上司と雨宿りしたら、蕩けるほど溺愛されました

藍沢真啓/庚あき

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やっぱり専務ってモテるんだな

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 ボタニカルな雰囲気で纏められたエントランスは、他のラブホテルと同じように広く取られた空間で、正面には写真入りのパネルが整然と並んでおり、パネルの隣には鍵の受け渡しをする為の小窓があり、今は黒いカーテンが閉ざしていて中を覗い知る事ができない。
 左手にはエレベーターが二基。きっと、入店専用と退店専用に分かれているのだろう。

「槻宮君、ちょっと待っててくれる? ここ、知り合いの経営してるホテルなんだ。説明して部屋を借りてくるから」
「え、雨宿りならここで……」
「ダメだよ。そんなにずぶ濡れで放置できない。チーフの君が風邪で倒れでもしたら、みんな心配するよ。勿論、俺も」

 だからね、と大きな掌がくしゃりと頭を撫で離れていく嵯峨が、パネルで部屋を選んで、それから小窓に向かって声を掛けている様子をぼんやりと眺める。

(手馴れてるなぁ。やっぱり専務ってモテるんだな)

 嵯峨がホテルの従業員とやり取りしているのを眺めながら、柚希は小さく吐息を落とした。
 外は中にまでアスファルトを叩く音が聞こえる程の豪雨が続いている。ゲリラ豪雨なら短時間で止む筈だが、なるべくなら電車が動いている内に帰れるといいな、と思案していると。

「槻宮君、お待たせ。行こうか」

 十人が十人振り返りそうな笑みを浮かべやってくる嵯峨に、柚希は外へと向けていた視線を移す。手には鍵を持っている。どうやら部屋を借りる算段がついたらしい。
 柚希の肩に手を回し、エレベーターへと歩き出す嵯峨へと戸惑いの顔を向ける。嵯峨は万人が見惚れる笑みを浮かべて、柚希を見下ろしていた。
 頻繁に見ていた笑みなのに、柚希の心臓はトクリと震える。

「あ、あの……」
「後で追加のタオルと温かい飲み物を持ってきてくれるようにお願いしたから、それでいいよね?」
「え、あ、はい」

 嵯峨が入店専用のエレベーターのボタンを押して尋ねてくるのを、柚希は訳も分からずに反応する。何故雨宿りの為に部屋を取ったかが納得できなかったからだ。
 別に雨宿り目的なら、このフロント部分でも十分じゃないのか。そう、到着したエレベーターにエスコートされながら問い質してみれば。

「普通のホテルなら、それもアリなんだけどね。基本的にはそういった場所が提供されてる訳だし。ただ、ここはラブホテルで、やってくる人も欲望を目的にやって来る人達ばかりだろう? そんな場所に男が二人で居たら、営業妨害になるんじゃないかな」
「まあ、それは確かに」
「それに、槻宮君。君もさっきの雨でずぶ濡れになってるし、風邪でもひかれたら、俺の責任問題にも発展してくる。だから上司命令として、ちゃんと体を温めて、服も乾かす事。いいかい?」

 滔々と説得してくる嵯峨の真面目な顔に、言い含められた柚希はたじろぎつつも頷く。
 嵯峨が手を置いてる肩は彼の体温で温かいが、他は空調のせいですっかり冷え切っていた。脳内はこの場所のどこかで恋人が他の人を抱いてる最中なのかと想像が巡り、体よりも更に凍りついていた。

「槻宮く……」

 急に黙り込んだ柚希を不審に思ったのだろう。柚希の顔を覗き込んだ嵯峨は、ふと言葉を詰まらせる。
 柚希の双眸からは静かな涙が滂沱となって顔を濡らしていた。声が漏れないように、白くなった唇を強く噛み締め、その部分は血が滲んでいるのか赤く濡れていた。

 正直、恋人に対して嫉妬する程の感情があった訳ではない。
 ただただ悔しいのだ。自分が恋人に絆されてしまった事や、睦み合う度に囁かれた甘い言葉や、触れる温もりが自分一人だけに向けられてた物ではなかった事実に。
 信じきってた自分を馬鹿だと罵りたい気分だ。

「槻宮……。いや、柚希」

 不意に名前で呼ばれ俯かせた顔をあげた柚希は次の瞬間、嵯峨の広い胸元に体を押し付けられ、息もできないほど強く抱き締められた。

(……え?)

 ドクドクと穏やかな心音が鼓膜を優しく撫でる。その優しい音色は、凍った柚希の心を緩やかに溶かし、冷たい涙が体温を持つのを感じた。

「もう少しだけ我慢して。部屋に着いたら思い切り泣かせてあげるから」

 耳元で囁かれた甘く蕩けるような低い声が聞こえ、柚希は小さく頷くと嵯峨の胸に顔を寄せたのだった。
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