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第2章

7話

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温泉から上がって着替えて戻ると、七瀬さんは牛乳瓶片手に、ソファーに身体を預けていた。

「咲人くんも、コーヒー牛乳飲む?温泉上がりのコーヒー牛乳って最高なんだよ。おかげで2本も飲んじゃった」
「2本は飲み過ぎなんじゃない?」

僕も近くの自販機でコーヒー牛乳を買って、七瀬さんの向かいに座る。それから瓶の蓋を開けてコーヒー牛乳を一口飲む。確かにうまい。普段銭湯に行くときは、こういうのは飲まないで帰るから、この瞬間にどこの銭湯にも牛乳が置いてある理由がわかった。

「咲人くんもいい飲みっぷりだね」

僕が残りのコーヒー牛乳を飲み干すと、七瀬さんはソファーから立ち上がって「温泉気持ちよかったー」と言って宿の部屋に戻って行った。
そこで僕は大事なことを忘れていたことに気がついた。そう宿の部屋が、僕と七瀬さんで一部屋しかないことに。

「ねえ、今からもう一部屋取ること出来ないの?」
「もう、何度も言ってるでしょ。他の部屋は予約でいっぱいだから無理なの。それとも私と同じ部屋が嫌なの?」
「嫌とかそう言うのじゃないけど・・・・・。分かったせめて布団は離して寝るから」

そう言って僕は綺麗に横に並べられてあった布団を離した。

「あ~もったいないな~。せっかく可愛い女の子の隣で寝れるチャンスだったのになー」

結局僕は七瀬さんに押し切られて、布団だけ離して同じ部屋に泊まることになった。
最初からなんとなく予想できたことだ。なぜ予想できたかって?そんなの、僕と七瀬さんの間に多少の金銭的問題があるからだ。お金を借りといて、また七瀬さんに借りを作るなんて、同じ部屋に泊まると同じくらい、いやそれ以上に僕の心が許してくれない。
まあ、今頃言い訳したところで現実は何も変わらない。

「ねえねえ咲人くん、トランプしようよ!」
「遠慮するよ。僕は長旅で疲れてるんだ。しかも、なんでトランプなの?」
「お泊まり旅行といえば夜更かししてトランプでしょ」

僕にはやる気はなかったけど、断ろうとしたときにはすでに布団の上にトランプが広げられていた。

「わかったよ。一回だけだからね」
「やったー」
「それで、トランプで何するの?」
「何しよっか」

なんでだよっとツッコミたくもなったが、その言葉をなんとか飲み込んだ。
七瀬さんは少し考えてから、『よし、大富豪にしようと』トランプを配り始めた。

「せっかく勝負するんだから負けた方は、何か罰ゲーム決めようよ」
「いいけど、何するの?」
「それはー、負けた方が勝った方の言うことを一つ聞くってのはどう?」
「いいよ。負けても知らないからね」

結局勝負は、最初は僕有利で進んでたのに、最後の最後で逆転されて、僕が七瀬さんの言うことを聞くことになった。

「負けた・・・・・」
「やったー!咲人くん罰ゲームね」

負けるとは思わなかった。僕が勝って適当に罰ゲームして、終わって寝ようと思ってたのに。
絶対七瀬さんは無理な罰ゲームを要求してくる。もう七瀬さんの顔に書いてある。あー、今すぐに逃げ出したい。

「それじゃ、罰ゲームを発表します」

僕はもう諦めて、無理な罰ゲームがこないことを願った。

「罰ゲームは、布団の位置を元に戻して寝ることです」

やっぱり。
なんとなく予想できた。七瀬さんのことだからそんなことを言ってくるかと思った。
しかたなく僕は、罰ゲームという理由で布団を元の位置に戻して寝ることになった。

「なんかドキドキするね」
「馬鹿なんじゃないの?」

和室の二人部屋、窓から柔らかい月の光が僕達を照らす。

「せっかく可愛い女の子と一緒に寝てるっていうのに、嬉しくないの?」
「七瀬さんじゃなくて、彼女だったら少しは嬉しかったかもね」
「なにそれ」

それから少しの間静寂が続いた。

「ねえ、咲人くん」
「どうしたの、僕は早く寝たいんだけど」
「今、私が震えながら『死ぬのが怖い』って言って、泣き出したらどうする?」

僕は何も言えなかった。
なんて言えばいいのか分からなかった。
いつも明るい雰囲気の七瀬さんから、死ぬのが怖いなんて言葉を聞くとは思わなかった。

「なんてね、冗談だよ。明日も早いから寝よ。おやすみ、咲人くん」

結局僕は、何も言うことができずに七瀬さんは寝てしまった。
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