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赤ずきんくんと白雪くん。第5話
過去の事実を知ってから1週間が経った。
あれから謝罪しに行ったボクと付き添ってくれた赤ずきん君は丸1日掛けてレドニアを回りきった。
今更になってしまったけれど、直接謝罪出来たことが嬉しかった。
あの日、あんなボクを見たにも関わらず仲良くしてくれることが有難かった。
(レドニアに来て良かったな)
心からそう思う。
故郷にいたら絶対に味わうことの出来なかった幸せ。知ることのなかった世界。
町を飛び出したのは突然のことだったが、その判断は間違っていなかった。
「ボクはすごく──幸せ者だ」
当たり前の日々になっていたけれど、恵まれていることに感謝をしなければ。
今、ボクが笑って居られるのは周りの皆のおかげなのだと。
身体を起こし、カーテンを開ける。
今日のレドニアも快晴だ。
「おはよう、キギム」
鏡に向かって声を掛ける。漂う紫色のモヤは「おう」と返事をした。
「今日はどんな1日になる?」
顔を洗い、タオルで拭きながら尋ねるとキギムは「妙な1日になるぜ」と言った。
「妙な?」
「けど別にお前が不幸になるわけじゃねぇ」
「そっか。ありがとう」
身支度を終え、洗面所を出る。
キギムはボクがこの家に住む前から鏡に棲んでいた。
最初に声が聞こえた時はかなり驚いた。誰もいないはずなのに何故、と。
「オレの声が聞こえるんだろ?」
「聞こえるけど……誰?」
「名はキギム。オレの声が聞こえる奴はお前で2人目だ」
目を凝らしてやっと鏡の前に浮かぶ紫色のモヤが喋っているのだと分かった。
「キミは……魔力と関係ありそうだね」
「その通り。強い魔法使いじゃねぇとオレとは喋れないからな」
「じゃあ1人目は魔女かな?」
「いい勘してんな。そうだぜ」
キギムは気まぐれで魔女の館を飛び出し、誰も住んでいなかったこの家に棲みついたという。
「お前が来る前に人間が来ることは何度もあったが誰もオレに気付かなかったし、姿すら認識してなかったぜ」
「それだけ強い存在なんだね」
正体が分かればもう恐怖はなかった。
レドニアのことはほぼキギムに教わった。
魔女の存在や住人のこと、お得なお店までキギムは何でも知っていた。
ここに住み始めてからずっと一緒にいるのだから、ボクとしては友人の1人だと思っている。
ご飯を食べ終え、家を出る。
(早く会いたいなぁ、赤ずきん君)
きっといつもの場所にいる。
毎日会っているのに、早く会いたくて仕方がなかった。
「白雪」
赤ずきん君の元へ行く途中、小さな声に呼び止められた。
この声は──小人だ。
「あ、レッドさん。おはようございます」
振り向いてしゃがむと7人の小人が並んでいた。途中からゾロゾロとボクに着いてきたのかもしれない。
「おはよう。何処へ行くんだ?」
「赤ずきん君の所です。皆は?」
ボクの質問に答えたのは黄色い帽子の小人、イエローさんだった。
「仕事だよぉ。毎日仕事だからぁ」
「今日は楽しい仕事なんですか?」
小人たちは毎日仕事をしている。とは言っても鉱山で働く仕事は週に1回で、あとは歌を歌ったり絵を描いたり、魔法の練習をしたり──趣味のような時間のことも「仕事」と呼んでいるのだった。
「今日は……何だったかのう?」
「えーっと……歌かなぁ」
忘れっぽいパープルさんといつも眠そうにしているイエローさんの会話は聞いていて大丈夫かと不安になる。
2人の間に入ったオレンジさんが言う。
「歌だよ!今日は森の木々たちに歌を聞かせてあげようって決めたよね!!」
その言葉にコクリとグリーンさんが頷く。
オレンジさんは常にハイテンションで元気が良い。グリーンさんは正反対。無口で滅多に口を開かない。
ただ、こうしてしっかり意思表示をしてくれる為、わかりにくくはない。
「木が怒らないといいが……ククッ……怒ったらそれはそれで面白い」
「ネイビー、縁起でもないこと言うなよ」
「はあい」
ネイビーさんは少し不思議な小人だった。ミステリアスで変わっている。
ブルーさんはクールでいつも冷静沈着だ。
そんな個性的なメンバーを纏めているのがレッドさんだった。
「さて、では行こう。白雪、また今度」
「はい。今度また歌を聞かせてください」
「うむ。必ず」
森へと歩き始めた小人たちを見送ってから大きな木の下へ向かう。
そこにはいつも通り赤ずきん君がいた。
起きているのは珍しい。
「おはよう、赤ずきん君。どうしたの?」
「お、白雪。おはよ。バスケットの中に見覚えがない物が入ってたんだよな」
隣に座り、バスケットの中を覗き込む。
いつも入っているのは予備のヘアピンとタオル、飴と──少し大きめのハサミ。
けれど今はそこにリボンが入っていた。赤と黒、2つのリボン。
「何処かで見たことがある気がするんだけど思い出せねぇ」
「確かに」
大きさ的に頭に付けるリボンだろう。誰かが付けていたような──と考えているうちに閃いた。
「あ!もしかして白うさぎさんかもしれない。ツインテールにこのリボンを付けてた気がする」
「あー、言われてみれば付けてたな。でも何でこんな所に入ってんだ?最近白うさぎと会った覚えねぇのに」
「アリスさんの家に行った時、とか?」
「そうかもしれねぇ。とりあえずアリスの家行ってみるか。白雪も来るだろ?」
「うん、勿論」
先に立ち上がった赤ずきん君に腕を引っ張ってもらう。
赤ずきん君と一緒にいられるなら場所など何処でもいいのだ、ボクは。
街外れの大きな家。そこにアリスさんは住んでいる。
薔薇の庭園に囲まれた家はそこまで大きくないが、とても豪華に見える。
仄かに薔薇の香りがし、上品な雰囲気で近寄り難い。
けれど赤ずきん君は気にせずズカズカと入っていく。
「アリスー!いるか?」
ドアの前で叫ぶとすぐにガチャッとドアが開いた。
「やあやあ、親友。いらっしゃい」
「……何だそのキャラ」
「あれ?こういう登場の方がウケがええと思ったんやけどな。ま、ええわ。話あるんやろ?上がってや」
靴を脱いで入っていく赤ずきん君を見習って「お邪魔します」と家に入っていく。
ボクがアリスさんの家に入るのは初めてで、内装の奇抜さにキョロキョロしてしまう。
例えば壁に遠近感のおかしい風景画が描かれていたり、半分赤、半分白で塗られた薔薇の置物があったり。
まるで不思議の国に迷い込んだ気分だった。
「座ってや。紅茶淹れるわ」
促されるがままにソファへ座る。
けれど赤ずきん君は立ったままアリスさんを訝しげに見つめた。
「お前が淹れるっていう選択肢は有り得ねぇな。それなら俺がやる」
「そか?ほな白うさぎに頼むことにするわ。待っててや」
キッチンに向かって行ったのを確認してから赤ずきん君はドスッと座った。
「はぁ。良かった」
「何で?アリスさんって紅茶作れないの?」
「いや、作れる所が逆にやべぇの。作れるけどめちゃくちゃ下手なんだ。美味しくねぇ」
「そんなに?紅茶は分量さえ間違えなければ問題ないと思うけど……」
「本人は合ってるって言い張るんだけどな。多分単位とか間違えてんだ。アイツは紅茶だけじゃなくて料理全般壊滅的だぜ」
「へ、へぇ」
何でもソツなくこなしそうなイメージだったが、そうではないらしい。
意外な一面を知った気がする。
キッチンから響く「お兄ちゃんは向こう行っててや!」という声で赤ずきん君の言葉に間違いはなかったと証明された。
「追い出されてしもたわ」
何も持たずに戻ってきたアリスさんはボクたちの対面に座った。
「ま、白うさぎに任せておいた方がいいんじゃねぇの?」
「たまには手伝おうと思ったんやけどなぁ」
「動かない方が手伝いになることもあるぜ」
赤ずきん君の言葉に「そうやで!」と言ったのは白うさぎさんだった。
手には4人分の紅茶が載ったトレーを持っている。
「料理に関しては何もしなくてええからね」
「せやなぁ」
ははっと空笑いし、アリスさんはボクたちの前に紅茶を置き、自分の隣に白うさぎさんを座らせた。
「戴きます」と言って紅茶を飲む。甘くて美味しいのだが、見た目は透明でボクは首を傾げた。
「不思議な紅茶だなぁ」
「白雪は初めてだったな。白うさぎの紅茶はいつも透明だ。で、毎回味が違う」
「そんなこと出来るんだ。すごいね」
「一種の魔法らしいぜ」
そんな魔法があるのかと驚く。つまり紅茶の風味はそのままに色だけを抜いたということだ。
自分の知らない面白い魔法が沢山あって嬉しくなる。
レドニアに来てから色んな魔法使いに出会って色んな魔法を知ることが出来た。
「白雪ちゃんなら使えると思うけどなぁ。やり方さえ分かれば」
「そうですか?可愛い魔法だからやってみたいです」
「あ、でも使い方によってはかわええとも言いきれんなぁ。要は色彩をなくす魔法やから」
「……成程」
物から色を奪う魔法。確かに使い方次第で変わってくるだろう。
じっとしていた白うさぎさんは「で、でも!」と声を上げた。
「ボクは悪いことには使わんし大丈夫やから」
「あ、わかってます。白うさぎさんは良い子ですから」
ニッコリ笑うと白うさぎはほっとしたような顔をした。
白うさぎさんはアリスさんの妹だった。
真っ白くて長い髪の毛をツインテールにしている女の子だ。
赤と白と黒で統一された衣装にはトランプ柄が描かれていて、首から大きな懐中時計を提げている。
大きな瞳にニッコリと笑った口はアリスさんに似ているとボクは思っている。
「そうだ。白うさぎに用があったんだ」
赤ずきん君の声に白うさぎさんはビクッと身体を震わせた。
「な、なんですか?」
ボクの勘だけれど、恐らく白うさぎさんは赤ずきん君のことが苦手だ。
今もすぐにアリスさんにペッタリとくっついた。
「これ。お前のじゃねぇ?俺のバスケットに入ってた」
差し出されたリボンを見て白うさぎさんは「あ!」と声を上げた。
「ないと思っててん。お兄ちゃんがやったんやろ?」
「あれ?オレやっけ?」
「わかんねぇけど入ってたぜ」
「そう言えばこの間赤ずきんちゃんが遊びに来た時入れたかもしれんわ。白うさぎがいつも入れとるカゴに似とったから」
「赤ずきんさん、わざわざすみません。おおきに」
「あぁ、気にすんな」
ペコッと頭を下げる白うさぎさんに対し、赤ずきん君は首を振る。
「そう言えば白雪ちゃんはウチ来るん初めてやんな?」
「はい」
「気になった物があったら言うてや。説明したるわ、白うさぎが」
「自分でやりぃ」
ジト目でアリスさんを睨む白うさぎさんだったが、ボクの方を見て笑った。
「せやけど白雪さんに聞かれたら何でも答えるんで言うて下さいね」
「ありがとうございます」
白うさぎさんは「ちょっと席外すわ」と残しリボンを持って別の部屋へ向かって行った。
いくつか見える部屋のドアは赤と白と黒で、白うさぎさんらしいと思った。
家の中はどれも白うさぎさんの為に作られたような装飾が多いように感じる。
それが何となく──違和感だった。
「どうした?」
赤ずきん君に顔を覗き込まれて首を横に振る。
「ううん。奇抜な色遣いの物ばかりですごいなぁと思って」
「あー、白うさぎの趣味だからな。この家は白うさぎの家だし」
「え?」
「アリス。言っていいだろ?」
「ええよ。隠すことでもあらへんわ」
てっきり二人の家だと思っていたのだけれど、何やら事情があるらしい。
「アリスと白うさぎは本当の兄妹じゃねぇんだ」
「そうそう。俺はこの家に住ませてもらっとんねん。白うさぎの兄ってことにしてな」
「えっと……何故ですか?」
「俺、此処に来る前の記憶ないねん。気付いたらレドニアにおって、拾ってくれたんが白うさぎやった」
「え……」
アリスさんが記憶喪失だということも初耳だった。ボクより早くレドニアにいた彼は昔からレドニアに住んでいるのだと思っていた。
「白うさぎが此処に住ませたるからボクのお兄ちゃんになってって言ってきたからええよって」
「では……喋り方も?」
「そう。白うさぎの喋り方が移ったんや」
「逆かと思っていました」
初めてこの家に来たとはいえ、二人と親交はあった。アリスさんと赤ずきん君が親友だということは勿論知っているし、ボクは白うさぎさんと仲が良い。
厳密には仲が良いというよりは一方的に憧れを抱かれていると言った方が良いかもしれない。
ボクは白うさぎさんを友達だと思っているけれど、彼女はボクを崇拝していた。
「白うさぎが喋っとると思っとったんやけど、言うてへんかったみたいやね」
「はい。初めて知りました。それに二人は似ているからそんなこと考えたこともなかったです」
白うさぎさんと二人で会うと、彼女はボクの話を聞きたがる。
「何でもいいから白雪さんの話が聞きたいです」と彼女は目を輝かせるのだった。彼女が自分の話をすることは滅多にない。
だから物体の色を消す魔法のことも知らなかった。
「ま、色々あったし白うさぎにとっても良い思い出ってわけでもないのかもしれんわ。いつかアイツが話したい言うたら聞いてやってな」
コクリと頷く。同時に白うさぎさんが戻ってきた。
ツインテールにリボンがくっついている。
「やっぱりその方がええで、白うさぎ」
「ボクもそう思うわ。ないと落ち着かへんね」
改めて二人を見る。血が繋がっていないと知ってもやっぱりボクには似ているように見える。
「何が」というわけではないが「何か」が似ていると思う。
じっと見つめていると白うさぎさんが首を傾げた。
「どうしました?」
「あ、すみません。リボン、似合ってますね」
「ありがとうございます。白雪さんに褒めて頂けるなんて光栄です」
キラキラとした瞳で言われれば、苦笑するしかない。
「何でそんなに白雪のこと尊敬してんだ?」
礼儀や常識を持ち合わせていない赤ずきん君は単刀直入に尋ねた。
白うさぎさんは目を輝かせたまま答える。
「まず、お優しい所。白雪さんがレドニアに来て下さってから野に咲く花も活き活きとし始めました。それは白雪さんが毎日お声を掛けて下さっているからです」
「へぇ。確かに」
「次に魔力が高く、難度の高い魔法も扱える所。並大抵の魔法使いでは辿り着けない域にいらっしゃいます」
「あの……それぐらいでいいです」
これ以上褒め言葉を羅列されるのは恥ずかしかった。遮ると白うさぎさんは不服そうな顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻す。
「そういうことです。赤ずきんさん」
「理解した。どうも」
ゴクリと紅茶を飲み干した赤ずきん君は「白雪、そろそろ行くか」とボクの方を見た。
時計を見れば夕方。思った以上に長居してしまったらしい。
「うん。ボクはいつでも」
同時に立ち上がるとアリスさんも立ち上がってくれた。
「また来てな。いつでも暇しとるから」
「おう、またな。ってか今度の──」
2人で話し始めたのを見て一歩下がる。着いていくように歩いていると白うさぎさんが隣にくっついていた。
「もしかしてお兄ちゃんに聞きました?」
「……はい。ビックリしました。それと、気になっていたことがあるんですが……赤ずきん君のこと苦手ですよね?」
「苦手です。恋人の白雪さんにこんなことを言うのは失礼ですが、どうしても怖くて」
「少し乱暴な雰囲気だから誤解されやすいんですよね、彼は。誰にでも苦手な人はいますし、気にしないで下さい」
「それに──何となく勘が鋭そうで」
「勘?」
「いえ、何でもないです。また来て下さいね」
ニコリと笑って白うさぎさんはボクに手を振った。
ちょうど2人も会話が終わっていたらしく、赤ずきん君の隣に並んで手を振った。
「すげぇ家だっただろ」
「外観もそうだけど内装も凄かったね。時計は逆向きに進むし、一瞬何時か分からなかったよ」
「不思議の国の家だってアリスは言ってたぜ」
「ボクも同じこと思ったよ」
狂った時計も遠近感がおかしい絵も不思議だった。
それよりも不思議なのは最後の白うさぎさんだ。明らかに何かを隠しているような素振りだった。
勘が鋭い赤ずきん君が苦手だと言っていたことも気になる。
このことについて言おうか悩んで赤ずきん君に視線を向ける。
「何かあるんだろ?言っていいぜ」
「流石だね。ボクのこと何でもお見通しなんだから」
元より隠しきれる自信などなかった。
ボクは自分の考えと共に最後の白うさぎさんについて赤ずきん君に説明した。
「勘が鋭いって言葉が気になるんだよね。何か気付かれたくないことがあって、それに赤ずきん君が気付きそう──みたいな」
言い終えて赤ずきん君を見ると彼は足を止め、額を押さえて眉を険しく寄せていた。
滅多に見ない表情に緊張感が走る。
黙って待っていると赤ずきん君が「そうか」と呟いた。
「赤ずきん君?」
「もしかしたら……俺は……」
「……」
「だとしたら……アリス……!」
ギリッと歯を食いしばる赤ずきん君は怒っているようにも困惑しているようにも見えた。
「赤ずきん君」
ぽんと肩に手を置くと、赤ずきん君はハッとしたような顔をした。
「悪ぃ。俺の仮説が正しければアリスはもしかしたら──白うさぎに記憶を奪われたのかもしれない」
「え……?」
あまりにも衝撃的な言葉だった。
「だって白うさぎさんはアリスさんを救ったんじゃ……」
「逆だとしたら?アリスが此処に来てすぐに白うさぎが記憶を奪った。記憶を失ったアリスは白うさぎの言うことを信じるしかなかった」
「そ、そんな……」
「あくまでも仮説だ。俺の予測でしかない。でも……そう考えれば辻褄が合う」
苦悶の表情を浮かべる赤ずきん君にぴたりと寄り添う。
支えなければ倒れてしまいそうだった。
「どうしたらいい……アリスに言う訳には……」
「赤ずきん君。とりあえず一緒に帰ろう?家で落ち着いて考えた方がいいよ」
「そうだな。サンキュ、白雪」
ふわっと笑ってくれた赤ずきん君を見てほっとする。
──けれどボクたちは、自分の意思で帰ることは出来なかった。
「嫌やなぁ、ほんま」
そんな呟きが聞こえて振り返って、そして──時間が巻き戻される。
「気付かなくてええねん、そないなこと」
白うさぎは首から提げた懐中時計の針をくるくると回す。
「どうせなかったことになるんやからええけど」
ニヤッと笑った白うさぎは軽々と2人を持ち上げ、運んだ。
白雪は白雪の家に、赤ずきんは赤ずきんの家に。
「あ、せや。これは取っておかんと。また来られたら困るからなぁ」
時間を巻き戻した所為で赤ずきんのバスケットに再び戻った2つのリボンを取り上げる。
「お兄ちゃんは絶対に渡さへん。ボクのモンやから」
何事もなかったかのように赤ずきんの家を出た白うさぎはピョンと跳ねながら自分の家に向かう。
「ラン♪ラン♪」
楽しそうに、楽しそうに。
「お兄ちゃん、ただいま」
「おかえり、白うさぎ。何処行ってたん?」
「ちょっとそこまでや」
そしてもう1度「今日」を繰り返せばいい。
──この世界なんて全部ボクの思い通りなんやから。
あれから謝罪しに行ったボクと付き添ってくれた赤ずきん君は丸1日掛けてレドニアを回りきった。
今更になってしまったけれど、直接謝罪出来たことが嬉しかった。
あの日、あんなボクを見たにも関わらず仲良くしてくれることが有難かった。
(レドニアに来て良かったな)
心からそう思う。
故郷にいたら絶対に味わうことの出来なかった幸せ。知ることのなかった世界。
町を飛び出したのは突然のことだったが、その判断は間違っていなかった。
「ボクはすごく──幸せ者だ」
当たり前の日々になっていたけれど、恵まれていることに感謝をしなければ。
今、ボクが笑って居られるのは周りの皆のおかげなのだと。
身体を起こし、カーテンを開ける。
今日のレドニアも快晴だ。
「おはよう、キギム」
鏡に向かって声を掛ける。漂う紫色のモヤは「おう」と返事をした。
「今日はどんな1日になる?」
顔を洗い、タオルで拭きながら尋ねるとキギムは「妙な1日になるぜ」と言った。
「妙な?」
「けど別にお前が不幸になるわけじゃねぇ」
「そっか。ありがとう」
身支度を終え、洗面所を出る。
キギムはボクがこの家に住む前から鏡に棲んでいた。
最初に声が聞こえた時はかなり驚いた。誰もいないはずなのに何故、と。
「オレの声が聞こえるんだろ?」
「聞こえるけど……誰?」
「名はキギム。オレの声が聞こえる奴はお前で2人目だ」
目を凝らしてやっと鏡の前に浮かぶ紫色のモヤが喋っているのだと分かった。
「キミは……魔力と関係ありそうだね」
「その通り。強い魔法使いじゃねぇとオレとは喋れないからな」
「じゃあ1人目は魔女かな?」
「いい勘してんな。そうだぜ」
キギムは気まぐれで魔女の館を飛び出し、誰も住んでいなかったこの家に棲みついたという。
「お前が来る前に人間が来ることは何度もあったが誰もオレに気付かなかったし、姿すら認識してなかったぜ」
「それだけ強い存在なんだね」
正体が分かればもう恐怖はなかった。
レドニアのことはほぼキギムに教わった。
魔女の存在や住人のこと、お得なお店までキギムは何でも知っていた。
ここに住み始めてからずっと一緒にいるのだから、ボクとしては友人の1人だと思っている。
ご飯を食べ終え、家を出る。
(早く会いたいなぁ、赤ずきん君)
きっといつもの場所にいる。
毎日会っているのに、早く会いたくて仕方がなかった。
「白雪」
赤ずきん君の元へ行く途中、小さな声に呼び止められた。
この声は──小人だ。
「あ、レッドさん。おはようございます」
振り向いてしゃがむと7人の小人が並んでいた。途中からゾロゾロとボクに着いてきたのかもしれない。
「おはよう。何処へ行くんだ?」
「赤ずきん君の所です。皆は?」
ボクの質問に答えたのは黄色い帽子の小人、イエローさんだった。
「仕事だよぉ。毎日仕事だからぁ」
「今日は楽しい仕事なんですか?」
小人たちは毎日仕事をしている。とは言っても鉱山で働く仕事は週に1回で、あとは歌を歌ったり絵を描いたり、魔法の練習をしたり──趣味のような時間のことも「仕事」と呼んでいるのだった。
「今日は……何だったかのう?」
「えーっと……歌かなぁ」
忘れっぽいパープルさんといつも眠そうにしているイエローさんの会話は聞いていて大丈夫かと不安になる。
2人の間に入ったオレンジさんが言う。
「歌だよ!今日は森の木々たちに歌を聞かせてあげようって決めたよね!!」
その言葉にコクリとグリーンさんが頷く。
オレンジさんは常にハイテンションで元気が良い。グリーンさんは正反対。無口で滅多に口を開かない。
ただ、こうしてしっかり意思表示をしてくれる為、わかりにくくはない。
「木が怒らないといいが……ククッ……怒ったらそれはそれで面白い」
「ネイビー、縁起でもないこと言うなよ」
「はあい」
ネイビーさんは少し不思議な小人だった。ミステリアスで変わっている。
ブルーさんはクールでいつも冷静沈着だ。
そんな個性的なメンバーを纏めているのがレッドさんだった。
「さて、では行こう。白雪、また今度」
「はい。今度また歌を聞かせてください」
「うむ。必ず」
森へと歩き始めた小人たちを見送ってから大きな木の下へ向かう。
そこにはいつも通り赤ずきん君がいた。
起きているのは珍しい。
「おはよう、赤ずきん君。どうしたの?」
「お、白雪。おはよ。バスケットの中に見覚えがない物が入ってたんだよな」
隣に座り、バスケットの中を覗き込む。
いつも入っているのは予備のヘアピンとタオル、飴と──少し大きめのハサミ。
けれど今はそこにリボンが入っていた。赤と黒、2つのリボン。
「何処かで見たことがある気がするんだけど思い出せねぇ」
「確かに」
大きさ的に頭に付けるリボンだろう。誰かが付けていたような──と考えているうちに閃いた。
「あ!もしかして白うさぎさんかもしれない。ツインテールにこのリボンを付けてた気がする」
「あー、言われてみれば付けてたな。でも何でこんな所に入ってんだ?最近白うさぎと会った覚えねぇのに」
「アリスさんの家に行った時、とか?」
「そうかもしれねぇ。とりあえずアリスの家行ってみるか。白雪も来るだろ?」
「うん、勿論」
先に立ち上がった赤ずきん君に腕を引っ張ってもらう。
赤ずきん君と一緒にいられるなら場所など何処でもいいのだ、ボクは。
街外れの大きな家。そこにアリスさんは住んでいる。
薔薇の庭園に囲まれた家はそこまで大きくないが、とても豪華に見える。
仄かに薔薇の香りがし、上品な雰囲気で近寄り難い。
けれど赤ずきん君は気にせずズカズカと入っていく。
「アリスー!いるか?」
ドアの前で叫ぶとすぐにガチャッとドアが開いた。
「やあやあ、親友。いらっしゃい」
「……何だそのキャラ」
「あれ?こういう登場の方がウケがええと思ったんやけどな。ま、ええわ。話あるんやろ?上がってや」
靴を脱いで入っていく赤ずきん君を見習って「お邪魔します」と家に入っていく。
ボクがアリスさんの家に入るのは初めてで、内装の奇抜さにキョロキョロしてしまう。
例えば壁に遠近感のおかしい風景画が描かれていたり、半分赤、半分白で塗られた薔薇の置物があったり。
まるで不思議の国に迷い込んだ気分だった。
「座ってや。紅茶淹れるわ」
促されるがままにソファへ座る。
けれど赤ずきん君は立ったままアリスさんを訝しげに見つめた。
「お前が淹れるっていう選択肢は有り得ねぇな。それなら俺がやる」
「そか?ほな白うさぎに頼むことにするわ。待っててや」
キッチンに向かって行ったのを確認してから赤ずきん君はドスッと座った。
「はぁ。良かった」
「何で?アリスさんって紅茶作れないの?」
「いや、作れる所が逆にやべぇの。作れるけどめちゃくちゃ下手なんだ。美味しくねぇ」
「そんなに?紅茶は分量さえ間違えなければ問題ないと思うけど……」
「本人は合ってるって言い張るんだけどな。多分単位とか間違えてんだ。アイツは紅茶だけじゃなくて料理全般壊滅的だぜ」
「へ、へぇ」
何でもソツなくこなしそうなイメージだったが、そうではないらしい。
意外な一面を知った気がする。
キッチンから響く「お兄ちゃんは向こう行っててや!」という声で赤ずきん君の言葉に間違いはなかったと証明された。
「追い出されてしもたわ」
何も持たずに戻ってきたアリスさんはボクたちの対面に座った。
「ま、白うさぎに任せておいた方がいいんじゃねぇの?」
「たまには手伝おうと思ったんやけどなぁ」
「動かない方が手伝いになることもあるぜ」
赤ずきん君の言葉に「そうやで!」と言ったのは白うさぎさんだった。
手には4人分の紅茶が載ったトレーを持っている。
「料理に関しては何もしなくてええからね」
「せやなぁ」
ははっと空笑いし、アリスさんはボクたちの前に紅茶を置き、自分の隣に白うさぎさんを座らせた。
「戴きます」と言って紅茶を飲む。甘くて美味しいのだが、見た目は透明でボクは首を傾げた。
「不思議な紅茶だなぁ」
「白雪は初めてだったな。白うさぎの紅茶はいつも透明だ。で、毎回味が違う」
「そんなこと出来るんだ。すごいね」
「一種の魔法らしいぜ」
そんな魔法があるのかと驚く。つまり紅茶の風味はそのままに色だけを抜いたということだ。
自分の知らない面白い魔法が沢山あって嬉しくなる。
レドニアに来てから色んな魔法使いに出会って色んな魔法を知ることが出来た。
「白雪ちゃんなら使えると思うけどなぁ。やり方さえ分かれば」
「そうですか?可愛い魔法だからやってみたいです」
「あ、でも使い方によってはかわええとも言いきれんなぁ。要は色彩をなくす魔法やから」
「……成程」
物から色を奪う魔法。確かに使い方次第で変わってくるだろう。
じっとしていた白うさぎさんは「で、でも!」と声を上げた。
「ボクは悪いことには使わんし大丈夫やから」
「あ、わかってます。白うさぎさんは良い子ですから」
ニッコリ笑うと白うさぎはほっとしたような顔をした。
白うさぎさんはアリスさんの妹だった。
真っ白くて長い髪の毛をツインテールにしている女の子だ。
赤と白と黒で統一された衣装にはトランプ柄が描かれていて、首から大きな懐中時計を提げている。
大きな瞳にニッコリと笑った口はアリスさんに似ているとボクは思っている。
「そうだ。白うさぎに用があったんだ」
赤ずきん君の声に白うさぎさんはビクッと身体を震わせた。
「な、なんですか?」
ボクの勘だけれど、恐らく白うさぎさんは赤ずきん君のことが苦手だ。
今もすぐにアリスさんにペッタリとくっついた。
「これ。お前のじゃねぇ?俺のバスケットに入ってた」
差し出されたリボンを見て白うさぎさんは「あ!」と声を上げた。
「ないと思っててん。お兄ちゃんがやったんやろ?」
「あれ?オレやっけ?」
「わかんねぇけど入ってたぜ」
「そう言えばこの間赤ずきんちゃんが遊びに来た時入れたかもしれんわ。白うさぎがいつも入れとるカゴに似とったから」
「赤ずきんさん、わざわざすみません。おおきに」
「あぁ、気にすんな」
ペコッと頭を下げる白うさぎさんに対し、赤ずきん君は首を振る。
「そう言えば白雪ちゃんはウチ来るん初めてやんな?」
「はい」
「気になった物があったら言うてや。説明したるわ、白うさぎが」
「自分でやりぃ」
ジト目でアリスさんを睨む白うさぎさんだったが、ボクの方を見て笑った。
「せやけど白雪さんに聞かれたら何でも答えるんで言うて下さいね」
「ありがとうございます」
白うさぎさんは「ちょっと席外すわ」と残しリボンを持って別の部屋へ向かって行った。
いくつか見える部屋のドアは赤と白と黒で、白うさぎさんらしいと思った。
家の中はどれも白うさぎさんの為に作られたような装飾が多いように感じる。
それが何となく──違和感だった。
「どうした?」
赤ずきん君に顔を覗き込まれて首を横に振る。
「ううん。奇抜な色遣いの物ばかりですごいなぁと思って」
「あー、白うさぎの趣味だからな。この家は白うさぎの家だし」
「え?」
「アリス。言っていいだろ?」
「ええよ。隠すことでもあらへんわ」
てっきり二人の家だと思っていたのだけれど、何やら事情があるらしい。
「アリスと白うさぎは本当の兄妹じゃねぇんだ」
「そうそう。俺はこの家に住ませてもらっとんねん。白うさぎの兄ってことにしてな」
「えっと……何故ですか?」
「俺、此処に来る前の記憶ないねん。気付いたらレドニアにおって、拾ってくれたんが白うさぎやった」
「え……」
アリスさんが記憶喪失だということも初耳だった。ボクより早くレドニアにいた彼は昔からレドニアに住んでいるのだと思っていた。
「白うさぎが此処に住ませたるからボクのお兄ちゃんになってって言ってきたからええよって」
「では……喋り方も?」
「そう。白うさぎの喋り方が移ったんや」
「逆かと思っていました」
初めてこの家に来たとはいえ、二人と親交はあった。アリスさんと赤ずきん君が親友だということは勿論知っているし、ボクは白うさぎさんと仲が良い。
厳密には仲が良いというよりは一方的に憧れを抱かれていると言った方が良いかもしれない。
ボクは白うさぎさんを友達だと思っているけれど、彼女はボクを崇拝していた。
「白うさぎが喋っとると思っとったんやけど、言うてへんかったみたいやね」
「はい。初めて知りました。それに二人は似ているからそんなこと考えたこともなかったです」
白うさぎさんと二人で会うと、彼女はボクの話を聞きたがる。
「何でもいいから白雪さんの話が聞きたいです」と彼女は目を輝かせるのだった。彼女が自分の話をすることは滅多にない。
だから物体の色を消す魔法のことも知らなかった。
「ま、色々あったし白うさぎにとっても良い思い出ってわけでもないのかもしれんわ。いつかアイツが話したい言うたら聞いてやってな」
コクリと頷く。同時に白うさぎさんが戻ってきた。
ツインテールにリボンがくっついている。
「やっぱりその方がええで、白うさぎ」
「ボクもそう思うわ。ないと落ち着かへんね」
改めて二人を見る。血が繋がっていないと知ってもやっぱりボクには似ているように見える。
「何が」というわけではないが「何か」が似ていると思う。
じっと見つめていると白うさぎさんが首を傾げた。
「どうしました?」
「あ、すみません。リボン、似合ってますね」
「ありがとうございます。白雪さんに褒めて頂けるなんて光栄です」
キラキラとした瞳で言われれば、苦笑するしかない。
「何でそんなに白雪のこと尊敬してんだ?」
礼儀や常識を持ち合わせていない赤ずきん君は単刀直入に尋ねた。
白うさぎさんは目を輝かせたまま答える。
「まず、お優しい所。白雪さんがレドニアに来て下さってから野に咲く花も活き活きとし始めました。それは白雪さんが毎日お声を掛けて下さっているからです」
「へぇ。確かに」
「次に魔力が高く、難度の高い魔法も扱える所。並大抵の魔法使いでは辿り着けない域にいらっしゃいます」
「あの……それぐらいでいいです」
これ以上褒め言葉を羅列されるのは恥ずかしかった。遮ると白うさぎさんは不服そうな顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻す。
「そういうことです。赤ずきんさん」
「理解した。どうも」
ゴクリと紅茶を飲み干した赤ずきん君は「白雪、そろそろ行くか」とボクの方を見た。
時計を見れば夕方。思った以上に長居してしまったらしい。
「うん。ボクはいつでも」
同時に立ち上がるとアリスさんも立ち上がってくれた。
「また来てな。いつでも暇しとるから」
「おう、またな。ってか今度の──」
2人で話し始めたのを見て一歩下がる。着いていくように歩いていると白うさぎさんが隣にくっついていた。
「もしかしてお兄ちゃんに聞きました?」
「……はい。ビックリしました。それと、気になっていたことがあるんですが……赤ずきん君のこと苦手ですよね?」
「苦手です。恋人の白雪さんにこんなことを言うのは失礼ですが、どうしても怖くて」
「少し乱暴な雰囲気だから誤解されやすいんですよね、彼は。誰にでも苦手な人はいますし、気にしないで下さい」
「それに──何となく勘が鋭そうで」
「勘?」
「いえ、何でもないです。また来て下さいね」
ニコリと笑って白うさぎさんはボクに手を振った。
ちょうど2人も会話が終わっていたらしく、赤ずきん君の隣に並んで手を振った。
「すげぇ家だっただろ」
「外観もそうだけど内装も凄かったね。時計は逆向きに進むし、一瞬何時か分からなかったよ」
「不思議の国の家だってアリスは言ってたぜ」
「ボクも同じこと思ったよ」
狂った時計も遠近感がおかしい絵も不思議だった。
それよりも不思議なのは最後の白うさぎさんだ。明らかに何かを隠しているような素振りだった。
勘が鋭い赤ずきん君が苦手だと言っていたことも気になる。
このことについて言おうか悩んで赤ずきん君に視線を向ける。
「何かあるんだろ?言っていいぜ」
「流石だね。ボクのこと何でもお見通しなんだから」
元より隠しきれる自信などなかった。
ボクは自分の考えと共に最後の白うさぎさんについて赤ずきん君に説明した。
「勘が鋭いって言葉が気になるんだよね。何か気付かれたくないことがあって、それに赤ずきん君が気付きそう──みたいな」
言い終えて赤ずきん君を見ると彼は足を止め、額を押さえて眉を険しく寄せていた。
滅多に見ない表情に緊張感が走る。
黙って待っていると赤ずきん君が「そうか」と呟いた。
「赤ずきん君?」
「もしかしたら……俺は……」
「……」
「だとしたら……アリス……!」
ギリッと歯を食いしばる赤ずきん君は怒っているようにも困惑しているようにも見えた。
「赤ずきん君」
ぽんと肩に手を置くと、赤ずきん君はハッとしたような顔をした。
「悪ぃ。俺の仮説が正しければアリスはもしかしたら──白うさぎに記憶を奪われたのかもしれない」
「え……?」
あまりにも衝撃的な言葉だった。
「だって白うさぎさんはアリスさんを救ったんじゃ……」
「逆だとしたら?アリスが此処に来てすぐに白うさぎが記憶を奪った。記憶を失ったアリスは白うさぎの言うことを信じるしかなかった」
「そ、そんな……」
「あくまでも仮説だ。俺の予測でしかない。でも……そう考えれば辻褄が合う」
苦悶の表情を浮かべる赤ずきん君にぴたりと寄り添う。
支えなければ倒れてしまいそうだった。
「どうしたらいい……アリスに言う訳には……」
「赤ずきん君。とりあえず一緒に帰ろう?家で落ち着いて考えた方がいいよ」
「そうだな。サンキュ、白雪」
ふわっと笑ってくれた赤ずきん君を見てほっとする。
──けれどボクたちは、自分の意思で帰ることは出来なかった。
「嫌やなぁ、ほんま」
そんな呟きが聞こえて振り返って、そして──時間が巻き戻される。
「気付かなくてええねん、そないなこと」
白うさぎは首から提げた懐中時計の針をくるくると回す。
「どうせなかったことになるんやからええけど」
ニヤッと笑った白うさぎは軽々と2人を持ち上げ、運んだ。
白雪は白雪の家に、赤ずきんは赤ずきんの家に。
「あ、せや。これは取っておかんと。また来られたら困るからなぁ」
時間を巻き戻した所為で赤ずきんのバスケットに再び戻った2つのリボンを取り上げる。
「お兄ちゃんは絶対に渡さへん。ボクのモンやから」
何事もなかったかのように赤ずきんの家を出た白うさぎはピョンと跳ねながら自分の家に向かう。
「ラン♪ラン♪」
楽しそうに、楽しそうに。
「お兄ちゃん、ただいま」
「おかえり、白うさぎ。何処行ってたん?」
「ちょっとそこまでや」
そしてもう1度「今日」を繰り返せばいい。
──この世界なんて全部ボクの思い通りなんやから。
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