愉快な殺し屋幽霊

キリアイスズ

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二年前の夏 前編

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――それは2年前の夏のことだった。猛暑日が続く、7月中頃。

そこは深い森の中だった。夏の空は夕暮れ時が近づいても青く、雲も白い。
深い森の奥に雫はいた。めぼしい目印を見つけておかないと帰還できないと思ってしまうほど、外界から離れている地点。大抵、森の中というのは枝や葉で日光を遮断し、蒸散という根から吸い上げた水分を葉から大気中に水分を発散させるため、地上よりも比較的過ごしやすいものだ。

しかし、雫がいる場所はぽっかりとした開けた空間。そこだけ高木がなく、光も熱も直接地面に入ってきているため草も地面も見るからに乾いていた。

「あっつい。夏はやっぱり嫌いだ」

森の中は涼しいと謳われてはいてもやっぱり夏、肌を撫でる生ぬるい風に汗は噴き出す。しかも、体を覆ってくれる木陰もそばに立っているわけでも近くに水辺もない。今さっきまで日光の下、軽くではあるが体を動かしたため体がずっと火照っている。

そのため、雫の機嫌はすこぶる悪かった。

「まったく、受験生にあんまりこんなことさせないでよ」

雫は不機嫌な声音で吐き捨てた。
長い髪を高く括っていても首筋から汗が伝う。何度も手で拭っても汗がとまらない。

「めんどくさいな。蝉うるさいし」

そこいらじゅうから鳴りやまない蝉の声にますます苛立ちが募る。
今、雫はビデオカメラを設置している最中だった。三脚の上に乗せながら、モニターを覗く。被写体がすべて画面に映っておるか、三脚が安定しているか、バッテリーは切れないかなどを黙々と一人で確認していた。普段、ビデオカメラをいじることなんてしないため、撮影に手間取る。

「よし、これでいっか」

慣れない撮影の準備を一通り終え、録画ボタンを押した。そして傍らに置いたリボルバー拳銃を拾い上げ、被写体に近づく。

「こんな悪趣味なこと私の管轄外だけど、仕事だからしかたないんだ。それにあんたらの自業自得でもあるよ」

雫は被写体の、4人の男に言い放った。全員、二十歳前後の成人男性。
男たちは答えない。答えられるわけがなかった。全員、布の猿ぐつわを無理やり噛ませられていたからだ。
不自由になっているのは口だけではなかった。男たちは全員身動きが取れないように木に座らされたまま固定させられていた。両手を木の幹の後ろに回され長めのチェーン付きの手錠で繋がれたまま、体を幹と共にきつく巻き付けられている。さらに、逃げる余地を与えないように片膝に一発撃たれ、もう片膝は関節を外されていた。前に放り出されている足はただ痛々しくぴくぴくと痙攣しているだけで誰一人動けそうにない。つまり男たち全員、同じ格好で木に縛り付けられている状態だった。

平然と見下ろす雫に対し、男たちはそれぞれの反応を見せる。
一人はガクガクと今にも泣きだしそうに震え、一人は現実を受け止め切れておらず呆然とし、一人は強がっているのか余裕な態度を見せ、一人は自分たちをこんな目に遭わせた目の前の少女を鋭い形相で睨みつけていた。雫を睨みつけている男は逆立った金髪でがっちりとした体躯に、際立っている褐色の肌の特徴的な印象の男。白いノースリーブからむき出しになっている両肩に蜘蛛のタトゥーを入れている。この男は最後の最後まで抵抗し、猿ぐつわを噛ませられるまで雫を口汚く罵っていた。

「何か言っておきたいこととかある?謝罪の言葉とか後悔の言葉とか」

雫は持っていた拳銃のラッチを押してシリンダーをスイングアウトしながら言った。4発撃ったのでシリンダーには2発の弾丸が残っている。それを確認した後、素早く装填して4人に視線を移した。
金髪の男は雫の言葉に憤慨し、今にも噛みつくような勢いで前のめりになり睨みつける。雫に向かってひどく叫んでいるようだが布越しなため、何を言っているのかわからない。

「あ、そっか。それじゃあ言えないよね」

雫は金髪の男に近づき涎まみれの猿ぐつわを口元からずらした。

「このクソガキが!!ぶっ殺してやる!!さっさとこれを外しやがれ!!」

「ま、予想はしてたけど」

雫はまったく動揺することなく、男を冷たく見下ろす。

「なんで俺たちがこんな目に遭わなきゃいけないだ!」

「さっきも言った。自業自得だって」

「ふっざけんな!女一人を犯したぐらいで馬鹿げてやがる!!」

「馬鹿なのはあんたたち。だからここまで逃げてきたんでしょ?やばいと思ったから」

「だいたいあの女だって悪いんだ!ヤクザの娘のくせに簡単に連れ込まれるのが悪いんだよ!!」

「逆切れにも程があるね」

男の言い分に雫は気だるげなため息を漏らす。


今回の標的は4人のゴロツキ。ゴロツキたちは夜道を歩いていた一人の女性を乱暴した。強かに酔っていた男たちにとって、不用心に夜道を歩く美人は最高の獲物だったのだろう。ゴロツキたちは嫌がる女性を無理やり車に連れ込み、蹂躙し続けた。薄暗い車内で見知らぬ男たちに伸し掛かられる恐怖は相当なものだったろう。女性は何時間も声が枯れるまで泣き叫び続けたらしい。男たちは一晩犯し続けた後、女性を汚れた身体のまま道端に放り捨てた。まるで、ゴミでも捨てるみたいに。女性はたった一晩で見知らぬ男たちに最低なやり方で女性としての尊厳を踏みにじられてしまった。

そんな娘の姿を見て両親は怒りを堪えることが出来なかった。
そう、クライアントはその女性の父親。

父親の家業は極道だった。しかもその極道は関東地方で特に危険視される強硬派が多く組する組織でもあり、父親はその組織の組長だった。溺愛していた娘が汚されたと知り、激しい殺意と憎悪を抱いた姿は想像に難くない。男たちもまさか女性が組長の娘とは思いもしなかっただろう。

男たちが女を連れ込む手際はかなり慣れたものだった。おそらく女性を暴行した前歴11度や2度ではなかったはずだ。しかし、今までそれが明るみにされることはなかった。4人の内の一人が有力者の息子で多少の不祥事は金かコネでもみ消してきたからだ。
男たちはそれに味を占めた。調べたところ女性への暴行だけではなく強請り、喧嘩、リンチを繰り返しているとわかった。今回の女性への暴行もいつものようにもみ消せると思ったはずだ。

しかし、今回はそう簡単にはいかない。なにせ、警察でも危険視される暴力団の組長の娘に乱暴したのだから。たとえ、事件が明るみにならなくても差し迫る危険を4人は感じたはずだ。もし、組織の敵対者の末路を耳にしたのなら、猶のこと。

だからこそ、4人は逃げた。そして、その4人を始末するために依頼されたのが五月雨家。聞いた限り、殺し屋を雇わず内々で始末をつけられそうな話だったが実はそう単純な話ではなかった。女性は内妻の子ではなく愛人の娘。公にはできていないらしく、女性の存在は組織内でもごく一部しか知らされていなかった。
それに組長は冷酷非道と内外に知れ渡っていた男。身内にすら容赦ない組長が外で作ってしまった娘一人のために大々的に動くことは敵や部下にさえ、なめられてしまうと重鎮たちは判断し、組織に組する人間ではないやり手の殺し屋を雇うことにした。

それが五月雨家。五月雨家には裏社会の膨大なネットワークがある。主にターゲットの追跡、正体、居所を探るのに利用している。今回、その力を駆使したおかげでかなり早い段階で4人の居所を特定できた。すぐに動ける人間はちょうど学校から帰宅途中の雫だった。そのため、雫は制服のまま急行した。
4人は一緒に動いており、一人かなり際立って特徴的な男がいたのですぐに見つけることができた。雫は男たちが周辺に人がいない閑静な通りに入ったのを見計らって行動を開始した。雫と対面したとき男たちは雫のことを唯の中学生だとなめてかかり、せせら笑っていた。それどころか、彼らは懲りずに雫に対して下劣な行いを繰り返そうとしていた。
しかし、彼らは数秒後すぐに青ざめることになった。雫は流れるような手際で4人の男たちをいなし、本物の拳銃で4人の内の一人の太ももに命中させたからだ。本物の銃を目にした男たちは雫のもとから一目散に逃亡した。雫は男たちが逃げると確信していたため誘導するかのように森の中に追い込み、木に縛り上げた。

そして今に至る。

「このガキが!あの女と同様にぶち犯してやらぁ!!」

「ほんと今日も暑い。雲ひとつないし」

雫はブラウスの第二ボタンまで片手で素早く外した。

「俺たちは人は殺してねぇ!それなのに殺し屋を雇う!?頭がおかしいんじゃねぇのか!?」

「手汗でちょっと滑る」

男の暴言を右から左へ聞き流しながら掌の汗をスカートで軽く拭き、銃を持ち直す。

「あのさ―」

「ありえねぇ!ありえねぇ!こんなことありえねぇ!!そもそも女ってのは犯されるためにいるんだろうが!!」

「………………」

「劣っているメスがオスに従うのは当然だろ!!」

「………………」

「だいたい、あの女だって最終的にはひいひい悦んで―………!」

バァン!!

一発の銃声が鳴り響いた。その瞬間、森の中の鳥たちが鳴きながら一斉に飛び立った。
男の叫び声が消えた。眉間を撃ち抜かれたため、即死したからだ。

「あ、しまった」

男を撃ち抜いたのは雫。頭を抱えながら引き金を引いた拳銃を見つめる。

「あ~あ、暑くて頭回んないせいだ」

雫はため息を吐く。銃声が鳴るまで各々違う反応を見せていた男たちは動かなくなった仲間を目の当たりにし呆然とした後、一斉に同じ反応を示す。やっとこれが現実だと思い知ったようで、ガクガクと震えだした。

「なんか言おうと思ったけど忘れちゃったな。別にいいや、意味ないし」

雫は踵を返し、ビデオカメラのほうを振り返る。ずっと回っていたビデオカメラにはもちろんさきほどの光景も録画されている。

「ごめんなさい。早速取り掛かります」

雫はカメラに向かって軽く頭を下げた。雫は拳銃を左手に持ち直し、万能ナイフを取り出した。そして一番切れ味の鋭い刃を出し、一人の男に近づく。その男は縛り上げてからずっと震えていた男で雫が近づくと猿ぐつわ越しで悲鳴を上げ、暴れだした。

「ふぐっ!!ぐう!うううう」

男の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

「私、ターゲットは基本苦しませないように殺す主義なんだけど、今回は悪いけどできないんだ。クライアントから簡単には殺さず、さんざん痛めつけて無残に死ぬ様をビデオカメラに撮れって言われてて。一人はついイラッとして撃っちゃったけど」

雫はちらりと目を見開いたまま死んだ男を見た。

「特に主犯の男の有力者の息子は一番最初で一番ひどくしてくれって要望で。私、あんまり拷問とか好きじゃないし得意じゃないんだけど仕事だから仕方ない。悪く思わないで………いや、悪いと勝手に思っちゃっててもいいから」

右手のナイフをちらつかせると男は恐怖のあまり失禁した。

「最期に何か言わせようと思ってたけど時間かかりそうだからいいや」

雫はナイフを男のある下半身に当てる。

「~~~~~!!」

「男にとって一番悶える場所ってやっぱりここかな」

「ふぐううぐうぐ!!!」

男はくぐもった声で何かを叫んでいる。おそらく、命乞いの言葉だろう。

「………人体って何十箇所か刺しても急所さえ避けていれば、直ぐに死なないものなんだよね」

独り言のように呟いた後、ナイフを男の下半身に突き刺した。
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