君と番になる日まで

藍沢真啓/庚あき

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孟夏の深更

2-紅龍

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「御崎君!」

 目の前の華奢な青年が膝から崩れていくのを、紅龍は信じられない思いで眺めていた。ふわりと紅龍だけに分かる甘い香り。間違いない。
 黒い髪に黒の瞳、地味な黒縁眼鏡をした青年は、あれから時間が流れたため大人びてきているが、紅龍の記憶に今も強く残る最愛の番だった。

 御崎慧斗。

 悪友である寒川玲司に依頼し、数少ない情報の元伝えられた番の名前。あの頃より美しさが滲み出て、地味な眼鏡やスーツでは隠しきれていない。

 紅龍は慧斗を抱くオメガの男の手を払い除け自らの腕に閉じ込めたかった。しかし紅龍の行動を止めたのは、自分を招いたはずの秋槻学園の理事の男だった。

「王さん、彼らはオメガです。オメガのことはオメガにしか分からないこともありましょう。今、私たちにできることはありません。どうぞお座りください」

 さすが上位アルファというべきか。紅龍の圧に負けないどころか笑みすら浮かべている。
 紅龍は舌打ちし、飾り付けられた食事が乗ったテーブルを挟んでソファに腰を落とした。

「理事、申し訳ありませんが、俺は彼を病院に連れて行きます。おひとりで大丈夫でしょうか」

 蹲る慧斗の傍にいた男がそう秋槻に告げているのが聞こえる。慧斗から溢れ出る甘やかな香りで脳が痺れそうだ。大学というベータだけでなくアルファもオメガもいる場所を訪ねるために強めの抑制剤を服用して良かった。下手をすれば慧斗を襲いかねない。

「ああ、それは問題ないよ。それよりも彼の方が心配だ。すぐにみつるに連絡して行ったほうがいい。どうせすぐ近くにいるんだろう?」
「ええ、ご名答です。今日は子供たちをわざわざ預けて近くにいます。向かいながら連絡しますので、このまま失礼いたします」
「彼にも落ち着いたら連絡するように言ってくれるかな」

 はい、と頷いた男は、慧斗の体を支えて逃げるように出て行った。
 扉が完全に閉じた時、目の前の秋槻は「すみませんね」と苦笑を浮かべた。その言葉は心からの謝罪とは程遠い。
 引き止める隙すら与えられなかった。噛み締めた唇から鉄の味が口の中に広がる。とても苦い。
 あんなに近くにいたのに、触れることすらできなかった。

「どうして俺を止めた」

 喉を唸らせ問いかければ、秋槻は飄々と「さてなんのことだか」と態度を変えず微笑む。

「逆に、あなたがなぜ彼をご存知で? あの子はうちの学生から職員となった優秀な子です。世界的に有名なあなたとは接点なんてないでしょうに」

 紅龍は笑みを浮かべて淡々と問う秋槻に対して言葉が詰まる。
 確かに俳優である紅龍と理事秘書の慧斗では接点すらない。それでも自分と慧斗は運命の名のもと、街の片隅で出会い、結ばれた。それをバカ正直に言うつもりはなかったが。

(それに慧斗の経歴については謎が多い)

 玲司から名前と年齢を教えてもらってからというもの、紅龍は慧斗について色々調べた。確かに彼がこの秋槻学園の大学部を卒業後、秋槻と恩師の教授の秘書をしているという。しかし、慧斗の就職時期が謎を呼んだ。
 慧斗が学園で秘書になったのは、卒業して二年近く経ってからだ。普通は間を置くことなく職に就く筈。
 それに謎なのはそれだけでない。名前も年齢も分かるのに、彼の家族構成や自宅が把握できないのだ。まるで何者かの意思によって秘匿されているのを感じた。
 多分、紅龍が付き合いのある高位アルファの誰かが慧斗を守っているのだろう。

 今回自主制作の映画の撮影と称して来日したのは、本国では色々調べるのに限界があったからだ。仕事自体も弐本にほんでの仕事以外入れていない。撮影時期も細かく決めていない。ひとえに慧斗の足跡を調べるためだったが……まさかこんなにすぐ彼と再会できるとは。
 だが、目の前の男と慧斗に寄り添っていたオメガの男のせいで引き離された。運命と離れるのが辛いのは、秋槻もアルファだから分かるだろうに。

「まあ、そんなに怖い顔をしていたら、多くのファンがびっくりされますよ。お茶でも飲んで落ち着かれたらいかがですか」

 秋槻はそう言って紅龍の鋭い視線に怯えることなくポットに茶葉とお湯を入れてコゼーを被せている。緊張した室内に烟ったような特徴的な茶葉の香りが広がる。

「彼の……慧斗の所を行かせろ」
「そんなに焦らなくても。近々彼には会えます」
「……どういう意味だ」

 ニヤリと口の端を吊り上げ、秋槻が言葉を紡ぐ。玲司と同じ上位アルファ家系の人間と言うべきか、どこか得体の知れないのが気に食わない。

「本当は、中国語に堪能な東風谷こちや教授にお願いしようと思ったんですけどね。まあ、彼にも経験が必要だと、もうひとりの准教授とも話し合って、」
「能書きはいい。早く結論を」
「焦っては大事なものを取りこぼしますよ」
「……」
「まあいいでしょう。あなたが撮影で学園に滞在している間、通訳として彼……御崎慧斗を付かせることに決定いたしました」
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