【※読み切り】償いの科学者

細川あずき

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償いの科学者

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見上げると青空が広がっている。
降り注ぐ太陽の光が心地いい。
らしい。


見上げると腐ったようなコンクリートの建物が等間隔で広がっている。
降り注ぐのは大人の拳とゴミを見る目。
だろう?
そうじゃない世界があるものか。
少なくともこの貧困街ではありえないね。


でも初めて拳以外の手が差しのべられた。

「テメー、俺の弟子になれ」
「・・・・・・は?」

手のひら、腕、肩、顔、の順に見る。
手は荒れて指先はボロボロ。
身に纏うのは白衣。
若い、男の人。少なくとも拳の大人よりずっと若い。
「・・・・・・誰だ」
「科学者。テメーは?」
「孤児」

カガクシャ・・・・・・おもしろい名前。
コジ?名前が無いから『孤児』と掛けてんのか?素晴らしい自虐だな。それとも言いたくないか・・・・・・


ここに、カガクシャとコジが出会った。



「なんで俺に構う。俺以外にも子どもはいる」
「ああ、いたな」
「・・・・・いた?」
「生き残ってるのはテメーだけだ。この街の奴らはもう皆殺られちまった」
「・・・・・・」
表通りに出ると多くの死体が転がっていた。
そしてその死体を機械的に処理する人達。見知らぬ防具を身に纏い、せっせと死体を運んでいた。
「・・・・・・なんだ、これ」
「皆、吸血鬼に殺られた」
ふぅ、とため息をつく科学者。
「どうやらテメーはその首飾りのお陰で襲われずに済んだようだな」
科学者が指差すのはコジの首元のネックレス。
そっと触れるとキラリと輝く。
「吸血鬼?・・・・・・どうして皆が襲われてるって気付かなかったんだろう・・・・・・」
「そりゃ、俺が話しかけるまで意識なかったからだろ」
「寝てたんだ」
「嘘つけ」
コジは夜、死んだように眠る。まるで目覚めた後に差し込むのが太陽の光でありますように、と懇願するかのように。
生憎、差しのべられたのは荒れた手だったが。
「で、どうする?俺と行くか?ここよりマシな環境ではあるぜ?」
この街に未練は無い。
夢も希望も目標も無い。
でも死ぬかと言われたらそうではない。
ただ生きているだけなら、どこでも一緒だろう。
「・・・・・・行く」
「決まりだな」
こうして人手が欲しい科学者ととりあえず生きているコジの奇妙なタッグが成立した。




消えた親の代わりに妹を守ると固く誓った。
妹はそんな俺に健気に着いてきた。
絶対に守る。妹だけは学校に行かせて、お腹いっぱい食べさせて、綺麗な服を着せてあげて。
この笑顔を絶やさせない。

なんて、笑えるな。
守れなかったじゃん。
ここに転がってる死体は妹だろ?
殴り殺されてるじゃねえか。笑える。
どうだ?悔しさのあまり見上げる夜空は。結構星が見えるだろ?妹も星が好きだったよな。綺麗だよな。残酷なほどに。
ここでコジの心は一度死んでいる。もう、3年も昔だ。







「・・・・・・まずはテメーの手当てだな」
持っていた鞄から色々出して手際よく包帯まみれにされた。
人に触られても嫌じゃないのは久し振りだな・・・・・・

どんだけ放っておいたんだバカ野郎。
と、バツの悪そうな顔で軽く頭を叩かれることもあった。
「で、テメーは何歳だ?」
「・・・・・・13」
「ほーん。俺18」
大人びた雰囲気を纏わせるが、ニッと笑った表情はあどけない。
「改めて、よろしくな」
「・・・・・・はい」
握手、をした。


「克服種がいるぞ!逃げろ!」


いきなり大きな声が響いた。
いち早く科学者が反応、声の方へ顔を向ける。コジもまた科学者の目線を追う。
「おいおいおいおい、克服種だぁ?ラッキーじゃねえか!いい経験だ!行くぞ!」
「えっ」
叫ばれた声から察するに『克服種』なるものはよろしくない存在ではなかろうか。それなのにこの科学者、紅潮しているではないか。
科学者はコジの手を引っ張り、駆ける。
周りにいた死体処理の人達は科学者とコジとは逆方向に逃げて行く。



二人して建物の影に身を潜め、様子を伺う。
少し遠くで立ち込める砂ぼこり。黒い影がその奥でイビツに動いている。
「?」
コジは興味が湧き、目を凝らしてよく見る。
砂ぼこりの合間から影の正体が見えた。
鋭い眼光。
真っ黒の目。
滴る唾液。
無数の鋭利な鞭。と、その先に刺さる干からびた死体。
太い四肢。
「犬?」
デカイ犬。3メートルはある。
「ああ、今回は犬型の吸血鬼。是非ともサンプルが欲しいところだ・・・・・・」
「さんぷる・・・・・・」

「Dr.ルイト!そこは危険です!」

ドクタールイト・・・・・・?聞きなれぬ言葉と声に驚き、振り向く。
女の人だ。それも戦闘服を身に纏い、銃を持っている。
「・・・・・・誰?」
拳の大人か?
身構えたコジの頭に科学者がポンと手を置く。
「アイツは軍人、アザル。アザル・スヴァンニ。仲間だ」
「・・・・・・・ドクタールイトは?」
「俺のこと」
「えっ」
カガクシャという名前ではなかったのか。
科学者の名前はルイトだったのだ。
「Dr.ルイト!逃げてください!戦闘力0の科学者は出番無いです!・・・・・・その子どもは?」
アザルがルイトを小馬鹿にしたと思えば、コジの存在を問う。
「生き残り。俺の弟子だ」
「おお!とうとう誘拐ですか!」
「ちっげーわ!孤児だ!」
「ま、どうでも良いですけど。さっさと逃げてください」
「へいへい。そっちも気をつけろよ」
「ありがとうございます。ここからは我々軍人の舞台です」
アザルはそう言い残して去る。
遅れて数十の軍人達がアザルの加勢に入った。
「おーっし、おとなしく逃げっか」
「は、はあ・・・・・・」

Q.なんでわざわざ来たの?
A.科学者の好奇心。

コジは振り回されてばかりだ。
二人が出会った場所まで戻る。ここまで来れば遠くに銃声が聞こえる程度。
アザル達なら平気だ。この部隊の精鋭。アザルは新人の頃からの顔見知りだしな。実力は確かだ。
とコジに言った。
もう少し歩き、街の入口まで行く。
見知らぬ乗り物がいくつも停まっており、死体処理に追われる者や、軍人がいた。
そう言えば、死体は全て脳天を撃たれているな。
ルイトの他に白衣を着る者は見当たらない。
「ねぇ、吸血鬼って、何?」
今さら。
ルイトが車のトランクを開けている時に、コジが問う。
当たり前のように皆行動しているが、コジにとっては13年生きてきて初めて聞く言葉だ。
「あ?あー・・・・・・血を吸う怪物って言えば一瞬なんだろうが・・・・・・」
ルイトは一瞬手を止めて斜め上を見た。が、すぐに再び荷物を漁る。

『知らない人に着いていかない』と言うことを幼少期で教わるように、吸血鬼の一般常識も普通は備えている年頃だ。しかし、コジは普通ではない。

「発生源はここよりずっと南。と言われてるがぶっちゃけその情報は信用できねえ。一度吸血鬼に血を吸われたものは吸血鬼になる。元に戻ることはない。よく謂われるゾンビとは少し違う。一度吸血鬼の『体液』を接種すると成れ果てるっつーだけだ。まあでも、吸血鬼になる前に脳を破壊すればもうソイツは吸血鬼にならない。たまに強い個体『克服種』が湧くんだが、今の軍隊レベルなら鎮圧可能。吸血鬼の嫌いなものは銀とか十字架とか。テメーのそれは銀の首飾りだな。んで俺たちはその増え続ける吸血鬼を殲滅させるべく集まった有志だ。お、あったあった」
ふーん、とある程度理解しているコジに渡されたのは白衣とシャツ。
「俺のお古だけど、まー良いだろ。今の血と泥まみれの服よりマシだ」
ルイトはニッと笑った。
「・・・・・・何て呼べばいい?」
「あ?んなもん適当でいいわ。俺はルイト・ザフォー・イズドム。おっかねえ名前だろ?周りの連中はDr.ルイトとかルイトって呼んでる」
「じゃあルイト」
「おう。で、テメーの名前は?」
「・・・・・・俺は、」

ドゴォォオン!

遠くに聞こえていた微かな銃声が爆発音に変わった。
ルイトも振り向く。
「おっと・・・・・・これは不味いな」
犬型の吸血鬼を見つけた場所だけ黒い雨が降っていた。
「ルイト、何が起こってるの?」
「あれは『断末魔』だ」
「断末魔・・・・・・じゃああの犬の吸血鬼は倒したんだ」
ルイトを見上げると吸血鬼を倒した喜びの顔ではなく、正反対の感情が見てとれた。
「ああ、倒した。最悪の形でな・・・・・・クソッ!めったに起こらないんだぞ『断末魔』は!テメーはここにいろ!ちょっと行ってくる」
「駄目!俺も行く」
ルイトの白衣を握る。驚いたルイトは一瞬固まるが、すぐに落ち着き、コジの頭の上にポンと手を置く。
「情けねえ顔すんな。俺から離れるなよ」
「うん」

「Dr.ルイト!いるか!おお、いたいた」

またしてもドクタールイトを呼ぶ声が。今回は男の声だ。
ガタイの良い身体、顔に傷のある男がこちらに向かって走ってきた。
「アイツはコンヴェア。この部隊のトップだ」
「・・・・・・ルイトは頼られてるな」
「Dr.ルイト、まさかさっきの黒い雨は・・・・・・」
「ああ、間違いねえ。『断末魔』の『死の雨』だ。コンヴェア、テメーの部下総動員で救助に向かえ!」
「そのつもりだ。武器を補充次第な」
「よし、俺達もすぐ向かう」
「ああ、頼んだぞ科学者!」
ルイトはコジにマスクを渡す。あそこの空気は直接吸わない方が良いらしい。

道中でルイトがコジに『断末魔』と『死の雨』について教えた。
1%にも満たない確率で発生する『断末魔』と『死の雨』。
吸血鬼の息の根を止めた瞬間に、本体が大きく膨れ上がり、爆発する。これが『断末魔』。
そして、『断末魔』によって弾き出た吸血鬼の体液が地上に降り注ぐのを『死の雨』と呼ぶ。

雨は止んでいた。
一帯は吸血鬼の体液で黒く染められ、複数の肉片も見えた。おそらく吸血鬼のものだろう。
「誰か立ってる・・・・・・あの青い腕輪、新人か。おい!大丈夫か!」
たたずむ男が一人いた。ルイトが声をかけると、ゆっくり振り向く。
震える口元がゆっくりと言葉を並べた。



「Dr.ルイト・・・・・・これは・・・・・・ここは、地獄でしょうか・・・・・・」



「なっ・・・・・・!」
「クソッ!駄目だったか!」
コジは惨状に言葉を失い、ルイトは強く拳を握る。

たたずむ新人の男は一人の軍人の頭を短剣で刺していた。
その男の前に広がるのは
鋭い眼光。
真っ黒の目。
滴る唾液。
吸血鬼だ。
しかも先程まで犬の吸血鬼と戦っていた軍人たちの成れの果て。
「っ!こっちに来い!逃げろ!ソイツらはもう助からねえ!」
ルイトが新人の男に叫ぶ。
しかし、本人は目の前の惨状に脳が追い付かず膠着してしまっている。
「!ルイト!」
ルイトが新人の男を助けようと再び走る。
コジもこの状況がよく分からなかった。

ルイトは落ちていた銃を拾い、新人に襲わんとする吸血鬼を数体葬る。
その銃声で我にかえったコジもルイトに応戦しようと銃を持つ。
「しっかりしやがれ!おい!」
ルイトがその場に崩れ落ちた新人を揺さぶる。
「っ!すまねぇっ、俺の科学じゃ足りなかったっ!俺はまだ、まだ奴らに抵抗しきれねえのかっ・・・・・・」
ルイトもまた、心が折れかけていた。


「Dr.ルイト!伏せろ!」


その時、聞き覚えのある男の声がした。
ルイトは伏せた顔を上げて現状を確認する前に、側に来たコジと新人を無理やり伏せさせた。

ドドドドド!ドドドドドドドドド!

コンヴェア率いる横一列に並んだ軍人たちが、吸血鬼を銃で一掃した。
仲間であったという慈悲を込めて打った銀の弾は、確実に吸血鬼を仕留める。




静かになった。
ルイトはゆっくり起き上がり、コジに手を差し出す。新人は気を失っている。

砂ぼこりが舞い、漂う血のにおい。コジが毎日嗅いでいる匂いだが、今回はなぜか胸が締め付けられた。

ルイトは死んだ吸血鬼、成れ果て絶命した軍人たちの側に寄る。
「・・・・・・俺は、この部隊唯一の科学者なんだ」
ルイトはポツリポツリと呟く。コジは黙って聞く。
「・・・・・・吸血鬼に対抗すべく最高の武器防具を研究して軍に提供する。それが科学者の役割。研究の末、理論上、この防具なら『死の雨』も耐えられるという結論に至った。なのになんだよこれ。地獄じゃねえか。俺が作った武器防具のせいで皆、死んだ。その新人も、トラウマになってるだろうなぁ」
ルイトは泣くのが下手なのだろう、とても苦しそうに涙を流す。
コジが口を開き、言葉を並べる。
「・・・・・・この軍人たちが吸血鬼になったあと、誰も傷付けずに死ねたのはルイトが作った銃のおかげ。最後まで『人』として死ねたのはルイトのおかげだ」
「・・・・・・ヘヘッ、年下に慰められた」
「別に。ただの独り言だよ」
ルイトは顔を上げてコジを見つめる。
「!危ない!」
突然ルイトが叫ぶ。
コジが振り向くと、吸血鬼の残党が建物内から現れ、コジに牙を向けていた。

あ、逃げられない。

とコジは悟る。
それでもなぜが身体は横に倒れて牙を逃れた。

が、白衣に滲む鮮血がコジの視界を染める。
ルイトがコジを庇い、横腹を噛みつかれたのだ。
「!!ルイト!」
「ぐあっ!くっ!」
自身の横腹に噛みつく吸血鬼を銃で仕留める。
「アザ、ル・・・・・・テメーも、か・・・・・・ハハ」
ルイトを襲ったのはアザルだった。
「ルイト、大丈夫、大丈夫だよね。ルイト、ねえ、ルイト!」
カハッ、と血を吐き再び白衣に滲む。
コジは懸命に傷口を抑える。
『一度吸血鬼の『体液』を接種すると成れ果てる』
ルイトの言葉がコジの脳内を滑り落ちてゆく。
でもまだ、大丈夫だ。意識はこっちに向いている。
大丈夫。大丈夫だ。
「大丈夫・・・・・・だよね・・・・・・ルイト!ねぇルイト!ルイト!」
「・・・・・・ハハっ、ああ、だいじょうぶだ」
ルイトはポンとコジの頭に血まみれの手を置き、ニッと笑った。
安心しろ、と言いかけてコジの名前を知らないことに気付く。
「・・・・・・そういや、なまえ、聞けて・・・・・・」

「!俺は、俺の名前はガルダ。ガルダ・セイヴィアだ」

「・・・・・・」
「・・・・・・ルイト?」
もう返事は返ってこない。
頭にあった手がストンと落ちた。
何度も真っ直ぐ見つめてくれた金の瞳も閉ざされ、癖のある黒髪がさわさわと揺れるだけ。
荒れた手に触れても握り返してこない。


・・・・・・誰かが吸血鬼になったルイトを殺すのなら、俺が殺そう。
そして、俺も死のう。もう期待するのは嫌だ。疲れた。



『吸血鬼になる前に脳を破壊すればもうソイツは吸血鬼にならない』
なんでルイトの言葉を覚えているんだろう。


ルイトの額に銃を当てる。


「・・・・・・ねえ、ルイト、俺の名前聞けた?まあすぐにまた会えるけど」


引き金を引く。


しかしその直前、誰かがガルダの銃を払いのけた。
コンヴェアだ。

「・・・・・・何?まさか、子どもがこんな事するなって言うの?今さら」

ここでガルダの意識は途絶えた。








ガルダが次に目覚めたのはフカフカのベッドの上だった。
ああ、全部覚えてる。
唯一手を差しのべてくれたルイトとの出会いと別れ。結局最後はコンヴェアに止められて。情けない。
「よぅ、起きたか?ガルダ」
ガルダのベッドに座る人影。
耳を疑った。
ガルダはじわじわと目を見開く。
なんで、どうして、という疑問より、喜び。
とたんに涙が溢れた。

「ルイト・・・・・・!」

ガルダは起き上がり、強く抱きついた。
「うおっと、いきなり起きるな。一応俺も横腹やられたんだ」
「────っ!」
ああ、ああ、ルイトが生きている。
「ったく、まだまだガキだな」
ルイトはゆっくり頭を撫でてやる。
身体に押し当てられる顔は熱くて、小さくて。
「おれ、ルイトの弟子辞める」
唐突なガルダの宣言。顔を埋めたまま。
「は?おま、何言って」
「俺、ルイトの『護り手』になる!」
「!」
ガラリ、と扉が開く。
「お、起きたか、小僧」
「おお、コンヴェア。世話になったな」
「いや、最後の吸血鬼に気付かず、元帥失格だ。お前を手早く病院に運ぶために小僧を気絶させて・・・・・・なんという失態。申し訳ない」
コンヴェアが勢いよく頭を下げる。
ガルダはまだルイトに抱きついたままだ。
「だってよ、ガルダ」
「・・・・・・」
埋めていた顔をゆっくり上げ、コンヴェアに目を向ける。
「ねえ、オッサン」
「お、オッサ・・・・・・!?」
ガルダのオッサン呼びに傷付くコンヴェア。
「俺を鍛えてくれ。それでチャラだ」
「鍛える?」
「どうやらガルダは俺の『護り手』になりたいらしい。弟子は辞めるとさ・・・・・・」
「護り手、か。おもしろい。頑なに護衛を拒んできたルイトにも良い機会だ。是非とも手伝わせてくれ。あと俺はまだ24だ」
「「嘘つけ」」
「ルイト!あんたは知ってるだろ!」




「・・・・・・コンヴェア、謝るのはこっちだ。俺のせいで多くの犠牲をだしちまった」
ルイトとコンヴェアの二人、病院の屋上で夕日をみながら。
「はぁ・・・・・・言うと思ったぜ」
「は?」
コンヴェアがルイトに向き直る。

「あんたみたいな若い奴を、こんな重要な位置に置かせているのは我々大人だ。本来ならば熟練の科学者を置くべきなんだが、あんたを差し置いてこの位置に置ける科学者はいない。それほどまでに我々は吸血鬼について無知であるのだ。頼っているのは我々だ。気に病むな」
「・・・・・・フォロー下手だな」
「精一杯なんだが」
ルイトは照れ隠しと気遣いで顔を背けた。
「俺がこの位置にいるのは別に構わねえ。ま、たしかに、他の部隊と共有している武器防具は全て俺が研究したやつだ」
「ああ、あんたが作る武器防具がどの部隊の科学者が作る武器防具よりすぐれているからな」
ルイトはグッと手すりをにぎる。
「・・・・・・『死の雨』には耐えられない、という貴重なデータも得た」
「ああ」
「仲間の死を、無駄にしない。今度こそ、最高の科学で迎え撃ってやる」
「頼りにしてるぜ、科学者」
死んだ甲斐がありましたよ、Dr.ルイト。とアザルに言わせてやろう。
「そうだ、コンヴェア。あの新人、大丈夫か?」
「ああ、すぐに目を覚ましたぞ。しばらく落ち込んでたが、昨日から訓練に参加していた」
「そうか・・・・・・出ていかなかったんだな」
この部隊は強制ではない。限界を感じた者は数知れず脱落していった。
「じゃ、ガルダの様子見てくるわ。色々聞きたいだろうし」
「ああ、そうだな」




「なんで吸血鬼になったのに生きてるんだ?」
はい、予想通り。
まあ、この手の質問は腐るほど浴びてきた。
ルイトはガルダの隣のベッドに腰掛ける。
「正しくは『吸血鬼だから生きている』だ」
「・・・・・・は?」
「俺は俺の身体を散々実験台にしてきた。その副産物かと始めは思った。でも違った」
「・・・・・・どういうこと?」

「俺には吸血鬼の遺伝子が元々組み込まれてるんだ」

「へ?」
この人、今なんて・・・・・・
「ま、信じられねえよな。俺も信じられない。つまり、俺は吸血鬼とヒトの混血。先祖に吸血鬼がいるってことだ。少なくとも3世代以上前のな」
親父お袋じじばばは俺と同じような雰囲気だったからな。
と、付け足す。
ニッと笑う表情にあどけなさが残る。
「・・・・・・・すごいな・・・・・・」
「そう!おもしろいだろ!つまり!吸血鬼は繁殖可能で、何らかの手段を使って俺の先祖と意志疎通し交わったっつーことだ!吸血鬼の血は代々薄れていっているが、こんなにおもしろい事例聞いたことねえ!吸血鬼について研究しまくってる俺自身が貴重な被験体なんだ!実験台にしないわけがねえだろ!?だから、う゛・・・・・・っ」
横腹を押さえてベッドにうずくまるルイト。
呆然とするガルダ。
あちゃーという顔のコンヴェア。

つまり、元々吸血鬼の遺伝子が組み込まれているルイトは、今さら吸血鬼の体液が入ったところで何も起こらないと言うわけだ。

「そ、そんな俺こそ戦場に向かうべきなんだろうが、天は俺に戦闘力を与えなかったのさ・・・・・・」
横腹を押さえてびくびくしている。
「だから、俺にできる最高の形で貢献しようと思って科学者になった」
たしかに弱そうだ。いや、事実、弱い。
でもトップクラスの頭脳を持っているのもまた事実。
「・・・・・・じゃあ、俺も、俺にできる最高の形で貢献する。ルイトを、部隊唯一の科学者を守る」
「・・・・・・ああ、頼んだぞ。ガルダ」
強くなろう。孤独から引きずり出してくれたルイトのためにも。
無力な自分はもう嫌だ。




しばらくして、背が伸びたガルダと少し髪が伸びたルイトが並んで歩く姿が部隊で毎日見られるようになった。
ルイト曰く、今度は自分の髪でとある実験をしたいらしい。

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