甲斐なさですっ」
そう、クライドに対して未練なんてない。
彼は両親からも毛嫌いされていたエミリオを悪者にして、自分の身と利益を優先した。義父だったレッセン伯も彼の妻も息子に甘い人だったから、クライドの言葉を盲信してエミリオを蔑ろにしたのだ。
十五の時にクライドと婚約をし、十八で嫁いで何もさせてもらえずただクライドの隣に立って作り笑いを浮かべていただけ。
彼の表面上の付き合いのある人たちは、男でありながら子供を成せるエミリオを嘲笑するか、はたまたベッドに誘うかのどちらかしかいなかった。クライドはそんな彼らを窘める事なく一緒に薄笑いを浮かべて見下ろしていた。
彼らも知っていたのだ。エミリオが侯爵子息でありながら異物扱いされていたのを。だからどれだけこき下ろしても、咎がないと分かっていたのだろう。
エミリオは社交界でも居場所はなかった。唯一のよすががクライドだったけど、彼もエミリオを突き放した。自分の保身の為に。
「フレデリク様も、もう僕には関わらないでください。優秀なあなたに、僕のような異物と懇意にしてるなんて醜聞が流れますよ」
皮肉に唇を歪めて嗤うと、フレデリクはそれまでの表情を一変させて厳しい顔つきになる。
「異物? 君をそんな風に言ったのは……誰だ?」
「っ!」
冷たい月光の下、銀色の美丈夫が赤い瞳に怒りの焔を揺らして、静かに問う。長年、彼の色んな表情を見てきたが、これほどまでに感情のない容貌で、それでも静かに怒りを滾らせている姿は初めてだった。
知っている人の知らない姿にエミリオはじりと足を後ろに動かす。あの赤い瞳から目を逸らさなくてと思うものの、ひたりと囚われて外す事もできない。
フレデリクが怖い。でももっと見ていたい。魅了されるというのは、こういう事を指すのか。
エミリオは夜闇でも爛々と浮かぶ赤い双眸に見蕩れていた。
だから僅かな間に気を取られ、フレデリクが掴んでいた手首を引かれて、その広い胸に収まる頃には、エミリオの儚い唇が熱い何かで塞がれたのを抵抗もせずに受け入れていた。
さながら美しすぎて畏怖が込み上げる人外の生き物のようだ。王族だから、彼らの持つ尊い気配がそう思わせているのかもしれないが。
「フレデリク様、なぜ」
「君こそ、こんな真夜中にそんな薄着でどこに行くつもりなのかな? 私という者がありながら誰かに会いにいくつもりだった?」
ブーツの踵を鳴らしてエミリオとの距離を縮めるフレデリクの表情は、笑みを形作りながらもぶるりと震える程の怖さを感じる。思わず後退るのは仕方ないだろう。例え不敬だとしても恐怖心に煽られているよりかは良い。
「そ、そんな事……ただ、眠れなかったので気分転換に……」
「誰かの温もりを求めてた、と?」
柳眉を歪めエミリオの言葉を遮り悪態するフレデリクに、エミリオの胸は彼がそんな風に自分を評価していたのかと胸が痛くなった。
クライドとは白い結婚だったので、周囲からは身の潔白だと思われていた。だけど、そうではないと知っている筈のフレデリクから、冷ややかな声色で咎められると、身を切り裂かれる程の衝撃に襲われる。
「フレデリク様……あなたは僕をそんな人間だと思われてたのですね」
自分の耳に届く自分の声が凍えて冷たく響く。きっと、フレデリクに対して落胆しているのだ。彼は自分が淫らな人間ではないと知っている筈なのに、夜中に外に出ただけで人肌を求めて彷徨ってると勘違いし、怒りに赤い瞳に焔を灯している。
「違うのか?」
「違います。額面通りに、眠れなくて夜風に当たるために外に出ただけですので」
毅然と――やはりイラついていたのか、多少睨む素振りを見せ、エミリオは目の前の銀色の王子に告げる。
「ところで、フレデリク様はどうしてここへ? まさか偶然とは言いませんよね」
早馬で駆ければ王都から祖父母の住む領地までは一日で来れるが、ここは王都へ続く途中の町。スーヴェリア領に居る祖父母から話を聞かなければ、彼ならば普通に通り過ぎる場所だからだ。つまり、ここへは自分が居ると理解した上で姿を現した事になる。
エミリオの指摘に、フレデリクはぐっと喉を詰まらせ、視線を彷徨かせる。やはり、とエミリオは内心で呟いた。
その上でエミリオを尻軽扱いしたのだ。
「ああ、数日時間が取れたので、スーヴェリア領へエミリオに会いに行った。侯からエミリオが代理で王城に献上に行ったと聞き、慌てて追いかけた」
バツが悪そうに顔を歪めて言い訳を吐くフレデリクに、エミリオは小さくため息を零す。
「はい、そう言う事ですので。ご安心ください。明日も早くに移動しなくてはいけないので、そろそろ寝ます」
「そ、それなら、私の宿に……」
「結構です。僕は祖父の頼まれごとをしなくてはいけませんので」
言外に「あなたと遊ぶ暇はありません」とピシャリと言い放ち、エミリオはフレデリクに背中を見せて宿に戻ろうとするが……
「待って、エミリオ!」
ぎゅっと手首が大きな手に掴まれ、エミリオの進行を阻んだ。
「すまない! 私が狭量だった。兄に大量の仕事を押し付けられ、必死で片付けて、やっとエミリオに会えると馬で急いで行ったら、スーヴェリア侯にエミリオが王都へ向かったと言われて……。まだクライドに未練があるのかと、目の前が真っ赤になって、エミリオに八つ当たりをしてしまった」
焦ったように矢継ぎ早に言い訳するフレデリクは必死な形相で、エミリオは呆然と彼の話を耳に入れていた。が、聞き捨てならない一文が聞こえ、不機嫌に眉を歪める。
「僕がクライドに未練……?」
「あっ!」
「確かにクライドとは付き合いが長いので、それなりに彼に対して思い入れはあります。ですが、未練ではありません。彼は僕に子宮を持ちながら子供を孕めなかった役立たずと、彼の両親に悪口を言い、自身の愛人を妻に置き換えた事です。僕が不要でエミリアを妻にしたいのなら、そう素直に言ってくれたら僕だって一緒に最善を考えました。ですが、自分の保身しか考えず、僕を悪者にしたのです。これは未練でなく、あれだけの年月を一緒に過ごしたのに信用されていなかった不甲斐なさですっ」
そう、クライドに対して未練なんてない。
彼は両親からも毛嫌いされていたエミリオを悪者にして、自分の身と利益を優先した。義父だったレッセン伯も彼の妻も息子に甘い人だったから、クライドの言葉を盲信してエミリオを蔑ろにしたのだ。
十五の時にクライドと婚約をし、十八で嫁いで何もさせてもらえずただクライドの隣に立って作り笑いを浮かべていただけ。
彼の表面上の付き合いのある人たちは、男でありながら子供を成せるエミリオを嘲笑するか、はたまたベッドに誘うかのどちらかしかいなかった。クライドはそんな彼らを窘める事なく一緒に薄笑いを浮かべて見下ろしていた。
彼らも知っていたのだ。エミリオが侯爵子息でありながら異物扱いされていたのを。だからどれだけこき下ろしても、咎がないと分かっていたのだろう。
エミリオは社交界でも居場所はなかった。唯一のよすががクライドだったけど、彼もエミリオを突き放した。自分の保身の為に。
「フレデリク様も、もう僕には関わらないでください。優秀なあなたに、僕のような異物と懇意にしてるなんて醜聞が流れますよ」
皮肉に唇を歪めて嗤うと、フレデリクはそれまでの表情を一変させて厳しい顔つきになる。
「異物? 君をそんな風に言ったのは……誰だ?」
「っ!」
冷たい月光の下、銀色の美丈夫が赤い瞳に怒りの焔を揺らして、静かに問う。長年、彼の色んな表情を見てきたが、これほどまでに感情のない容貌で、それでも静かに怒りを滾らせている姿は初めてだった。
知っている人の知らない姿にエミリオはじりと足を後ろに動かす。あの赤い瞳から目を逸らさなくてと思うものの、ひたりと囚われて外す事もできない。
フレデリクが怖い。でももっと見ていたい。魅了されるというのは、こういう事を指すのか。
エミリオは夜闇でも爛々と浮かぶ赤い双眸に見蕩れていた。
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