【本編完結】年下料理男子と社畜ラノベ作家の恋ごはん

藍沢真啓/庚あき

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お花見弁当でプロポーズ①

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 水で薄めたような淡い青。ゆったりと横たわる白い雲。そして眼下には目にも鮮やかな真っ青なネモフィラが咲き乱れている。

「おぉ……っ。これが本物のネモフィラ……」
「健一さんは見るの初めてですか?」

 振り返ると、クスクスと忍び笑いをする涼さん。顔にありありと「微笑ましい」と書いてある。
 たまに自分が彼よりも年上だってのを忘れてしまう位、涼さんはいつも落ち着いてると思う。それがたまに癪だなと感じてしまうのは、俺が子供っぽいからなのだろうか。

「噂には知ってたけど、本当にネモフィラって青い花なのね」
「文、うちの庭にも植えてみる?」
「あら、いいわね。……あ、でも、私もあなたも園芸やったことないのに大丈夫かしら?」
「それなら、うちの優秀な秘書補佐がふたりもいるんだ。きっと彼らなら、しっかりと知識を詰め込んで世話をしてくれると思うよ」
「「無茶ぶりしないでください、社長……」」
「……どうしてあなた達がいるんでしょうね」

 そう。この場にいるのは俺と涼さんだけではないのだ。
 K出版社長で、涼さんの従兄弟である博貴さんと、涼さんのお姉さんの文さん夫婦。それから博貴さんの秘書補佐をしている周防さんと枳殻さん。
 総勢六名の大所帯になってしまったのは、ひとえに俺のせいだった。


 先日、偶然(と、正直俺は思っていない)行ったコンセプトカフェで、俺が作家としてデビュー時からお世話になっている出版社社長である、白井戸博貴さんと知り合う機会があったのだ。
 まだそれだけならいい。こともあろうか、博貴さんは奥さんである文さんが妊娠したので、俺に秘書の代理を勧めてきたである。いくら何でも滅茶苦茶な話だ。
 しかも俺以上に困惑と憤慨を示したのが、俺のこ……恋人の涼さんだった。

『何を馬鹿な妄言を吐いてるんですか。一度病院に放り込んだほうが、そこの秘書補佐といいながら、なんの役にも立たないふたりにもよろしいんじゃ? むしろそこの役立たずも一緒に放り込んであげますよ』
『ひとを精神異常者にするのはやめてくれないかな』
『間違ってないでしょう? どこの世界に、畑違いの仕事をスカウトする人がいるんです? それに、健一さんは現在次に向かって休養中なんです。せっかくオレと一緒にいられる時間が増えたってのに、どうして邪魔されなくちゃいけないんです』
『涼ちゃん、そっちが本音だろう?』
『それがなにか?』

 喧々囂々とやり取りをしているふたりを見て俺は、このふたり実は仲が良いのでは、と訝んだのは内緒だ。下手にやぶを突くのよくない。
 涼さんがヤンデルのはとっくに気づいてたけど、博貴さんも妙な執着心があるのを感じ、文さん大変だな、とここにはいない彼女へ同情心が芽生えてしまった。

 結局、秘書の話は文さんが育児休暇に入るまでに返事を──俺はきちんと断ったが『またまた』で一蹴されて聞いてもらえなかった──保留することになったのである。
 やっぱりヤンデルは人の話をちゃんと聞いてくれない耳をお持ちのようだ。

 で、その数日後。今度は文さんが涼さんのお店に周防さんと一緒にやってきたのである。
 ちなみに枳殻さんは博貴さんのところで泣きながら仕事をしているそうだ。……泣きながらの部分が気になったが、沈黙は金雄弁は銀。黙ってるに越したことはない。逆に周防さんはにこにこで文さんに付き添っている。
 ……博貴さん、もうちょっとふたりに優しくしてあげて。

 文さんの訪問理由も俺の勧誘だった。

『本音を言えば、高任さんを離したら、涼がキレるの分かってるんだけどね。博貴さんも一度決めたら頑固だし、補佐の周防も枳殻も任せるには……ね』
『ね、と言われましても……』
『そんな使えない補佐なら、さっさとクビを切ればいいのに。あの人なら安易にやってのけるんじゃないんですか』
『ぴえん』

 サラリとまだ会って二回目の相手に対して毒を吐く涼さんに、俺は苦笑いするしかできない。文さんもどうして同意してるんだか。周防さん、『ぴえん』はないと思う。あなた、俺とそんなに年齢変わらないですよね?
 もうね、素敵なカフェだというのに、店内は暗雲立ちこめてるし、蛇とマングースの威嚇の幻とか見えちゃうよね。もうこれは危険しかないと判断した俺はつい言ってしまったのだ。
 『涼さん、ネモフィラ見に行くの、いつにする?』と。

 当然、文さんが食いついた訳で。そこから俺や涼さんが唖然とする中、文さんは博貴さんに連絡を取り出し、あげくの果てに秘書補佐ふたりまでもが同行させるとかカオス展開に。ええ、涼さんが最終的に般若になって、ふたりを追い出しました。文さん妊婦! もっと大事に!
 でも、ネモフィラ畑に行くことは決定になったみたいで、涼さんがお弁当担当にさせられたようだ。その夜は朝方まで眠らせてもらえなかったのは余談として報告しておく。

 それが今回の大所帯の経緯である。

「姉さん、はい」

 涼さんがそう言って、大きな風呂敷に包まれた物を、文さんの傍にいた博貴さんへと渡す。

「なに、これ」
「姉さん要望のお弁当です。四人分入ってますので、どこか適当な場所で食べてきてください」
「は?」
「ここから別行動です。お忘れかと思いますが、オレたちデートでここに来てるんです。あなた達が勝手に同行したんじゃないですか。なので、ネモフィラ畑にお弁当、ここまですれば十分ですよね?」

 にっこり笑って、涼さんは俺の手を引いて、さっさと彼らの環から離れていく。俺はどうしたらいいのかわからず、とりあえずは「すみませんっ」と言いながらも、涼さんにドナドナされていったのである。

「りょ、涼さんっ。あれはあまりにもっ」
「いいんですよ。本当にオレの行動をとがめるのなら、あの人が口を出してたはずなので」
「あの人って……白井戸社長のこと?」
「それと姉さんですね。なんだかんだあの人たちも普段は仕事に縛られているから、何かしら会社から離れる理由が欲しかったんでしょう」
「……」

 俺は内心で「ふうん」とつぶやいていた。
 やり取りだけを見ていれば、犬猿の仲としかいいようがない彼らだけど、実際は長年の付き合いの積み重ねが築いた信頼関係が成り立っているのだろう。
 だからこそ何だかんだ言いながらも、博貴さんたちにお弁当を作ったり、今日のお出かけを最終的には拒否しなかったんじゃないかな。
 やっぱり涼さんは本当は身内に優しい人なんだ。

 俺は周囲に人がいないのを幸いに、涼さんの腕に自分の腕を絡めて「涼さん大好き」と、心を込めて彼にだけ聞こえるようにつぶやく。
 まさか俺が誰がいるかわからない場所でそんなセリフを言うとは思ってなかったのだろう。小さく「え」と言葉を漏らして、信じられないようなものを見る目で俺を凝視している。失礼な。俺だって自分の気持ち位ちゃんと口に出して言うこともあります!

「涼さん?」
「健一さん。お願いです。もう一度。言ってくれませんか?」

 一句一句かみしめるように懇願する涼さんに腰を引かせつつ、彼の耳元で「涼さん大好きっ」とささやいて、それから耳朶にそっとキスを送ったのだった。
 これが俺の精一杯です。
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