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一章

呆然

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ご心配、ご迷惑をおかけしました。
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 クヴァンツ大公とフレデリクが、スーヴェリア家の暗部について語っていた頃、エミリオはイオの案内で浴室へと向かった。

「うわぁ……すごいですね」
「一応、上官以上になると個室が与えられて、そこに小さいけど浴室が設置してあるんだけど、基本的には皆この大浴場を使用しているんだよ」
「こんな大きな浴室を見るの、僕、初めてです」

 呆けた声で返してしまうのは仕方がない。まるでひとつの部屋のような広い浴室は、床はタイル張りで切り出した艶ある石を敷き詰め浴槽にしている。滔々と湯が壁の一部から注がれ、惜しみなく浴槽を満たしていた。話によると山から王都にかけて火の龍が地の底に居て、龍の発する熱が一部の水脈を温め、それが使われてるという事らしい。
 確かにエミリオが王都にある学園に行ってた時も、スーヴェリアのタウンハウスの浴室も魔法石を使わず湯を使用する事ができた。
 だが、婚家だったレッセン伯爵家は、長年タウンハウスに住んでいたが、あそこは魔法石でお湯を沸かして入っていた記憶がある。

 ふと、そんな疑問を口にすると、供給されるのが侯爵家以上の貴族のみで、レッセン伯爵家は対象外なのだと知った。
 貴族といえども、色々差があるのだな、と思いながら、広々とした浴室を眺めていると、イオが「ところで」と口火を切った。

「エミリオ様は大浴場か客室の浴室、どちらがいいですか?」
「え? ここに案内してくれたので、こちらに入るつもりだったのですが……」
「そうですか。そうですね。……ちょっと」

 最後の言葉は後ろに控えていた下働きの女性に告げ、イオは誰も入ってこないよう人払いをお願いしている。
 そこまでしていただかなくても、とエミリオは固辞したが、イオは侯爵家の大切な身を人目に……しかもデリカシーのあまりない騎士たちに見せる訳にはいかないと意気込まれ、エミリオはコクコクと頷いた。
 その代わりイオが一緒に入ってくれると言ってくれたため、多少広さに戸惑ったものの、色々話ができて楽しかった。

 イオは現在エミリオと同じ二十四歳の青年との事。この国に落ちてきたのは、彼が学生だった頃で、すぐに丁重に王家に保護されたそうだ。
 この国はたまに異世界から人が『落ちて』くる。イオは前の世界で荒畑依織あらはたいおりと呼ばれ、詳しくは話してくれなかったが、エミリオのように親の縁が薄いように感じた。
 汚れを落とし、体型が似てるからとイオの服を借り、エミリオはイオと共にフレデリクと大公が待つという小さな個人向けの食堂へ。
 無骨さが目立つ騎士訓練施設で、目を見張るような雰囲気を醸し出す食堂は、十人掛けの飴色のテーブルと椅子が整然と並んでおり、一番奥の正面に大公が、左手の窓に背を向けて座る位置にフレデリクが居た。

「お帰り、エミリオ。大浴場はどうだった?」

 すっと立ち上がり、フレデリクの隣の椅子を引きながらそう尋ねてくる。

「学園寮にも大浴場があったのですが、それと比べ物にならない位広くて大きくて、感動しました」
「……学園寮の大浴場?」

 ピクリと片眉を上げるフレデリクに気づかないまま、「はい」と頷くエミリオに、大公とイオがクスクスと笑っているのが見え、エミリオは首を傾げていた。

 広い食堂でよにん、丁寧に作られた食事をゆっくり会話をしながら楽しむ。
 山雉の香草焼きは訓練中の騎士が偶然狩ったものらしい。口の中でふわりとハーブの香りが肉の臭みを消してくれる。山葡萄の炭酸わりがさっぱりさせてくれて、久々にエミリオの食が進む。ぱくぱくと食べるエミリオの姿に、フレデリクは自分の事ながら明るい気持ちになり、酒に強いフレデリクと大公に出された赤ワインに舌鼓を打った。

 それから賊の残党狩りをするため、王都が近くにあるが、二、三日はここで大人しくして欲しいと言われ、エミリオは頷くしかなかった。
 長い食事を終え、エミリオとフレデリクは客室に案内されるが……

「え? フレデリク様と同室ですか?」
「ごめんね、ここ、基本的に人を招かない場所だから、客室がほぼない状態で。窮屈かもしれないけど、数日の事だし我慢してくれると……」

 困ったように告げるイオを慌てて止め「大丈夫です」と焦って返すと、ホッとしたように微笑んで、フレデリクとエミリオの夜着を置いて部屋を出て行った。呆然としていたエミリオの耳に「そろそろ寝ますか?」と穏やかで眠気を誘う落ち着いた声が届くと、その声音の性質とにエミリオの胸がドキンと高鳴った。

 なぜなら、イオが案内してくれた客室もどきは、大きなベッドがひとつ、簡単な食事が取れるテーブルと椅子だけが置かれた部屋だったからだ。
 緊張がエミリオの全身を駆け巡る。自分にプロポーズしてきたフレデリクと同じ部屋の中、ひとつのベッド……つまりは同衾確定なのは状況が知らしめている。
 つい先ごろ、エミリオはフレデリクが泊まっていた宿屋のベッドで朝を迎えた恥ずかしい記憶が蘇る。
 赤面し、身悶えそうなのを必死で耐えていると。

「エミリオ」
「は、ひゃいっ!?」

 声をひっくり返し、明らかに動揺が出ていたエミリオの耳に、フレデリクは苦笑して唇を動かす。

「明日、残党狩りに私も出るんだ。だからかなり早く起きなくてはいけなくてね。イオ様がここを用意してくれたけど、私は同僚の部屋で寝かせてもらうから」

 フレデリクはそう微笑んで部屋を出て行ってしまった。唐突に言われた内容と、緊張のまま放置されてしまい、拍子抜けしたエミリオは、呆然と彼の消えた扉を見つめていた。
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