冬の一陽

聿竹年萬

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少年期 大学入学編

(9)初めての魔術

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 小川を見下ろす土手の上で野宿することにした。フィンはせっせと骨を組んで天幕を張っていた。ドロシーは焚火の支度をしていた。干し草を敷き、薪を組み一枚の紙片を手に持つ。
「もしかして魔術で火をつけるんですか?」
 その様子を見ていたフィンが声を張る。
「やってみますか?」
 ドロシーが微笑む。
「やります!」
 フィンは紙片を受け取ると、灯火のスクロールにそうしたときのように、ムンと念じてみた。しかし、あの何かが体から流れ出ていく感覚もなければ、紙片に変化もなかった。
 紙片はスクロールと違って何も書かれていないことに気が付く。
「あれ、これ何も書いてないんですか?」
「ん? ……ああ、そういうことですか。フィン、もしかしたら勘違いさせてしまったかも知れませんが、通常、魔術を使う、というときはスクロールは使わないんですよ。あれは、なんというか、魔力さえ注ぎ込めば魔術が発動する便利アイテムみたいなものです。その紙片はただの火口(ほくち)です」
「え、そうなんですか」
「はい。ああ、そうですよね。確かにフィンの村では魔術師自体がおりませんでしたものね……。ふむ。良い機会です。魔術で火をつけてみましょう」
 ドロシーがフィンの紙片を掴む手をギュッと両手で握りしめる。その柔らかで少し冷たい手にフィンはドキドキする。
「今から貴方の魔力を使って、私が燃やします。指先の感覚に集中していてください。」
 言うや否や、フィンの指先に何か温かい流体のような何かが流れ込み、それが紙片に向けて抜ける瞬間、フィンの腕からも何かが抜け出ていく感覚がした。すると紙片の先端に火が点いた。
「折角だから焚火の方に入れちゃってください」
「はい!」
 ドロシーが手を離すと、自分の腕が酷く重くなっていることに気が付いた。いや、どうやら疲労しているようだった。
 薪の隙間に紙片をねじ込むと過たず火は大きくなった。
「フィン、物が燃えるときに何が必要になるかわかりますか?」
「とにかく温度を上げることでしょうか」
「いいですね。そういったアプローチもあります。燐寸を使ったことはありますね? あの先端に付いている頭薬は燐と言って、発火点が六十度ほどです。燐寸を併用するならばその方法もあるでしょう。とはいえ、燐寸があるならば魔術なんて使わずにどこかその辺に擦り付けた方が圧倒的に早いですが」
「温度を上げる以外にも必要なものが?」
「ええ、むしろ温度を上げるだけ、では魔力を無尽蔵に持っていかれてとてつもなく大変ですからね。大まかに言うと、燃える物、空気、点火源なのですが、わかりますか?」
「点火源というのは火打ちがねのようなものでしょうか。空気が必要、というのが意味はわかるのですが、その、どうして必要なのかよくわかりません」
「フィンはわからないなりに良いものの見方をしていますね」
 ドロシーがフィンの頭を撫でる。
「言葉だけではわかりづらいでしょう。大学に戻ってから資料を示しながら教えた方がいいですね……ともかくも、火を点ける――正確には物を燃やし燃焼を継続させるには対象の温度上昇に魔力を使うよりは発火点を一瞬だけでいいから作ることと、燃やし続けるために空気と可燃物、この場合木や紙を供給する、と覚えておいてください。発火点は一瞬だけ作れば良く、空気は魔術で操作すれば火力をコントロールできます。魔力は無限ではありません。使えば使っただけ疲労します。魔術行使の肝は理(ことわり)に添って効率的に、です」
 フィンは自分の手のひらをまじまじと見る。一瞬だけ発火させるということを意識してみた。脳裏に火打ちがねと火打石を描く。指先から魔力を空気中に放つ。体から離れた魔力が霧散しようとするのが皮膚で感じられた。なるべく散らばらないように意識しながら、手のひらの中に魔力のまとまりを作っていく。それを抑え込みつつ魔力を更に注ぐ。
 酷い頭痛がしてきた。腕も冷たいくらいの感覚だった。
「フィン、無茶をしないでください。あまりやり過ぎると――きゃっ」
 そして小さな爆発が起きた。フィンの手のひらでボンと音を立てて火の玉が弾けて消えた。
「できました!」
 フィンが頭痛に耐えながらドロシーに胸を張ると、彼女は褒めていいのか叱るべきなのか、と悩んだ。ふう、と息を一つ吐いて。
「フィンは頭がいいのか悪いのか、少し評価に悩みますね」
 と呆れたように微笑んだ。フィンはそれだけで幸福だった。
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