上 下
1 / 1

ささくれ祭り

しおりを挟む
 カァーン、カァーン。

 危険を知らせる鐘の音が村中に響き渡った。

「コカトリスだぁーー!!」

 鐘の音が二回。村が隣接している川をコカトリスがどんぶらこどんぶらこと流れている事を知った村人たちは訓練通りに防衛準備を始めた。

 コカトリスは川の浅くなり流れが遅くなった地点で村にあがってくる。
 魔王領に隣接した村の住民たちにとって、これは災厄ではあるものの、故郷を捨てるほどの理由にはならなかった。

 ☆

 ――昔むかし、人間と魔族が争っていたころのこと。

 虫けらと同等の弱さ、しかし群れで執拗に魔族を狙ってくる陰湿な生き物に魔王は疲れ果てていた。
 圧倒的武力で薙ぎ払えば、さらなる数で、より強力な武器で、襲撃してくる人間は面倒極まりないものだった。

 潰しても潰しても増えて足元に這いあがってくる虫の対策で寝不足にもなっていた。
 やつらは一匹一匹は弱いものの、魔族の中でも弱いものを狙う知恵はある。女子供や、魔法が使えず人間に対しても平和的なものたちを狙うのだ。

 だからこそ対策をしっかりせねば、失策は虫けらが勝利をする穴にもなりえた。
 高ストレス状態にあった魔王は、己の指にささくれが出来ていることに気づいた。

 そこで何かがフツリと切れた。

 魔王は城を飛び出し、森の中を歩いていたヒュドラを捕獲した。見た目は人間とあまり違いはないものの、歴代魔王の中で最も武に秀でた魔族であった魔王は、巨大なヘビの尾を引きずり、そのヒュドラを流れの早い川にぶち込んだ。

 襲撃され、負けを覚悟したのに川に流されたヒュドラは九つの首を魔王に向けたまま、どんぶらこどんぶらこと流されていった。
 川の流れのままにこの場を去る選択肢をしたのである。

 ヒュドラは川の流れが遅くなり、浅くなった人間の集落で、自分を川流しにしたものに似た姿を見つけて憂さ晴らしした。

「それがこのスポーツの始まりなの?」

 わぁわぁと魔族の若者が子供たちに囲まれている姿を見た魔族の親子がいた。
 今年の優勝者をキラキラした瞳で見つめている。

 毎年一人が選ばれ、その年は川に魔物を投げ入れる仕事をしなければならない危険な仕事だ。だが、選ばれれば魔王領の中でもとても名誉ある者だと認定される。

 魔族の中で最も身体能力が高いと認められた者が川に巨大な魔物を投げ入れる。武の魔王への敬意を表した祭りであるとともに――。

「そうよ、人間どもが魔王領に対して敵意ありと見つけたら駆除するために始まったの」

「へー、魔王さまささくれになって良かったね」

「なんで?」

「だってお祭り楽しいもん」

 子供の言葉に魔族の母親は笑った。
 今年は人間どもは豊作だと各地で祭りを開いていた。だから、風の魔法でケルベロスの群れを、夜になれば人間どもの国に近いワイバーンの巣を火の魔法で刺激する。

 夜目もきく魔族たちにはまるで夜空に大輪が咲いたかのような楽しい祭りである。

「今年はダンジョンからヒュドラを捕まえて優勝したんだって。数年ぶりのヒュドラが見れるわ」

 檻に入れられたヒュドラが優勝者にひっつかまれ川に向かって放り投げられる。久々のライディングヒュドラに若者たちがひゅーひゅーと口笛を吹いた。

 盛大な水しぶきがあがり、川の勢いに飲まれヒュドラはすべるように川を下って行った。今回のヒュドラは小さい。だからこそ、コカトリスが流れ着いた村のその先までたどりつくだろう。

 母親は笑っていた。子供も釣られて笑う。
 この祭りの優勝者は不思議と翌日、指先がささくれができるのだという。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...