上 下
2 / 67

第1話 転移お誘いメール

しおりを挟む
「……ここっ……そこに隠れても無駄……」

 とある真っ暗な部屋にて、全身ジャージのその者は『ジ・エンドオブサバイバル』をプレイしていた。その部屋は至って普通のワンルーム。特別広いというわけでもないごく一般的な部屋だ。
 しかし、その机にはカップ麺の器や飲み終えて空になったペットボトルが入ったゴミ袋が数個。途中でゴミ袋が切れたのか、袋に入りきらなかった器とペットボトル、それに加えてお菓子の袋などが部屋中に散乱しており、とても環境が良いとは言えない部屋であった。

 ──彼の名前は白野 飛鳥はくの あすか。とても中性的な名前だが、見た目も声の高さなども一般的な男性だ。そしてアスカの睡眠時間は1日2時間。体の健康よりも優先するほど、この『ジ・エンドオブサバイバル』というFPSゲームにハマっている。
 因みに、彼のプレイヤーネームは自分の名前である『アスカ』からとられている。

「……リロード入りマース……お、やっぱりここ狙ってきたかー」

 アスカのパソコンの画面では『ジ・エンドオブサバイバル』の画面が映し出されている。
 状況は11キルノーデス。その全てがスナイパーライフルによるヘッドショットキルだ。

「ところがどっこい、ナイフがあるんだなー……」

 ──とまあ、このような感じで毎日を過ごしているのが『閃光の狙撃手スナイパー』と呼ばれている者の正体だ。

 年齢は15歳。そして今は4月。大体の人は高等学校に進学しているか、早い者は就職活動をしている時期だ。
 しかし、アスカはそのどちらでもない。学校に行ってなければ就職もしていない。所謂ニートと言われるやつだ。
 それも仕方ない。アスカはあまり人と関わるのが得意ではない。要はコミュニケーション障害と言われるやつだ。
 学校に行っても友達は1人としておらず、周りが楽しそうに友達と話していたり遊んでいたりしているところを見るとストレスが溜まっていく。そんな思い出ひとつ出来ず、ストレスだけが溜まって行く学校には誰もが行きたくはないだろう。
 中学までは義務教育なので仕方なしに行っていたが、卒業してからはそれっきり学校というものに関わってはいない。
 金銭面に関しては子供の頃に貰ったお年玉やらお小遣いやらを貯金していたものがあったのでそれなりにあった。しかし、そのお金も最近になって遂に4桁になってしまった。今月の家賃は親に借金でもしない限り払い切るのは不可能だ。

「ゲームセット……13キル……微妙だな」

 ゲームが終わる。その瞬間にアスカは座っている椅子にもたれ掛かる。

「………お茶でも飲むか」

 椅子から立ち上がり、冷蔵庫へ向かう。冷蔵庫を開けるとそこには何本ものお茶が入ったペットボトルともやしの袋が入っていた。

「今日は……もやしはやめとくか。なんか最近もやししか食ってない気もするし」

 もやしは安くて軽い調理で美味になる。アスカにとって非常食のようなものだ。
 だが、今日の夜食はお茶とカロリーメイトフルーツ味だ。アスカにとってはこれが一番のご馳走だったりする。

「残り9056円……作業だけの短期バイトでも探すか」

 カロリーメイトを開封し、中のものを食べながらネットを活用して短期バイトを探す。コミュ障であるアスカにとって、接客業なんてのは全くできない。顔を合わせるだけでも緊張でまともに口が開かない。それ故、単純作業のバイトで金を稼ぐしかない、というのが今の現状だ。

「……バイトなんてしたことないからわかんねぇ!」

 バイト探しのサイトを見ながら叫ぶ。
 そもそも、こんな経歴の自分を雇ってくれるのか、と思うアスカ。
 この世は学歴社会。それ相応の学歴を持っていなければ雇ってもらえないし、雇ってもらっても良い学歴でなければ不遇な扱いを受ける。
 これがこの世界の常識というものだ。

「はぁー……つまんね……」

 何かメールが来てないかと確認する。この作業はアスカにとって暇つぶしの部類に入る。来ているのはどうせ広告のメールだけだと知っていて確認するのも無駄だとわかっていながらしていることだ。

「………削除っと。あとはこっから上の……」

 パソコンに溜まっていくメールは早めのうちに消しておかないとパソコンの動作が重くなると聞く。アスカはゲームで支障に出るのは嫌という理由でこの削除の作業をしている。
 いちいち確認しないと削除できないという仕様がアスカにとってはとても面倒なことだ。

「……なんだこれ?」

 削除作業をしていると1件だけ明らかに他の広告とは違うメールがあった。

「『転移のお誘い』……明らかに迷惑メールだろ」

 しかし、少しながら興味が出てきたアスカはメールの内容を確認する。

『Asuka様、この度はメールの確認をありがとうございます。本メールは最近のアクション、FPSゲームランキングでトップになった方にだけ送信されています。この世がつまらない、もっと楽しいことがしたい、実際に戦闘がしてみたいと思った方に対しての転移お誘いメールです。興味が無い方はそのまま削除、転移してみたいという方は下の方法を行ってください』

 完全に迷惑メールだとわかっている。だが、自分のプレイヤーネームを知っているというところから少し本当なのではないかと思うアスカ。
 このパソコンにはアスカの名前は登録していない。
 このメールがあのゲームからだとすれば理解出来たが、送り主は不明。信用する人の方が少ないだろう。

「だけど、試してみる価値はありそうだ」

 下の方法というのがURLではなくそのまま載せてあるところを見る限り、迷惑メールだとしても出会い系に自動的に登録させる詐欺系ではない。そう確定付けたアスカは早速その方法を試してみることにした。

「……ラジオ体操じゃねぇか」

 下の方法とは、『この画面を見ながらこのように体を動かす』と書かれており、その動きが子供の頃に誰もがしたことのあるラジオ体操であった。

「ま、軽い運動としてやってみるのもいいかもしれないし……」

 最近運動をしていなかったアスカはスマホの動画サイトからラジオ体操の音源を検索し、流し始めると同時にパソコンの画面を見る。
 『画面を見ながらする』というのが条件ということを忘れてはいけない。この画面を見ずにするのならば、それは転生する方法を試す男からただの散らかった部屋でラジオ体操をする男になってしまう。

『……大きく深呼吸。吸ってー、吐いてー』
「……スゥ……ハァ……っと」

 そして無事、画面を見ながらのラジオ体操が終了した。

 ──しかし、特に何も起こらない。

「……やっぱりデマか」

 転移できない、ということに少々落ち込むアスカ。
 そんなことがあるわけないんだと自分に言い聞かせ、ラジオ体操を流していたスマホを手に取る。
 そして、丁度スマホの画面におすすめの動画が表示──動画の再生が完全に終了した瞬間のことだ。

「あれ、目の前が白くなってきた?」

 突然、アスカの視界が白に染まり始める。
 一瞬白内障の前兆かと思ったアスカだが、白内障の主な原因は加齢によるもの。まだ15歳であるアスカが白内障になるにしては少し妙だ。それに白内障は、こんなにも突然にこれ程わかりやすい形で症状が現れるものなのだろうか。

「白内障ならレンズが白く濁ってるはず……」

 念の為にアスカは、鏡で自分の目を確認してみることにする。そして、アスカが鏡の前に来た瞬間──

「うわっ!?」

 突然鏡が猛烈な光を放ち始めた。咄嗟に目を閉じるが一向に鏡の光は消えない。それどころかより大きくなっていく。同時にアスカは疑問を抱いた。

 ──なぜ自分が来た瞬間に光を放ち始めた?

 最初から鏡が光っているのならまだしも、自分が来た途端に光るのはおかしい。それがもし転移の前兆だとしても、方法を試してからのラグがあまりにも長いことからその光が転移の前兆である可能性は低い。
 そしてそれとは別に、アスカにはもう1つ疑問があった。

 ─なぜ、鏡に自分の姿が見えなかったのか。

 鏡が最初から光っているのならばまだしも、光り始めたのは突然のこと。自分が目を閉じる寸前には少なからず鏡を見ようとする自分の姿が写っているはず。
 しかし、それは見えなかった。知らず知らずのうちに肉体が無くなっていたとしても、今自分が立てているのはおかしい。

 これら2つの疑問から導き出される結論は1つ。

「光っているのは、俺の方だ!!」

 アスカがそう叫んだ瞬間、光はアスカの視界を真っ白にするほど輝きを増し、次第に光は弱まり始めた。

 しかし、光が完全に消滅したその場所に、アスカの姿はなかった。
しおりを挟む

処理中です...