【完結】クラスメイトが全員死んだ

夏伐

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負けないで

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 俺以外のクラスメイトが全員が死んだ。

 といっても専門学校時代のクラスメイトで、俺も含めて10人だけだ。
 小説家になりたい。漫画家になりたい。イラストレーターになりたい。プランナーになりたい。
 そんな夢を食い物にする学校で出会ったクラスメイトだ。

 死んだといってもたった10人しかいなかった。
 卒業して5年も経っている。だから運が悪かったというだけの話かもしれない。

 俺たちはSNSでつながって卒業後もお互いの活躍を見ながら切磋琢磨していった。何かの賞をとった時は俺の家に集まってみんなでお祝いのパーティーをした。

 夢をかなえるために。
 在学中から届くダイレクトメッセージのたくさんの誹謗中傷に耐えるために。

 そうして今日、ついに俺は最後の仲間の葬式に出た。
 葬式会場で仲間の家族に「負けないで」と声をかけられた。

 火葬場で骨をひろっても涙は出なかった。
 クラスメイトが死んだのは呪いなんかじゃない。

 時が戻るなら高校を卒業した後の俺を殴り飛ばしてでも止めたい。今、俺は夢だった小説家という肩書を手に入れた。それにしがみついている。

 あの専門学校の売り文句は『AIを取り入れた効率的な学習カリキュラム』と『圧倒的な学費の安さ』だった。

 学費だけではなく格安の寮がついていた。
 AI活用のためにいくつもの大企業がスポンサーとなっていた。入学試験があったが、俺はその狭い門をくぐりぬけた。学校のツテもあり実際の仕事を通してどんどんと成長していった。 

 ネットではクラスメイトと共に在学中からずっと誹謗中傷に悩まされていた。

 分厚い入学規約の中に、在学中に作成したものはあらゆるメディアを問わず生成AIの学習に利用することを同意するという文言があった。

 でもネットにアップしたらどうせ学習されるじゃないか。
 生成AIを活用する実験の場として学費が安いんだ。奨学金なんて背負わなくても良いし、家族に迷惑をかけることなんてない。

 無断学習がいけないのであって、技術に問題はないじゃないか。

 そんなことを思っていた。
 入学を辞退したやつがその規約をアップロードして、インターネットで炎上しているのをバカにしていた。
 こんなうまい話を断るなんてなんてバカなんだ。

 卒業後も順調に過ごしていた時、一人目のクラスメイトが死んだという連絡が届いた。

 久しぶりに対面した仲間たちとともに、そいつのSNSに届く誹謗中傷を見せてもらった。そのたくさんの中には「オワコン」「劣化版」という言葉が混じっていた。

 そうして調べれば調べるほどに厳しい現実を知った。

 ああ、すぐになんでもSNSに書き込むやつだった。

 在学中に作っていたネタ帳や落書き、そして今現在のSNSの投稿からあの学校のスポンサー企業からそいつにそっくりな作品を生成するAIモデルが販売されていた。

 何をやろうとしてもすでにAIが生成している。そいつがこだわっていた好きなものも本人が意図しないようにねじまがって生成された。周囲はそれを面白いと言っている。

 お前は劣化版のオワコンだ。

 俺たちは何も言えなかった。

 あの時も今日と同じように電車の中で入学前に規約を読んでいた時のことを思い出していた。
 あの学校がなければ今の俺はいないだろう。

 でも今、俺や仲間が苦しんでいるのはあの時の俺がいたからだ。

 人間の創造性には敵わない。生成AIはただのツールだ。
 そうだ、だけどクライアントは本当にそれを望んでいるのか?

 俺が細部にこだわったところで「それっぽい、安い、早い」でたくさん出力できる方が便利じゃないか。

 それから定期的にみんなで励ましあった。
 だがあの学校に『卒業者リスト』として紹介されてからはすぐ俺たちの作品に酷似した作品を生成するAIの学習モデルが販売されていった。

 気圧がちょっと、と言っていたはずなのに数日後に葬式に呼ばれた。自分の道をつらぬくと言っていたやつだって過労で倒れた。

 そしてSNSで仲間の訃報を見れば、その投稿にはいくつもの返信がよせられていた。一部の悲しむファンとたくさんのお祝いコメント。
 『中途半端なクリエイターもどきが業界から間引かれてすっきりした』

 その言葉を見たときからずっと心の中で少しずつ何かが欠落していくような感覚があった。

 俺はみんながいたからどうにか頑張れた。過去の自分が現在の自分の首をじわじわと絞めてくるような後悔をしながら、でも俺が死んだら同じように悩み苦しむ仲間に負担をかけてしまうんじゃないか。

 ずっと悩み続けて、しかし過去は変えられない。葬式に行くたびに「負けないで」と遺族に声をかけられるようになった頃、スランプになってしまった俺は、俺のAIの劣化版になってしまった。

 オワコンになった俺はSNSを休止した。俺と違って創作の分野で折れずに戦っていた仲間はみんな間引かれてしまった。

 『負けないで』。俺はもう戦ってもいないのに。

「何と戦えばいいんだよ……」

 人の死体の上で楽しく勉強していた報いに、俺は何かを好きだった心と夢も失ってしまった。

 クラスメイトが全員死んで俺はこの世界にひとりぼっちになってしまった。

 薄暗い住宅街には人の気配もない。時々どこかで飼われている犬が吠えているのが聞こえた。

 自分の家の明るい光に向かって吸い寄せられるように歩いた。

 玄関の扉の前でポケットから清めの塩を取り出したがすぐにしまいこんだ。こんなものに意味はあるのか? むしろ化けて出てくれた方がうれしいじゃないか。

 ちょっと待て。玄関のノブに手を伸ばして強い違和感に現実に引き戻される。

 俺は家を出る時に家の照明は消したはずだ。
 そっと玄関のノブを回すと鍵が開いていた。

 休止したSNSにはいまだ殺害予告が届いている。不審なことが起きても思い当たることしかない。

 さきほどノブを回した時の音が聞こえたのか、家に入り込んだ人物はパタパタと足音を立ててくる。どんどん近づき、俺が覚悟を決める前にぱっと扉が開いた。

「おかえりなさい!」

「母さん!?」

 ゴミがあふれた家の中から母が笑顔で俺をむかえてくれた。

「まったくこんなに散らかして!」

「……なんで?」

「LIMEにメッセージを送っても返信くれなかったから心配したんだから」

 ゴミを避けながら母とリビングに向かう。喪服を着ていたことから母も大体の事情は察したのだろう。ぽつりぽつりと話しはじめた俺に、母はうんうんと相槌を打ってくれた。

 俺は自分が思ってもいなかったことまでどんどん吐き出してしまった。

 友達が全員いなくなったこと。
 苦労して夢がかなわなかったとしても、ずっと小説を書いていたかったこと。
 あの時どうしてサインをしてしまったのだろう。
 どうにかして仲間の意思を継いで、もう一度夢をかなえたいこと。
 でももう文字を理解することができないくらい全部につかれてしまったこと。

「こんな広い家に一人で悩んで大変だったと思うの。ね、うちに帰ってこない? 少し休まなきゃ」

「うん……、そうする」

 もう何も見たくない。考えたくない。
 実家に帰ってゆっくりともう一度立ち上がる方法を考えよう。

「つらかったわね。もう小説なんて書かなくていいのよ」

 あたたかい母の言葉に、けれど俺はやはり取り残されてしまったんだという強い思いが込みあがった。

「……なんかじゃ、なんかじゃないんだ、」

 友のあとを追いたい気持ちとあふれてくる涙が止まらなかった。
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