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マイシスター、イン・ザ・ドア

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  妹の部屋のドアをノックする。
「おーい、起きろー。遅刻するぞー」
  返事がない。ただのしか……もとい、だだのお寝坊さんのよう……ではなかった。
 ……というのも、いつもなら俺より先に起きているからだ。
 
  おっと、自己紹介がまだだったかな。
  俺は月島 陸つきしま りく
  無遅刻無欠席だけが取り柄の高校生だ。

「もしかして、熱でもあるのか? 」
  ダメだ。応答しない。
  父と母は出勤していて、家にいるのは俺と妹の二人だけだが、今は俺一人だけの声が こだまする空間になってしまった。
「朝食はラップしてあるから。じゃ、俺ももういくぞ……」
 そういいながら、ドアの前に立っていた。
 しばらくすると、ドアがゆっくりと……開いた。
 僅かに開いたドアの影から、妹 七海が顔を覗かせた。
 七海は一瞬驚いた顔を見せ、ドアを閉じようとする。
 俺は咄嗟にドアノブを掴み、それを閉じさせないように力をいれる。
「ちょっと、なにするのよ! 離して……ッ」
「いやだね。御託ならあとできいてやる。ほら、学校いくぞ」
 ドアは徐々に開かれてゆく。
 七海も負けじとドアノブを引く。
 やがて、七海の必死の抵抗もむなしく、ドアは開かれた。
 開かれたドアの前にあったのは、妹の下着姿だった。
 体力の消耗か、それとも恥ずかしさからか、顔を真っ赤にした妹と対峙する俺。
 一瞬見つめあってしまったが、次第に目のやり場に困り視線を外す。

「あっ……」

「信じられない! 」

 思い切り扉を閉められてしまった。
「ちゃ、ちゃんと学校いくんだぞぉ……」
 それだけ言い残し、登校する俺。
 外は頭が蒸しあがるんじゃないかってくらい暑い。
 着ている白い半袖シャツが反射するくらい日射しがつよい。
 さっきの出来事が頭から離れない。
 沸き上がったいろんな感情がぶつかりあって思考の邪魔をする。鬱陶しく鳴く蝉の声も耳に入らなかった。

「おーい、鼻血出てるぞ」
そう声をかけたのは友人の風間 駆かざま かけるだった。
「なんかエロい事でも考えてたんだろ」
「ハ、ハァ?    そんなことあるわけないだろ。妹だぞ? 妹で興奮する兄がどこにいる」
「ここに、居るんだろ?  」
 微苦笑びくしょう気味に話す風間の一言に動揺していた為なのか、うしろから接近する何者かに気がつかなかった。
 瞬間、視界がさえぎられた。

「だーれだ? 」

 いきなりのことに体がビクッと反応するほど驚いた陸。
 うしろからの声は、明るい性格をしたような少女の声だった。
 声の主は親しい間柄の幼馴染の女の子だった……なんて、漫画のような展開はない。
 
 多分、俺は彼女を知らない。
 
 そう思っていると、次第に彼女を意識し始め、目を覆うために触れた彼女の指いっぽんいっぽんの温もりと、彼女の、女の子の香りというのだろうそれにやられクラクラし、鼻血を出して倒れてしまった。


 静かに目が覚めると、見覚えのある天井。どうやらここは保健室のベッドの上。

 ……なんで、俺、保健室に……。
 
 記憶が一部欠けているのか、すぐには思い出せそうにない。
 
 それはそれとして、この部屋にはいろいろと思い出がある。
 この、窮屈で、自分だけ取り残されたような感覚は今でも覚えている。
 そんな檻のような空間から俺を救い出してくれたやつのことも。

 近くにひとの気配を感じる。
 香水か何かのいい香りがする。
 嗅ぎ覚えのあるその香りは、何かを思い出させる。
 そうだ、今朝のこと、いろいろと思い出した。あの女の子の香りだ。

 陸が横を向くとカーテンから人影が見える。
 人影は椅子に腰掛けていたようであったが、俺が横を向いたときの掛け布団の擦れる些細な音を聴いたのだろうか、人影が立ちあがり、こちらに近づいてくる。
 
 突然のことではあったが、今朝のことでいろいろと迷惑をかけてしまった。ここに俺を運んだのは、おそらく彼女だろう。今朝は取り乱してしまったし、何より気まずい空気になりそうな感じがする。そして、まず一言目に何を話したらいいか、それすらも浮かんでこない。

 どうする、俺。思い浮かんだ選択肢は3つのみ。

 1.その場のノリでなんとかなるだろ。ドンと構える。
 2.カーテンで隔たれている隣のベッドに隠れる。
 3.寝たふりをする。

 そんなことを考えていると、カーテンが開いた。
 選択する時間は俺にはなかった。
 気付けば俺はベッドから上半身を起こした体勢で硬直した。
 しかし、それは杞憂きゆうに終わった。
「はろー! 起きたか少年! 」
 影の正体は保健室の先生だった。
 この先生の名前は土方 聖ひじかた ひじり
 俺が保健室登校だった頃にお世話になっていた先生だ。

「お久しぶりです……先生。あの……俺、どうしてここに……」

 記憶の整理がつき、状況は大体把握できた。俺は見知らぬ少女(顔もわからない)に背後から目隠しされ、興奮し、鼻血をぶちまけ、保健室ここに運ばれた。
 だが、おそらく気絶していたのだろう。運ばれているときの記憶がない。
 俺は知らなければならない。今朝の彼女はいったい誰なのか。
 少女への手掛かりを知っているのは、この先生と風間か。

「ああ、そのことか。少年、君の友人がここまで運んできたんだ。あとで礼でも言ってやれ」

 友人とは風間のことだろう。
「えっと、他に誰か一緒に来ませんでした? 」
    朝の彼女のことについてなにか知っているかもしれない。いや、風間に直接聞いた方が早いのだが、それをネタに冷やかしてくるだろうしなぁ。

「月島、君をここまで運んだのは風間だ。他に誰も来ていないが」

「で、ですよねぇ……」

結局わからず終いだった。

「って、寝てる暇じゃなかった!   授業に遅れるじゃねぇか!」

俺は慌ててベッドから降りる。

「おい、月島ちょっと待て!   月島!」

俺は先生の言葉をあとに保健室を出た。

今だからわかる。保健室登校のつらいところは1日を無駄にすること以外にもたくさんある。

その中で俺が最もつらいと思うのは、いろいろな面で自分だけ置いてかれていると実感させられる。どうにかしようとしても、クラスで浮く。そして授業にもついていけない。

そんなこんなで精神がガリガリ削られる音がする。次第に心が疲れて、また保健室登校に戻る。一回休み……どころの話ではない。

人間の順応性とはこわいもので、あとはそのまま怠惰にそれを続けてしまう。精神の焦りにも鈍感になってしまうからだ。

そんな俺を、保健室登校という籠の中から解き放ってくれたのは風間アイツだった。

そんなことを考えて教室まで階段を昇ると教室はガランとしていて、カラスが鳴いていた。

……間に合っ……わなかった……。やっちまった。

身体の力が抜け、膝から崩れ落ちる。それでもなお膝が笑っている。まるで俺を嘲笑うかのように。

「ちくしょう!」

俺は拳で床を殴った。
身体が冷えるような感覚に襲われながらなんとか立ち上がった。

途端、隣に気配を感じ振り返ると、養護教諭土方  聖が立っていた。

これでまた身体が冷える思いをした。今度は肝も冷えた。

「まったく、無茶をする。もう放課後だ。教室にいる生徒も皆帰った後のな」

俺のあとを追いかけた聖先生は全然息が切れてなかった。そして尚且速い。俺の全力疾走だったのに……
「鬼の養護教諭の異名は伊達じゃないってか(笑)」

なんでも、この先生、元は自衛隊衛生科である。軟弱な俺とは鍛え方が違う。
最も、彼女いわく、(前の仕事が)暇で暇で仕方がなかったと過去の話を聞いたことはあったが、彼女の身体の鍛え方なら何をやっても物足りないのかもしれない。

……なんて思っていると、隣から圧を感じた。

「聞ィコォエテイルゾォー、月ィ島ァ!?」

ヤバッ、聞かれた。まさか軽く放心状態になっていたとは……。

元自衛官といっても彼女の心は意外と乙女なのだろう。

この後、むちゃくちゃ指導された。
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