上 下
5 / 6

番外編1

しおりを挟む
「今日飲み会あるんですけどどうですか?」
「えっ……あ、すみません今日はその、友人と会う予定で」
「あっそうなんですか~!楽しんできてください!」

 仕事は可もなく不可もなく、職場の人ともそれなりの関係を築けていると思う。残業もそこそこ多いけどそれはそれ、プライベートでバランスを保ってきたつもりだ。すっかり静かになった駅前をトボトボ歩いて帰宅する。いつものように軽く夕食を済ませ、いつものように風呂に入り、いつものようにパソコンの前に座った。

「どうも、ロミスケです。今回はこちらのゲームをやっていきたいと思います……」

 今日も画面の前で一人で喋る。これは俺の日常であり、十年以上人知れず続けている趣味だ。ゲーム実況というものはネット上で年々盛んになっているものの、面白くて人気の実況者も居れば、俺のように底辺で燻っている実況者も居る。最近は憧れている子供も多いらしいけど、ゲーム実況で稼ぐなんて夢のまた夢である。人気も無いのに何で実況続けてるの?というコメントをどこかで見かけた時には思わず考え込んでしまった。俺としては、学生時代から続けている趣味だからもはや生活の一部になってしまっている。人気が出ようが出まいが今更やめられない体になっているのだ。
 しかし、そんな孤独に実況をやってきた俺にも最近は一人、実況仲間ができたのだ。

『もしもーし、ごめん収録長引いて遅れちゃった。ロミスケくん待った?』
「別に、俺も仕事終わりだしゆっくりでいいよ」
『そっか、よかった!』

 通話アプリにアイコンが表示され、明るい声が聞こえてきた。とても聞き馴染みのある声。
 シャルという人気実況者が居る。わずか五年あまりでチャンネル登録者200万超えという化け物実況者である。プレイは上手くてトークも面白い、おまけにイケメン……俺に無いものを全て持っていると言っても過言ではない。実際動画はめちゃくちゃ面白いし俺も元々視聴者の一人だった。詳しく聞いた事は無いけど多分相当稼いでいるだろう。そんなシャルと俺は、偶然の出会いからなんとプライベートで会う仲になったのだ。昔からゲーム実況を見ていたらしく、何と俺の動画を見た事があると言われた時は驚いた。まさかこうして一緒にゲームをする仲になるなんて思わなかったし、シャルとは気が合って話すのも楽しい。友人としてはとても良い存在だ。……友人としては。

『ねえ、来週連休でしょ?久しぶりにリアルで会わない?』
「えっ」
『久しぶりにロミスケくんに会いたいなあ~』
「えっと……」

 シャルと仲良くなったばかりの頃は頻繁にリアルで合ってゲームしたり飲んだりしていた。恐れ多くもコラボなんかもさせてもらって、確かに楽しかった。ただある時から、ファンの間でシャルと俺はなぜかデキてるという事で話題になっていた。発端はシャルのゲリラ生放送での出来事のようで、その日の俺はかなり酔っていて何も覚えていない。シャルは俺達がキスしたとか言うし……信じたくないけど、話題になったって事は本当なのだろう。それならもっとネタっぽく茶化せば良いものを、シャルは何も釈明しないのだ。そのせいで絶対ファンには未だに勘違いされてる状態である。むしろ盛り上がって良いじゃんと言う楽観的なシャルに妙な不安を覚えて、最近は理由をリアルで会うのを避けていた。

「ちょっと相談があるんだけど」
『ん、来週の話?』
「そ、そうじゃなくって……しばらくコラボするのやめない?最近俺達のコラボって本来と違う盛り上がり方してるし……一旦休んでも良いんじゃないかって思うんだけど」
『……へ?』
「そ、そもそも俺、最近仕事忙しくて……ちょっと動画撮れないかもしれないから」

 別に動画が撮れない程忙しくないけど、仕事を理由にすればシャルも無理強いすることは無いだろう、という考えで言った。しかし、返ってきたのは思いもよらない言葉だった。

『……ロミスケくんが動画上げないなら、俺も休もっかな』
「えっ……え!?何でそうなる!?」
『何でって……みんな俺の動画が生きがいーとか言うじゃん。それと一緒でロミスケくんの動画が俺にとって生きがいだもん。動画上がらないなら俺もやる気無くなっちゃうよ』
「ええ……そんな……」

 もしシャルが動画を上げなくなったらきっと大騒ぎになる。俺と違ってシャルの動画は多くの人に求められているんだから。ましてや俺が原因で動画が上がらないなんて事態になったらファン達に袋叩きにされてしまう。それに俺自身、シャルの動画が見られなくなったら困る。

「……分かったよ、休むのはやめるからシャルもみんなの為に動画休まないで……俺だって楽しみにしてるし」
『えっほんと!?えへへ、良かった!』

 シャルの声色がいつものように明るくなった。良かった……もし俺のせいでシャルが実況やめるなんて言い出したら心が保たない。
 そういえばさっき、俺の動画が生きがいとか言ってた?確かに昔は俺の動画を見てたと言われてびっくりしたけど、まさか今もまだ見てるなんてそんな事……さすがに無いよな?今は俺よりずっと面白い人が沢山出てきているんだし。

『じゃあとりあえず来週は駅集合で!ちょっと外で遊んだらゲームしよ!』
「う、うん……」

 いつの間にか来週会うことになってるけど、もう良いか……。
しおりを挟む

処理中です...