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赤ずきんくんと白雪くん。第9話
「ご馳走様。それじゃ、赤ずきん君。また明日」
「おぅ。気を付けろよ」
「ありがとう。赤ずきん君もね」
ひらひらと手を振る白雪。
今日も朝から一緒にいたけれど、用があるらしい白雪はご飯を食べた後、昼過ぎに俺の家を出て行った。
1人になった俺は途端に何もやる気がなくなってしまった。
つくづく自分の原動力は白雪なのだと思い知らされる。
(ま、不快ではねぇけど)
そもそも白雪がいなければ俺の人生は終わったも同然だ。
烏滸がましい言い方をすれば白雪の為に生きているようなもの。
自分の重すぎる愛に嫌気がさす。
白雪本人には絶対言えない。
(やべぇ、自己嫌悪になってんな。出掛けるか)
負のループにハマるといつもこうだ。
1回ハマるとなかなか抜け出せない。
こういう時は気分転換に限る、と俺は適当に出掛ける準備をしてバスケットを掴んだ。
ドアを開けると暖かい風が吹いていた。
「……」
何となく感じた違和感──何かが変わりそうな予感。
「ま、いいか」
勘が鋭い俺にも細かいことは分からない。
フードをすっぽり被って外に出た。
「おー、1人なんて珍しいやん。初めて見たわ」
「初めては大袈裟だろ。お前に会いに来る時は大体1人だっての、アリス」
俺が向かった先はアリスの家だった。
ふらりと足が向いただけで、特別用事があったわけではないのだけれどアリスは快く迎え入れてくれた。
「せやな。ほな今日も赤ずきんちゃん独り占めさせてもらおかな」
「アリスが暇で良かったぜ。負のループ入り掛けてたから誰かと話したかったんだ」
「そか。赤ずきんちゃんもそういう時あるんやね。ちょうどええわ。俺も赤ずきんちゃんに話したいことあってな」
困ったように笑うアリス。
一応笑ってはいるが、いつもの笑みはなく、本気で困ったことがあったのは明白だった。
「どうした?」
「あとで言うわ。どこか行く?それか庭園にお菓子持ってこか?」
「後者で」
「了解。ほな先行っててや」
家に戻って行ったアリスと逆の道を行く。
白うさぎの家には薔薇の庭園があり、その真ん中には椅子と机が備え付けられている。
アリスと白うさぎはそこでよくお茶会をしているらしい。
白うさぎにとってはこの上なく幸せな時間なのだと白雪を通して教えてもらった。
きっとアリスも同じ気持ちだろう。
感情にズレがあったとしても、互いに「好き」であることは変わらないのだから。
(アリスの言いたいことか……何だろうな)
椅子に座って考える。
家に出た瞬間に感じた違和感、自然と向いた足。
俺がアリスの家に来たのは必然だったのかもしれない。自分の勘の鋭さはまだまだ鈍っていないようだ。
(とはいえ検討もつかねぇけど)
5分ほど経ってアリスが来た。隣には白うさぎの姿もある。
お菓子が載ったトレーを持っているのは白うさぎの方で、きっとアリスはまた怒られたのだろう。
「本当お兄ちゃんってば紅茶も淹れられないんやから」
「すまんって。白うさぎが暇で助かったわ」
「もう」
そう怒りつつも白うさぎは嬉しそうだった。
大好きなアリスの役に立てたのだから当然と言えば当然だ。
「はい、赤ずきんさん」
「サンキュ。あれ?白うさぎは残らねぇの?」
「ボクはこれから買い出しに行くから。ほなね」
「おー、そっか。じゃあな」
机の上にお菓子や飲み物を並べてくれた白うさぎはぴょんぴょんと跳ねるように去って行った。
「白うさぎも大人になったよな」
「そうかもしれへん。昔は俺にぺったりくっついてたんやけどなぁ」
「お前の方が寂しかったりしてな」
「いずれそうなるかもしれへんわ。せやけどまあ今は白うさぎおらん方がええな」
「あぁ、話あるってやつな。どうした?」
淹れて貰った紅茶を一口飲み、対面に座るアリスに視線を向ける。
少し逡巡してから机に1冊の本を置いた。
いや、それは本というより──。
「日記か?」
「そう。俺の日記や。片付けしてたら見つけてん」
「見つけた?自分の日記だろ?毎日書いてたんじゃねぇの?」
「ちゃうねん。今の俺は日記なんて書いてへんのや。これは昔の俺が書いてた日記」
いつもは強気な顔をしたアリスだが、今は眉を下げている。余程困っているのだろう。
それはそうだ。昔のアリスと言えばつまり──記憶を失う前のアリスだということなのだから。
「……自分のこと、知っちまったのか?」
「せやな。折角消してもろたのに」
「やっぱりお前は自分の意思で白うさぎに記憶を消してもらったんだな」
「そう書いてあったわ」
ヒラヒラと手を振るアリスは満身創痍のように見える。肉体的でなく精神的にやられているのは明白だった。
「アリス。話せる範囲でいいから話してくれ」
「赤ずきんちゃんに会ったら全部話すつもりやったんや。聞いてくれる?」
「勿論」
頷く俺にアリスはうっすらと笑った。
そして紅茶を一口飲み、語り始めた。
「日記は俺がここに来る1年ぐらい前から始まっとった。最初は自分に対する文句ばかりやった。その文句がほんまに酷くて自分で書いたと思いたくないんやけどな。見とく?」
日記を叩いて自嘲気味に笑うアリス。
俺は静かに首を横に振った。
「いや、いい。具体的にはどんな文句だったんだ?」
「ほぼ顔面やな」
「顔面?だってアリスは自分の顔が世界一可愛いっていつも言って……成程。そういうことか」
「相変わらず赤ずきんちゃんは察しがええな」
「良すぎて困るぜ」
「昔の顔」に文句ばかり言っていたアリスが「今の顔」を褒め称えている理由──それは整形したからに他ならない。
大嫌いだった自分の顔を自分好みに変えることで大好きな自分になったのだろう。
アリスが「今の」自分の顔が好きなのは突然だ。
「正解。流石やな、赤ずきんちゃん」
考えを述べるとアリスは笑って拍手した。
「容姿コンプレックスってやつやな。自分で自分のことを傷付けるぐらいには嫌いやったみたいや。生憎俺は自分の昔の顔なんて覚えてへんけど、日記読む限り酷かったんやと思う。容姿を気にし過ぎて精神的に病んでたわ」
「そうか。それは……辛いな」
「整形すればええんやと気付いた頃から日記の文字が嬉々としてたわ。いざ整形して大好きな顔に変わった後は一気に幸せそうな言葉だらけになっててん。そしたら次はその嫌いやった顔を忘れたい、顔を変えた事実すら忘れたいと思うようになったみたいや」
「それはなんつーか……」
「都合ええよな。分かっとる。赤ずきんちゃんには俺の性格が歪んどることバレとるから言うけど、俺はきっと昔からそういう奴やったんや。いや、昔の方が酷かったかもしれん。良いことだけを残したい、嫌だったことは消したいって考えても不思議やないわ」
「……まあ、アリスが考えそうなことではあるな」
そしてアリスは本気で自分の記憶を消すことを考えた。
魔法使いにも得手不得手があるし、基本的には自分に対する魔法は掛けられないと聞いたことがある。
アリス自身、自分では記憶を消すことが出来ないと悟ったのだろう。
「日記に毎日調べとる形跡があったわ。誰かに消して貰う方法、その誰かを探す方法。顔を変えたことに満足した俺が次に目指したのは兎に角早く自分の記憶を消すことやった」
「それでレドニアに辿り着いたのか?」
「せや。魔法使いの街レドニアなら必ず記憶を消せる魔法使いがいると思った。魔女の噂は聞いとったし、いざとなったら魔女がおるからどうにでもなるやろって」
「お前は何処出身なんだ?」
「さあ?日記には街名なんて書いてへんかったから。ただ季節によって暑い、寒いってことは書いてあったな。四季がある場所やろね」
ククッと笑うアリスを見つめる。
これだけ過去を知っても昔の自分に興味は湧かないらしい。
「そうか。それならバルン地方かもしれねぇな。レドニアから結構距離はあるけど行けない距離じゃねぇし。で、此処で白うさぎに会ったわけか」
「せや。白うさぎが時間魔法を得意とすることは感覚で分かったって書いてあったわ。俺に恋してくれたんは偶然やったけど好都合やった」
「お前がハッキリ言ったのか?自分の記憶を消せって」
「日記には書いてなかったんやけど、恐らく遠回しに言うたんやと思う。例えば記憶がなくなれば此処にいるしかなくなるなぁ、とか。それっぽく言うて白うさぎを利用したんやないかな」
アリスのその予測は当たっているのだろう。
頭の回転が早いアリスならやりかねないし、やりそうなことだとも思う。
「つまりアリスにとっては誰でも良かったんだな」
「せや。白うさぎやなくても良かった。本人に言うたら怒られてまうけど。折角記憶消してもろたのにまさか日記で思い出すなんてなぁ。俺も詰めが甘いわ」
ははっと空笑いするアリスは自分に呆れているのかもしれない。
気持ちは分かる。俺がアリスと同じ立場だとしたら同じことを思うだろう。
実際に思い出すことはなくても、書かれていることが事実だということは理解出来てしまうから。
「……なんつーか、気休めにもなんねぇかもしれねぇけど俺は今のアリス好きだぜ。自分が世界一可愛くて、紅茶も淹れられないぐらい不器用で、歪んだ性格のお前が」
「おおきに、赤ずきんちゃん。ほんま赤ずきんちゃんは顔に似合わずええ子やんなぁ」
「ええ子ではねぇけど。でも此処でお前に会えて良かったと思ってるぜ、マジで」
「俺も赤ずきんちゃんに会えて良かったわ。先に恋してへんかったら赤ずきんちゃんに惚れてたかもなぁ」
「そ、そうか」
アリスの想い人と言えば、1人だけ思い当たる人物がいる。
それについて聞こうか悩んでいると、俺の考えを読んだかのようにアリスが言った。
「そう、帽子屋ちゃんのことやで。出会ってからずっと好きなんや」
「まぁ、良い奴だよな。俺も沢山世話になってるから分かるぜ」
「赤ずきんちゃんのことよう褒めとるで。帽子屋ちゃんのお気に入りみたいや」
「魔法使いじゃない奴が珍しいから俺で遊んでんだろ。アリスは帽子屋の何処が好きなんだ?」
「んー……」
口元に手をあてる仕草で悩むアリスはまるで恋する乙女のような顔をしていて、本気で好きなのだということが伝わってくる。
今日見た中で一番幸せそうな顔だ。
「不思議なとこやな。誰よりも不思議ちゃんやん?ま、正体は幽霊なんやけどな」
「え!?そうなのか?」
「せやで。しつこく通ってしつこく告白したら教えてくれたんや。幽霊やから俺とは付き合えんって」
謎に包まれた帽子屋の正体については何度も考えたし、何度も本人に問うたことがある。
俺に対しては有耶無耶にしていたが、俺よりしつこいアリスにはしっかりと説明したらしい。
「マジか……幽霊だとは思わなかった」
「幽霊とは言っても魔法使いやからな。実体はあるし活動も出来るんやって。ただレドニアからは一生出れへん」
「成程。確かに色々合致がいくな」
帽子屋のお茶会では帽子屋の思うままになっていたこと。
何も言わなくても何もかも理解していること。
常に誰よりも先のことを知っていること。
居るようで居ないような存在であること。
「幽霊の魔法使いだから」で説明がつくことばかりだった。
「最初は冗談やろって思ったんや。俺の告白を躱したいが為に嘘ついとるんやって。あまりにも俺が信じへんから一緒にレドニアの外に行くって言うてくれて、外に出たらほんまに消えてしもた」
「……そうか」
泣き出しそうな顔をしたアリスはその時のことを思い出しているのだろう。
好きな人が隣で消える瞬間など──考えたくもない。
「せやから諦めてって言われたわ。好きでいてもええことなんてないって。せやけどそういうもんやないやん?今の赤ずきんちゃんなら分かると思うけど」
「あぁ、そうだな」
「嫌いになれるもんならなっとるよって笑ったら帽子屋ちゃんも笑っとった。叶わなくてもええから好きでいさせて欲しいって言うたら頷いてくれたから──正体知ってもずっと好きでいるんや」
ニコリと笑うアリス。痛みに耐えるようなその笑顔は辛そうで、けれど幸せそうだった。
「代わりに誰も知らん本名を教えてもろた。せめてものプレゼントって。この前間違えて言うてしもたけど」
ペロッと舌を出したアリスに俺は笑顔を返した。
「そうだっけか?もう忘れちまった」
「ははっ、おおきにな。赤ずきんちゃん」
「俺も白雪も忘れっぽいんだ。安心しろって。今でも帽子屋の名前はお前しか知らねぇよ」
しょうもない嘘だと自分でも思う。
それでもアリスは笑ってくれた。
「優しいなぁ、ほんま。チェシャ猫も見習って欲しいわ」
「そういやチェシャ猫とは何であんなに仲悪ぃんだ?会う度に喧嘩してるよな」
「俺の恋心をからかうからや」
「あぁ。成程。アイツならやりかねないな」
チェシャ猫は悪戯が好きだ。特に恋愛に関しては弄ってくることが多い。
「帽子屋ちゃんに恋してすぐチェシャ猫にバレたんや。無駄やって何回も何回も言われて鬱陶しいなって喧嘩になったんが最初」
「つまりチェシャ猫はアリスより先に帽子屋の正体を知ってたってことか?」
「せや。俺が帽子屋ちゃんの正体を知った後はだから言ったんだってまた何回も何回も言われてん。その時もまた喧嘩したわ。その件以外でも合わへんねん、アイツとは」
「チェシャ猫と合う奴もなかなかいねぇだろうな」
決して悪い奴ではないけれど、掴み所がなくて分かりにくい。
尚且つ正反対のことばかり言ってこちらを混乱させてくるし、その混乱を楽しんでいる節がある。
俺は嫌いではないが、癖があるチェシャ猫を苦手な人も多かった。
アリスもその1人なのだろう。
最もチェシャ猫はアリスに対してだけは他者と違う対応をしているから、別の想いがあるのかもしれない。
「はーっ、沢山喋ったわ。気付いたらこないに暗くなっとったし」
言われて初めて空に星が昇っていることに気付く。
机の上のお菓子とお茶もすっかりなくなっていた。
「ありがとな、アリス。色々教えてくれて」
「こちらこそやで。聞いてくれておおきに」
「聞くぐらいしか出来ねぇけどお前が少しでもスッキリしたなら良かったぜ」
「日記見つけて読んでしもてからモヤモヤしとったから赤ずきんちゃんが来てくれて助かったわ」
「たまたまお前に会いに行こうと思ったんだ。まだまだ俺の勘は鋭いみてぇだわ」
「ふふっ、せやな。ほんまに赤ずきんちゃんの勘は侮れへんなぁ」
「じゃ、帰るわ。また遊びに来る」
「いつでも来てや」
ニッコリ笑ったアリスは最初よりもずっと元気そうだった。
夜道、自分の家へと歩いていると近くに気配を感じた。俺の一番好きな気配。
「お、白雪」
近付いて声を掛ける。見上げた白雪は俺を見てぱあっと笑った。
「赤ずきん君!偶然だね、嬉しいな。今から帰る所?」
「そ。アリスの所に行ってたんだ」
「そうなんだ。楽しかった?」
「まぁな。それより聞いて欲しい話が沢山ある」
「じゃあ赤ずきんくん家に泊まろうかな」
「そうしてくれ」
白雪の手を握る。
あまりにも多くのことを聞き過ぎて上手く伝えられるか分からないけれど。
それでも──聞いて欲しいと思った。
俺の親友は最高の恋をしているんだということを。
「おぅ。気を付けろよ」
「ありがとう。赤ずきん君もね」
ひらひらと手を振る白雪。
今日も朝から一緒にいたけれど、用があるらしい白雪はご飯を食べた後、昼過ぎに俺の家を出て行った。
1人になった俺は途端に何もやる気がなくなってしまった。
つくづく自分の原動力は白雪なのだと思い知らされる。
(ま、不快ではねぇけど)
そもそも白雪がいなければ俺の人生は終わったも同然だ。
烏滸がましい言い方をすれば白雪の為に生きているようなもの。
自分の重すぎる愛に嫌気がさす。
白雪本人には絶対言えない。
(やべぇ、自己嫌悪になってんな。出掛けるか)
負のループにハマるといつもこうだ。
1回ハマるとなかなか抜け出せない。
こういう時は気分転換に限る、と俺は適当に出掛ける準備をしてバスケットを掴んだ。
ドアを開けると暖かい風が吹いていた。
「……」
何となく感じた違和感──何かが変わりそうな予感。
「ま、いいか」
勘が鋭い俺にも細かいことは分からない。
フードをすっぽり被って外に出た。
「おー、1人なんて珍しいやん。初めて見たわ」
「初めては大袈裟だろ。お前に会いに来る時は大体1人だっての、アリス」
俺が向かった先はアリスの家だった。
ふらりと足が向いただけで、特別用事があったわけではないのだけれどアリスは快く迎え入れてくれた。
「せやな。ほな今日も赤ずきんちゃん独り占めさせてもらおかな」
「アリスが暇で良かったぜ。負のループ入り掛けてたから誰かと話したかったんだ」
「そか。赤ずきんちゃんもそういう時あるんやね。ちょうどええわ。俺も赤ずきんちゃんに話したいことあってな」
困ったように笑うアリス。
一応笑ってはいるが、いつもの笑みはなく、本気で困ったことがあったのは明白だった。
「どうした?」
「あとで言うわ。どこか行く?それか庭園にお菓子持ってこか?」
「後者で」
「了解。ほな先行っててや」
家に戻って行ったアリスと逆の道を行く。
白うさぎの家には薔薇の庭園があり、その真ん中には椅子と机が備え付けられている。
アリスと白うさぎはそこでよくお茶会をしているらしい。
白うさぎにとってはこの上なく幸せな時間なのだと白雪を通して教えてもらった。
きっとアリスも同じ気持ちだろう。
感情にズレがあったとしても、互いに「好き」であることは変わらないのだから。
(アリスの言いたいことか……何だろうな)
椅子に座って考える。
家に出た瞬間に感じた違和感、自然と向いた足。
俺がアリスの家に来たのは必然だったのかもしれない。自分の勘の鋭さはまだまだ鈍っていないようだ。
(とはいえ検討もつかねぇけど)
5分ほど経ってアリスが来た。隣には白うさぎの姿もある。
お菓子が載ったトレーを持っているのは白うさぎの方で、きっとアリスはまた怒られたのだろう。
「本当お兄ちゃんってば紅茶も淹れられないんやから」
「すまんって。白うさぎが暇で助かったわ」
「もう」
そう怒りつつも白うさぎは嬉しそうだった。
大好きなアリスの役に立てたのだから当然と言えば当然だ。
「はい、赤ずきんさん」
「サンキュ。あれ?白うさぎは残らねぇの?」
「ボクはこれから買い出しに行くから。ほなね」
「おー、そっか。じゃあな」
机の上にお菓子や飲み物を並べてくれた白うさぎはぴょんぴょんと跳ねるように去って行った。
「白うさぎも大人になったよな」
「そうかもしれへん。昔は俺にぺったりくっついてたんやけどなぁ」
「お前の方が寂しかったりしてな」
「いずれそうなるかもしれへんわ。せやけどまあ今は白うさぎおらん方がええな」
「あぁ、話あるってやつな。どうした?」
淹れて貰った紅茶を一口飲み、対面に座るアリスに視線を向ける。
少し逡巡してから机に1冊の本を置いた。
いや、それは本というより──。
「日記か?」
「そう。俺の日記や。片付けしてたら見つけてん」
「見つけた?自分の日記だろ?毎日書いてたんじゃねぇの?」
「ちゃうねん。今の俺は日記なんて書いてへんのや。これは昔の俺が書いてた日記」
いつもは強気な顔をしたアリスだが、今は眉を下げている。余程困っているのだろう。
それはそうだ。昔のアリスと言えばつまり──記憶を失う前のアリスだということなのだから。
「……自分のこと、知っちまったのか?」
「せやな。折角消してもろたのに」
「やっぱりお前は自分の意思で白うさぎに記憶を消してもらったんだな」
「そう書いてあったわ」
ヒラヒラと手を振るアリスは満身創痍のように見える。肉体的でなく精神的にやられているのは明白だった。
「アリス。話せる範囲でいいから話してくれ」
「赤ずきんちゃんに会ったら全部話すつもりやったんや。聞いてくれる?」
「勿論」
頷く俺にアリスはうっすらと笑った。
そして紅茶を一口飲み、語り始めた。
「日記は俺がここに来る1年ぐらい前から始まっとった。最初は自分に対する文句ばかりやった。その文句がほんまに酷くて自分で書いたと思いたくないんやけどな。見とく?」
日記を叩いて自嘲気味に笑うアリス。
俺は静かに首を横に振った。
「いや、いい。具体的にはどんな文句だったんだ?」
「ほぼ顔面やな」
「顔面?だってアリスは自分の顔が世界一可愛いっていつも言って……成程。そういうことか」
「相変わらず赤ずきんちゃんは察しがええな」
「良すぎて困るぜ」
「昔の顔」に文句ばかり言っていたアリスが「今の顔」を褒め称えている理由──それは整形したからに他ならない。
大嫌いだった自分の顔を自分好みに変えることで大好きな自分になったのだろう。
アリスが「今の」自分の顔が好きなのは突然だ。
「正解。流石やな、赤ずきんちゃん」
考えを述べるとアリスは笑って拍手した。
「容姿コンプレックスってやつやな。自分で自分のことを傷付けるぐらいには嫌いやったみたいや。生憎俺は自分の昔の顔なんて覚えてへんけど、日記読む限り酷かったんやと思う。容姿を気にし過ぎて精神的に病んでたわ」
「そうか。それは……辛いな」
「整形すればええんやと気付いた頃から日記の文字が嬉々としてたわ。いざ整形して大好きな顔に変わった後は一気に幸せそうな言葉だらけになっててん。そしたら次はその嫌いやった顔を忘れたい、顔を変えた事実すら忘れたいと思うようになったみたいや」
「それはなんつーか……」
「都合ええよな。分かっとる。赤ずきんちゃんには俺の性格が歪んどることバレとるから言うけど、俺はきっと昔からそういう奴やったんや。いや、昔の方が酷かったかもしれん。良いことだけを残したい、嫌だったことは消したいって考えても不思議やないわ」
「……まあ、アリスが考えそうなことではあるな」
そしてアリスは本気で自分の記憶を消すことを考えた。
魔法使いにも得手不得手があるし、基本的には自分に対する魔法は掛けられないと聞いたことがある。
アリス自身、自分では記憶を消すことが出来ないと悟ったのだろう。
「日記に毎日調べとる形跡があったわ。誰かに消して貰う方法、その誰かを探す方法。顔を変えたことに満足した俺が次に目指したのは兎に角早く自分の記憶を消すことやった」
「それでレドニアに辿り着いたのか?」
「せや。魔法使いの街レドニアなら必ず記憶を消せる魔法使いがいると思った。魔女の噂は聞いとったし、いざとなったら魔女がおるからどうにでもなるやろって」
「お前は何処出身なんだ?」
「さあ?日記には街名なんて書いてへんかったから。ただ季節によって暑い、寒いってことは書いてあったな。四季がある場所やろね」
ククッと笑うアリスを見つめる。
これだけ過去を知っても昔の自分に興味は湧かないらしい。
「そうか。それならバルン地方かもしれねぇな。レドニアから結構距離はあるけど行けない距離じゃねぇし。で、此処で白うさぎに会ったわけか」
「せや。白うさぎが時間魔法を得意とすることは感覚で分かったって書いてあったわ。俺に恋してくれたんは偶然やったけど好都合やった」
「お前がハッキリ言ったのか?自分の記憶を消せって」
「日記には書いてなかったんやけど、恐らく遠回しに言うたんやと思う。例えば記憶がなくなれば此処にいるしかなくなるなぁ、とか。それっぽく言うて白うさぎを利用したんやないかな」
アリスのその予測は当たっているのだろう。
頭の回転が早いアリスならやりかねないし、やりそうなことだとも思う。
「つまりアリスにとっては誰でも良かったんだな」
「せや。白うさぎやなくても良かった。本人に言うたら怒られてまうけど。折角記憶消してもろたのにまさか日記で思い出すなんてなぁ。俺も詰めが甘いわ」
ははっと空笑いするアリスは自分に呆れているのかもしれない。
気持ちは分かる。俺がアリスと同じ立場だとしたら同じことを思うだろう。
実際に思い出すことはなくても、書かれていることが事実だということは理解出来てしまうから。
「……なんつーか、気休めにもなんねぇかもしれねぇけど俺は今のアリス好きだぜ。自分が世界一可愛くて、紅茶も淹れられないぐらい不器用で、歪んだ性格のお前が」
「おおきに、赤ずきんちゃん。ほんま赤ずきんちゃんは顔に似合わずええ子やんなぁ」
「ええ子ではねぇけど。でも此処でお前に会えて良かったと思ってるぜ、マジで」
「俺も赤ずきんちゃんに会えて良かったわ。先に恋してへんかったら赤ずきんちゃんに惚れてたかもなぁ」
「そ、そうか」
アリスの想い人と言えば、1人だけ思い当たる人物がいる。
それについて聞こうか悩んでいると、俺の考えを読んだかのようにアリスが言った。
「そう、帽子屋ちゃんのことやで。出会ってからずっと好きなんや」
「まぁ、良い奴だよな。俺も沢山世話になってるから分かるぜ」
「赤ずきんちゃんのことよう褒めとるで。帽子屋ちゃんのお気に入りみたいや」
「魔法使いじゃない奴が珍しいから俺で遊んでんだろ。アリスは帽子屋の何処が好きなんだ?」
「んー……」
口元に手をあてる仕草で悩むアリスはまるで恋する乙女のような顔をしていて、本気で好きなのだということが伝わってくる。
今日見た中で一番幸せそうな顔だ。
「不思議なとこやな。誰よりも不思議ちゃんやん?ま、正体は幽霊なんやけどな」
「え!?そうなのか?」
「せやで。しつこく通ってしつこく告白したら教えてくれたんや。幽霊やから俺とは付き合えんって」
謎に包まれた帽子屋の正体については何度も考えたし、何度も本人に問うたことがある。
俺に対しては有耶無耶にしていたが、俺よりしつこいアリスにはしっかりと説明したらしい。
「マジか……幽霊だとは思わなかった」
「幽霊とは言っても魔法使いやからな。実体はあるし活動も出来るんやって。ただレドニアからは一生出れへん」
「成程。確かに色々合致がいくな」
帽子屋のお茶会では帽子屋の思うままになっていたこと。
何も言わなくても何もかも理解していること。
常に誰よりも先のことを知っていること。
居るようで居ないような存在であること。
「幽霊の魔法使いだから」で説明がつくことばかりだった。
「最初は冗談やろって思ったんや。俺の告白を躱したいが為に嘘ついとるんやって。あまりにも俺が信じへんから一緒にレドニアの外に行くって言うてくれて、外に出たらほんまに消えてしもた」
「……そうか」
泣き出しそうな顔をしたアリスはその時のことを思い出しているのだろう。
好きな人が隣で消える瞬間など──考えたくもない。
「せやから諦めてって言われたわ。好きでいてもええことなんてないって。せやけどそういうもんやないやん?今の赤ずきんちゃんなら分かると思うけど」
「あぁ、そうだな」
「嫌いになれるもんならなっとるよって笑ったら帽子屋ちゃんも笑っとった。叶わなくてもええから好きでいさせて欲しいって言うたら頷いてくれたから──正体知ってもずっと好きでいるんや」
ニコリと笑うアリス。痛みに耐えるようなその笑顔は辛そうで、けれど幸せそうだった。
「代わりに誰も知らん本名を教えてもろた。せめてものプレゼントって。この前間違えて言うてしもたけど」
ペロッと舌を出したアリスに俺は笑顔を返した。
「そうだっけか?もう忘れちまった」
「ははっ、おおきにな。赤ずきんちゃん」
「俺も白雪も忘れっぽいんだ。安心しろって。今でも帽子屋の名前はお前しか知らねぇよ」
しょうもない嘘だと自分でも思う。
それでもアリスは笑ってくれた。
「優しいなぁ、ほんま。チェシャ猫も見習って欲しいわ」
「そういやチェシャ猫とは何であんなに仲悪ぃんだ?会う度に喧嘩してるよな」
「俺の恋心をからかうからや」
「あぁ。成程。アイツならやりかねないな」
チェシャ猫は悪戯が好きだ。特に恋愛に関しては弄ってくることが多い。
「帽子屋ちゃんに恋してすぐチェシャ猫にバレたんや。無駄やって何回も何回も言われて鬱陶しいなって喧嘩になったんが最初」
「つまりチェシャ猫はアリスより先に帽子屋の正体を知ってたってことか?」
「せや。俺が帽子屋ちゃんの正体を知った後はだから言ったんだってまた何回も何回も言われてん。その時もまた喧嘩したわ。その件以外でも合わへんねん、アイツとは」
「チェシャ猫と合う奴もなかなかいねぇだろうな」
決して悪い奴ではないけれど、掴み所がなくて分かりにくい。
尚且つ正反対のことばかり言ってこちらを混乱させてくるし、その混乱を楽しんでいる節がある。
俺は嫌いではないが、癖があるチェシャ猫を苦手な人も多かった。
アリスもその1人なのだろう。
最もチェシャ猫はアリスに対してだけは他者と違う対応をしているから、別の想いがあるのかもしれない。
「はーっ、沢山喋ったわ。気付いたらこないに暗くなっとったし」
言われて初めて空に星が昇っていることに気付く。
机の上のお菓子とお茶もすっかりなくなっていた。
「ありがとな、アリス。色々教えてくれて」
「こちらこそやで。聞いてくれておおきに」
「聞くぐらいしか出来ねぇけどお前が少しでもスッキリしたなら良かったぜ」
「日記見つけて読んでしもてからモヤモヤしとったから赤ずきんちゃんが来てくれて助かったわ」
「たまたまお前に会いに行こうと思ったんだ。まだまだ俺の勘は鋭いみてぇだわ」
「ふふっ、せやな。ほんまに赤ずきんちゃんの勘は侮れへんなぁ」
「じゃ、帰るわ。また遊びに来る」
「いつでも来てや」
ニッコリ笑ったアリスは最初よりもずっと元気そうだった。
夜道、自分の家へと歩いていると近くに気配を感じた。俺の一番好きな気配。
「お、白雪」
近付いて声を掛ける。見上げた白雪は俺を見てぱあっと笑った。
「赤ずきん君!偶然だね、嬉しいな。今から帰る所?」
「そ。アリスの所に行ってたんだ」
「そうなんだ。楽しかった?」
「まぁな。それより聞いて欲しい話が沢山ある」
「じゃあ赤ずきんくん家に泊まろうかな」
「そうしてくれ」
白雪の手を握る。
あまりにも多くのことを聞き過ぎて上手く伝えられるか分からないけれど。
それでも──聞いて欲しいと思った。
俺の親友は最高の恋をしているんだということを。
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美味しいご飯が傷ついた心を癒やし、やがて二人の絆を「永遠の伴侶」へと変えていく。
胃袋から始まり、下町の小さな食堂から王都の食を支える大商会へと成り上がる、心温まる異世界お料理&溺愛ファンタジー!
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!
脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~
季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」
その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。
ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。
ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。
明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。
だから、今だけは、泣いてもいいかな。
転生したら最強辺境伯に拾われました
マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。
死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。