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9. 鬱陶しい現状

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"エリミアで不穏な空気が流れている" プラーデラ王国の国王務めるモノとして…ある程度の報告を受けているニュール。
其の原因が何であるかは聞かずとも判断できた。

遠距離に在る…とは言え、未だフレイリアルの守護者として契約繋がる身であり…その繋がりより現状窺い知ることは可能である。更に大賢者として深層の繋がりからも、実情理解するのに必要な情報を自然と得ていた。
フレイリアルがヤラカシタ…急激な機構の改変も、それが引き起こし…導いた結果も…勿論十分に把握する。

「おいおい…まったく何なんだ。自重…って言葉を知らないのか?」

思わず遠方にいる守護すべきモノを憂い、頭を抱え独り呟くことになったニュール。
成り行きを見守っていた結果は唖然としたモノであり、精査した結果…守護者としての役割果たすために直接赴き…早々に措置を取るべき状態まで至っている…と判断した。

「あのブッ飛び姫様は………」

其れ以上の言葉を継げなかった。

そんな中…突如として意識下の深い領域…繋がるモノでさえ接触の有無を感知出来ないような場所から違和感が伝わる。純粋な魔力とでも呼べそうな其の存在に気付いた時には、強制的に意識下へ引きずり込まれていた。
沈むように潜った其の場所へ、懐かしい美麗な姿が…忽然と現れる。

「久しぶりだね」

爽やかな笑顔を浮かべ…其の輝かしき面差しを晒し、滅多に見ることの出来ないような美しきモノが立っている。
灰簾魔石色の淡い青紫の輝き纏う、華々しくも危うい酷薄な笑み浮かべ現れたモノ。
目の前に顕現した元大賢者でありフレイリアルの助言者コンシリアトゥールであるリーシェライルが、強引に一方的にニュールに語り始める。

「無理矢理来ちゃったから用件だけ伝えるね。取り敢えず…エリミアの…フレイの件は、僕に任せておいてくれるかい?」

其の内容は丁度ニュールが勘案していた事だった。

「フレイが現状知ることで、心重くなってしまったり…彼女の自由な気質が損なわれたら悲しいじゃないか…。だから…大事にはせず、害意ある者には十分反省させた上で…内密に処分しようと思っている。ニュールは手出ししないでね」

その後リーシェライルは、浮かべていた厳しい微笑みを…優雅で柔らかなものに切り替え…余韻残すように其の場から消えた。

「嵐のように一方的に現れたが何だったんだ…」

同意も取らず、言いたいことだけ伝えて立ち去った。

「内密に処分…って言うのは些か物騒だが、穏便に始末するって事か?」

無理矢理落とされた意識下から戻り、目を開けたニュールが独り言ちていた。
穏便に始末も十分に凶悪な気がするが、ニュール的には処分より始末の方が優しいと感じるようだ。

「まぁ良いさ、この件は手出し無用…と言うことで片付いたな。世界から消失するものが最小限である事を願おう」

異を唱えたとて変わりようのないリーシェライルの通告。
其の宣言に従い、一瞬にして手を引く決意をするニュール。
望むところであるが故に決断も早い、気持ち切り替え他人事とする。

この妙なサバサバした感覚は、大賢者に共通した部分かもしれない。
自分勝手に興味のある事のみに意思を貫く。
ニュールは…言葉通り全てをリーシェライルに任せ、どう見ても面倒な揉め事を…そのまま有難く放置する事に決定したのだ。

確かに "フレイリアルを殺害対象として付け狙う者が居る" …と言うことで、国を超えてニュールまで届いた情報であり危険性の高い内容だった。
だがフレイリアルとの守護者の繋がりから来る感覚は、至って平常であり…楽しげでさえある。
情報と現状の解離。
若干気になるのはフレイリアル自身が全く気付かぬ…と言うこと、リーシェライルが何故にニュールの意識下にまで訪れ沈黙を求めたのかの不透明さ。

「しいて言うならば…狙われている本人に気付かせないため、此方の動きを察知して早急に対応した…。隠しきる気満々…だったからな。だが、明確ではない…な」

リーシェライルの意図が不明で、スッキリしない部分が残る。

しかも…今やフレイリアルも大賢者であり、魔力扱いは…並の賢者など到底及ばぬ力持つ。巫女であった事から来る特別な魔力行使も可能であり、下手な暗殺者など束できても一網打尽に出来るであろう。
その様な能力を持っていても、自身の置かれた…狙われている状況に気付かない危機的呑気さは国宝級かもしれない。
本人に気付かせ対応するのが安全性高める最善策…であるのに、リーシェライルは事を難しくする。

極まる…鈍感っぷりと、究極の…過保護っぷり。

「はぁ…気付かないのも問題だが、隠し通そうとするのも問題。どっちもどっち…だ」

思わず溜め息が出るニュール。

「何にしても、影響が出ないのなら関わらず遠くに置くのが得策…」 

魔物的冷淡さで呟く。
散々痛い目見て学習した此の状況では、変な甘さは消える。
勿論…此れらの言葉呟いたのは、リーシェライルが意識下から完全に消えたのを十分確認してから…。
リーシェライルの面倒さは、嫌と言うほど実感している。
故に心の奥…勝手に入り込めない意識下からでも隠せる場所へ、丁寧に思考をしまい込むニュールなのだった。


エリミア辺境王国は、一般には閉じられた国であり自由な出入りは禁止されている。

それでも王族の招待による外交は常日頃から行われており、今回はフレイリアルの招待により急遽プラーデラの使節団が賢者の塔に来訪・滞在することになった…と対外的には伝えてある。
内密で入国する自身や…真の目的を紛らわし覆い隠すため、ニュールはプラーデラよりピオを呼び寄せた。

フレイリアルが非公式に自身の守護者であるプラーデラ国王ニュールニアをエリミアへ招いたが、多忙な国務に追われ来訪出来ぬため…代わりに宰相含む使節団が来ることになった…という設定にしたからだ。
慎重に対応しながら、周囲を欺く。

一応、プラーデラの非公式の使節団が5人程でエリミアを訪問…と言う形がとられる事になった。
予定的では招き入れたフレイリアルとの謁見を最初に行い、同行する…と言う形で其のままエリミア国王との拝謁へ向かう手筈である。
目眩ましの為の使節団来訪ではあるが、疑念抱かれない様…公式な訪問に準じての日程を組んだので正式なエリミアの国王への謁見となる。

その前に、まずは前段階となるフレイリアルとの謁見…顔合わせであった。

「この度、エリミア辺境王国第6王女フレイリアル様に拝謁賜り恐悦至極にございます」

いかにも真摯な態度で…厳かに挨拶述べる使節団筆頭、プラーデラ王国宰相を務めるピオの胡散臭い挨拶が厳粛な間に響き渡る。
この場で初めて使節団要員と対面する事になったフレイリアルは、自身の表情が明確に凍りついたのを感じ取るのだった。

目の前に現れた者を認識し、フレイリアルは表情を取り繕う事が出来なかった。

ニュールからヴェステの者を何名か引き入れたと言う話は聞いていたし、ミーティからも…師事しているヴェステの者に関する愚痴を聞いていた。
いつかそう言った者に遭遇する…と言う事も理解していた。

だけど、頭で理解する事と感情は別物だと…その時思い知る。
出会った瞬間、表情も思考も凍りつき…その後は苛立ちと怒りが湧きあがり…その後悲しみと悔しさが訪れた。
ありとあらゆる悔恨の記憶が…ポツリポツリと天から降り注ぎ…涙の如く流れ落ち、ゆっくり…パラパラと…目の前に集まっていく。
そして一つ一つが持つ記憶を指折り数え思い出す毎に、再度…純粋で冷静な怒りが新たに生まれ…心の中を埋めて尽くす。

『…私はヤッパリ簡単には許せない…』

出会った被害に思い馳せれば当然の結論である。
フレイリアルの中で…強い思いが心の奥底で纏まり、一つの魔石のように固まるのを感じた。

大賢者の執務室横に設置された応接間にての謁見時、フレイリアルは憮然とした表情を包み隠さず…態度にもそのままを表す。
目の前の相手から、視線も…姿勢も…完全に逸らし…ほぼ真横を向いている状態。
その場で怒り爆発させないために選択した究極の態度だった。

エリミアとプラーデラ…合わせて全体で20名程にしかならない非公式に近い謁見ではあったが、国の代表として他国の使節に対するにしては…相当に不適切な振る舞い…とも言える。

指摘されたならば、その通りとしか言いようがない失礼極まりない行動。
だがフレイリアル自身…全く改める気は無かったし、他から強制されたとしても…修正しようもない状態。
目を合わせてしまえば…それこそ国としての品位を疑われる様な罵詈雑言の数々が、口から溢れ出しそうだった。

助けに行く道を阻み…騙した挙句に拉致し…仲間を傷つけ…散々フレイリアル達を陥れてきた者。
遊び半分かと思える程に楽しみながら陥れ…弄び悦に入る様子が、フレイリアルの脳裏にシッカリと刻まれている。
外道中の外道としか思えない様な者…フレイリアルにとっては世の中の害悪にしかならない様な者が、目の前に…プラーデラ王国の宰相ピオとして現れたのだ。

フレイリアルにとっては、エリミアで遭遇した小憎らしいヴェステの影《14》であり…サルトゥスで再び対峙した腹立たしい《五》であり…タラッサからヴェステへ向けてフレイリアルを連行した…いけ好かない隠者Ⅸである。
どの様な時…どの様な場面であっても、敵としてしか認識出来ない者。

勿論、下劣な指令を出している者…ヴェステ国王の下で動き従っていた…と言う事は理解している。
其れでも此の者が…自ら外道で魔物な諸行を楽しみつつ行っていることが、近くで接触したフレイリアルには伝わっていた。
敵対する集団の中の一人…でしかないと言うのに、フレイリアルの中でどうしようもなく昂る "許しがたい" …と言う感情が、ピオ個人に直接向かい…渦巻く。

そのような経緯を知らぬ者にとって…フレイリアルの態度は、常識知らずで恥知らずな…我儘な王女の無知で気まぐれな姿に見えたであろう。
そして此の国にフレイリアルの事情を把握し…擁護するような存在は、リーシェラル以外…少なくとも謁見の場には居なかった。

周囲の者達…特にエリミアの国王側から今回の謁見を取り仕切るためにあらかじめ送られてきていた者達…外務司る大臣と補佐官達の顔に緊張感走り、フレイリアルに向けて恨みがましい視線が送られるのが見て取れた。
場を混乱させる存在…としてしか、その者達の目には映らなかったのであろう。
だが頭上に掲げた怒りの剣を鞘に戻す気は、全く無い。

『私の怒りは正統だ。決して恥じ入るべきでもないし、矛を納める必要もない』

それは怒りというより尊厳…に近い、フレイリアルにとって譲れないモノだった。
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