愉快な殺し屋幽霊

キリアイスズ

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危険な隠し扉

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階段をすべて下り、藍は薄暗い廊下を身を屈ませながら進む。一階には誰もいないとわかっていても警戒せずにはいられない。この家を出るまでは完全に緊張を解くことはできないだろう。

「書斎はどこ?」

藍はきょろきょろと首を動かす。
雫の父親の部屋の正確な位置はわからない。わかっているのは1階にあるどこかの部屋ということだけだった。藍は照明がつけっぱなしのリビングをちらりと横目で見ながら一部屋一部屋を確認する。

「ここか?」

藍は他の部屋より一際大きい扉の前に立つ。その扉を少し開け、他の部屋と同様に部屋を確認する。暗がりでぼんやりとしか物を把握できないが、本が敷き詰められた本棚やワークデスクがあるとわかる。
この部屋が書斎だろう。そう判断した藍は部屋に足を踏み入れ、近くにあった照明スイッチを入れる。暗がりだった部屋が頭上の光で瞬間的に明るくなる。
書斎は全体的にブラウンで統一され、心地よさを孕んだ空間になっていた。
デスクの上にノートパソコンが置かれ、ゆったりと体を預けられる背もたれのチェアがあるのが見える。本棚はデスクのすぐ傍にあり、チェアからすぐ手が届く配置になっていた。

藍は部屋の中心に立ち、部屋全体を見回す。
雫の父親は以前、探偵の仕事をしていたと雫に聞いた。今回の事件、父親の探偵時代の事柄が関わっている可能性がある。書斎に来た理由はその名残の資料があるかもしれないからだ。雫の父親はその資料を捨てたと雫は言っていたが、事実かどうかはわからない。資料がないかもしれないが、あるかもしれない以上探す必要がある。

でも、長居はできない。もうすぐ、雫たちが戻ってくるだろう。
その前に、できるだけのことをしないといけない。
雫はそれらしい資料を探す。目に付いたのは机上ラックに立て掛けられている厚いファイル、デスクの上に積み重なっている紙の束、本棚に閉まられている背表紙のない手帳だった。

どこを調べればいいのだろうか。さすがに捨てたと言っている以上、目に付く場所には置くとは思えない。でも今は時間がないため、手当たり次第に気になった資料を調べてみよう。
藍はまずは本棚の上の段に閉まっている手帳を一冊引き出そうと手を伸ばす。その手帳は背の低い藍では取り出しにくい位置にあった。どうにかして、手帳を取り出そうと指先に力を入れる。

「おっと」

勢いのあまり、床に落とした。
床に放り出された手帳を拾おうと屈みこんだ時だった。

「あれ、この床………」

藍はあることに気づく。書斎の床は無垢材のフローリング。同じ色の板がブロック状になり、連なっている造りだった。しかし、藍が手帳を落とした周囲のブロック状が微妙に色が違っていた。それによく見ると、一定に連なっていたブロックのつなぎ目が合っていないことにも気づく。

それは遠目ではなかなか気づくことができない差だった。藍はそのつなぎ目を辿るように体の上体を起こす。つなぎ目を辿ってみると長方形の形がはっきりと見えた。長方形の半分は背もたれチェアの下に隠れていた。下を覗くと指がやっと掛けられる窪みあった。

隠し扉だ。
藍は直感を働かせ、急いでチェアをどかし窪みに指をかける。
ぐいっと指に力を入れると長方形の部分だけわずかにずれた。ずれたことを確認し、再び持ち上げようと指に力を入れる。それはとても重く簡単には動かすことができなかったが、ずっと指に力を入れ続けたおかげで大きくずらすことに成功した。

隠し扉を開くと、階段が現れた。

「………地下?」

狭く、薄暗い階段で藍がいる位置では底になにがあるかまったく見えない。顔を近づけると生ぬるい湿った空気が顔だけではなく体中にまとわりつく。
不気味で得体のしれない地下へと続く階段。まるで、人目に晒されないように隠されていた地下への扉。それは重要なものが盗まれないように隠すにはうってつけの場所だった。

「何かあるかもしれない」

今、自分が探しているのは重大な情報が隠されているかもしれない資料。相応のものが相応のところにある可能性が一番高い。降りてみる価値は十分にある。気が引ける気持ちも確かにあるが今は迷っている時間はない。藍はゴクンと唾を飲み込むと、暗い階段を降りて行った。

◇◇◇

「………あ~、勘が外れてほしかった」

雫はベランダに立って、頭を抱える。やっぱり、藍の姿が見えなかったのは雨のせいではなかった。
ベランダに出て、門まで降りたとき一度振り向けばよかった。
雫と玖月が門から離れた瞬間、藍も雫の部屋から離れていたかもしれないから。その時、引き留められたかもしれないのに。

「なんでいないんですか?」

「そりゃ、行っちゃったんだろうね。下に」

雫は指先をつんつんと下に向ける。

「普通、一人で行きます?」

「行っちゃったんだね」

「………………」

玖月は言葉遣いや表情こそ崩さなかったが、今にも舌打ちしそうな苛立ちを纏わせていた。

「頭抱えている場合じゃないね、これは」

雫は1階のそのまま向かおうとベランダ下を覗く。

「やばいな、これは」

「ええ、もうすぐ穂積さんが帰ってきます。もし、鉢合わせたら………」

玖月は視線を下にやりながら雫よりも先に一歩空中に踏み出す。

「それもあるけど」

雫はすっと目を細める。

「書斎に言ったんだよね?だったら見つかるかもしれないな………見つかったらやばいな………」

「なんですか?行きますよ」

ぼそぼそと呟く雫を後目に玖月は1階大開口窓からリビングに入っていった。肩を竦めながら雫も玖月の続こうと、空中に一歩踏み出す。一瞬、藍のスポーツバックの雫の瞳に映る。

「あ~あ」

ベランダやベランダの隅に置かれた藍のスポーツバックや革靴はすでにびっしょりと濡れ、開いていた窓からフローリングに雨の水滴がゆっくりと広がっていた。

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