私が人間をやめたのには理由がある

幻影刃

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第三十六話 妖狐の精霊

 人形が消え、この場にいるのはわし一人。これから何をするべきなのかと考える。

 ──その時、またも唄が聞こえた。それも、すぐ後ろで。

 すぐに振り返ると、そこには宙を浮いている半透明の妖狐が唄を口ずさみながらわしを見ていた。

『交わる光と闇、それは虚無ではなく真実。狐の種族により、今一度負の気を還元する』

 まるで、その唄で何か伝えようとしているような、そんな感じであった。しかし、その意味が全くわしにはわからない。
 そう思っていた矢先に、その妖狐は話し始める。

『待っていました。当代の仙狐様である貴方を』
「わしを?」
『先代の仙狐様であったお方の命によって』
「……ということは、ざっと七百年くらいか」
『正確には、七百二十一年と三ヶ月です』

 五百年前、それはわしがまだ神子の役に就いていた時じゃ。そして同時に、この森に蓄積された負の感情が爆発し最悪の事態が起こってしまった時でもある。
 あの時に、わしの生活はの変化を与えた。

 その事態の収集のために動いた先代の仙狐様は、最後の最後で妖と相打ちし亡くなった。その後、わしが仙狐としてこの七百年もの間、森の守り神として存在していた。
 今思い出すと、あの時の選択が違えば今の生活はないのだろうかと思う。

 それはともかく、その先代の仙狐様が一体いつこの妖狐にそういった命令を下したのか。わしがここに来るように仕向けたのは何故なのか。

 ──そもそも、こやつは何者なのか。

『……私の存在を疑問に抱いた可能性あり。その疑問については一から説明させていただきます』
「わしが考えてることを予測するとはな。それじゃあ、説明頼む」
『了解』

 相手の考えを確実に予測する。この特徴は森に住まう精霊と同じじゃ。そして、妖狐型ということから他の精霊達と比べてかなり高位の存在なのじゃろう。
 じゃが、やはりそれ以上のことはわからない。大人しく話を聞くとしよう。

『まず私のことです』

 そう言うとその精霊は突然後ろの石碑に向かって下がっていく。そして石碑の中に入ったと思った瞬間、突然石碑のある壁が扉のように音を立てて左右に開き始める。

『どうぞこちらへ』

 精霊の指示に従い、わしは開いた道を進む。そして道を抜けると、そこには前にいた部屋よりも松明が多く設置されているためとても明るくなった部屋に着く。
 精霊はさらに後ろへと進み、部屋のど真ん中まで来ると動きを止めた。

『私は見ての通り妖狐の精霊。かつて、必要とされなかった刀の精霊です』

 そう言うと精霊は自身の体内から一本の刀を取り出す。鞘が翡翠色というなんとも珍しい配色の刀じゃ。

『私の名前はメシア。そして、私が宿るこの刀の名は翡翠刀です』
「まんまじゃな」
『それは刀の製作者に言ってください。私は刀に宿る精霊でしかないのですから』

 しかし翡翠刀を見ていると、先程までこの精霊──メシアが唄っていた唄の歌詞にも翡翠色の光と刀という、翡翠刀のことを言っているような内容であった。恐らく、あの刀には他とは違う何らかの能力があるのだとわしは予想する。

 それはそうと、この精霊がまさか刀に宿る精霊だということには驚いた。刀に宿る精霊とは強力であっても姿は見えない。神子が持つ妖刀に宿っていた精霊もかなり強力な存在であってもその姿が見えないように。

「そういえば、わしを待っていたと言っていたが、まさかずっとあの唄で呼びかけていたのか?」
『はい。ですが、呼びかけていた当時は貴方はまだ仙狐として未熟であったため、私の呼びかけに応じる以前に唄を感じ取ることもできていませんでした。ですが、先代の仙狐様は私に”いずれアイツは突発的な成長を遂げる時が来る”と言いました』
「……それが今ということか」
『そういうことです』

 確かに、前までは唄どころか何かを感じるということすらもあまりできてはいなかった。しかしここ最近、妖のことや神子のことなどで様々な気付きや心情の変化があった。
 それが、あの人の言っていた突発的な成長のきっかけだったのかもしれない。

 もしかすると、あの時神子から聞こえた声はその成長から聞こえたものでは無いだろうか。長年聞こえなかったメシアの唄が突然聞こえるようになったように。

『ここに来た時に貴方を襲ったのは先代の仙狐様が組み込んだ試練の妖術。攻撃性のある魔力を吸収され、武器による接触すら許さず、体で触れることしかできない人形を相手にどう行動するかという試練です。その試練において、仙狐様が望んだ行動が──』
「心から受け入れる、じゃろ」
『そう。そして貴方はその試練を越え、私という存在を目にすることができたのです』
「つまり、今わしが見えているぬしはわし以外には見えないのか?」
『例外はいますが、基本的にはそうです』

 ここに来る際の試練を仕組んだのがあの人だとすると、あの人はいずれわしがメシアの唄を聞いてここに来ることを信じていたんだ。だからあの人は、悔いのない表情で相打ちなんて馬鹿なことをしたのか。

「全く……の気も知らずにあの人は……」

 いつもいつも勝手だった。あの人が決めて行動する時に私が心配しても悩まず動いて、そして結局、たった一度しか成功した試しなんてなくて。いつもいつもあの人は失敗してばかりだった。

 だけど、あの人はそれでも笑っていた。あらゆる生き物を受け入れようとしていた。きっと分かり合えると信じていた。

 その末路が、分かり合おうとした者との相打ちだなんて、あまりにも救われない最期だ。

 名前以外を残さずにこの世を去ったとばかり思っていたが、まさかこういう形であの人の思いを知るとは思わなかった。

『……私が唄っていた唄の内容の意味、わかりますか?』
「いや、全く。それっぽい石版を見ても文字は欠けているし、意味がわからん」
『それは既に確定していた返答です。何故ならば、あの石版から得られるの情報はあれだけなのですから』
「……それじゃあ、あの欠けていた文字は」
『解読されたとしてもその意味がわからないようにするため、適当に文字を並べ表面を砕いものです。正しい唄の内容の全ては私の中で保存されています』

 真に呼び掛けている者にしかメシアと出会う方法はないということか。例え第三者が運良くこの場所を見つけたとしてもメシアと出会うことは無いし石版の完全解読は不可能。すぐに諦めて帰るであろう。

 しかし、唄の全内容を記録しているとメシアは言った。つまり、その意味をも理解しているということになる。

『先程のものと続けると、還元されし負の気は浄化され新たな生命力となる。翡翠の刀を通じ、その生命力は生命を繋ぐ架け橋となる』
「………その刀、一体どういった能力があるんじゃ」

 先程から出てくる翡翠の刀、それは間違いなく翡翠刀のこと。唄の全貌を聞いている限り、その予言のようなものを達成する鍵が翡翠刀であるとわかる。

 つまり、神子を救うことが出来るかもしれない唯一無二の手段なのじゃ。

『翡翠刀には分離と結合の能力が存在します。しかしその能力の欠点として、翡翠刀による攻撃は全て通じませんし能力自体も身体的なものではなく精神的なものでなければなりません』
「……なるほど」

 普通に戦う分には最弱と呼べる刀になろう。そんな刀を誰も求めるはずがない。かつて必要とされなかったというのはそのせいじゃ。

『さて、ここからが本題です』
「………」
『貴方は、貴方自身が救いたいと思うあの者を救いたいと心の底から思いますか?』

 唐突に投げ掛けられた問にわしは迷わずこう言ってやった。

「もちろんじゃ」

 元はと言えばここに来たのもその手段を探すため。そして、その手段と成りうる刀が今目の前にある。

「だから、その刀を使わせて欲しい」

 唯一の手段が目の前にあるのにそれを拒む理由はない。その刀を以て神子を救う、それがわしが望むことじゃ。

『……その目に偽りはないようですね』
「ああ。例え自分の身に危害が及ぼうとも、わしは今の神子を救う。きっと分かり合えると思っておる」
『ならば、私は貴方の望みの助けとなるべく、貴方を主と認め刀の所有権を与えます。それが、先代の仙狐様の願いであり、私の意思です』

 そしてメシアは刀の中へ吸い込まれるように入り、翡翠刀が勝手にわしの目の前に動いて来る。

 この武器は決して生き物を傷付けることがない。そして、生き物の心に呼び掛ける能力がある。そう、この刀は争いを止める奇跡の刀。

 ──翡翠刀の鞘を握る。

 何があろうとこの意味の無い争いを止める。そして、元の平穏な日々を取り戻す。人間や魔族達とも分かり合うことで、もう争いを生む原因を無くす。
 その結果がわしを苦しめるものになってもいい。誰もが仲良く平和に過ごせるようにただ尽くす。

 そうすればきっと、神子に残った心の傷も癒えるはずだ。

『あの方、貴方の神子様の魔力から居場所の探知を開始します』
「役目を果たした精霊は消えるはずじゃが、ぬしは別なのか?」
『いえ、同じです。しかし、その役目を果たせていないだけです』
「なるほど」

 わしは翡翠刀を持ち、メシアの探知を元に神子がいるであろう場所に向かって歩き始めた。
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