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第8話 名づけ
しおりを挟むとんでもない集会を目の当たりにし、色々なことを考えさせられながら巣へと戻ってきた。
明日からは一人前のゴブリンとして動くことになり、今日の内から早速作戦を立てたいところだが……。
「うぎギギ! ギギぐグぎ!」
何を言っているのか分からないが、どうやら一番初めに生まれたゴブリンが俺達の指示に従えと言っている様子。
ジェスチャーからでしか読み取れないが、多分そんな感じのことを俺に対して喚いている。
「無理だな。お前の指示で動いても獲物を狩ることはできない。どうしても一緒に行動したいなら俺のやり方に従ってもらう」
一回り大きいゴブリンに面と向かってそう告げるが、言葉が理解できないためもちろん伝わらない。
ただ、俺が反発していることはニュアンスで伝わったようで、憤慨した様子で拳を振り上げてきた。
四つん這いだったころは無抵抗のままやられ、そこからは争いを避けるために幼虫を食べる日々を過ごしていたが、意のままに体が動かせるのであれば成体になったばかりのゴブリンなんかに負ける訳がない。
俺は大きく振りかぶった隙だらけのパンチを楽々躱すと、即座にみずおちに拳を叩き込む。
こちとら知識や技術だけでなく、この二ヵ月間体も常に鍛え続けてきた。
ゴブリンの域は超えていないだろうが、腐肉を食べては寝るというダラけた生活を送っていた図体のデカいだけの奴には負けない。
腹を押さえて悶絶し出したゴブリンを見下ろしながら、後ろに控えている二匹を睨みつける。
一瞬攻撃してこようとしたが、一撃で悶絶させられたゴブリンを見て足がすくんでいる様子。
「まぁいきなりは納得できないだろうから、俺とお前らとで勝負をしよう。一週間の獲った食材の量が多かった方が勝ち。負けた方は今後は絶対に服従する。――どうだ? 引き受けるか?」
未だに腹を押さえて苦しんでいるゴブリンに提案を行う。
言葉が分からないゴブリンにでも伝わるようにジェスチャーも交えたため、俺が何を言ったかは理解できたはずだ。
「う……うぎぐぐグ! ウぐがッ! うぎグぎぎ!!」
喚きながらも首を縦に振っているし、これで互いに勝負を了承したということ。
一週間の内にこの三匹のゴブリン達が死んでしまわないかは若干不安だが、そうなったらそうなったらで仕方がない。
俺は一応兄である三匹のゴブリンと別れ、巣の外に出て早速作戦を練ることにした。
勝手に色々と決めてしまったが、俺の後を追ってきていたゴブリンは当たり前のように後ろをついてきており、俺側についたという認識で大丈夫だろう。
「色々と不便だから、お前にも言葉を覚えてほしいんだが……流石に無理だよな」
「うが?」
「ゆっくりと言葉を聞き取れるようになってくれればいい。そのためにまずは名前が欲しいな」
もちろんのことながら、俺達に名前なんてものは付けられていない。
理由は分からないが、まぁすぐに死ぬゴブリンに名前なんて必要ないという判断だろう。
ただ、俺が指揮を執るからには名前は絶対に必要。
俺は人間の時と変わらずシルヴァと名乗ることにし、このゴブリンにも名前をつけよう。
「お前の名前はそうだな。ゴブールとかじゃ安易過ぎるし、イチとかも味気がない。……バエル。お前の名前は今日からバエルだ」
「う、うが?」
何にも分かっていないようだが、このゴブリンを呼ぶときに毎回『バエル』と言えば少しずつ理解するはず。
ちなみに名前の由来は、初代勇者が倒したとされる七十二匹の最悪の魔物の一匹から付けた。
確かバエルはその中でも階級がかなり高い魔物だったし、そんな名前をゴブリンにつけるのはどうかと思うが、このゴブリンは俺の中でも特別な魔物の一匹だから構わないだろう。
他のゴブリンに名前を付けることがあるとしたら、面倒くさいからゴブールとかイチとかにするがな。
とりあえず名前をつけ終えたし、早速作戦を考えるとしよう。
「俺は獲物を狩る作戦を立てる。バエルは以前と変わらず朽ち木集めをしてくれ」
「うがが! がが!」
“朽ち木集め”という単語は既に覚えているようで、笑顔で頷くと朽ち木を集めに行った。
ゴブリンにも笑顔ができることなんて知らなかったし、人間だったころは冒険者として数々の魔物と対峙してきたが、敵であるはずなのにあまりにも魔物のことを知らなすぎたと今更ながら思う。
どんな攻撃をしてくるのかや、何が弱点なのかだけで魔物を知った気になっていた。
そんなことだから八年も冒険者をやってシルバー止まりだったのだろう……っと、昔のことを考えるのは無駄だしやめよう。
今はどうやったら獣を狩ることができるのかだけに集中し、今の状態でできることを一つ一つ精査する。
今の体はゴブリンで道具もほとんどない。
やれることは限られているが、まずは組での派閥争いに勝利してマンパワーを確実に増やすことが今の目標だ。
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