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赤ずきんくんと白雪くん。第4話
雨の勢いがどんどん増していく。
風も強くなり、傘を差していても身体が濡れてしまう。
足元はぬかるみ、魔女の館の前でうろうろしていた俺は足を止めた。
突っ立っていても動いていても時間は変わらないのだが、何かしていないと気が済まなかった。
(白雪……)
白雪が魔女の館に入ってから大分時間が経った──ように思う。
時計を持たない俺には正確な時間が分からなかった。
もしかしたら大して経っていないのかもしれない。
バスケットを軽く振りながら待っていると、グチャッと小さな足音が聞こえた。
「ん?」
振り返っても誰もいない。だが、確かに聞こえてくる。
段々近付いてくる足音。やっとその姿が見えてきた。
「小人か?」
しゃがんで目を凝らす。遠くから近付いてくる7人の小人たち。
大雨だというのに傘は差していなかった。
それもそのはず。小人の周りには雨が降っていない。
小人たちの魔法のおかげだろう。
しゃがんだまま待っていると、赤い帽子を被った小人が止まった。
彼が先頭で縦一列に並んでいる。
「何してんだ?こんなに奥まで来ることもあるんだな」
「白雪がいる」
「……よく知ってんな。確かに白雪ならいるぜ。魔女の館の中だけどな」
「フム」
赤い帽子の小人は口元に手をあてて思案し始めた。
それから後ろを向き、丸くなるよう指示を出した。
小人たちの帽子は虹色だ。7色それぞれの帽子を被った小人たちの名前は分かりやすい。
赤い帽子の小人はレッド、青い帽子の小人はブルー。
帽子の色がそのまま小人の名前だと白雪に教えてもらったことがあった。
相談を始めた小人を眺めていると紫色の帽子を被った小人──パープルが俺を見て尋ねた。
「主は誰だったかのぅ?」
「赤ずきん。よく白雪と一緒にいる。森にはあんまり来ねぇから知らねぇかもな」
「あー、白雪が言ってた人だぁ」
イエローは眠そうな目をゴシゴシと擦って俺を見上げた。
「ここで何してるのぉ?」
「白雪のこと待ってんだ。お前らもそうなんだろ?」
無言のままコクリと頷いたのはグリーンだった。
どうやら小人たちにはそれぞれキャラクターがあるらしい。
把握するには時間がかかりそうだった。
小人たちの目的は分からないが、いずれにしても白雪はまだ戻ってこない。
「なぁ、魔女に会ったことはあるか?」
「ないよ!魔女には呼ばれないと会えないから!」
オレンジは元気良く続けた。
「呼ばれると光る道が出来るんだって!それを辿れば魔女の元に行けるらしいよ!」
「だからさっき光ってたんだな」
「見たの!?いいなー!」
狡い、羨ましいと騒ぐオレンジの帽子に触る。
「わ!何するの!?」
撫でたつもりだったが、小人には力が強かったかもしれない。
たまに自分の力の強さを忘れてしまう。
怪我をさせなかっただけマシだと思い、再び魔女の館に目を向けた。
表向きは綺麗な洋館──内部はどうなっているのだろう。
一人暮らしにしては大きすぎる建物。
窓の数を見た限り、部屋も複数存在しているようだ。
「……一人暮らしじゃねぇ、とか?」
「そうかもしれないな」
俺の小さな呟きを拾ったのはブルーだった。
「メイドや家政婦、ペットや弟子。考えられるものはいくつもある」
「確かに」
ブルーの言う通りだ。
思えば誰も魔女に対して詳しくはない。情報屋である帽子屋ですら本質を掴めていないようだった。
(謎だな。白雪……無事に帰ってきてくれ)
その場に立ち上がる。何やら騒いでいた小人たちは歩き始めていた。
「白雪のこと、待たないのか?」
尋ねると最後尾にいたネイビーが振り返った。
「しばらく会えなさそうだから帰る。仕事仕事」
「そうか。じゃ、白雪に言っておくぜ」
「どうも。これ」
離れた所から投げられたそれは当然俺の元へ届く前に地面に落ちた。
「何だ?」
「やる。それじゃ」
怪しい笑みを浮かべたネイビーは小走りで小人たちを追い掛け、そのまま去って行った。
投げられたものを拾う。それは時計だった。
ここで待ち続ける俺に気を遣ってくれたのだろう。
「サンキュー」
泥を払い、バスケットに入れた。
帽子屋の家を出てから既に2時間が経過していた。
白雪はいつ戻ってくるのだろう。
塀に寄りかかり、じっと待ち続けた。
変化があったのはそれから2時間後のことだった。
ふらりとドアから出てきた白雪は見るからに元気がなかった。
元から色白の白雪の肌は更に白くなっているように見えた。
「白雪っ!!」
大声で名を呼び、手を振る。近付けるギリギリの場所で待っていると、白雪はゆっくり俺の傍に来た。
「どうした!?大丈夫か!?」
「赤ずきん君……」
「魔女に何かされたのか!?」
傘を投げ捨て、がしっと肩を掴む。
項垂れた白雪は俺に全体重を掛けてきた。
「ボクは……ここでも生きていけないのかな……」
「え?」
白雪はそのまま意識を失ってしまった。
「白雪、白雪っ!!」
身体を揺さぶってもビクともしない。
白雪を背負い、来た道を戻る。
とにかく早く帰らなければ。
大雨を遮るものはなく、ぬかるんだ道に何度も足を取られたが、自分の家へと急いだ。
家につき、すぐに白雪をベッドに寝かせた俺は思った以上に身体が冷えていたため、風呂に入ることにした。
髪に付けられた無数のヘアピンを外す。これを外している時はあまり物に触りたくないのだけれど、風呂の時だけは致し方ない。
なるべく優しく頭と身体を洗い、出来るだけ何も触らないよう風呂に入った。
それでも石鹸は砕けたし、風呂の蓋にはヒビが入った。
今日は心が乱れているからかもしれない。
仕方がないとはいえ舌打ちしたくなる。
湯が溜まった湯船に入ると、一気に身体が温まった。
「はあ」
俺は何もしていない。ただ待っていただけだ。
それでもこんなに疲れているのだから、白雪の疲労は相当なものだろう。
(一体何があったんだ)
考えられることは魔女に何か言われたか、何かされたか──いずれにしても魔女が絡んでいることは間違いない。
バシャッと潜ってから顔を出す。
風呂を出て頭を拭き、すぐにヘアピンを刺した。
ヘアピンの場所も向きもどうでもいい。俺の頭についてさえいれば、それで。
部屋に戻ると白雪が起きていた。
上半身を起こし、ぼんやりと虚空を見ている。
「白雪。風呂入ったらどうだ?温まった方がいいぜ」
「……うん」
言われるがままに白雪は風呂場へ向かった。
10分程で出てきた白雪はやはり暗い顔をしていた。
ソファに座らせ、温めておいたホットミルクを差し出す。
「ありがとう」
一口飲み「はあ」と息を吐いた白雪はそれから「ごめんね」と呟いた。
「何がだよ」
「長く待たせちゃったこと、ここまで運んでくれたこと」
「気にすんな。それより何があった?」
「えっと……」
白雪はマグカップを置き、目を閉じた。
「魔女にボクのことを説明したんだ。今までのことも全部。まぁ言わなくても知ってたみたいだけどね」
「あぁ。魔女のことだからそうかもしれねぇな」
「そして言ったの。ボクはここで生きたいって」
魔法使いのいない町では暮らせなかった白雪。けれどレドニアは魔法使いの街。
問題はないはずだ。けれど。
「そしたら魔女に白雪クンはきっとここにもいられないよって言われた」
「え?」
「力が強すぎるからって。今はまだこの街に来たばかりだから大丈夫だけど、そのうちここにもいられなくなるって言われたんだ」
「は?何だよそれ。意味わかんねぇ!」
白雪は必死にここまで来たというのに。その気持ちを踏み躙ったことが許せなかった。
「魔法使いは魔法使いといると魔力が上がることがあるんだ。でもそんなこと自分には関係ないと思ってたのに……っ!」
白雪はバンっとサイドテーブルを叩く。マグカップに入ったミルクが揺れた。
「魔法使いがいない町でも生きられなくて!魔法使いがいる街でも生きて行けなくて!!ボクはどうしたら生きられるの!?」
感情的な白雪を見るのは初めてだった。だからこそ怒りと辛さがリアルに伝わってくる。
「……白雪。俺はここにいていいと思うぜ」
「でもここにいてまた嫌われるぐらいなら出て行きたい!」
ボロッと白雪の両目から涙が零れた。
「何でボクばっかりこんな目に遭うの……ただ生きていたいだけなのに……どうしてっ!!」
「お前はお前らしく生きろよ。それが一番だって!」
力強く言うと白雪に睨まれた。
「魔法使いでもない赤ずきん君にはわからないよ!」
「……そうかもしれねぇけど!でもっ!」
「こんなことなら魔法なんて使えなければ良かったのにっ!!」
瞬間、前が見えなくなった。あまりの眩しさに目を瞑る。
やっと目を開けた時には家の中はグチャグチャで、俺は壁に叩きつけられて血だらけになっていた。
「……白雪」
怒りで我を失った白雪は炎を纏っているかのように憤怒のオーラを出していた。
「何で何で何で何で何で何で何で何で何でっ!!」
「白雪っ!それでも俺はお前を捨てないから!何があっても隣にいるから!!」
大声で叫んだ俺の言葉は届いたのだろうか。
わからない、けれど。
もう一度強い衝撃を受けて弾き飛ばされた俺は頭と身体を強く打ち、意識を失った。
「赤ずきん、赤ずきん」
ゆさゆさと身体を揺さぶられる感覚があって目を開けた。
「うっ……」
意識が戻って最初に感じたことは「痛い」ということだった。
何処が、何が、と考えることも出来ないぐらい痛い。
「いってぇ……」
「赤ずきん、赤ずきん」
呻く俺の名を呼んでいたのは。
「あ……チェシャ猫?」
ニィッと笑みを浮かべたチェシャ猫はいつものピンクと紫の外見に赤色が混ざっていた。血のように赤いそれは──。
「俺の血か?」
「違うにゃ。起こしてるうちに取れたにゃあ。さてさて♪」
何故かご機嫌なチェシャ猫は嬉しそうにスティックを上に上げた。
どうやら回復魔法を使ってくれるらしい。
思えば回復魔法を使うチェシャ猫を見るのは初めてだ。
「シシシ♪チェシャの実力を舐めないで欲しいにゃ。回復は得意にゃ」
「えーっと……嫌な予感がするな」
柔らかな光がほんのりと俺に降り注いで、そしてほのかに回復した──ような気がする。
「ありがとな、チェシャ猫。で、白雪は何処行った?」
凄まじく荒れた部屋の状況を考えると頭が痛くなるが、それよりも今は白雪だ。
忽然といなくなった白雪は何処へ行ったのだろう。
「あっちにいるにゃ。暴れてて手に負えないから赤ずきん呼んで来いって、アリスが」
「アリスか……わかった」
珍しく正直なことを言うと思ったが、アリスが絡んでいるのなら納得出来る。
チェシャ猫とアリスは仲が悪い。
その所為かチェシャ猫がアリスのことを話す時はいつも素直になるのだった。
痛む身体を起こした。血は垂れているし、頭もぼんやりする。
それでも──行かなければ。
「……どうしたらいい?」
魔法使いでない自分が魔法使いの白雪を止める方法。
全く浮かばなかった。
「そういえば双子から伝言にゃ。カフェには来るなって」
口角を上げるチェシャ猫は続けた。
「ヒントはそこにないかも?」
「あぁ。行ってみる」
よろよろと歩き出す。
何も出来ない俺は少しの可能性に懸けるしかないのだ、いつも。
「赤ずきん」「大丈夫?」「怪我治さないと」「大変」
お菓子の家に行くとヘンゼルとグレーテルが慌てたように俺を囲んだ。いつも冷静な2人が焦っているのは珍しく、つい笑ってしまう。
「らしくねぇな、2人とも」
「赤ずきんだってらしくない」「こんなに怪我してるの似合わない」「早く寝て」「回復するから」
「いや、いい。白雪の件で来た。ここに何かあるんだろ?」
痛む腹を抑えて尋ねると2人は同時に頷いた。
「どうしたらいい?俺はアイツを助けたいだけなんだ」
「そう言うと思ったから」「準備しておいた」「毒リンゴ」「食べさせればいい」
ヘンゼルに手渡された毒々しい色のリンゴ。全く治りそうには見えなかったが、2人を信じるしかない。
「サンキュ。礼は後でする」
「待って」「このままじゃ」「赤ずきん倒れる」「治すから」
止めようとする2人を振り切って店を出る。
(あー、バスケット持ってくるの忘れたな)
場違いなことを考えながら足を進めた。
嗅覚が鋭い俺には白雪の居場所など、すぐに分かる。
俺がいつも転がっている木の傍。
拓けた芝生に白雪はいた。
変わらず炎のようなオーラを纏い、目は充血していた。
住民たちが白雪を止めようとしているようだが、実際白雪は止まっていない。
それ程困難なのだろう。
「どんだけ強ぇんだよ、お前は」
俺には魔法使いのことが全く分からないけれど、白雪が誰よりも強いことは理解した。
早くこの毒リンゴを食べさせなければ。
でも、どうやって──と考えていると「赤ずきんちゃん」と名を呼ばれた。
「えらい酷くやられとるやん。大丈夫なん?」
「アリス!何がどうなってる?」
「んー、良くない感じやなぁ。魔法使い5人でやっと動き止めとるとこや」
「そうか……」
俺の名を呼んだのはアリスという金髪碧眼の男だった。
サバサバして陽気なアリスとは何かと気が合い、昔から仲が良かった。
頭と首元に大きな黒いリボンを付け「自分がこの世界で一番可愛い」と宣言する彼はいつでも自分を可愛く着飾っている。
中身は男らしくて強い奴だった。
「白雪ちゃん何があったん?って聞きたいとこやけど、そうもいかんなぁ。それは後で教えてもらうとして──どないする?」
「これ、知ってるんだろ?」
手に持っていた毒リンゴを見せる。
「……荒治療やね」
少し困ったように言う所も、言葉の意味もこの時の俺には分からなかった。
ただ早く白雪に食べさせなければと思った。
「数秒なら止められるわ。その間に押し倒して口移しでもしたりぃ」
「……」
通常時なら「馬鹿なこと言うなよ」と軽口を叩く所だが、今はそうもいかない。
走り出したアリスについて行く。
「よっと!」
アリスは取り出したスティックで空中に魔法陣を描いた。
召喚が得意なアリスは一瞬で大きな自分のバルーンのような物を作り出した。
デフォルメのような顔をした巨大アリスが立っている。
「アレを白雪ちゃんの上に倒すわ。中身は空洞やから安心しぃ!けどその分壊れるのも早いで」
「わかった!サンキュ!」
アリスが3メートル程のアリスバルーンを倒す。
「!!」
驚いた白雪だが一瞬遅い。ズドンと倒れた巨大アリスの下敷きになった。
「白雪っ!」
駆け込んだ俺は巨大アリスの下に入り込み白雪を探した。
もがいていた白雪は魔法を放とうとしている。
考えている暇はない。
毒リンゴを齧って白雪の唇に唇を押し付ける。
奇しくもそれはアリスが言っていた通り、押し倒して口移しをする形になっていた。
苦しがる白雪がごくんとリンゴを飲み込んだことを確認してから唇を離す。
「……はぁ、はぁ……白雪、大丈夫か……って、え?」
明らかに様子がおかしい。呼吸している気配がない。生きている匂いがしない。
「白雪!白雪!」
ゆさゆさと何度も身体を揺さぶる。だが、反応はない。
この毒リンゴは、もしかして。
「殺すための──リンゴ?」
知らなかった、そんなことは。
だがそんな言い訳が何になる?
現に白雪は死んだ。
俺が、殺した。
「ああああああああああ!!」
何も考えられなくなった。
頭が真っ白になって、目の前が真っ赤になって──ヘアピンが弾け飛んだ。
「あああああああああっ!!」
叫んだ俺は一瞬でアリスのバルーンを粉々に砕いた。
そしてこちらを心配そうに見つめる群衆の中にヘンゼルとグレーテルを見付けた。
「お前ら……許さねぇ……!!」
怒りに身を任せ、一歩で2人の前に飛ぶ。そしてヘンゼルの喉元を噛み砕こうとした瞬間、俺の歯は硬い金属の棒を齧らされていた。
「堪忍な、赤ずきんちゃん。手加減出来そうにないわ!」
そう言って間に入ったアリスは血だらけの俺の腹を思いっきり蹴り上げた。
「うぐっ……!」
簡単にすっ飛んだ俺はそのまま簡単に意識を手放した。
目が覚めたのは3日後だった。
「あ」「起きた」「おはよう」「赤ずきん」
「……おはよ」
どうやら俺はお菓子の家の2階でずっと眠っていたらしい。
あれから倒れた俺をここに運び、治療までしてくれたのはヘンゼルとグレーテルだったらしい。
2人の顔を見て思い出した──リンゴのことを。
「……悪かった。俺、お前らのこと……」
「気にしないで」「あれしかなかった」「説明したら赤ずきん使えなくなると思った」「こっちこそ騙してごめんね」
寝不足のようにやつれた顔をした2人は本当に寝不足なのだろう。
俺の怪我は完全に治っている。2人は寝ずに俺を治してくれていたのだ。
きっと、責任を感じて。
「で、どうなったんだ?」
「えーっと」と2人はいつも通り交互に話し始めた。
要約すると俺は倒れてすぐここに運ばれた。3日間2人が看病してくれていた。
相談の結果、白雪はアリスと帽子屋が魔女の元へ運んだらしい。
そして魔女の魔法を掛けてもらった後、白雪の家に戻されたという。
つまり今は自分の家で眠っているとのことだった。
「そうか。ありがとな。落ち着いたらまたちゃんと礼を言わせてくれ。お前らも寝ろよな」
「うん」「ありがとう」「お大事に」「またね」
手を振る2人に軽く手を上げる。
すっかり良くなった俺は走って白雪の家へ向かった。
「白雪!」
バッとドアを開ける。
「来た来た、王子様。おはようさん」
「……アリス?」
ベッドで横たわる白雪の傍に座っていたのはアリスだった。
「順番に白雪ちゃんのこと見ててん。今日は俺やったんや」
「そうか。助かるぜ……あれ?」
白雪の顔を見る。いつも通りの白い顔。
怪我はなく、綺麗な顔だったが頬にリンゴ型の宝石が埋まっていた。
「あれは白雪ちゃんの魔法石やで。彼、魔法石2つ持っとるんやって?その2つ融合させて顔に埋めたらしいわ。そうせんと生き返らんかったって言うてたで、魔女が」
「成程……」
キラキラと赤く輝く宝石はとても綺麗だった。白雪の頬を撫でる。
「ほな赤ずきんちゃん来てくれたし俺は帰るで。白雪ちゃんの目が覚めたら教えてや」
「ありがとな、アリス」
「ええって。今度またお茶しよな」
「あぁ」
バタン、とドアが閉じる。
改めて白雪を見つめる。
殺してしまった時の感覚はまだ残っている。
本当に起きるのだろうか。そんな不安ばかり過ぎる。
だが、俺の不安に反して白雪はすぐにパチッと目を開けた。
「おはよう、赤ずきん君」
寝惚けた顔で俺を見る白雪。あまりにも普通すぎて、それが、逆に。
「……あれ?泣いてるの?何で?珍しいね」
溢れた涙は止まらなくなった。
誰かに涙を見せるなんて初めてだった。
「白雪……」
ぎゅっと抱き締めると優しく抱き締め返してくれた。
「何だか色々思い出せないや。長い夢を見てた気がする。でも……赤ずきん君に会えたからいいや」
「ごめんな、白雪。守るから……絶対守るから」
「ん?うん、ありがとう」
白雪は全部忘れてしまったのだ。
魔女に会ったことも、それから起きたことも、全て。
それならそれでいい。
ただ白雪が生きてさえいてくれるなら。
まだ少し惚けている白雪の左頬を触る。この話だけはしなければ。
「白雪、あのな……これ」
近くにあった鏡を見せる。
映った自分の顔に白雪は驚き、口元を押さえた。
「え……?」
無理もない。突然自分の顔に宝石が埋め込まれるなんて有り得ないことだ。
「何これ……」
ショックを隠しきれないようで、白雪は目に見えて悲しい顔をした。
落ち込んだ白雪は泣きそうな顔をして項垂れた。
その頭を強く撫でる。
「白雪!その宝石すげぇいいな。キラキラ光ってるし赤いリンゴみたいで可愛いぜ」
にしっと笑うとやっと白雪は笑顔を見せてくれた。
俺の大好きな、その笑顔。
「ありがとう、赤ずきん君。もう。いつでも優しいんだから」
「別に……優しくねぇって。マジでそう思っただけだっつの」
気恥ずかしくて目を逸らす。
そんな俺の態度に白雪は「可愛い」と笑った。
「可愛くねぇ!白雪の方が可愛いから!」
「そう?ありがとう」
やっと「日常」が戻った気がして──嬉しかった。
「って感じだな。白雪……泣くなよ」
「だって……思ってたよりずっと……赤ずきん君に迷惑掛けてたんだもん……!」
「そこかよ!一番気にしなくていいとこだぜ、そこは。白雪らしいけど」
わしゃっと髪の毛を撫でる。白雪はガバッと俺に抱きついてきた。
「わっ!」
「過去のこと聞くのは怖かったけど大丈夫だった。赤ずきん君のおかげ」
「白雪が元気ならそれでいいんだ、俺は」
あの日以来──本気でそう思う。
あれから白雪はスティックなしで魔法が使えるようになり、強すぎた魔力が安定するようになった。
代わりに魔力が尽きると死んでしまう身体になってしまった。
リンゴ型の宝石は白雪の魔力を分かりやすく表してくれる。
赤ければ元気で、白くなるにつれて元気がなくなっていく。
魔法使いでない俺には分かりやすいことがありがたかった。
「でもさ、すごく沢山の人にお世話になってたんだね、ボク」
「まぁな。過去のこと聞いたって言いにいくついでに改めてお礼しに行くか?」
俺の提案に白雪は笑って頷いた。
「うん、行きたい」
そう言って白雪は出掛ける準備をし始めた。
良かったと思う。過去を知っても笑ってくれて。
もしかしたら変わってしまうかもしれないと俺の方が怯えていたのだけれど。
(白雪は俺が思ってるよりずっと──強くなってたな)
バタバタと戻ってきた白雪はソファに座る俺を引っ張った。
「行こう、赤ずきん君」
「ん、そうだな」
笑う白雪の顔にキラキラと光るリンゴ型の魔法石。
立ち上がった俺はそこにキスを落とした。
ヒヤリとして硬い感触。
「やっぱりお前のこの宝石、俺は大好きだぜ」
あの日、ショックを受けた白雪に届いたらいい。
誰よりも綺麗で素敵だと俺は本気で思うから。
「赤ずきん君のおかげだよ。ボクが病まずに済んだのは」
「そうか?だったら嬉しいぜ」
右手には白雪の手、左手にはバスケット。
いつも通り手を繋いで家を出る。
俺も、白雪も、少しだけ──清々しい顔をしながら。
風も強くなり、傘を差していても身体が濡れてしまう。
足元はぬかるみ、魔女の館の前でうろうろしていた俺は足を止めた。
突っ立っていても動いていても時間は変わらないのだが、何かしていないと気が済まなかった。
(白雪……)
白雪が魔女の館に入ってから大分時間が経った──ように思う。
時計を持たない俺には正確な時間が分からなかった。
もしかしたら大して経っていないのかもしれない。
バスケットを軽く振りながら待っていると、グチャッと小さな足音が聞こえた。
「ん?」
振り返っても誰もいない。だが、確かに聞こえてくる。
段々近付いてくる足音。やっとその姿が見えてきた。
「小人か?」
しゃがんで目を凝らす。遠くから近付いてくる7人の小人たち。
大雨だというのに傘は差していなかった。
それもそのはず。小人の周りには雨が降っていない。
小人たちの魔法のおかげだろう。
しゃがんだまま待っていると、赤い帽子を被った小人が止まった。
彼が先頭で縦一列に並んでいる。
「何してんだ?こんなに奥まで来ることもあるんだな」
「白雪がいる」
「……よく知ってんな。確かに白雪ならいるぜ。魔女の館の中だけどな」
「フム」
赤い帽子の小人は口元に手をあてて思案し始めた。
それから後ろを向き、丸くなるよう指示を出した。
小人たちの帽子は虹色だ。7色それぞれの帽子を被った小人たちの名前は分かりやすい。
赤い帽子の小人はレッド、青い帽子の小人はブルー。
帽子の色がそのまま小人の名前だと白雪に教えてもらったことがあった。
相談を始めた小人を眺めていると紫色の帽子を被った小人──パープルが俺を見て尋ねた。
「主は誰だったかのぅ?」
「赤ずきん。よく白雪と一緒にいる。森にはあんまり来ねぇから知らねぇかもな」
「あー、白雪が言ってた人だぁ」
イエローは眠そうな目をゴシゴシと擦って俺を見上げた。
「ここで何してるのぉ?」
「白雪のこと待ってんだ。お前らもそうなんだろ?」
無言のままコクリと頷いたのはグリーンだった。
どうやら小人たちにはそれぞれキャラクターがあるらしい。
把握するには時間がかかりそうだった。
小人たちの目的は分からないが、いずれにしても白雪はまだ戻ってこない。
「なぁ、魔女に会ったことはあるか?」
「ないよ!魔女には呼ばれないと会えないから!」
オレンジは元気良く続けた。
「呼ばれると光る道が出来るんだって!それを辿れば魔女の元に行けるらしいよ!」
「だからさっき光ってたんだな」
「見たの!?いいなー!」
狡い、羨ましいと騒ぐオレンジの帽子に触る。
「わ!何するの!?」
撫でたつもりだったが、小人には力が強かったかもしれない。
たまに自分の力の強さを忘れてしまう。
怪我をさせなかっただけマシだと思い、再び魔女の館に目を向けた。
表向きは綺麗な洋館──内部はどうなっているのだろう。
一人暮らしにしては大きすぎる建物。
窓の数を見た限り、部屋も複数存在しているようだ。
「……一人暮らしじゃねぇ、とか?」
「そうかもしれないな」
俺の小さな呟きを拾ったのはブルーだった。
「メイドや家政婦、ペットや弟子。考えられるものはいくつもある」
「確かに」
ブルーの言う通りだ。
思えば誰も魔女に対して詳しくはない。情報屋である帽子屋ですら本質を掴めていないようだった。
(謎だな。白雪……無事に帰ってきてくれ)
その場に立ち上がる。何やら騒いでいた小人たちは歩き始めていた。
「白雪のこと、待たないのか?」
尋ねると最後尾にいたネイビーが振り返った。
「しばらく会えなさそうだから帰る。仕事仕事」
「そうか。じゃ、白雪に言っておくぜ」
「どうも。これ」
離れた所から投げられたそれは当然俺の元へ届く前に地面に落ちた。
「何だ?」
「やる。それじゃ」
怪しい笑みを浮かべたネイビーは小走りで小人たちを追い掛け、そのまま去って行った。
投げられたものを拾う。それは時計だった。
ここで待ち続ける俺に気を遣ってくれたのだろう。
「サンキュー」
泥を払い、バスケットに入れた。
帽子屋の家を出てから既に2時間が経過していた。
白雪はいつ戻ってくるのだろう。
塀に寄りかかり、じっと待ち続けた。
変化があったのはそれから2時間後のことだった。
ふらりとドアから出てきた白雪は見るからに元気がなかった。
元から色白の白雪の肌は更に白くなっているように見えた。
「白雪っ!!」
大声で名を呼び、手を振る。近付けるギリギリの場所で待っていると、白雪はゆっくり俺の傍に来た。
「どうした!?大丈夫か!?」
「赤ずきん君……」
「魔女に何かされたのか!?」
傘を投げ捨て、がしっと肩を掴む。
項垂れた白雪は俺に全体重を掛けてきた。
「ボクは……ここでも生きていけないのかな……」
「え?」
白雪はそのまま意識を失ってしまった。
「白雪、白雪っ!!」
身体を揺さぶってもビクともしない。
白雪を背負い、来た道を戻る。
とにかく早く帰らなければ。
大雨を遮るものはなく、ぬかるんだ道に何度も足を取られたが、自分の家へと急いだ。
家につき、すぐに白雪をベッドに寝かせた俺は思った以上に身体が冷えていたため、風呂に入ることにした。
髪に付けられた無数のヘアピンを外す。これを外している時はあまり物に触りたくないのだけれど、風呂の時だけは致し方ない。
なるべく優しく頭と身体を洗い、出来るだけ何も触らないよう風呂に入った。
それでも石鹸は砕けたし、風呂の蓋にはヒビが入った。
今日は心が乱れているからかもしれない。
仕方がないとはいえ舌打ちしたくなる。
湯が溜まった湯船に入ると、一気に身体が温まった。
「はあ」
俺は何もしていない。ただ待っていただけだ。
それでもこんなに疲れているのだから、白雪の疲労は相当なものだろう。
(一体何があったんだ)
考えられることは魔女に何か言われたか、何かされたか──いずれにしても魔女が絡んでいることは間違いない。
バシャッと潜ってから顔を出す。
風呂を出て頭を拭き、すぐにヘアピンを刺した。
ヘアピンの場所も向きもどうでもいい。俺の頭についてさえいれば、それで。
部屋に戻ると白雪が起きていた。
上半身を起こし、ぼんやりと虚空を見ている。
「白雪。風呂入ったらどうだ?温まった方がいいぜ」
「……うん」
言われるがままに白雪は風呂場へ向かった。
10分程で出てきた白雪はやはり暗い顔をしていた。
ソファに座らせ、温めておいたホットミルクを差し出す。
「ありがとう」
一口飲み「はあ」と息を吐いた白雪はそれから「ごめんね」と呟いた。
「何がだよ」
「長く待たせちゃったこと、ここまで運んでくれたこと」
「気にすんな。それより何があった?」
「えっと……」
白雪はマグカップを置き、目を閉じた。
「魔女にボクのことを説明したんだ。今までのことも全部。まぁ言わなくても知ってたみたいだけどね」
「あぁ。魔女のことだからそうかもしれねぇな」
「そして言ったの。ボクはここで生きたいって」
魔法使いのいない町では暮らせなかった白雪。けれどレドニアは魔法使いの街。
問題はないはずだ。けれど。
「そしたら魔女に白雪クンはきっとここにもいられないよって言われた」
「え?」
「力が強すぎるからって。今はまだこの街に来たばかりだから大丈夫だけど、そのうちここにもいられなくなるって言われたんだ」
「は?何だよそれ。意味わかんねぇ!」
白雪は必死にここまで来たというのに。その気持ちを踏み躙ったことが許せなかった。
「魔法使いは魔法使いといると魔力が上がることがあるんだ。でもそんなこと自分には関係ないと思ってたのに……っ!」
白雪はバンっとサイドテーブルを叩く。マグカップに入ったミルクが揺れた。
「魔法使いがいない町でも生きられなくて!魔法使いがいる街でも生きて行けなくて!!ボクはどうしたら生きられるの!?」
感情的な白雪を見るのは初めてだった。だからこそ怒りと辛さがリアルに伝わってくる。
「……白雪。俺はここにいていいと思うぜ」
「でもここにいてまた嫌われるぐらいなら出て行きたい!」
ボロッと白雪の両目から涙が零れた。
「何でボクばっかりこんな目に遭うの……ただ生きていたいだけなのに……どうしてっ!!」
「お前はお前らしく生きろよ。それが一番だって!」
力強く言うと白雪に睨まれた。
「魔法使いでもない赤ずきん君にはわからないよ!」
「……そうかもしれねぇけど!でもっ!」
「こんなことなら魔法なんて使えなければ良かったのにっ!!」
瞬間、前が見えなくなった。あまりの眩しさに目を瞑る。
やっと目を開けた時には家の中はグチャグチャで、俺は壁に叩きつけられて血だらけになっていた。
「……白雪」
怒りで我を失った白雪は炎を纏っているかのように憤怒のオーラを出していた。
「何で何で何で何で何で何で何で何で何でっ!!」
「白雪っ!それでも俺はお前を捨てないから!何があっても隣にいるから!!」
大声で叫んだ俺の言葉は届いたのだろうか。
わからない、けれど。
もう一度強い衝撃を受けて弾き飛ばされた俺は頭と身体を強く打ち、意識を失った。
「赤ずきん、赤ずきん」
ゆさゆさと身体を揺さぶられる感覚があって目を開けた。
「うっ……」
意識が戻って最初に感じたことは「痛い」ということだった。
何処が、何が、と考えることも出来ないぐらい痛い。
「いってぇ……」
「赤ずきん、赤ずきん」
呻く俺の名を呼んでいたのは。
「あ……チェシャ猫?」
ニィッと笑みを浮かべたチェシャ猫はいつものピンクと紫の外見に赤色が混ざっていた。血のように赤いそれは──。
「俺の血か?」
「違うにゃ。起こしてるうちに取れたにゃあ。さてさて♪」
何故かご機嫌なチェシャ猫は嬉しそうにスティックを上に上げた。
どうやら回復魔法を使ってくれるらしい。
思えば回復魔法を使うチェシャ猫を見るのは初めてだ。
「シシシ♪チェシャの実力を舐めないで欲しいにゃ。回復は得意にゃ」
「えーっと……嫌な予感がするな」
柔らかな光がほんのりと俺に降り注いで、そしてほのかに回復した──ような気がする。
「ありがとな、チェシャ猫。で、白雪は何処行った?」
凄まじく荒れた部屋の状況を考えると頭が痛くなるが、それよりも今は白雪だ。
忽然といなくなった白雪は何処へ行ったのだろう。
「あっちにいるにゃ。暴れてて手に負えないから赤ずきん呼んで来いって、アリスが」
「アリスか……わかった」
珍しく正直なことを言うと思ったが、アリスが絡んでいるのなら納得出来る。
チェシャ猫とアリスは仲が悪い。
その所為かチェシャ猫がアリスのことを話す時はいつも素直になるのだった。
痛む身体を起こした。血は垂れているし、頭もぼんやりする。
それでも──行かなければ。
「……どうしたらいい?」
魔法使いでない自分が魔法使いの白雪を止める方法。
全く浮かばなかった。
「そういえば双子から伝言にゃ。カフェには来るなって」
口角を上げるチェシャ猫は続けた。
「ヒントはそこにないかも?」
「あぁ。行ってみる」
よろよろと歩き出す。
何も出来ない俺は少しの可能性に懸けるしかないのだ、いつも。
「赤ずきん」「大丈夫?」「怪我治さないと」「大変」
お菓子の家に行くとヘンゼルとグレーテルが慌てたように俺を囲んだ。いつも冷静な2人が焦っているのは珍しく、つい笑ってしまう。
「らしくねぇな、2人とも」
「赤ずきんだってらしくない」「こんなに怪我してるの似合わない」「早く寝て」「回復するから」
「いや、いい。白雪の件で来た。ここに何かあるんだろ?」
痛む腹を抑えて尋ねると2人は同時に頷いた。
「どうしたらいい?俺はアイツを助けたいだけなんだ」
「そう言うと思ったから」「準備しておいた」「毒リンゴ」「食べさせればいい」
ヘンゼルに手渡された毒々しい色のリンゴ。全く治りそうには見えなかったが、2人を信じるしかない。
「サンキュ。礼は後でする」
「待って」「このままじゃ」「赤ずきん倒れる」「治すから」
止めようとする2人を振り切って店を出る。
(あー、バスケット持ってくるの忘れたな)
場違いなことを考えながら足を進めた。
嗅覚が鋭い俺には白雪の居場所など、すぐに分かる。
俺がいつも転がっている木の傍。
拓けた芝生に白雪はいた。
変わらず炎のようなオーラを纏い、目は充血していた。
住民たちが白雪を止めようとしているようだが、実際白雪は止まっていない。
それ程困難なのだろう。
「どんだけ強ぇんだよ、お前は」
俺には魔法使いのことが全く分からないけれど、白雪が誰よりも強いことは理解した。
早くこの毒リンゴを食べさせなければ。
でも、どうやって──と考えていると「赤ずきんちゃん」と名を呼ばれた。
「えらい酷くやられとるやん。大丈夫なん?」
「アリス!何がどうなってる?」
「んー、良くない感じやなぁ。魔法使い5人でやっと動き止めとるとこや」
「そうか……」
俺の名を呼んだのはアリスという金髪碧眼の男だった。
サバサバして陽気なアリスとは何かと気が合い、昔から仲が良かった。
頭と首元に大きな黒いリボンを付け「自分がこの世界で一番可愛い」と宣言する彼はいつでも自分を可愛く着飾っている。
中身は男らしくて強い奴だった。
「白雪ちゃん何があったん?って聞きたいとこやけど、そうもいかんなぁ。それは後で教えてもらうとして──どないする?」
「これ、知ってるんだろ?」
手に持っていた毒リンゴを見せる。
「……荒治療やね」
少し困ったように言う所も、言葉の意味もこの時の俺には分からなかった。
ただ早く白雪に食べさせなければと思った。
「数秒なら止められるわ。その間に押し倒して口移しでもしたりぃ」
「……」
通常時なら「馬鹿なこと言うなよ」と軽口を叩く所だが、今はそうもいかない。
走り出したアリスについて行く。
「よっと!」
アリスは取り出したスティックで空中に魔法陣を描いた。
召喚が得意なアリスは一瞬で大きな自分のバルーンのような物を作り出した。
デフォルメのような顔をした巨大アリスが立っている。
「アレを白雪ちゃんの上に倒すわ。中身は空洞やから安心しぃ!けどその分壊れるのも早いで」
「わかった!サンキュ!」
アリスが3メートル程のアリスバルーンを倒す。
「!!」
驚いた白雪だが一瞬遅い。ズドンと倒れた巨大アリスの下敷きになった。
「白雪っ!」
駆け込んだ俺は巨大アリスの下に入り込み白雪を探した。
もがいていた白雪は魔法を放とうとしている。
考えている暇はない。
毒リンゴを齧って白雪の唇に唇を押し付ける。
奇しくもそれはアリスが言っていた通り、押し倒して口移しをする形になっていた。
苦しがる白雪がごくんとリンゴを飲み込んだことを確認してから唇を離す。
「……はぁ、はぁ……白雪、大丈夫か……って、え?」
明らかに様子がおかしい。呼吸している気配がない。生きている匂いがしない。
「白雪!白雪!」
ゆさゆさと何度も身体を揺さぶる。だが、反応はない。
この毒リンゴは、もしかして。
「殺すための──リンゴ?」
知らなかった、そんなことは。
だがそんな言い訳が何になる?
現に白雪は死んだ。
俺が、殺した。
「ああああああああああ!!」
何も考えられなくなった。
頭が真っ白になって、目の前が真っ赤になって──ヘアピンが弾け飛んだ。
「あああああああああっ!!」
叫んだ俺は一瞬でアリスのバルーンを粉々に砕いた。
そしてこちらを心配そうに見つめる群衆の中にヘンゼルとグレーテルを見付けた。
「お前ら……許さねぇ……!!」
怒りに身を任せ、一歩で2人の前に飛ぶ。そしてヘンゼルの喉元を噛み砕こうとした瞬間、俺の歯は硬い金属の棒を齧らされていた。
「堪忍な、赤ずきんちゃん。手加減出来そうにないわ!」
そう言って間に入ったアリスは血だらけの俺の腹を思いっきり蹴り上げた。
「うぐっ……!」
簡単にすっ飛んだ俺はそのまま簡単に意識を手放した。
目が覚めたのは3日後だった。
「あ」「起きた」「おはよう」「赤ずきん」
「……おはよ」
どうやら俺はお菓子の家の2階でずっと眠っていたらしい。
あれから倒れた俺をここに運び、治療までしてくれたのはヘンゼルとグレーテルだったらしい。
2人の顔を見て思い出した──リンゴのことを。
「……悪かった。俺、お前らのこと……」
「気にしないで」「あれしかなかった」「説明したら赤ずきん使えなくなると思った」「こっちこそ騙してごめんね」
寝不足のようにやつれた顔をした2人は本当に寝不足なのだろう。
俺の怪我は完全に治っている。2人は寝ずに俺を治してくれていたのだ。
きっと、責任を感じて。
「で、どうなったんだ?」
「えーっと」と2人はいつも通り交互に話し始めた。
要約すると俺は倒れてすぐここに運ばれた。3日間2人が看病してくれていた。
相談の結果、白雪はアリスと帽子屋が魔女の元へ運んだらしい。
そして魔女の魔法を掛けてもらった後、白雪の家に戻されたという。
つまり今は自分の家で眠っているとのことだった。
「そうか。ありがとな。落ち着いたらまたちゃんと礼を言わせてくれ。お前らも寝ろよな」
「うん」「ありがとう」「お大事に」「またね」
手を振る2人に軽く手を上げる。
すっかり良くなった俺は走って白雪の家へ向かった。
「白雪!」
バッとドアを開ける。
「来た来た、王子様。おはようさん」
「……アリス?」
ベッドで横たわる白雪の傍に座っていたのはアリスだった。
「順番に白雪ちゃんのこと見ててん。今日は俺やったんや」
「そうか。助かるぜ……あれ?」
白雪の顔を見る。いつも通りの白い顔。
怪我はなく、綺麗な顔だったが頬にリンゴ型の宝石が埋まっていた。
「あれは白雪ちゃんの魔法石やで。彼、魔法石2つ持っとるんやって?その2つ融合させて顔に埋めたらしいわ。そうせんと生き返らんかったって言うてたで、魔女が」
「成程……」
キラキラと赤く輝く宝石はとても綺麗だった。白雪の頬を撫でる。
「ほな赤ずきんちゃん来てくれたし俺は帰るで。白雪ちゃんの目が覚めたら教えてや」
「ありがとな、アリス」
「ええって。今度またお茶しよな」
「あぁ」
バタン、とドアが閉じる。
改めて白雪を見つめる。
殺してしまった時の感覚はまだ残っている。
本当に起きるのだろうか。そんな不安ばかり過ぎる。
だが、俺の不安に反して白雪はすぐにパチッと目を開けた。
「おはよう、赤ずきん君」
寝惚けた顔で俺を見る白雪。あまりにも普通すぎて、それが、逆に。
「……あれ?泣いてるの?何で?珍しいね」
溢れた涙は止まらなくなった。
誰かに涙を見せるなんて初めてだった。
「白雪……」
ぎゅっと抱き締めると優しく抱き締め返してくれた。
「何だか色々思い出せないや。長い夢を見てた気がする。でも……赤ずきん君に会えたからいいや」
「ごめんな、白雪。守るから……絶対守るから」
「ん?うん、ありがとう」
白雪は全部忘れてしまったのだ。
魔女に会ったことも、それから起きたことも、全て。
それならそれでいい。
ただ白雪が生きてさえいてくれるなら。
まだ少し惚けている白雪の左頬を触る。この話だけはしなければ。
「白雪、あのな……これ」
近くにあった鏡を見せる。
映った自分の顔に白雪は驚き、口元を押さえた。
「え……?」
無理もない。突然自分の顔に宝石が埋め込まれるなんて有り得ないことだ。
「何これ……」
ショックを隠しきれないようで、白雪は目に見えて悲しい顔をした。
落ち込んだ白雪は泣きそうな顔をして項垂れた。
その頭を強く撫でる。
「白雪!その宝石すげぇいいな。キラキラ光ってるし赤いリンゴみたいで可愛いぜ」
にしっと笑うとやっと白雪は笑顔を見せてくれた。
俺の大好きな、その笑顔。
「ありがとう、赤ずきん君。もう。いつでも優しいんだから」
「別に……優しくねぇって。マジでそう思っただけだっつの」
気恥ずかしくて目を逸らす。
そんな俺の態度に白雪は「可愛い」と笑った。
「可愛くねぇ!白雪の方が可愛いから!」
「そう?ありがとう」
やっと「日常」が戻った気がして──嬉しかった。
「って感じだな。白雪……泣くなよ」
「だって……思ってたよりずっと……赤ずきん君に迷惑掛けてたんだもん……!」
「そこかよ!一番気にしなくていいとこだぜ、そこは。白雪らしいけど」
わしゃっと髪の毛を撫でる。白雪はガバッと俺に抱きついてきた。
「わっ!」
「過去のこと聞くのは怖かったけど大丈夫だった。赤ずきん君のおかげ」
「白雪が元気ならそれでいいんだ、俺は」
あの日以来──本気でそう思う。
あれから白雪はスティックなしで魔法が使えるようになり、強すぎた魔力が安定するようになった。
代わりに魔力が尽きると死んでしまう身体になってしまった。
リンゴ型の宝石は白雪の魔力を分かりやすく表してくれる。
赤ければ元気で、白くなるにつれて元気がなくなっていく。
魔法使いでない俺には分かりやすいことがありがたかった。
「でもさ、すごく沢山の人にお世話になってたんだね、ボク」
「まぁな。過去のこと聞いたって言いにいくついでに改めてお礼しに行くか?」
俺の提案に白雪は笑って頷いた。
「うん、行きたい」
そう言って白雪は出掛ける準備をし始めた。
良かったと思う。過去を知っても笑ってくれて。
もしかしたら変わってしまうかもしれないと俺の方が怯えていたのだけれど。
(白雪は俺が思ってるよりずっと──強くなってたな)
バタバタと戻ってきた白雪はソファに座る俺を引っ張った。
「行こう、赤ずきん君」
「ん、そうだな」
笑う白雪の顔にキラキラと光るリンゴ型の魔法石。
立ち上がった俺はそこにキスを落とした。
ヒヤリとして硬い感触。
「やっぱりお前のこの宝石、俺は大好きだぜ」
あの日、ショックを受けた白雪に届いたらいい。
誰よりも綺麗で素敵だと俺は本気で思うから。
「赤ずきん君のおかげだよ。ボクが病まずに済んだのは」
「そうか?だったら嬉しいぜ」
右手には白雪の手、左手にはバスケット。
いつも通り手を繋いで家を出る。
俺も、白雪も、少しだけ──清々しい顔をしながら。
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