【完結】ロジハラ彼氏(ホラー)

夏伐

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正論は暴論でもあり解決ではない

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 うちの彼氏はロジハラ気質だ。
 何かを相談するたびに否定されることが多く、友達に相談したら『ロジハラ』が嫌なら別れてしまえ、と切り捨てられてしまった。

 友達と会った帰り道にロジハラを調べてみると『過剰な正論で不快にさせる』ことだという。
 確かにそんなこともあるかもしれない。

 そう気づくと何だか嫌になり、ついに私は別れることにした。

 仕事帰り、いつものドライブデートの途中に沈黙に耐え切れず、ポツリと言ってしまった場所が悪かった。
 深夜の山道で口論になってしまった。

 その場でハザードランプを付けて、
 負けるわけにいかない、と必死に彼に自分の意思を伝えているが、彼はいつものように正論をぶちかますだけだった。
 でも、誰にもいなくて良かっ――

「きゃあああああああ!?!?」

 私が悲鳴をあげると、私の視線を追って彼は後ろを振り返った。

「は? ――子供?」

 車のすぐ横に色の薄い子供がこちらをじっと見つめていた。
 一瞬たじろいだものの、彼は車の窓を開ける。

「ぼく、どうしたの?」

 こんな山道に子供が一人。しかし犯罪絡みで助けを求めてやっと私たちを見つけたのかもしれない。こんな山奥で、子供を見捨ててはいけないだろう。

「迷子?」

 彼が無難な質問をして、子供が答えている。
 だが、絶対におかしい。

 子供の口は動いているのに、私にはその声がまったく聞こえない。そこに子供を投影している平面の映像が張り付いているような異様な光景に、私はじっと二人を見つめるしかなかった。

「ああ、いいよ。乗っていきな」

 どんな会話があったのか分からないが、彼は子供に車に乗るようにうながした。

「いや~こんな子供を山道に置いてくだなんて、虐待だよ虐待! お兄ちゃんたちがちゃんと駅まで送ってやるからな」

 喧嘩していたことを忘れて、彼は子供と会話をしている。
 駅まで? 駅までこんな気味の悪い子供を送っていくのか、私がルームミラー越しに後部座席を確認すると子供がじっと私を見ていた。
 ゾッとしてすぐに視線を外す。

 喧嘩の末に私自身が山に置き去りにされるような事がなくて良かったな、とぼんやり外を見て一刻も早く駅に着くことを祈った。

「ねぇお兄ちゃん、お兄ちゃんはつきあってるの?」

 すぐ近くで少年の声が聞こえた。
 声の方を振り向くと、子供が後部座席から身を乗り出して、私と彼をのぞきこむようにこちらを見ていた。
 顔には表情がまったく存在しない。ただ、目だけが印象に残る。

「え、ぁ……」
「その話は今やめてくれ。それとぼく? シートベルトはしめなさい」

 言葉につまる私とは対照的に彼は子供を叱った。
 子供は「なんで?」と首をひねりながら彼に聞いた。

「危ないだろ。もし事故ったら君も怪我をしてしまうじゃないか」
「別に怪我してもいいよ」

 いう事を聞かない様子の子供に、彼は次第にイライラしているようだった。
 そんな問答を繰り返しつつ、駅までたどり着くと子供が車から降りようとしない。

「ぼく? 駅ついたよ」

 私は子供の顔も見ずにそっと車を降りるように促した。

「ねぇ、お兄ちゃんお姉ちゃんの家についていきたいな。一人じゃ寂しいよ」

 子供は首だけをすっとこちらに伸ばしている。
 視界の隅に私と彼をじっと見つめる子供が見える。決して視線を合わせずにルームミラーで確認すると、ルームミラーにうつる子供は後部座席の真ん中に行儀よく座っている。

 私は今の恐怖からどうすれば逃れられるか考えるだけで精一杯だ。

「お前なぁ!」

 彼の怒鳴り声にはっとすると、彼は車から降りて後部座席のドアを開いて「今すぐ降りなさい!」子供に怒鳴った。

「そこの交番に行きなさい!」
「でも、寂しいよ。ずっと山の中で一人ぼっち……」

 子供と彼の攻防が続く。
 早く終わってくれ、そう願っていると、車の中には私以外誰もいないはずなのに声が聞こえた。

「お姉ちゃん優しそうだね」

 彼の前にいる子供、そしてルームミラーにうつり私を見つめている子供。絶対おかしい! けれどそれを口にしてしまってはいけない気がする。

「なんで車の中に……」

 彼も異様な事態に気づいたらしい。
 後部座席のドアを開き、子供を前にして言った。

「お前が俺たちについていきたいと思っているのは、目先の楽しさで努力することを放棄した結果じゃないのか?」
「は?」
「楽しそう、優しそう、それでどんなやつか分からないやつにズルズルひっついて……君の年でそんなんじゃ大人になったら困るだろ!」

 彼の正論暴論に、ついに子供が素っ頓狂な声を上げた。

「僕は大人にはなれな――」
「なれないわけあるか! じゃあ何か? 君は生まれた時から今の子供の姿だったのか? 人間はな、生まれた時はみんな赤ちゃんだろ!」
「いや、死んでるから……」
「『今』があるなら『過去』も『未来』もある。大人になるかならないかは、君が決められることじゃないだろ!」

 こんな調子で彼は、『車の横で一人で怒鳴り続けている』として警察官に職務質問されるまで子供を怒鳴り続けた。

 警察に話しかけられてハッとすると、ゾッとするような気配も視線も消えていた。

 警官がカップルのもめ事だと思ったらしく私たちはそれぞれ事情を聞かれることになった。

 コンコンと窓が叩かれ、警官は青白い顔をして震える私を見て心配したのだという。
 けれども、二人ともバラバラに事情を聞いたのに答えるのは『山道で不気味な子供を車に乗せた』という事。

 このあたりではまれにある話らしく、職務質問もそう長い時間ではなかった。私は車から降りて、警官を見送った。

 面倒そうに車に乗り込んだ彼が、「送っていくよ」と優しく言ってくれた。

「ううん、そもそも別れ話をしていたんだもの」
「その話だけどーー」
「私、あなたとはやっていけない」

 私は彼の返答を待たずに駅に駆け込んだ。
 今日起きたことはとても怖かった。でも、一つだけ確かなことがある。

 ロジハラとかいうレベルじゃない。あの不気味な幽霊の方がまだ話が通じそうだ。そんな人と将来的にやっていけるはずがない!

 口論になりさえしなければ、優しくて、お金持ちで、カッコいい彼だったが、この一件ですっぱりと別れることができた。
 私が怪談としてこの話をすると、大半が幽霊に同情的になる。気持ちはよく理解できる。私もさすがに可哀想だと思ったもの。

 だからかな、あの子が可哀想だと思い返した日には誰もいない家で子供の走り回る足音がする。
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