聖地、ヒキコモリ。

空々ロク。

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聖地、ヒキコモリ。

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「夏輝、今日暇?遊びに行こうぜ!」
「夏輝ー!今何やってんの?良かったら出掛けない?」
「今日空いてる?行きたいカフェがあるんだよね」
カチッとスマホの電源ボタンを押し、画面を黒くする。
「……ゴールデンウィークだっつーのに皆暇かよ」
二日前から始まったゴールデンウィーク。
夏輝の元には初日から何件も誘いが来ていた。
それ自体は有難いと思う。だが全て断っていた。
「忙しいって言っといたのにな」
とは言っても夏輝はこの二日間、全く外に出ていない。
むしろ家に引きこもることこそが夏輝の用事とも言えた。
ゴールデンウィークが始まる前に一週間分の食料を買い込み、バイトも全て「用事があるから」と断った。
その代わりゴールデンウィーク明けは連勤地獄になったのだが、そんなことはどうでも良かった。
「こんな長期休み滅多にないし。ヒカリちゃんの為に使わなくてどうすんだ」
全ては大好きな彼女の為に。
部屋中に貼られた茶髪ツインテールで笑顔を向けた女の子のポスターを眺め、夏輝は誇らしげに頷いたのだった。

柊夏輝、二十歳、大学生。
180センチを越える身長に茶色の短髪、左耳にはフープピアス。
爽やかに見える外見は所謂「イケメン」の部類だろう。
明るく元気が良いだけでなく、人当たりも良い。友達が多いため、大学にいる時はいつも誰かと一緒にいた。
そんな誰にでも好かれる夏輝だったが、ひとつだけ誰にも理解されないことがあった。
それは、2次元アイドル「加賀ヒカリ」にかなりの情熱を注いでいること。
「マジで可愛いんだって!」
何度説明しても理解してもらえないが、かと言って馬鹿にされるわけでもない所は救いだった。
「夏輝って彼女作らねぇの?」と言われる度に「俺にはヒカリちゃんがいるから」と真顔で答えていた。夏輝としては本気で言っているつもりだったが、大体冗談と捉えられてしまう。
2次元アイドルの加賀ヒカリは、あまり知られていないアニメのキャラクターだった。主役でもない彼女のことは知らない人の方が多い。夏輝には世界一可愛いアイドルでも、世間的には全く有名ではないのだ。
「誰?」と聞かれることがほとんどで、布教を兼ねて宣伝をしてみるが今の所ヒカリにハマった友人は1人もいなかった。
(ま、別にいいんだけど)
ヒカリは長い茶髪をツインテールにした笑顔が可愛い女の子だった。
苦境に立たされた時も笑顔で乗り切る──そんな所に惹かれた。
切っ掛けは夏輝が大学受験で悩んでいた時だった。
深夜、たまたまテレビで流れていたアニメ。
その中に出てくるヒカリは冴えなくて人気もなくて、マネージャーにダメ出しされてばかりの女の子だった。5人組のアイドルグループなのだが「唯一人気がない」という位置に立たされていた。
その姿が当時の自分と重なったのかもしれない。
高校に入ってからずっと学年1位を取り続けていた夏輝には、大学受験も簡単なことのように思えた。
だが、全国模試は真ん中にいられれば良い方だった。
自分はただ、狭い世界で慢心していたのだ。
初めて壁にぶち当たって、初めて思い詰めた。それまで何事も上手くやってきた夏輝にとって初めて味わった挫折だった。
自暴自棄になりかけた時、ヒカリに出会った。
ヒカリはお世辞にも歌は上手くなく、トークも出来ない。ダンスは遅れてしまうし、演技をやらせても棒読みだった。
だが、そんなヒカリには誰にも負けない「笑顔」があった。
どれだけステージで失敗しようと、彼女は笑顔を絶やさなかった。
夏輝はそこに惚れたのだ。
何があっても「笑顔」でいること、諦めないこと。
そうして最終話、彼女は立派なアイドルになった。
決して取り柄が増えたわけではないし、周りのアイドルと比べたらまだ出来ることは少ないのかもしれない。
けれど笑顔で努力を続けたヒカリは自分の夢を掴み取ったのだった。
(……比べる必要なんてなかったんだよな)
ヒカリはいつでも自分を磨いていた。他人と比べることなど一度もなかった。
そんなヒカリを見て自分も変わりたいと思った。
模試の順位が半分以下だったことなんて気にし続けてどうする。それならば一個でも多く英単語を覚えた方がマシだ。受験が他人との勝負であることは間違いないが、だからと言って他人より劣っていると思うのは違うだろう、と。
結局は「自分の結果」が全てなのだから。
最終話でヒカリは初めて涙を流した。
会場が自分のイメージカラーであるイエローに染まった時だ。いつもはヒカリが歌おうがペンライトを自分の推し色から変えない客が半数いた。
けれどその日、その瞬間──初めて会場一面がイエローに染まった。
「……ありがとう……ございます……!」
そう言ってヒカリは歌えなくなるぐらい泣いた。困惑した他のメンバーがヒカリを支えても、ヒカリは泣き崩れることしか出来なかった。大事なソロパートを涙で終わらせてしまった彼女だったが、会場からブーイングが出ることはなく、むしろパチパチと拍手が鳴り始めた。静かに始まった拍手は次第に大きくなり、最後には大きな拍手に変わった。
ファンは知っていたのだ。何も出来ないヒカリが影でずっと頑張っていたことを。
ヒカリが何度もお辞儀をするシーンでそのライブは幕を閉じる。
最終話を見終わった後、夏輝は号泣していた。
たまたま見始めたアニメを最後まで追い掛け、しまいには涙を流すなど考えもしなかった。
そもそも夏輝はアニメ自体に興味がなかった。
ただヒカリの頑張りに惹かれて、ヒカリの成長に心が動かされたのだ。
アニメなど作り物だと笑う者もいるかもしれない。それでもヒカリの成長に勇気づけられた夏輝はその後、思い詰めることなく勉強することが出来た。
そして難関大学に合格し、今に至る。
今の自分がいるのは間違いなくヒカリのおかげだと本気で思っていた。
大学に入って自由な時間が出来た夏輝はまずヒカリのグッズを買い漁った。
とはいえマイナーアニメの更にマイナーキャラクター。グッズの量は少なかった。すぐに全種類買い集め、一人暮らしの部屋には同じポスターをずらりと並べた。
至る所にグッズを飾り、寝ても醒めてもヒカリと一緒にいるような気分だった。
アニメは勿論全巻購入し、CDも全て購入した。2年前に終わってしまったアニメは続編が出る様子もなく、このままジャンルとしては衰退していくのだろう。悲しさはあるが、手元にDVDとグッズがあるだけで充分だ。いつでも会えるのだから。
夏輝は現実逃避したかったわけではない。大学で嫌なことがあったわけでもないし、むしろ毎日充実している。
ただ純粋にヒカリのことが好き、それだけだった。

(これで全部か)
友人からの誘いを全部断った夏輝は最近買った50インチの4Kテレビの電源を入れた。ヒカリのグッズを買うためにバイトをしながらコツコツと貯金をしていたのだが、思っていたよりも早く買い終わってしまった為、このテレビを買うことにしたのだった。
ヒカリに会えるのはテレビの中だけなのだ。折角ヒカリの為に貯めたお金をヒカリ以外に使うことが嫌だった夏輝は、迷うことなく4Kテレビに費やした。
こじんまりとした一人部屋に似合わないぐらい大きく高画質なテレビにアニメを映した。
今日もまた一話から最終話まで。
そして毎回同じように最終話で涙を流すのだろう。何十回見てもヒカリの成長には感動する。笑顔と諦めないことの大切さを、何度だって教えてくれる。
(だから休みの日ぐらい一緒にいたいんだよな)
皆が友人に会いたがるように、自分はヒカリに会いたい。
それが別次元の存在だろうと気持ちは変わらないはずだ。
「あー……ヒカリちゃんはいつ見ても可愛い」

だから今日もこの場所が──この一部屋だけがあればいい。
最愛の人に会える此処こそが、聖地。
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