冬の一陽

聿竹年萬

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少年期 港町小旅行編

(46)先生とお揃い

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 その日、やることも特に思いつかないでいたフィンは馬屋にリキアを訪ねていた。リキアは生来の性格からかあるいは年を取ったためか、その落ち着いた気性でもってフィンをよく受け入れていた。フィンはまずはリキアのたてがみを、次に尻尾を三つ編みにしていた。リキアは鹿毛の馬でそのたてがみと尾は綺麗な白色をしていた。旅の道中、まるで先生の髪色みたいだ、とフィンには印象深かった。


 朝早く、市場で買ったいくつかの果物を差し入れに訪れた彼をリキアは大人しく迎え入れた。フィンはリキアの穏やかな態度に一層好印象を持った。


 瑞々しい果物を手ずから与え、ブラシをかける。少し硬い手触りの首もとを撫でながらつい匂いの一つを嗅いでみるなどし、フィンはたっぷりの時間をかけてリキアに戯れた。リキアからは土と獣臭さとが心地よく漂っていた。


「リキアのたてがみと尻尾、三つ編みにしてもいい?」


 少年の問いにリキアはなんら答えることもなく表情も変えはしなかったが、ただその場に足を畳んで伏せてやり、少年の作業というよりは手遊びがしやすいようにしてやっていた。


 櫛溝の広い櫛を使いつつちまちまとたてがみにいくつもの三つ編みを形成していく。黙々と繰り返す作業をフィンはよく好んでいた。村にいた頃の野良仕事も嫌いではなかった。


 ちゃかちゃかとリキアのたてがみを結いつつ、フィンは朝のことを思い出していた。


「これはフィン、貴方が稼いだ金員です」


 ドロシーはそう言って丸テーブルに硬貨の入った手のひらほどの麻袋を置いた。ジャラと音がする程には中身は多く見えた。


「稼いだ……ですか?」


 フィンは洗面台の水盆の水を捨てつつ聞き返す。なんのことだかわからなかった。


 確かに自分は弟子として奉公する形ではあるが、その給金は前借している形であるため稼ぎというものがあるわけではなく、貰うとしても定期的な小遣いくらいのはずであった。


「先日討伐した魔獣三頭の報償金です。今朝方査定が終わり協会から支給されました」


 ドロシーは手提げ鞄に教材に筆記具にロッドにと詰め込みつつ説明する。今日はカーライルの私塾で講演を行う日であった。小旅行に合わせてオリヴァントから依頼された業務であった。この講演を事由として長期の旅行をすんなりと通してもらった、という事情も実はあったのである。


「では私は行って参ります。一日で全て散財するもよし。日分けして使うもよし。使うのを我慢して王都での買い物に使うもよし。なんにせよ自由に使っていいお金として渡しておきます」


 宿の廊下を並んで歩きながらフィンは師に問う。


「先生、どうしたら最も良いと思われますか?」


 ドロシーは少しも考えることなく「貴方の自由です」と返した。言葉だけを見ると冷たくも聞こえる返答であったが、ドロシーのそれは優しく言い聞かせるようであった。


「自由であることはとても難しいことです。自分で道を見定めて自分でコストを負い、その結果を我が身に返すことの繰り返しです。その難儀なこと極まりない自由について今のうちから勉強しておくことは無益ではないと考えています。ですからフィンは今日は努めて自由に勤めてください」


 ドロシーが人差し指を立てながら教師然として言う。彼女がそう言うならばきっと大切な学びなのだろうとフィンも納得する。しかしながら、


「……いかにも不自由ですね」


「ええ、実にそうなのです。さらに付け加えますがフィンは魔獣討伐したことをあまり成果として誇っていませんね。第三者から討伐したということがどのように評価されるものなのか受け取った金額から実感してみてください」


 宿の玄関を抜けてに出ると外は日差しが強かった。青い空の下、涼やかに風が二人の間を通り抜けていった。

 足早に講演会場に向かおうと歩き出したドロシーははたと足を止めると、玄関で見送ってくれているフィンに向かって、「そうそう。制服ではないフィンもとても素敵ですよ」と真っ直ぐに言ってからすぐに去ってしまった。

 フィンは「いってらっしゃい」と、もうこの距離では届かない声量で返すことしかできなかった。不思議と照れ臭かった。


 その後、麻袋の中を見て想像以上の額面に何かの間違いではないかとひとしきり驚愕したあと、恐らくはこの認識の齟齬を先生は指摘していたのだろうと覚えて、フィンは改めて色々のことを振り返った。

 その結論として馬屋近くの八百屋で馬に与えても構わない種の果物を揃えてリキアを訪ね現在に至る。

「そういった具合で貴方にまずは返礼すべきと思ったのです」

 たてがみに都合七つの三つ編みを作ると今度は尻尾に取り掛かる。尻尾の毛は想像以上に固かったが、一方で繊細な印象であった。たてがみと異なり一本の長大な三つ編みを編むとあって、慎重な手つきで結っていく。

 昨日もつくづく思ったことであるがリキアの察知と健脚がなければ自分達は命はなかった。その一方で一頭一射で仕留められた狼たちも呆気のない命ではあったように思われた。弓三射の働きであの報奨金では過剰に過ぎるのではとも思うが、やはり命の危機ではあったことは間違いないし、自分断ちがあれを仕留めなければ離れた場所で作業していたドワーフたちの命も危なかっただろう。

 詰まるところフィンは報奨金を三等分して自分とリキアとドロシーとにそれぞれ使おうと考えて、まずは手近なリキアへとその実践を果たしたのであった。

 馬屋の中にはリキア以外の馬も多く、時に小さく鳴いていたり鼻から勢いよく息を吐きだす音が響いていた。馬屋のスタッフが掃除をしたり馬の様子を見たり時折通りがかった。「仲いいんだね」と声をかける者もあった。

「よし」

 フィンはリキアの尻尾を結い上げるとその先の方に青いリボンを結んでやった。三つ編みにするのが終わったのを察してリキアが立ち上がると三つ編みは大きく揺れる。

「うん。先生みたいですごく可愛くなったね」

 リキアは鼻先をフィンの顔に寄せてフガフガと鼻を鳴らす。湿った鼻先がフィンの額に当たる。

「喜んでくれているの? よかった」

 ひんひんと喉を鳴らすリキアをまた二度三度と撫でるとフィンはリキアに今しばらくの別れを告げ馬屋を後にした。
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