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少年期 少年の進路編
(56)カーラウドの指摘
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「それにしてもあのドロシー教授が弟子を迎えたという噂はここまで届いていたが随分と良い弟子を得られたようですな。うちのムイロと同じ年ですかな」
「ええ、一つ下で再来年には成人します。ムイロ殿はもう来年ですか。時の移ろいとは瞬く間のものですね」
ドロシーがフィンに視線をちらと流し目で移す。その視線に促されてフィンはカーラウド公に再度お辞儀した。
「見たところ体幹もしっかりしているし、ドロシー教授の下でやっているということは勉学もよく努めているのだろうね」
「ええ、教導者として未熟な私の下でよくやってくれていると思います」
眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、そこはかとなくドロシーは誇らしげであった。
「流石ですな。ところでこうして優秀な弟子を育てるのは自分の立場を揺るがす人材を自ら育てるようなものかと思うのですがそれは自らの研究に背水の陣を敷く覚悟で行っているのですか?」
先ほどまでの雰囲気とは一転して悪戯をする子供のような微笑を浮かべてカーラウドが言う。齢四十と見える貴族には似つかわしくない、随分と俗っぽい態度であるが彼には不思議とそれが似合って見えた。
「……これは失礼しました。ただ相手の幸福を願って、その先のことを思案せずに奉仕するという感覚が我が身にもあるとは今知りました。公は領民の暮らしを思っておられるのですね」
反省の弁を述べる師にフィンは目を丸くする。カーラウドの微笑みが朗らかなものに変わった。
ドロシーが言葉を撤回したのは恐らくは「人にものを教える際、教え手は教えた内容で持って反旗を翻される可能性を懸念しているとは限らない」ということはフィンには理解できたがフィンには今一つ納得ができないでいた。そもそもにおいて自分程度の人間がどれほどの修養を積み上げようが到底先生に追いつけるようには思えなかったし、常に「あとどれくらい頑張れば一般人程度には役に立てるようになるのか」との不安が胸の内に付きまとっていた。
だから、「ドロシーが弟子が自分の地位を脅かすことに不安を持たないからといって領民が反旗を翻す懸念を払しょくはしない」と思っていたが、その意見は師の反省に反対する内容でもあった。
おそらくは、自分の考えの及びもつかないところで思慮があるのであろう。フィンは静かに二人のやり取りを見守った。
「十数年前、大学内で見たときより随分と雰囲気が柔らかくなりましたな。ドロシー教授は」
昔のことを懐かしむように言う。しばしの沈黙があった。後背では鍛錬の声が続く。
――昔の先生、か。
今まであまり意識していなかったことではあるが、自分が先生に出会う以前の師がいったいどのような人だったのか。今になってフィンは興味が引かれるようである。「昔の先生はどんな様子だったのですか」と尋ねようとしたが、もし先生が知られることを望まないから今まで口にしないでいたのかも知れないと即座に直覚し、フィンは口を結んだ。誰しも、過去のある段階を人には知られたくないということもあるだろうとフィンは理解した。脳裏にはリスノザの村の風景が蘇っていた。
「さて、よかったら贈答品は直接倅に渡してやってくれないか。私は所用でもう離れてしまうが年も近いし仲良くしてやってくれるとありがたい」
言うなり、カーラウドはドロシーとフィンとに握手してその場を後にした。公の背中を見送りながらフィンは握手した手の感触を思い返していた。国王陛下よりも硬くてごつごつした、戦う人の手であった。
「ええ、一つ下で再来年には成人します。ムイロ殿はもう来年ですか。時の移ろいとは瞬く間のものですね」
ドロシーがフィンに視線をちらと流し目で移す。その視線に促されてフィンはカーラウド公に再度お辞儀した。
「見たところ体幹もしっかりしているし、ドロシー教授の下でやっているということは勉学もよく努めているのだろうね」
「ええ、教導者として未熟な私の下でよくやってくれていると思います」
眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、そこはかとなくドロシーは誇らしげであった。
「流石ですな。ところでこうして優秀な弟子を育てるのは自分の立場を揺るがす人材を自ら育てるようなものかと思うのですがそれは自らの研究に背水の陣を敷く覚悟で行っているのですか?」
先ほどまでの雰囲気とは一転して悪戯をする子供のような微笑を浮かべてカーラウドが言う。齢四十と見える貴族には似つかわしくない、随分と俗っぽい態度であるが彼には不思議とそれが似合って見えた。
「……これは失礼しました。ただ相手の幸福を願って、その先のことを思案せずに奉仕するという感覚が我が身にもあるとは今知りました。公は領民の暮らしを思っておられるのですね」
反省の弁を述べる師にフィンは目を丸くする。カーラウドの微笑みが朗らかなものに変わった。
ドロシーが言葉を撤回したのは恐らくは「人にものを教える際、教え手は教えた内容で持って反旗を翻される可能性を懸念しているとは限らない」ということはフィンには理解できたがフィンには今一つ納得ができないでいた。そもそもにおいて自分程度の人間がどれほどの修養を積み上げようが到底先生に追いつけるようには思えなかったし、常に「あとどれくらい頑張れば一般人程度には役に立てるようになるのか」との不安が胸の内に付きまとっていた。
だから、「ドロシーが弟子が自分の地位を脅かすことに不安を持たないからといって領民が反旗を翻す懸念を払しょくはしない」と思っていたが、その意見は師の反省に反対する内容でもあった。
おそらくは、自分の考えの及びもつかないところで思慮があるのであろう。フィンは静かに二人のやり取りを見守った。
「十数年前、大学内で見たときより随分と雰囲気が柔らかくなりましたな。ドロシー教授は」
昔のことを懐かしむように言う。しばしの沈黙があった。後背では鍛錬の声が続く。
――昔の先生、か。
今まであまり意識していなかったことではあるが、自分が先生に出会う以前の師がいったいどのような人だったのか。今になってフィンは興味が引かれるようである。「昔の先生はどんな様子だったのですか」と尋ねようとしたが、もし先生が知られることを望まないから今まで口にしないでいたのかも知れないと即座に直覚し、フィンは口を結んだ。誰しも、過去のある段階を人には知られたくないということもあるだろうとフィンは理解した。脳裏にはリスノザの村の風景が蘇っていた。
「さて、よかったら贈答品は直接倅に渡してやってくれないか。私は所用でもう離れてしまうが年も近いし仲良くしてやってくれるとありがたい」
言うなり、カーラウドはドロシーとフィンとに握手してその場を後にした。公の背中を見送りながらフィンは握手した手の感触を思い返していた。国王陛下よりも硬くてごつごつした、戦う人の手であった。
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