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砂のセーラー服と僕、そして彼
砂のセーラー服と僕
しおりを挟む「おまえ、誰かを好きになったことないだろ」
僕は答えない。
「少し違うか。誰か一人を特別好きになったことがない、の方が正しい?」
涼はそう言って僕の目を見つめた。
僕は答えない。答えられない。
薄いガラスに閉じ込めていた、冷たい何かが亀裂を辿るように流れ出す。悲しさでも恐れでもないそれは、少しずつ僕を覆ってゆく。
「まったく、自分でも馬鹿だなって思うよ。最悪だ。何が最悪って、おまえは全く悪くないってところが一番…」
涼は顔を歪めて視線を逸らし、前髪を搔きあげた。
涙を堪える涼を、初めて見た。
5年も一緒にいたのに。
馬鹿は僕だ。それはわかってる。
だれでもいい、なんでもいい。悪魔でもいいから、嘘をつかずに済む方法を教えてほしい。
せめて、僕の両目を覆い隠す手を貸してくれ。今の僕には目を瞑る勇気すらない。
深く沈んでいた僕の手を引いてくれた、かけがえのない親友の一人が泣く姿を見なくて済むように。
僕は弱いのだ。
平気な顔をして生きるのが恥ずかしいくらいに。
涼の感情が直接流れ込んでくる。
耐えられない。
唐突に投げつけられた真実は、過去を辿り全てを身勝手に紐解く。
そうだ、僕は知っていた。
完全性はかならずしも完璧さを伴わない。
黒咲はそう言って、細く長く煙を吐いた。
微かにしわのついた薄手のセーラー服が、黒咲自身と相まって、ある種の気怠さを醸し出していた。
紺色の襟が一瞬煙でかすみ、晴れる。
セーラー服と煙草は、甘い背徳感を悠々と楽しむ黒咲を象徴しているように思えた。
整った横顔をぼんやりと見つめていたら、黒咲はついとこちらを見た。
「意味、わかる?」
その瞳は正体の掴めない力を帯びている。
黒咲はそれに気づいているのだろうか。
「なんとなく、なら」
「そう」
黒咲は素っ気ない言葉を放り、正面の青空に向き直った。
屋上に吹く風は冬らしく乾いているが、十分な日差しのおかげで寒さはさほど感じない。
意味のない、あるいはいつの日か意味を与えられるのを待っているかのような、軽やかで薄い青色を帯びた時間だった。
黒咲が転入してきてから、僕らは毎週火曜日、昼休みの間、または時には五限が終わるまでの時間を人のいない屋上で過ごしている。
黒咲は、教室ではほとんど口を開かない。話しかけられれば愛想よく答えはするが、自分からは滅多に他人に話しかけない。
だが屋上では、決して饒舌とは言えないものの、発される言葉のほとんどは黒咲のものだった。
黒咲は大抵、何か遠く隔たったものを手探りに読み解くように、あるいははるか昔の朧げな記憶の道筋を無気力に辿るように、僕には実体が掴めないものの話をした。
けれど、それらの言葉は確実に僕に向けられたものだった。決して独り言ではなく、僕に受け取られるために紡がれている言葉なのだと、静かな力を帯びた目がいつも示していた。
時折、薄暗い青空とそれを覆う薄い雲に象徴される曖昧な空の色を引き込んだ、かすかに灰色がかった薄い色の瞳が僕を貫き遥か、遥か遠くを見る。その瞬間、駆け抜ける細やかな獣のような、暖かく脈打つ風が吹き抜けるのだ。
それはあるいは無数の記憶なのかもしれない。捉えるすべを持たない僕は、ただその力強い流れを正面から受け止め目を凝らす。
なにか、見知ったものが僕の横をすり抜ける気配にはっとして振り返った瞬間、実体のない風ははたと止み、1つ密かに息を吐き顔を上げた僕の目前には優雅に煙を吐く黒咲がいるのだ。
僕の胸を打つ早鐘になど微塵も気づかぬふうに、黒咲は空を見ながら灰を落とす。
「6限は出るつもり?」
不意に黒咲がこちらに向き直った。
僕にいつも嵐のような白昼夢を見せる瞳は、ただ静かに澄んでいた。
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