【完結】捨てられた侯爵令息は、王子に深い愛を注がれる

藍沢真啓/庚あき

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一章

逃走

「さあ、エミリオ、早く!」
「ダメです!」
「……え?」
「ちょ、殿下!? スーヴェリア侯爵子息様!?」

 エミリオは敵と相対するフレデリクの手を取り、彼らが唖然としている中をふたりで駆ける。背後で護衛騎士の声が聞こえるが、逆に自分たちがいない方が本領発揮できると考え、エミリオは一目散に東へと足を動かした。

「エミリオ、離しなさい!」
「嫌です!」
「だが……!」
「尊き御身である貴方の命を守るのは、臣下である僕たちの努めですから!」

 フレデリクはなぜか薬草の入った魔法箱を重要視していたが、貴族にとっては王族の命はなによりも代え難い。それなのに、エミリオの命と薬草を守ろうとするフレデリクは、エミリオに逃げろと言って自分の身を敵の前に晒したのだ。そんな事が許される筈はない。

 だがしかし、領地に行ってから多少の運動量は増えたものの、元が運動不足だったエミリオの体はすぐに悲鳴を上げ息が続かなくなる。それでも必死で背後から聞こえる蹄の音から逃げ続けていると。

「街道は見通しが良すぎて逃げるのが難しくなる。エミリオこっちへ!」

 先を走っていたエミリオの腕がぐいと引かれ、なかば引きずられるようにフレデリクによって街道から外れた山道へと連れて行かれる。

「そっちはダメです、フレデリク様!」
「だが、これだけ細い道なら、馬も入ってはこれない。今は追っ手の数を減らすのが先決だ!」

 フレデリクはそう言って、エミリオの華奢な体を縦抱きにすると、いつもより強い口調でそう言い放った。


 どれだけの時間が経ったのだろう。
 いつしか深く濃い緑の匂いが胸を満たした頃、ふたりは小さな小川へと辿り着いていた。

「うまく追手を躱したようだ。エミリオ、ここで少し休憩を取ろう」

 フレデリクはエミリオを降ろし、近くにあった大きな岩へドサリと腰掛けた。細身とはいえ成人男性をかかえてここまで逃げたのだ。フレデリクの体力もとうに尽きていた筈。
 彼からの提案にエミリオも頷き、岩の近くに足を投げ出して座った。走って汗で蒸れてるブーツを脱ぎたい気持ちがあったが、流石にフレデリクが気安い性格だとしても王子の前で不躾な行動ができる筈もない。しっかり結んだクラバットを解く事もできず、ただひたすらに体力を温存して追尾が来ない事を祈るしかなった。

 さやさやと流れる清涼な小川の水音と囁くように歌う木々の葉擦れ。
 これだけならふたりでのんびりと散策しながら休憩を挟んでいると言われてもおかしくない程、穏やかで静かな時間とも言える。
 だが、今は気を緩めている場合ではない。いつ敵が間近に迫ってやもしれない状況なのだから。

「まるでデートしているようだね」
「は、い?」
「だって、そうエミリオは思わない?」
「お、思いません!」

 何を突然巫山戯た事を言っているのだ、とエミリオはフレデリクをギロリと睨む。
 確かにエミリオが王都に行かなければ、仕事を終えたフレデリクが領地にある館にやって来て、プロポーズのやり直しをしていたかもしれない。また断る可能性の方が大きいけど、それでもフレデリクからの愛の告白は胸に響いたかもしれない。

(もう、誰かを好きになんてならないと決めてたのに)

 フレデリクは不思議な人だ。
 エミリオの行動を先読みしては現れ、心の動きに敏感で、無理なくエミリオを助けてくれる。
 容姿も銀の髪とルビーのような赤い瞳が美しく、この国の貴族だけでなく他国の姫君からのアプローチも数多にあるという。
 頭も兄である王太子と遜色ないほど優秀で、実力主義の騎士男にいたこともあって武技にも強い。
 通常なら、派閥があってもおかしくないだろうに、フレデリクは早々とその意志は皆無で、生涯兄である王太子を支えると公言しているのだ。
 エミリオはそんな潔いフレデリクに昔から憧憬の念を抱いていた。
 そんな憧れているフレデリクからデートなんて言われたら、舞い上がっても変ではない筈だ。
浮かれて、本気になって、また傷付くのは自分だというのに。
 内心で自嘲していると。

「エミリオ。遠くから不規則に人が移動している音がした。ここも見つかるかもしれない。移動しよう」

 再び強い緊張感がエミリオを包んだ。

 フレデリクは地面を慣らし自分たちが居た痕跡を隠している間、近くの茂みから食べられそうな木の実や果実、薬草などを詰み、ハンカチに包んでポケットにしまった。
 ないよりはましな程度だったが。

 再び獣道を上へと登っていく。ふと、このまま上へと行けば山頂に辿り着く筈だが、大丈夫なのだろうか。

「フレデリク様、このままでは山頂で鉢合わせになりませんか?」
「あ、ああ。それが狙いだよ、可愛いエミリオ」

 何だか右から左へ流したい言葉が聞こえた気がするが、あえて無視して続きを促す。

「どうしてですか?」
「……まぁ、いいか。えっとね、この山には山頂に国の騎士たちが訓練をする宿泊所があるんだ。有事の際にすぐに動けるよう、定期的に騎士が在住し、宿泊所にある物見台から周囲の不審な状況を監視していんだよ」
「つまりは……」
「応援を呼んで、彼らを捕縛する事ができるってこと」

 そんな場所があるのを知ったのは初めてだったエミリオは瞠目する。

「ちなみに、私たちが襲われたのも見ていただろうから、すでにあっちに騎士が助けに行ってるだろう。きっと護衛騎士も無事に違いない」
「……」

 助かるという安堵と、死んでしまった御者を思い、涙がボロボロと溢れて顔を濡らす。
 こんな複雑な気持ちに揺れ動かされた事のないエミリオは、涙を流し嗚咽を零した。

「エミリオすまない。私がもっと早くに異変に気づいていたら……」

 そう沈痛な声音で耳元に囁いてくる声があまりに優しくて、エミリオはフレデリクの服をぎゅっと掴み彼の服を滂沱で濡らす。

「さあ、追手がいつ姿を見せるか分からない。後から色々君が言いたいことは聞くから、今は頑張って山頂を目指そう」

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