【本編完結】妹に婚約者を寝取られましたが、幼馴染の冷徹公爵に溺愛されています

藍沢真啓/庚あき

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断罪の場で家族の縁を断ち切る

 黄金の光が、王宮の大広間を埋め尽くした。

 私の呟きに応じるように出現した天秤の幻影は、シャンデリアの輝きさえもかすむほどの神々しさを放っている。一般的には計算する生活魔法属性だと思われがちだが、この天正魔法は光属性に分類する。

 周囲の貴族たちは見たこともない大規模な術式の展開に、息をのんで後退った。

「な、なんだ、この光は……! 計算しかできない、地味な魔法ではなかったのか!?」

 ヒルトマン子爵が、掲げた手紙を握りしめたまま狼狽える。私はラファエルが背後で見守ってくれている確信を胸に、静かに、けれど大広間中に響き渡る声で告げた。

「私の天正魔法は、単なる計算の道具ではありません。世界に存在するあらゆる均衡を量るもの。そして、天秤の皿に乗せられた言葉が、真実か偽りか。事実を絶対の理によって暴くものなのです」

 私の正面には、醜く顔を歪めるかつての両親。足元には、膨らんだ腹を抱えて床に座り込み、恨みがましい目で私を睨みつけるリリア。後ろには私を守護するラファエルが立ち、彼の数歩後ろにヘルフリート殿下が喜劇を楽しむように唇を歪めている。

「……お父様……いえ、ヒルトマン子爵。あなたが持つその手紙を、私の天秤に乗せさせていただきます。それが本当に夫の直筆であり、リリアへの思いが綴られているものであれば、天秤は水平を保つでしょう。……さあ、その手紙をこちらへ」
「ふ、ふざけるな! これは我が家の大事な証拠だ! 貴様のような、親を他人のように扱う娘に渡せるか!」
「他人のようではありません。事実、絶縁状を渡した時点で、私たちは他人です」
「や、やかましい!」

 子爵は手紙を背後に隠すようにして叫んだ。その卑屈なまでの往生際の悪さに、会場から侮蔑の視線が子爵に投げかけられる。そんな中、これまで推移を見守ってきたヘルフリート殿下が、冷徹な声で短く命じた。

「騎士たちに命じる。その証拠とやらをヒルトマン子爵から回収せよ。真実ならば、我が友も夫人も納得するだろう。だが、王家主催の夜会で王太子ならびに準王族たる公爵を欺こうとしたのであれば、相応の覚悟はできているのだろうな……?」

 ヘルフリート殿下が右手を軽く振ると、白い制服を着た近衛騎士たちが、悲鳴をあげて抵抗する子爵から手紙を奪い取る。贅肉だらけで運動すらしなかった子爵が、鍛えられた騎士に敵うはずもなく、あっけなく奪われた手紙は私の前にある天秤の皿へと放り込まれた。

 もう片方の皿には、私に宛てたラファエル直筆の手紙が乗せられている。あとで読んでほしいと耳元で囁かれたばかりだ。

「量ります」

 そう、宣言した途端――広間を揺るがすほどの不協和音が鳴り響いた。

 偽造された手紙が乗った左の皿から、どろりとした、どす黒い霧が溢れ出す。それは嘘をつく者の濁りのようであり、偽造インクに含まれた魔力の残渣でもあった。左の皿はまるで鉛の塊でも乗せられたかのように、凄まじい勢いで傾いた。

「……っ!?」
「量るまでもありませんでした。その手紙に宿る魔力は、夫の物ではない。それどころか、筆跡を模倣するための違法な魔導具の跡が、これほどまでに醜く天秤を汚している。……ヒルトマン子爵、これでもまだ夫の恋文だと仰るのですか?」
「そ、そんなはずは……! これは完璧・・に……」

 子爵が口を滑らせた瞬間、周囲の貴族たちから冷ややかな視線が子爵に集中した。
 『完璧に偽造した』と言おうとしたのだ。自白したも同然。ヘルフリート殿下も確実に聞いただろう。これを覆すのは難しいはずだ。

 私は父から視線を外し、人の波間で顔色を白くさせている男女を見据える。彼らはランベルト伯爵夫妻だ。彼らは除籍したといえ、自分たちの息子であるエドガーが、ヒルトマン子爵たちの策略に協力したのを初めて知ったようだ。

 ランベルト伯爵夫人は扇で顔を隠し、震えながら呟く。

「……なんてこと。あのような方々と、我が家が縁を結ぼうとしていたなんて……。エドガーがああなったのは、あの方たちが唆したに違いないわ……!」

 ランベルト伯爵夫妻は日和見主義を決め込み、家に影響が出ると知るや息子エドガーを切り捨てた。その卑屈な保身の在り方さえも、私の天秤は許すつもりはない。しかし、今の私の優先順位は、目の前の醜悪な元家族にある。

「お父様、お母様。あなた方は、私が実家にいた頃、計算しかできないこの魔法を『金勘定しか使えない卑しい力』と蔑みましたね。けれど、その卑しいと蔑んだ魔法で、あなた方の嘘が衆人環視の中に晒されています。これ以上の皮肉はありませんね。……リリア、あなたも」

 私は床に座り込んでいるリリアを見下ろす。

「あなたは先ほど、お腹の子がアインハルト家の血を引く子と言ってたけれど、それが事実か測りましょうか? 子の天秤は血脈の不一致さえも逃がさない。もし嘘であれば、その偽りの反動であなた自身の魔力回路を焼き切ることになるけれど……それでも、実証してみる?」

 淡々と述べれば、リリアは唇をブルブルと震わせ、頭を抱えながら咆哮した。

「嘘よ、嘘なの! お父さまに言われたのよ! こう言えば、お姉さまは優しいから、公爵家に置いてくれるはずだって! ああ……どうして、私だけがこんなに惨めな思いをしなきゃいけないの。お姉さまはあんなにきれいなドレスを着て、あんなに素敵な人に愛されているのに!」

 リリアの叫びは自白というより、ただの嫉妬の爆発だった。彼女の醜い本性が露わになるたび、会場にいる令嬢たちの目は氷のように冷たくなっていく。

(立場が逆になったということに気づいていないのね、リリア)

 実家にいた頃は、リリアが綺麗なドレスを着て、両親に愛されていた立場だった。私はただ家にこもって、父に押し付けられた帳簿を睨み続ける日々。それを当然だと言って、父も母も褒めてはくれなかった。そんな私を蔑み、婚約者だったエドガーまで奪って笑っていたリリア。

「不快だ」

 私の苦しかった過去を切り払うように、ラファエルが低くも広間の隅々まで届く声で断じた。

「我が妻を、そして我がアインハルトの名を、これほどまでに穢した罪……万死に値する。ヘルフリート殿下、俺の個人的な裁きを待たずとも、この者たちは国に仇なす逆賊として捕縛するべきかと」

 ヘルフリート殿下は、鷹揚にうなずく。

「ああ、もちろんだとも。アインハルト公爵夫人による天正魔法での照明。これ以上の確証はないだろう。王家主催の夜会を混乱に陥れたことによる不敬、アインハルト公爵家の誹謗中傷と文書偽造。きっと、他にも余罪が出てくるだろうが……それはおいおい。……騎士たち、彼らをこの場から退場させろ」
「はっ!」

 騎士たちによって引き立てられる父もリリアも、無駄なあがきを続けている。母は呆然自失で、幽鬼のようにふらふらとしていた。

「ま、待ってください! 私は子爵だ! 貴族の権利がある!」
「離してよ! わたしは公爵夫人の妹なのよ! 汚い手で触らないでよ!」

 強引に騎士たちに引きずられながら出ていく彼らの声が遠のいていく。多分、もう二度と彼らに会う事はないだろう、という予感がした。

 私は展開していた魔法をゆっくりと収束させた。巨大な天秤が光の粒子となって消えていくなか、視界がわずかに歪んだ。慣れない大規模な魔法の行使に、眩暈を起こしたようだ。倒れそうになる私の体を、ラファエルの逞しい腕が包むように抱き締めてくれた。

「よくやった、ディナ。もう大丈夫だ。……全て、終わったんだ」
「エル……。あなたを傷つけたあの人たちを、家族であっても許せそうにないし、家族だったからこそ恥じています。ごめんなさい」
「謝らなくていい。俺はディアナ・ヒルトマン子爵令嬢だから愛しているわけではなく、ディナだから愛おしいんだ」

 ぎゅっとラファエルの腕の中に包まれ、私はホッと息をついて口を開く。

「悲しい。でも……心は不思議と凪いでいるんです。家族を公の場で断罪したというのに、酷いですよね……私」
「……それでいい。あいつらを許す必要もないし、そのことでディナが心を傷めなくてもいい」

 ラファエルは私の震える肩を抱きしめ、大丈夫だと何度も囁いてくれた。

「あ……あの……」

 これまで傍観していたランベルト伯爵夫妻が、自分たちの身を守るつもりか、こちらへすり寄ってくる。しかし、ラファエルが一瞥した途端、彼らは石のように固まって動かなくなった。

「ランベルト伯、除籍したとはいえ貴公らの息子の処遇についても、明日、正式な場を設ける。今夜は、これ以上我々の視界に入ることは許さない」

 有無を言わさない拒絶を言い渡され、ランベルト伯爵夫妻はすごすごと大広間を出ていった。

 ラファエルは私を守るためなら、社交界のあらゆる権威を敵に回すことさえ厭わない。時々心配にもなるけど、彼のあまりにも重く激しい愛を感じながら、私はまっさらな自分になったのだとホッと小さく息を吐いた。


 ◇ ◇ ◇


 大広間では、再び音楽が流れ始めていた。

 私とラファエルはヘルフリート殿下に感謝を告げ、嵐の去った王宮をあとにした。

 夜風に舞う名残り雪が、月の光に反射してキラキラと輝いて美しい。馬車に向かう私の足取りはとても軽かった。

「今夜は一緒にダンスを踊ることができなかったな」

 ぽつりと漏らしたラファエルの愚痴に、弾んでいた足を止めて振り返る。月の光の下、ラファエルの表情はあまり変わっていないが、彼から感じる気配は残念と言わんばかりだ。

「また、いつでも一緒に踊ることはできるわ」
「だが……」

 そっと私から視線を逸らし、不満を漏らすラファエル。私は仕方がないな、とラファエルの手を取り、ニッコリと微笑んで提案をする。

「ね、音楽もかすかにだけど聞こえているし、ここで少しだけ踊りましょう?」
「え?」
「ダメ?」
「ダメじゃない。俺も……ディナと一緒に踊りたい」

 首を横に振ったラファエルは、私の腰を引き寄せ、かすかに聞こえる円舞曲に合わせてステップを踏み始める。

 月明りの下、誰も見ていない公爵夫婦のファーストダンス。ドレスの裾がふわりふわりと翻り、地上に星の河が小さく瞬く。それはとても美しくて、とても優しい輝きだった。

 けれど私はまだ知らない。

 王城の地下牢で廃嫡された男がどのような最期を迎え、国外へと追われる家族がどのような地獄を見るのか――

 それは、今夜の甘いひとときののちに、ラファエルが一人冷徹に噛みしめる終焉の出来事だった。
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