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できないお姫様
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ある所に魔法も勉強も作法も出来ない姫がいた。
出来損ないの姫は敵国に人質として嫁ぐことになった。
形だけの結婚だ。
無駄な戦争を回避するために出来損ないの姫を使っただけの話だ。
姫には結婚してからいくつか言い渡されたことがあった。
『許可なく与えられた屋敷から出ないこと』『許可なく実家と連絡を取らない事』など自由を奪うものだった。
敵国で信用できる人もいない姫を助けてくれるものなどおらず、大きな式典がある時だけ王の側室たちと一緒にただ与えられた役割をこなす。
王に愛されることもない姫を人々は憐れんでいたが、式典以外に姿を見せない為次第に忘れられていった。
ランプの明かりしかない薄暗い室内。
そこに美しい女と真っ黒な悪魔がいた。
女は旅支度をして、身軽な冒険者といった風だ。その隙の無い眼差しは歴戦の戦士を思わせる。
「今度はこれをあげる」
女は目の前に存在する異形のものに宝石がギラギラと輝くネックレスを渡した。
異形の姿は実体を持った影のようなもので、絵本に出てくる悪魔のような形をしている。女はその影の中にそのネックレスを投げ入れた。
「一週間で帰ってくるわ。まぁ何もないと思うけど」
魔法を使ったのか、女の姿は消え後に光の粒子が残った。
異形はだんだんと小さくなり女と同じくらいの大きさになった。
トントン、と部屋がノックされた。部屋にメイドが入ってくる。
「話し声が聞こえましたが、何か問題でも起きましたでしょうか?」
彼女は女が外部と連絡していないか心配していた。
部屋に立ち尽くした女は、メイドに向かって気弱そうに微笑む。
「何でもありません。少し怖い夢を見ただけです」
「イージニア様、昨日まで出来たことが何故できないのです?」
「す、すみませんっ」
私の叱咤する声に大げさに驚きながら女――イージニアはまたノートに目を落とす。
一応でも姫であり、側室。
そういうことでこの国の常識やマナーを学んでいる。
しかしイージニアは、すっと吸収するように何でも覚えたかと思うと次の日にはパタリと何もできなくなるという事を繰り返し、嫁いでから数年経っているにも関わらず未だに同じ事を勉強している。
今日などは前日まで完璧に出来ていた文字が書けなくなっているのだ。
「私のお役目もこれで終わりかと思ってましたのに……」
教育係の私、カタリットは頭を抑える。
それもそうだ。本来なら長くても二年の予定だった。
それが三年、四年と伸びてしまって今に至る。
「……ごめんなさい」
イージニアの様子を見て、カタリットはいたずらややる気がないわけではないと何度も自分に言い聞かせた。
彼女は本当に出来ないのだ。
「イージニア様、本日にも陛下がいらっしゃるかもしれないのですよ」
「え……でも半年前に来たばっかりじゃないですか」
「私に敬語は使わない! いついらっしゃっても良いようにするのが側室の務めですよ。それに半年なんて随分前ではありませんか!」
「その前は一年いらっしゃらなかったわ。それに顔を合わせても形式的に贈り物をいただくだけなのよ」
だから大丈夫、と言うようにイージニアは胸を張る。
その子供っぽい様子にカタリットはため息をついた。
ここ最近、イージニアは二重人格なのではないかと考えるようになった。
勉強も作法も魔法も、何でもできる時は悪魔かと思うほど冷めた目をしている。受けごたえも理想の淑女として見本にしたいくらいだ。
しかし今は子供っぽくケラケラと笑っている。
まだまだイージニアは淑女には程遠い……。
出来損ないの姫は敵国に人質として嫁ぐことになった。
形だけの結婚だ。
無駄な戦争を回避するために出来損ないの姫を使っただけの話だ。
姫には結婚してからいくつか言い渡されたことがあった。
『許可なく与えられた屋敷から出ないこと』『許可なく実家と連絡を取らない事』など自由を奪うものだった。
敵国で信用できる人もいない姫を助けてくれるものなどおらず、大きな式典がある時だけ王の側室たちと一緒にただ与えられた役割をこなす。
王に愛されることもない姫を人々は憐れんでいたが、式典以外に姿を見せない為次第に忘れられていった。
ランプの明かりしかない薄暗い室内。
そこに美しい女と真っ黒な悪魔がいた。
女は旅支度をして、身軽な冒険者といった風だ。その隙の無い眼差しは歴戦の戦士を思わせる。
「今度はこれをあげる」
女は目の前に存在する異形のものに宝石がギラギラと輝くネックレスを渡した。
異形の姿は実体を持った影のようなもので、絵本に出てくる悪魔のような形をしている。女はその影の中にそのネックレスを投げ入れた。
「一週間で帰ってくるわ。まぁ何もないと思うけど」
魔法を使ったのか、女の姿は消え後に光の粒子が残った。
異形はだんだんと小さくなり女と同じくらいの大きさになった。
トントン、と部屋がノックされた。部屋にメイドが入ってくる。
「話し声が聞こえましたが、何か問題でも起きましたでしょうか?」
彼女は女が外部と連絡していないか心配していた。
部屋に立ち尽くした女は、メイドに向かって気弱そうに微笑む。
「何でもありません。少し怖い夢を見ただけです」
「イージニア様、昨日まで出来たことが何故できないのです?」
「す、すみませんっ」
私の叱咤する声に大げさに驚きながら女――イージニアはまたノートに目を落とす。
一応でも姫であり、側室。
そういうことでこの国の常識やマナーを学んでいる。
しかしイージニアは、すっと吸収するように何でも覚えたかと思うと次の日にはパタリと何もできなくなるという事を繰り返し、嫁いでから数年経っているにも関わらず未だに同じ事を勉強している。
今日などは前日まで完璧に出来ていた文字が書けなくなっているのだ。
「私のお役目もこれで終わりかと思ってましたのに……」
教育係の私、カタリットは頭を抑える。
それもそうだ。本来なら長くても二年の予定だった。
それが三年、四年と伸びてしまって今に至る。
「……ごめんなさい」
イージニアの様子を見て、カタリットはいたずらややる気がないわけではないと何度も自分に言い聞かせた。
彼女は本当に出来ないのだ。
「イージニア様、本日にも陛下がいらっしゃるかもしれないのですよ」
「え……でも半年前に来たばっかりじゃないですか」
「私に敬語は使わない! いついらっしゃっても良いようにするのが側室の務めですよ。それに半年なんて随分前ではありませんか!」
「その前は一年いらっしゃらなかったわ。それに顔を合わせても形式的に贈り物をいただくだけなのよ」
だから大丈夫、と言うようにイージニアは胸を張る。
その子供っぽい様子にカタリットはため息をついた。
ここ最近、イージニアは二重人格なのではないかと考えるようになった。
勉強も作法も魔法も、何でもできる時は悪魔かと思うほど冷めた目をしている。受けごたえも理想の淑女として見本にしたいくらいだ。
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