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第56話 決別
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「お前を今ここで、殺す!」
ポツポツと雨が降り始める中、アスカとシロウは戦闘を開始した。
シロウは足元で魔力を爆発させ、瞬時にアスカの元に接近する。そしてアスカも、シロウが接近すると同時にマガジンを抜き、破壊の魔力を混ぜて作りだした銃弾を装填する。
「やってみろ!」
向かって来るシロウに向けて撃ち込む。そしてその銃弾をシロウは余裕を持って避ける。いや、これでもかなりギリギリなのだ。
「さっきの男を見ればわかる。お前の銃弾の周りに纏われている破壊の魔力に少しでも触れれば能力は当たる。それに、意外と範囲がでかいらしいしな」
銃弾を余裕を持って避けるなんてバカみたいな事言っているが、実際にシロウは避けながら順調に近づいて行っている。
しかし、シロウの言った通りに触れれば敗北と言っても過言ではない破壊の魔力は範囲が広い。そのため、横に移動しながら避けているシロウが接近できるのはほんの数ミリだけだ。
「狙うは破壊の魔力が纏われていない銃弾が出た瞬間しかない……」
まさか、スナイパーが中距離戦をするなんて珍しいことをするなんて思いもしない。ましてや、ハンドガンよりも連射性能が劣るスナイパーライフルが近接特化の相手の動きを制限するだなんて。
もしもシロウのように短距離を瞬時に移動できる者でなければ、制限どころか既に殺られているだろう。
「さらに使いこなされれば厄介だ……。早めに仕留める……!」
シロウは避けながら、片手に持つどこにでもあるその剣をアスカに向けて投擲する。最初から避けられることを前提とした攻撃だ。
そしてその剣を、アスカら体を移動させて避けた。
「……なるほどな。まだ瞬時の破壊は無理なのか」
つまり、アスカには破壊の能力を発動、またはその能力を使った銃弾を作り出した時には少しのインターバルがあるということだ。そしてそれは、破壊の大きさや作り出した銃弾の数に比例して長くなっていく。
「だったら……」
今のアスカには破壊の能力は使えない。つまり、大量に銃弾を作り出した時に接近し攻撃すれば、少なともシロウが破壊される前に仕留めることができる。最悪の場合、相打ちになるが。
──そして今が、装填分の銃弾を作り出しているこの時がチャンスタイムである。
「うぉおおおー!!」
リロードが完了する前にシロウは行動を開始した。そしてその後すぐにアスカもリロードが完了し、こちらに真っ直ぐ突っ込んでくるシロウにM24を構える。
アスカは1発だけシロウに向けて撃つが、シロウはそれを紙一重で避ける。それと同時に、シロウは自身の体に何かが流れ込んでくる感覚がした。恐らくこれが、破壊の魔力なのだろう。
恐らく次弾が来ると予測してシロウは警戒していたが、アスカは何と銃を降ろした。負けを認めたのかとシロウは思ったが、その目には勝利を確信したような目をしていた。
その瞬間、シロウはアスカが何故勝利を確信したのか理由がわかった。
「私が剣を避けた時にインターバルに気付いたよね?それに私が気付いていないとでも?」
「……ハッ、今回ばかりは一杯食わされたな」
アスカは、初弾のみに破壊の魔力を混ぜていたのだ。
先程も言った通り、破壊の能力の発動にはインターバルがあり、それはその能力を使った大きさや量に比例して長くなると。
そして、今アスカがリロードした際に破壊の魔力を混ぜた銃弾を作った数は、1度目が全発だったのに対し今回は1発のみ。インターバルはほとんどないと言ってもいいくらいの短さしかない。
つまり、シロウの攻撃範囲内にアスカが入ったところでシロウは負けるということだ。
「終わりだ。『ディストラク……」
その瞬間、アスカの身体中に激痛が走った。ほんの一瞬だけだったが、集中を乱すには申し分なかった。
「うぐっ……ハァ……ハァ……」
「それが力の代償だ」
アスカが一瞬の痛みと苦しみで集中が乱れると、何故かシロウの中に入っていた破壊の魔力が抜けていく。
任意のタイミングに発動できるということはそれなりに集中も必要。恐らく、その集中が乱れたことによって破壊の魔力が元々の持ち主であるアスカの元に戻って行ったのだろう。
「全く幸運なことだ。久々に幸運なことなんて起きた気がするな」
「くっ……!」
アスカは破壊の魔力こそないが、リロードの際に魔力を高めて作っ銃弾でシロウを狙う。だが、シロウは既にアスカの目の前まで来ており、アスカの構えていたM24を蹴り上げる。
丸裸になった所にシロウはアスカの首元に刀を構える。
「最後に質問してやろう。お前自身は何がしたい?」
「私がもう悲しみたくない。苦しみたくない。だったら、その原因を殺す。そうすれば、そんな思いしなくてもいい!」
「それは憎悪に囚われたアスカとしての意見だ。俺が聞きたいのはお前ではなく、白野飛鳥としての意見だ」
「っ……」
「お前は、本当にこんなことがしたかったのか? 今まで何のために戦ってきた?」
「……俺……は……」
アスカは悩む。一体何のために戦っていたのか。
己のこの世界の魔獣を倒すという目的のためか?
他人を守るためか?
負の感情を自身が感じたくないがためか?
結局、何もわからない。一体何のために戦うのが正解なのか、どれがいけないのか。
「戻ってこい。まだ元に戻ることはできる。憎悪に囚われるな!」
「うる……さい……!」
アスカは持っていたコンバットナイフで刀の位置をずらし、ほんの一瞬のシロウが攻撃できない状況に距離をとり体勢を立て直す。そして、蹴り飛ばされたM24を体勢を立て直す過程で拾う。
「お前が私の邪魔をするなら、私はお前を殺す!」
「……無駄か。いや、俺だからか」
そして再びお互いに武器を構え合う。
戦いでしか解決できない。それが人間だ。
「2人ともストップ!」
緊迫とした空気の中、突然声が割って入って来た。
その声の正体は、レンと共にシロウが開けた世界の狭間を通ってきたソニアだった。
「どういうことか説明して! 何で2人して争ってるの!?」
「下がってろ。こいつはもうお前の知るアスカじゃない」
「………邪魔が入った。この決着は預ける」
「……そうか」
ソニアが入ってきた途端にアスカは戦意を喪失し、セヴィオルナの街とは別の方向に向かって歩き始める。もう皆のところに戻る気は無いようだ。
「アスカちゃん!」
ソニアがアスカを追いかけようとすると、アスカは持っていたM24をソニアに向ける。
「これ以上関わるな。もう、お前らにとって私は敵だ」
「“私’’って……一体何が……」
その疑問は、周りを見ることで瞬時に理解した。かなりの雨が降り始めたために今は弱まって来ている炎と、辺りに転がる大量の死体と肉片。
理解した途端、ソニアは心が痛くなった。
「今にでも殺してやりたい。さっさと悲しむ要素を消したい。だけど……今回だけは慈悲はある」
「アスカちゃん……」
「次会った時には容赦なく殺す。精々私を殺す準備整えておくんだな」
「殺すって、どうして殺さなきゃいけないの!?」
「敵だからだ」
アスカはまっすぐ森に向かって歩いていく。そして、森の中に入る寸前に……、
──今までありがとう。
そう声に出さずに言った。
何も聞こえなかったソニアだが、その言葉だけはしっかりと理解できた。そして急いでアスカを追いかけようとするが、これ以上はダメだとシロウが止めた。
「……何があったんですか?」
そこに少し遅れてレンが到着する。レンも、このめちゃくちゃな状況を理解できなかった。
「後で話してやる。だがしかし……」
「アスカちゃん……ごめんなさい……」
何故シロウには最初から容赦なく殺しにかかってきたのに、ソニアに対しては慈悲を与えたのだろう。
その理由はシロウにはわからなかったが、ソニアは1人理解していた。だが、それを教えることはしなかった。
*****
1人森の中に入って行ったアスカは、振り返ることなく前へと歩いていた。戻るべき場所を失った今、アスカには前を進むということしか出来ない。
こんな大雨の中、視界が悪い森の中だとしても迷うことは決してない。
「うぐっ……!」
──無理をするな。あれだけ力を使えば身を滅ぼすことになる。少しは考えて使え。
「……ああ」
力の反動による激痛に耐えながらもまっすぐ歩く。
助けは来ない。いや、助けなんて来ない。そもそも今の自分を助ける人なんていない。ずっと、1人孤独に生き続けるのだ。
──後悔はしていないのか?
「後悔なんて、しない。後悔するのは1番無駄なことだから」
──では、何故泣く? 何故涙を流す?
「……雨だ」
──違うな。その目から流れているのは涙だ。
アスカの目からは涙が流れていた。これを後悔と言わずなんと言う。
「もう戻れないんだ。それに、俺がいると迷惑をかける。だったら、俺はアイツら……いや、世界の敵として生きるのが正しいんだ」
──ならば何故、あの時女を撃たなかった。
「…………」
ハッキリとした答えを出せなかった。撃とうと思えばいつでも撃てた。だが、アスカはソニアを撃たなかった。否、撃てなかったのだ。
初めてあった冒険者にして、初めて人との触れ合いが楽しいと思えるようにしてくれたうちの1人。アスカの残った優しさが、殺すという憎悪から来る思いを一時的に打ち消したのだ。
恐らく、レンが目の前にいたとしても撃てなかっただろう。
アスカにはまだ完全に甘さを捨てきれてはいなかった。完全に捨てるということは即ち、自分を殺すということ。
やはり、どんな人間でも覚悟を決めたところで怖いものは怖いのだ。
次までに準備しておけと言ったのは、罪深い自分を殺して欲しかったからなのかもしれない。
「……次は撃つ。もう弱い自分は卒業した。これは俺とアイツらとのケジメだ」
──だから決別したと。
「正義の味方と平和を乱す悪役なら、俺は悪役だ。一緒にいることはできない」
──だったら涙を拭け。その覚悟があるのならば、ただ前を見て歩け。
「……わかってる」
アスカは涙を拭き、雨にうたれながら森の奥へと歩いていく。
目的地なんてない。ただ歩いて、歩いて、前に進めればそれでいいんだ。
「私はもう……振り返らない」
この日、1つの村が謎の集団によって滅びた。
後日ギルドが調査を行うが、得られた情報は村の住民及びギルド役員は全滅という情報と、1名の生き残りがいるということだけ。
その時にいた青年の話から、その1名の名前と職業と女であることを特定する。事情聴取のためにその女の行方を探るが一向に手がかりはない。
そんな時、1人の人間が言った。
──村を焼き払い、住民を残虐したのはその女だ。
最初はこんな何の根拠もない噂を誰も信じなかったが、何時しかそれが正しいと考える人が増えていった。そしてついには、その女の職業である冒険者を管理する冒険者ギルド本部に、まるでビッグスターが来場したかのような騒ぎになった。
──そいつは大罪人。責任を取れ。
しかし、ギルドマスターは決してその噂は間違いであると信じ、彼女はやっていないと否定し続けた。彼女を知る英雄ツカサや魔獣研究者も同じく否定し続けた。
だが、そのギルドマスター達も「大罪人を庇う悪」だと言われ、止む負えなくギルドマスターは辞任。英雄ツカサも冒険者カードの剥奪。魔獣研究者もその件についての発言を抑えることを余儀なくされた。
それから新たにギルドで最もリーダーシップが高く、功績も良かった男がギルドマスターに就任した。
それからというもの、ギルドマスターは例の大罪人である女の冒険者の登録を解除し、王国側に手配書を発行させた。
それはアスカが行方をくらませてから3ヶ月後のことであった。
しかし、手配書を発行したがその女は一向に見つからない。世界各地で捜索されたものの、誰一人として姿も影も何も見ていない。手掛かり1つない。それは、その女は死んだと死亡説が流れるくらいだった。
そしてそれから数ヶ月後……。
ほとんどの人がその女は死んだと思い、ギルド側も捜索を取り下げてい。まだ探しているとしても、それはその女を大切に思っていた人達だけだ。
そしていつしか、僅かな人数を残して女が犯したであろう罪以外のことを忘れ、いつものような日常に戻った。
それは、アスカが行方をくらませてから半年以上が経過した頃の話であった。
──もう彼女はいない。生涯、再開することもないだろう。
黒い竜を追っていた男達もついには捜索を断念し、黒い竜の捜索に専念することにした。
もう生きてはいない。そう考えるのが普通だと言うのに、2人の男女は探し続けた。
──きっと生きている。会いたいと思ってる。
そう信じ、2人は今日も女を探す。
ポツポツと雨が降り始める中、アスカとシロウは戦闘を開始した。
シロウは足元で魔力を爆発させ、瞬時にアスカの元に接近する。そしてアスカも、シロウが接近すると同時にマガジンを抜き、破壊の魔力を混ぜて作りだした銃弾を装填する。
「やってみろ!」
向かって来るシロウに向けて撃ち込む。そしてその銃弾をシロウは余裕を持って避ける。いや、これでもかなりギリギリなのだ。
「さっきの男を見ればわかる。お前の銃弾の周りに纏われている破壊の魔力に少しでも触れれば能力は当たる。それに、意外と範囲がでかいらしいしな」
銃弾を余裕を持って避けるなんてバカみたいな事言っているが、実際にシロウは避けながら順調に近づいて行っている。
しかし、シロウの言った通りに触れれば敗北と言っても過言ではない破壊の魔力は範囲が広い。そのため、横に移動しながら避けているシロウが接近できるのはほんの数ミリだけだ。
「狙うは破壊の魔力が纏われていない銃弾が出た瞬間しかない……」
まさか、スナイパーが中距離戦をするなんて珍しいことをするなんて思いもしない。ましてや、ハンドガンよりも連射性能が劣るスナイパーライフルが近接特化の相手の動きを制限するだなんて。
もしもシロウのように短距離を瞬時に移動できる者でなければ、制限どころか既に殺られているだろう。
「さらに使いこなされれば厄介だ……。早めに仕留める……!」
シロウは避けながら、片手に持つどこにでもあるその剣をアスカに向けて投擲する。最初から避けられることを前提とした攻撃だ。
そしてその剣を、アスカら体を移動させて避けた。
「……なるほどな。まだ瞬時の破壊は無理なのか」
つまり、アスカには破壊の能力を発動、またはその能力を使った銃弾を作り出した時には少しのインターバルがあるということだ。そしてそれは、破壊の大きさや作り出した銃弾の数に比例して長くなっていく。
「だったら……」
今のアスカには破壊の能力は使えない。つまり、大量に銃弾を作り出した時に接近し攻撃すれば、少なともシロウが破壊される前に仕留めることができる。最悪の場合、相打ちになるが。
──そして今が、装填分の銃弾を作り出しているこの時がチャンスタイムである。
「うぉおおおー!!」
リロードが完了する前にシロウは行動を開始した。そしてその後すぐにアスカもリロードが完了し、こちらに真っ直ぐ突っ込んでくるシロウにM24を構える。
アスカは1発だけシロウに向けて撃つが、シロウはそれを紙一重で避ける。それと同時に、シロウは自身の体に何かが流れ込んでくる感覚がした。恐らくこれが、破壊の魔力なのだろう。
恐らく次弾が来ると予測してシロウは警戒していたが、アスカは何と銃を降ろした。負けを認めたのかとシロウは思ったが、その目には勝利を確信したような目をしていた。
その瞬間、シロウはアスカが何故勝利を確信したのか理由がわかった。
「私が剣を避けた時にインターバルに気付いたよね?それに私が気付いていないとでも?」
「……ハッ、今回ばかりは一杯食わされたな」
アスカは、初弾のみに破壊の魔力を混ぜていたのだ。
先程も言った通り、破壊の能力の発動にはインターバルがあり、それはその能力を使った大きさや量に比例して長くなると。
そして、今アスカがリロードした際に破壊の魔力を混ぜた銃弾を作った数は、1度目が全発だったのに対し今回は1発のみ。インターバルはほとんどないと言ってもいいくらいの短さしかない。
つまり、シロウの攻撃範囲内にアスカが入ったところでシロウは負けるということだ。
「終わりだ。『ディストラク……」
その瞬間、アスカの身体中に激痛が走った。ほんの一瞬だけだったが、集中を乱すには申し分なかった。
「うぐっ……ハァ……ハァ……」
「それが力の代償だ」
アスカが一瞬の痛みと苦しみで集中が乱れると、何故かシロウの中に入っていた破壊の魔力が抜けていく。
任意のタイミングに発動できるということはそれなりに集中も必要。恐らく、その集中が乱れたことによって破壊の魔力が元々の持ち主であるアスカの元に戻って行ったのだろう。
「全く幸運なことだ。久々に幸運なことなんて起きた気がするな」
「くっ……!」
アスカは破壊の魔力こそないが、リロードの際に魔力を高めて作っ銃弾でシロウを狙う。だが、シロウは既にアスカの目の前まで来ており、アスカの構えていたM24を蹴り上げる。
丸裸になった所にシロウはアスカの首元に刀を構える。
「最後に質問してやろう。お前自身は何がしたい?」
「私がもう悲しみたくない。苦しみたくない。だったら、その原因を殺す。そうすれば、そんな思いしなくてもいい!」
「それは憎悪に囚われたアスカとしての意見だ。俺が聞きたいのはお前ではなく、白野飛鳥としての意見だ」
「っ……」
「お前は、本当にこんなことがしたかったのか? 今まで何のために戦ってきた?」
「……俺……は……」
アスカは悩む。一体何のために戦っていたのか。
己のこの世界の魔獣を倒すという目的のためか?
他人を守るためか?
負の感情を自身が感じたくないがためか?
結局、何もわからない。一体何のために戦うのが正解なのか、どれがいけないのか。
「戻ってこい。まだ元に戻ることはできる。憎悪に囚われるな!」
「うる……さい……!」
アスカは持っていたコンバットナイフで刀の位置をずらし、ほんの一瞬のシロウが攻撃できない状況に距離をとり体勢を立て直す。そして、蹴り飛ばされたM24を体勢を立て直す過程で拾う。
「お前が私の邪魔をするなら、私はお前を殺す!」
「……無駄か。いや、俺だからか」
そして再びお互いに武器を構え合う。
戦いでしか解決できない。それが人間だ。
「2人ともストップ!」
緊迫とした空気の中、突然声が割って入って来た。
その声の正体は、レンと共にシロウが開けた世界の狭間を通ってきたソニアだった。
「どういうことか説明して! 何で2人して争ってるの!?」
「下がってろ。こいつはもうお前の知るアスカじゃない」
「………邪魔が入った。この決着は預ける」
「……そうか」
ソニアが入ってきた途端にアスカは戦意を喪失し、セヴィオルナの街とは別の方向に向かって歩き始める。もう皆のところに戻る気は無いようだ。
「アスカちゃん!」
ソニアがアスカを追いかけようとすると、アスカは持っていたM24をソニアに向ける。
「これ以上関わるな。もう、お前らにとって私は敵だ」
「“私’’って……一体何が……」
その疑問は、周りを見ることで瞬時に理解した。かなりの雨が降り始めたために今は弱まって来ている炎と、辺りに転がる大量の死体と肉片。
理解した途端、ソニアは心が痛くなった。
「今にでも殺してやりたい。さっさと悲しむ要素を消したい。だけど……今回だけは慈悲はある」
「アスカちゃん……」
「次会った時には容赦なく殺す。精々私を殺す準備整えておくんだな」
「殺すって、どうして殺さなきゃいけないの!?」
「敵だからだ」
アスカはまっすぐ森に向かって歩いていく。そして、森の中に入る寸前に……、
──今までありがとう。
そう声に出さずに言った。
何も聞こえなかったソニアだが、その言葉だけはしっかりと理解できた。そして急いでアスカを追いかけようとするが、これ以上はダメだとシロウが止めた。
「……何があったんですか?」
そこに少し遅れてレンが到着する。レンも、このめちゃくちゃな状況を理解できなかった。
「後で話してやる。だがしかし……」
「アスカちゃん……ごめんなさい……」
何故シロウには最初から容赦なく殺しにかかってきたのに、ソニアに対しては慈悲を与えたのだろう。
その理由はシロウにはわからなかったが、ソニアは1人理解していた。だが、それを教えることはしなかった。
*****
1人森の中に入って行ったアスカは、振り返ることなく前へと歩いていた。戻るべき場所を失った今、アスカには前を進むということしか出来ない。
こんな大雨の中、視界が悪い森の中だとしても迷うことは決してない。
「うぐっ……!」
──無理をするな。あれだけ力を使えば身を滅ぼすことになる。少しは考えて使え。
「……ああ」
力の反動による激痛に耐えながらもまっすぐ歩く。
助けは来ない。いや、助けなんて来ない。そもそも今の自分を助ける人なんていない。ずっと、1人孤独に生き続けるのだ。
──後悔はしていないのか?
「後悔なんて、しない。後悔するのは1番無駄なことだから」
──では、何故泣く? 何故涙を流す?
「……雨だ」
──違うな。その目から流れているのは涙だ。
アスカの目からは涙が流れていた。これを後悔と言わずなんと言う。
「もう戻れないんだ。それに、俺がいると迷惑をかける。だったら、俺はアイツら……いや、世界の敵として生きるのが正しいんだ」
──ならば何故、あの時女を撃たなかった。
「…………」
ハッキリとした答えを出せなかった。撃とうと思えばいつでも撃てた。だが、アスカはソニアを撃たなかった。否、撃てなかったのだ。
初めてあった冒険者にして、初めて人との触れ合いが楽しいと思えるようにしてくれたうちの1人。アスカの残った優しさが、殺すという憎悪から来る思いを一時的に打ち消したのだ。
恐らく、レンが目の前にいたとしても撃てなかっただろう。
アスカにはまだ完全に甘さを捨てきれてはいなかった。完全に捨てるということは即ち、自分を殺すということ。
やはり、どんな人間でも覚悟を決めたところで怖いものは怖いのだ。
次までに準備しておけと言ったのは、罪深い自分を殺して欲しかったからなのかもしれない。
「……次は撃つ。もう弱い自分は卒業した。これは俺とアイツらとのケジメだ」
──だから決別したと。
「正義の味方と平和を乱す悪役なら、俺は悪役だ。一緒にいることはできない」
──だったら涙を拭け。その覚悟があるのならば、ただ前を見て歩け。
「……わかってる」
アスカは涙を拭き、雨にうたれながら森の奥へと歩いていく。
目的地なんてない。ただ歩いて、歩いて、前に進めればそれでいいんだ。
「私はもう……振り返らない」
この日、1つの村が謎の集団によって滅びた。
後日ギルドが調査を行うが、得られた情報は村の住民及びギルド役員は全滅という情報と、1名の生き残りがいるということだけ。
その時にいた青年の話から、その1名の名前と職業と女であることを特定する。事情聴取のためにその女の行方を探るが一向に手がかりはない。
そんな時、1人の人間が言った。
──村を焼き払い、住民を残虐したのはその女だ。
最初はこんな何の根拠もない噂を誰も信じなかったが、何時しかそれが正しいと考える人が増えていった。そしてついには、その女の職業である冒険者を管理する冒険者ギルド本部に、まるでビッグスターが来場したかのような騒ぎになった。
──そいつは大罪人。責任を取れ。
しかし、ギルドマスターは決してその噂は間違いであると信じ、彼女はやっていないと否定し続けた。彼女を知る英雄ツカサや魔獣研究者も同じく否定し続けた。
だが、そのギルドマスター達も「大罪人を庇う悪」だと言われ、止む負えなくギルドマスターは辞任。英雄ツカサも冒険者カードの剥奪。魔獣研究者もその件についての発言を抑えることを余儀なくされた。
それから新たにギルドで最もリーダーシップが高く、功績も良かった男がギルドマスターに就任した。
それからというもの、ギルドマスターは例の大罪人である女の冒険者の登録を解除し、王国側に手配書を発行させた。
それはアスカが行方をくらませてから3ヶ月後のことであった。
しかし、手配書を発行したがその女は一向に見つからない。世界各地で捜索されたものの、誰一人として姿も影も何も見ていない。手掛かり1つない。それは、その女は死んだと死亡説が流れるくらいだった。
そしてそれから数ヶ月後……。
ほとんどの人がその女は死んだと思い、ギルド側も捜索を取り下げてい。まだ探しているとしても、それはその女を大切に思っていた人達だけだ。
そしていつしか、僅かな人数を残して女が犯したであろう罪以外のことを忘れ、いつものような日常に戻った。
それは、アスカが行方をくらませてから半年以上が経過した頃の話であった。
──もう彼女はいない。生涯、再開することもないだろう。
黒い竜を追っていた男達もついには捜索を断念し、黒い竜の捜索に専念することにした。
もう生きてはいない。そう考えるのが普通だと言うのに、2人の男女は探し続けた。
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死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
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