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おまけ ミーティの受難1

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樹海の集落からニュールの転移陣で飛んだのは、エリミア王国の賢者の塔18層…常設転移陣の隣に然り気無く設置した終点だった。

1の年程前…大事変の後に来たとき築いた登録地点。
そして今から向かうのは、あの日…この塔の主だった大賢者リーシェライルがフレイリアルの為に自ら望み、此の世界の生物の縛りから解き放たれた場所。
ニュールがあの日以来…訪れていない場所であった。

その出来事に対し、特に思う所があった訳では無いと思う。
ただ…此の国を象徴するような人や場所は、ニュールが世界の枠の外に出されたモノであることを思い出させる。懐かしい暖かさを得ると同時に、不快とは違う…寂しさ…哀しみ…の様なものを味わうことになる。
引き受けたプラーデラを安定させる為に忙しかった事もあるが、足が遠のいていた。


18層に辿り着いた3人は、其所に満ちる美しく清々しい魔力にまず捕らえられる。突き刺さす様に激しく力強い魔力が容赦なく降り注ぎ、来訪者を選別する。
魔力に曝された身体は、奥底から浄化される様な感覚を味わう。
18層は既に賢者でないと耐えられない濃厚な魔力広がる領域。
塔に大賢者が繋がりし頃は、高位賢者でないと一歩も動けなくなるような場所だった。

「これって凄いな…」

モーイが辺りを見回しながら、感嘆の呟きをもらす。

「インゼルの白の塔やヴェステの赤の塔よりも強烈だよな」

ミーティも同意の言葉を返す。

「此の場所で既にサルトゥスの塔だった…時の神殿にある萌葱の間よりも濃いぞ。考えてみりゃ、以前行った下の階層でさえも濃い場所だったもんな…」

そして小さく小さく漏らす。

「…まぁ、そん時は凄いのを目の前にして、それどころじゃ無かったけどな…」

モーイが継ぎ足した最後の言葉は本当に呟きであり、誰の耳にも入らなかった。

「黄の塔に近いよな…でも、此処の方が激しく浄化されるって言うか…情け容赦なし…だな」

勿論ミーティは、モーイの小さな呟きに気付かず…引き続き塔に対する感想を述べていた。
その "凄いの" の存在を此れから存分に体感することになるとはミーティは露程も予想しなかったであろう。

初めて訪れた青の塔の上層部は、2人にとって飛び切り刺激的だったようだ。
ミーティとモーイは様々な感想を述べながら、楽しそうにニュールの後ろを歩き最上層を目指す。
一層ずつ上がるごとに魔力が強まり、壁に埋まっている空間魔力放つ様々な青い魔石からの魔力が身体を突き抜けていく。
大賢者リーシェライルが塔に繋がっていた時ほど鮮烈ではないが、往古の機構が最後まで動いていたためなのか…他の塔よりも魔力の流れを強く激しく感じる塔であった。
そして最終的に辿り着くのは、以前は大賢者相当の者しか近づくこと叶わなかった領域。

22層…青の間…天空の間と呼ばれる場所にたどり着いた瞬間、いきなり扉が開かれた。その扉を開け放ち現れたのは、久々に直接対面するフレイリアルだった。
大地の色した艶やかにうねる髪をそのまま下ろし、柔らかな木漏れ日のような優しい色の瞳をした少女が…扉が開くと同時に飛び掛かってきたのだ。
想わずニュールは後ずさり避けようとしたが、すぐ後ろにミーティとモーイが居たため甘んじて受け止めるしかなかった。

「ニュールゥ…凄くスッゴク会いたかったぁ」

ベソかきながら飛びついたその姿は、1の年前にニュールを巻き込んだ子供と同じであると納得できた。だが必要以上に育っている部分が、魔物な心持ちのニュールでさえも若干照れくさい気分にさせる。
ひとしきり熱烈な包容で再会の感動を味わい尽くす、そして嵐の様に吹き抜け落ち着くと…次はモーイへと移る。
勿論、ガッシリと正面から力強く…フレイはモーイを抱き締める。

「モーイに会いたかったぁ…会いたかったんだよ! 凄っくスゴく綺麗なお姉さんになっててメチャメチャ吃驚だよぉ!」

「…それよりアタシゃ、あんたの乳に口塞がれて窒息死しそうだよ…」

その巨大なモノを受け止め完全に埋もれてしまったモーイは、必死に顔を横にそらし…呼吸を整え返事をしていた。

フレイリアルは1年の間にイッキに巨大化していた。
元々モーイと大差ない背丈だったが、育ちの良い若木の枝の様にニョキリと伸びた。
そして前から "何の実だ?" ってぐらいデカかった膨らみは更に一回り大きく育つ。
姿だけ見れば、魅惑的な肢体持つ艶麗豊満な美女…と言う風体だが、顔は幼め可愛らしい系のため激しく不釣り合いだ。

歓迎の波が押し寄せる中、其所に多大な希望を持つ者が立っている。
一連の再開の抱擁を目撃し、期待に目を輝かせながら…懐かしき者が歓迎の意を示す…熱き包容の順番が巡る事を心待ちにする1人の男子。

「ミーティも会いたかったよぉ!」

モーイから離れ、今までと同じように再会の喜びのまま…ミーティに飛び込もうとしたフレイリアル。
ミーティも再び出会えた喜び…と、それにかこつけてアノ巨大な天からの恵みを受けた大いなる祝福を感じられるのでは…と言う期待に胸膨らませていたのに…裏切られる。
その場にいる全員がミーティのささやかな希望を阻止したのだ。

ニュールは腕を広げミーティの進路を妨害し、フレイリアルの横に居た男が前に出てフレイリアルの進路を阻む。そして最終的にモーイが、ニヨニヨと違う期待でだらしなく崩れた笑みを浮かべるミーティの首根っこを…背後からキッチリ掴んで止める。
そして、フレイとの再会は、ミーティの期待を裏切り…言葉のみの歓待となったのだ。


ニュールが、フレイリアルの進路を阻んだ男の横にいた…以前見かけたことのある気がする…長い金の髪を後ろに1つで束ねた…金目の端整なきらきらしい顔の作りをした男に話しかける。

「久方ぶりです…この状態で今は留まっているのですか?」

「うん、そうなんだ。やはり実体が有ると無いとじゃ違うからね…」

ニュールの挨拶と問いかけに答えたのは、20代後半ぐらいの見目麗しく均整のとれた肢体持つ大変美しい男だった。

「器は、以前此処に居た人形ですか?」

「そうだよ。僕が引き継いだ頃からずっと側に置いてた者なんだ。まぁ裏切ったから人形にしちゃったんだけどね。途中あっち側の奴らに飲み込まれるし…ヴェステに入り浸ってたみたいなんだよね。完全に内で縛られた人形の癖に僕の手を煩わせるって…本当に困っちゃうよね…」

柔らかく微笑んでいるのに、目の奥底が全く笑っていない。
ニュールは困ったような顔して微笑んで言葉濁す。

「勝手に帰ってきたのは良いけど、他に使い勝手の良いモノが手に入ったら…器ごと潰しちゃおうと思ってるんだ…」

事もなさげに涼しい顔で冷酷なことを語る。

ニュールはその者と既知の間柄のようであった。
見た目は勿論美しいのだが、それ以上に醸し出す雰囲気…身に纏い現われている魔力が尋常じゃない。
冷たく鋭く艶麗な…薄い青紫に色付く魔力。
モーイはその魔力から気付き、顔面蒼白になる。

「…えっ? だって…此処の大賢者様は…」

気付いたが故に思わず呟いてしまう。
モーイが示した気付きに対し、ニュールが説明する。

「大賢者の意識下は世界が存在しているような感じだろ? お前がオレの中でお前として存在した様に、賢者の石の中に取り込まれた者達は存在し続けることが可能なんだ。個を保てるかは我の強さによるけどな…」

ニュールも血生臭い内容は其処まで興味が無いので、スルリと元大賢者様の相手から抜け出し話を変えてみた。だが…そう簡単には見逃してもらえなかった。しかも、若干リーシェライルの気分に引っ掛かりを作ってしまい…絡まれる。

「ニュール…相変わらず君ってば失礼だよね…。僕が我が強いってこと? 一度ジックリ腹を割って話し合い、僕のことをもっと理解してもらったほうが良いのかな?」

瞳や髪の色は違えど…表に浮かべる表情がどんなに優しげであろうと、酷薄で…残忍なのに美しく…容赦なく突き刺す棘の様な本質は…大賢者リーシェライルそのものだった。
そして凍るような鋭い威圧感伴う魔力の質も色合いも…。

「遠慮させて頂きます」

淡々と遠慮なく…思ったまま断りを入れるニュール。
以前なら怖じ気づきつつ断り入れる状態だったが、今は躊躇なく悪びれず断る。

状況を密かに窺いつつ、成り行きを確認していたモーイは其の遣り取りを見て思う。

今のニュールは、必要性が有るのならリーシェライルと同じく…凄惨な場面を眉1つ動かさず簡単に作り上げるであろう。
モーイは少しの間だけニュールの意識下に居候した者として、確信を持って言える。
そして、モーイの思考にチラリと…ある考えが浮かぶ。

もしかしたらニュールは…魔物の意思と融合したから人の感情を失ったのではなく、大賢者…と言う状態に至るモノとして存在する事…若しくは至ってしまった事によって…少しずつ人からかけ離れた心持つ存在に変化してきているのではないか…と。

そう言った解き放たれしモノ達が此処に集っている…と言うことに気付き、モーイは若干背中が粟立つのだった。

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