【完結】捨てられた侯爵令息は、王子に深い愛を注がれる

藍沢真啓/庚あき

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一章

約束

「リオっ!」

 酒場の扉が乱暴に開かれ、そこに現れた人物の姿に客たちは動揺を隠しきれない。
 なぜならこの国の第二王子であるフレデリク・カーネリアン殿下が、馬車ではなく駆けてきたらしい様子で平民の憩いの場である酒場にあったのだから。

 エミリオはびくりと肩を揺らしながらもゆっくりと振り返る。緑の瞳に浮かぶのは不安と恐怖と疑念の色。今にも泣きそうに歪んだその表情に、彼は事実を知ったのだと言われなくともフレデリクは理解してしまった。

「ふ、フレイ……」

 そう言って、長い睫毛を伏せて視線を逸らしたエミリオ。その奥で落ちぶれたかつての友人が顔を引きつらせてこちらを見ていた。
 彼からは甘く腐った果実にような匂いが漂う。

「殿下……これは……」
「リオ、帰ろう。顔色が悪いから、少し休んだ方がいい」
「……は、い」

 クライドは無視して、フレデリクはエミリオに近づくとそっと抱き上げ、護衛騎士に馬車の手配を頼んだ。

「それから、レッセン元伯爵子息。貴殿には後ほど詳細を尋ねたい。騎士の聴取室……は平民は入れないか。では、警邏隊の管理棟へ来ていただこう」
「そんな……!」
「心配しなくとも、ただ事情を聞くだけだ。私はリオの看病で手が離せない。代わりにそこの護衛騎士が貴殿から話を聞く」

 蒼白になっている元友人にフレデリクは淡々と告げ、言いたい内容を話終えると、そのまま酒場を後にする。あれだけ衆目を集めたのだ。うまく情報操作をしないと、スーヴェリア家の者たちの耳に入ってしまう。
 もっと目立たず行動できたかもしれないが、エミリオに関しては感情が抑えきれないらしい。
 腕の中で白い顔で今にも泣きそうなエミリオに胸を痛めながらもフレデリクは馬車へと向かった。


 馬車の中でもエミリオを抱いたまま様子を見ていたが、一度として視線が合わないままファストス公爵家にたどり着いた。
 ふと、エミリオの腕から甘酸っぱい香りがして、よくよく見てみると赤いシミがついた紙袋から香っているようだ。

「リオ、何か買ったのかな」
「……苺を……」

 一言だけ返した後は口を閉じたエミリオに、フレデリクは少しだけ安堵を覚えた。

「そう。潰れちゃったみたいだから、ジャムにでもする?」

 コクリと頷く様子を見て、まだ完全に自分へ意識を閉じた訳ではないと感じたから。

 侍医に簡単に診察をしてもらい、少し疲れているようだから安静にするよう言い含められたが、無理ない程度の会話なら問題ないと言質を取り、フレデリクはお茶の手配を侍女に頼んでエミリオをベッドへと運んだ。
 まだ白いエミリオの髪をそっと指に絡ませながら口を開く。

「クライドから何か聞いたんだね」

 前置きなく直接本題を切り出すと、エミリオは蚊の鳴くような声で「はい」と返事をする。

「なんて?」
「クライド様が、自分との結婚はフレデリク様がそのように命じたから、と。それから、僕と離婚したから、フレデリク様が怒って伯爵家が撮り潰されたせいで、再婚した妻が出て行ったって……」

 段々声が薄れ、最後は俯いたまま項垂れるエミリオを、フレデリクはそっと抱きしめる。人の温もりを知らないエミリオは、フレデリクの熱に慣れたのか、このような状況であっても拒絶する事はない。もしかしたら、そんな気力もないだけかもしれないが……

 しかし、とフレデリクは苦悩する。
 まさかエミリオが出かけた先でクライドと再会するとは。

 確かにエミリオの婚約と結婚はフレデリクが画策した事なのは間違いない。
 家の取り潰しも事実ではあるが、決してクライド憎しでした事ではないのだ。
 それに、エミリオを蔑ろにして寝取った女が出て行ったのは、全くのお門違いでしかない。
 一体、護衛騎士が自分に報告に来ていた間に、クライドがエミリオになにを吹き込んだのか。

 侍女がお茶を持ってきたのを受け取り、完全に人払いを頼んだ。隣の部屋に護衛騎士と影が控えているだろうが、彼らは口が堅いのがデフォルトなので問題ないだろう。

「さっきの苺は半分が形が残ってたから、料理人にお願いしてコンポートにするようにしてもらったけどいい?」
「ごめんなさい。僕がお願いするべきだったのに……」
「護衛騎士から聞いたけど、パイにするんだったって?」
「はい。前にフレイが美味しいって言ってくれたから」

 視線は合わないものの愛称呼びしてくれる事に、フレデリクはホッとする。大丈夫、まだ大丈夫だと自分に言い聞かせる。

「それじゃあ、次は楽しみにしてるね。……それで、さっきの話だけど」
「っ、……はい」

 きゅっと唇を噛み締めるエミリオを抱きしめ、意を決しフレデリクが口を開く。

「私がエミリオをレッセン元伯爵子息に託したのは本当……だよ」

 腕の中のエミリオの体がこわばるのを感じる。それでも切り出した以上は途中でやめる訳にはいかない。

「長年君を謀ってた事については心から謝罪するよ。本当に君に相談せずに決めてしまって悪かったと思ってる」
「……」

 エミリオは黙ったままフレデリクの話に耳を傾けている。

「当時、私がエミリオを引き取るには立場が脆く、エミリオを危険に晒してしまう可能性が高かった。だからレッセン元伯爵令息に一時的に婚約と結婚という形で保護してもらうように頼んだんだ」

 どうして? と疑問を口にするエミリオの髪に唇を落として続ける。

「君をスーヴェリア家から離したかったから」
「……なぜ?」
「それは詳しくは今は話せないんだ。でも、君を決して辛い思いをさせるつもりではなくて……」
「今は、って事は、いつか話してくれますか?」

 そっとフレデリクの腕の中から顔を上げたエミリオは、涙に濡れていたものの、緑の瞳は凪いだ湖畔のように静かなものだった。

「ああ、君自身の事だからね。ちゃんと物事が片付いたら話をするから、聞いてくれるかなリオ」
「……フレイを信じてもいいんですね? 僕を離したりしないって約束してくれますか?」
「勿論。私がどんな事があってもリオを何者からも守ってみせるから」
「それなら待ちます。フレイが僕を好きだっていうのは、偽りのない本当の事だと信じてるので」

 ふわりとぎこちないながらも微笑むエミリオの儚い姿に、フレデリクは歓喜して最愛を強く抱きしめる。

「勿論だとも! 君への愛は誠のものだから! もう、絶対に離さないよ、リオ」

 ふふ、と擽ったそうに笑うエミリオに安心しきっていたフレデリクは気付かなかった。
 信じると言ったエミリオの緑の瞳は悲しげに揺れていたのを――

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