1 / 1
キョーイゾン。
しおりを挟む
『♪キミがいないセカイはイミなんてなくて』
テレビから聞こえてきた歌。最近流行りのCMソング。
その声は世界一心地が良い。
『♪キミがいるこのセカイだけがボクのスベテ』
けれどそのフレーズを聞くのは少し気恥ずかしい。
何故ならこの歌詞を書いたのは俺だから。
そして歌を歌っているのは──片割れでもある双子の兄・風雅だ。
ガチャとドアが開く音がしてちょうど風雅が部屋に入ってきた。
「お、いい歌流れてんじゃん」
「たまたまCM流れてきたとこ。でもやっぱりチョコレートのCMには合ってない気がする」
「後から使いたいって言われたんだからいいんじゃねぇの?少なくとも俺たちの所為じゃねぇだろ」
「まぁね」
元々この曲は俺が趣味で作って風雅が趣味で歌っただけだった。
それをアップすると瞬く間に広がっていき、気付けば有名なチョコレートのCMソングに抜擢されていた。
最初は信じられなかった。企業に声を掛けられた時は疑う気持ちの方が大きかった。
楽観的な風雅は「使いてぇって言ってるならいいんじゃん?」と軽く捉えていたから詳細や契約等は全て俺が担当した。
テレビでCMが流れているのを見てようやく納得したぐらいだ。
俺たちは双子で、顔は似ているけれど性格は正反対なのだ。
それで良かったと思う。軽率な風雅と慎重な俺だからこそ上手く成り立っているのだろうから。
「けどマジな話、人生変わったよな。こんなことになると思わなかった」
風呂上がりの風雅はラフな格好でソファに座った。
パソコン作業している俺の視界に入る位置で寛ぎ始め、お気に入りの棒付きキャンディを取り出して咥えた。
「俺の方が有り得ないと思ってる。まだ信じられない部分もあるし」
「それは疑いすぎ。雷雅らしいとも言えるけど」
「だって出来過ぎだろ。適当に作って適当にアップした歌が大ヒットしてそのまま事務所に所属して人気者の地位に行くなんてさ」
「んー、俺たちがすげぇツイてたってことだろうな。こういうのって運とタイミングだろ?」
ははっと大きく笑う風雅。その楽観的なところにムカついた時もあるが救われた時の方が多い。
結局風雅のように生きて行った方が幸せなのだろう。
「それはそう。何ならマジでそれしかない」
風雅は歌が上手いし歌声もカッコいい。俺が作った歌はそれを存分に活かせている自信もある。
けれどそれだけだ。そんな歌手など掃いて捨てるほど存在している。
勝敗を分けたのは運とタイミング──まさに今、風雅が言った通りなのだ。
1曲目の「キミガスベテ」以降、話題になり過ぎた俺たちは急遽配信者になった。
事務所に求められていたこともあるが「どうせやるなら徹底的に」という思いがあったからだ。
顔出しをするつもりがなかった俺たちはとりあえず自分たちの代わりとなるイラストを作り軽く動かせるようにした。
元々パソコンが得意だった俺には何の問題もなかった。
とはいえ歌っているのは風雅一人だ。
だから風雅が前に出て、裏作業は自分が担当する──そうするつもりだったのだけれど、風雅が反対した。
「雷雅がいないなら配信しない」
その一言で方向性が決まったとも言える。
メイン配信は風雅が行い、たまに俺が参加する。その形で落ち着いた。
風雅の配信は歌と雑談がメインだ。
俺が描いたイラストが歌ったり喋ったりするのは純粋に嬉しかった。
昔から活発的な風雅と違って俺はインドア派だった。
パソコンもイラストもインドア派だったからこそ身についたとも言える。
独学で常識以上の知識がついたのは元来勉強熱心な部分があったからだろう。
そういう意味でも俺たちはバランスが良かった。
今、こうして上手くいっているのだから。
「てか今日、雑談配信していい?雷雅も出て欲しいんだけど」
「いいよ。新曲の宣伝も兼ねてるんでしょ?」
「お、流石雷雅。俺が浮かぶことは大体浮かんでんな」
立ち上がった風雅は俺の口に新しい棒付きキャンディを押し込んだ。
口内にイチゴ味が広がる。
「疲れた時には糖分ってな」
「そんなに疲れたように見えた?」
「あぁ。雷雅はいつも頑張り過ぎ」
ぽんぽんと優しく頭を撫でられる。
頑張っているのは表に出ている風雅の方で、自分の頑張りなどまだまだだと思わなくもない。
むしろずっとその思いが俺の中にある。
風雅以上に頑張らなければと勝手に思い込んでいるのだ。
きっとそれは風雅に見透かされている。
だから頭を撫でられた後すぐにぺしりと叩かれた。
「いてっ」
「何で叩かれたのか分かってんだろ?」
「……うん」
「じゃあもうそんなこと考えんな」
風雅は食べ終わったキャンディの棒を遠くのゴミ箱に投げ捨てた。
今日も抜群の命中率だ。
「ありがと、風雅」
「礼はいいって。こっちが恥ずかしくなるから」
「だから言ったんだけど」
ククッと笑う俺に風雅は「ったく」と悪態づいた。
もう一度ソファにどかっと座り、両手を頭の後ろで組む。
その様子を見届けてから作業に戻る。
配信をするのならその準備をしなければ。
静かな部屋にカチカチとキーボードを叩く音だけが響く。
「……なぁ」
作業に集中していた所為で何分経ったかは分からない。
けれど風雅の声はいつだってしっかり届く。
視線を向ける。風雅は先程と変わらない姿勢でこちらを見ていた。
「何?」
「雷雅はこれで良かったのか?」
「これって……つまり現状ってこと?」
「そう。勝手に売れて勝手にこういう状況になったこと」
風雅があえてぶっきらぼうに言ったのは俺の為だろう。
文句を言うなら、不満を言うなら今だ、と。
不器用で優しい風雅らしい気遣いだ。
「本音言うと最初は展開が早過ぎてついていけなかった。俺は元々ゆっくり考えてから行動するタイプだし、考えるよりも先に世界が回っていくのが怖かった」
「だろうな。雷雅が無理してんのは見てて分かった」
「風雅の夢も知ってたけど自分の夢もあった。だから少しだけ悩んだこともあったけど、一番やりたいことが見つかったからこれで良かったと思ってるよ」
「一番やりたいこと?」
聞き返してきた風雅に笑顔だけで答える。その先を答えるつもりはなかった。
風雅ならきっともう分かっているはずだから。
代わりにパソコンを指差し「何時から?」と尋ねる。
「あ、悪い。22時でどう?雷雅が大丈夫なら、だけど」
22時まであと2時間ある。こくりと頷いた。
「じゃ、22時予定で配信ページ作っとく」
「サンキュ。さぁて、今日は何喋るかなぁ」
風雅は立ち上がって身体を伸ばした後、部屋を出て行った。
配信の準備をするのだろう。
それまでに俺も準備を終えなければ。
「こんばんはー!急に配信いれてごめんな。来てくれてありがと」
配信が始まり、隣に座る風雅が明るい声を出した。
パソコン画面にはイラストの風雅が映っていて同じ声で同じ言葉を喋った。
当たり前なのだけれど不思議な気持ちになる。
俺が描いた「風雅」は分かりやすくにこにこしている。
元気で活発な風雅をイラストにするなら明るい顔をしていた方がいいと勝手に判断した。
独断と偏見で描いたそのイラストを風雅はすごく褒めてくれた。
一方「雷雅」は分かりやすく不安げな顔をしている。
あまり前に出たがらない俺にはそれぐらいがちょうどいいはずだ。
ついでに風雅を緑髪、雷雅を金髪にしたのは俺たちの名前の由来である風神と雷神のイメージからだ。
仰々しい由来のような気もするが両親が付けてくれたこの名前を俺たちは気に入っていた。
なるべくイメージに合っている方が覚えてもらいやすいだろうという俺の目論見は恐らく当たった。
「おー、コメント沢山来てるってか今日すげぇ見てくれてんじゃん。ありがとな」
同接数を見れば既に1万人を超えていた。
配信を重ねる毎に増えていっているのは風雅の努力の成果だろう。
「てかコメントにめっちゃ雷雅くんは?って来るんだけど。いるって。雷雅も喋れよな」
「こんばんは」
促されて声を出すと画面に映っていた俺のイラストも喋り出す。
コメントが沢山流れて行く。目で追うのは諦めた。
「雷雅が出てくれるのは1ヶ月ぶりかな」
「多分それぐらいだと思う」
「ずっと曲作ってくれてたんだぜ。しかもすっげぇいい曲。聞きたいっしょ?」
風雅が煽るように尋ねれば「聞きたい!」と好意的なコメントが溢れかえる。
「実は明日公開しちゃいます。な、雷雅」
「お昼にはアップ出来ると思うので」
「今回もすげぇカッコ良く歌えたから絶対ぇ聞いて欲しい」
ニコニコした外見に反し、風雅の声は真剣だ。
常々「歌に対する思いだけは誰にも負けない」と言っている風雅は歌への情熱が強い。
だからこそ応援したいと思うのだ。
風雅が歌手になりたいという夢を叶えたからこそ、それが長く長く続くように。
俺に出来ることを全てやりたい、と。
「タイトル?タイトルは……どうしよっかなぁ」
タイトルだけでも聞きたいというコメントがいくつか流れ、風雅はそれを拾ったようだ。
ちらっとこっちを見て「どうする?」と視線で尋ねてくる。
「言っちゃえば?」
「雷雅がいいって言ったから言う。タイトルは「ボクノモノ」でMVも雷雅が作ってくれました」
パチパチと風雅のイラストが拍手をし、俺のイラストはぺこりとお辞儀をする。
「そー、雷雅めっちゃすげぇの。俺?俺もちょっとMV手伝ったって。でも9割雷雅がやってくれた」
「いやいや。俺がどれだけ曲とかMVとか作っても風雅が歌ってくれなかったら完成しないし。だから風雅の方がすごいって」
「それじゃあ雷雅に捨てられないようにしねぇとな」
「大丈夫。俺、風雅にしか歌作る気ないから」
俺たちの会話でコメント欄は大いに盛り上がっていた。
ファンが望んでいるのはこういうやり取りなのだということは薄々感付いていた。
正直それは好都合だった。
元より俺は風雅が大好きで大好きで大好きで仕方がない。
極論、風雅さえいれば生きていけると思っている。
「マジ?雷雅、やっさしー!」
隣に座る風雅もイラストと同じぐらいにこにこしていた。
配信中でなければ抱き着かれていたかもしれない。
その間もコメントは絶え間なく流れている。
風雅は適宜良いコメントを拾って紹介していく。
隣で聞きながら相槌を返すのが俺の仕事だった。
至って普通の配信だ。それでいいと思う。
終盤、風雅が俺宛のコメントを拾った。
「雷雅が書く歌詞、いつも独占欲強めだよねってコメント来てるけど?」
流石にファンは鋭い。歌詞を深く読み込んで自己解釈しているのだから当然だろう。
いつか気付かれて突っ込まれるとは思っていた。
「あー、そうだね。意図的にそうしてるわけじゃないけど完成した歌詞眺めると独占欲強めだなって俺も思う」
「無意識で書いてたってこと?」
「そう。多分そういう雰囲気が好きなんだろうね、俺」
画面に映る俺のイラストは困り眉のまま微かに笑う。
まるで今の自分の感情そのものを表しているようだ。
──それは嘘をついている顔。
無意識なんて嘘だ。意図的にしていないわけがない。
俺は明確に「独占欲」を書いている。
「成程な。けど雷雅が書く歌詞、俺にもぶっ刺さってるからやっぱすげぇいい歌詞だと思う」
「ありがとう」
もっと言えば歌詞は全て俺から風雅へのメッセージだ。
風雅がそれに気付いているかは分からないけれど。
1時間で配信を切り、風雅は身体を伸ばした。
「はああぁ、今日もいい配信だったな」
「すごく良かったと思う。お疲れ様」
「雷雅もな。ちょっと休もうぜ」
手招きをされ、一緒にソファへ行く。
座った途端覆い被さるように抱き締められた。
風雅に抱き着かれると幸せな気持ちになる。
満たされた俺はぎゅっと強く抱き締め返した。
そのまま数分静かな時が過ぎる。
先に口を開いたのは風雅だった。
「……なぁ、気付いてたぜ」
「何に?」
「お前が書く歌詞の意味」
抱き着いている所為で風雅の顔は見えない。
けれど声は真剣そのものだった。
「毎回独占欲が強めだってことも、」
風雅はそこで言葉を切ってバッと身体を離した。
そして俺を見て不敵に笑う。
「全部俺に対する言葉だってことも」
「!」
露骨に驚いた顔をしてしまった。
まさかそんなことを言われるとは思わなくて。
「俺が気付いてねぇと思ってたか?」
何も言えなかった。代わりに小さく頷いた。
風雅はククッと笑う。
「お前のことなんてお前より分かってるっての」
「すごい自信じゃん」
「あぁ。自信あるぜ。雷雅がどれだけ俺のこと好きだか理解してるしな」
「確かに。そうかもしれない。てかその言葉で確信した」
風雅が俺を好きだということは勿論分かっていたけれど、自分の想いはその倍以上だと思っていた。
俺は風雅さえいれば生きていける。風雅以外いなくなったって構わない。
だから自分は内気なのだと思う。他者との関わりを拒絶してきたから。
その理由はただひとつ。ずっと隣に風雅がいてくれて、それで満たされていたからだ。
反対に風雅は色んな人と関わりを持ってきた。友達だって沢山いるし、好きな人だって沢山いるはずだ。
それでも良かった。例え俺より好きな人がいたとしても俺は誰よりも風雅が好きだったから。
けれどもしかしたら風雅は──。
「雷雅は俺のことすげぇ好きだけど分かってねぇとこあるよな」
「そうだったみたい」
視線を交わした後、キスをする。
いつもより情熱的に感じたのは錯覚ではないだろう。
だから俺も強く返した。
唇の感覚がなくなるくらい長いキスの後、風雅は俺の耳元で囁いた。
「俺はお前のモンだしお前は俺のモンだから大丈夫」
甘い蜜のような言葉に頭が蕩けそうになる。
きっと風雅は俺と同じ気持ちだったのだ、ずっと。
俺と同じくお互いしか必要なくて、他はどうでもいいと思っている。
「ありがとう、風雅」
「こっちこそ。いつも感謝してる。お前がいなきゃ俺の歌手になるっていう夢は叶わなかったから」
「役に立てて光栄」
ニッコリと笑顔を作る。風雅は同じ笑顔で言った。
「あ、さっき言ってたお前の一番やりたかったことって──俺の役に立つこと?」
「そういうこと」
風雅の役に立って、ずっとずっと風雅と一緒にいること。
それに比べたら自分の夢など粗末なものだ。簡単に諦められる。
俺には風雅がいれば、それだけで。
「次の新曲のタイトル決めてもいいか?」
「いい案、浮かんだ?」
頷いた風雅は俺の首筋にキスを落としてから囁いた。
「キョーイゾン」
「最高」
世界一素敵な歌が出来る予感がした。
テレビから聞こえてきた歌。最近流行りのCMソング。
その声は世界一心地が良い。
『♪キミがいるこのセカイだけがボクのスベテ』
けれどそのフレーズを聞くのは少し気恥ずかしい。
何故ならこの歌詞を書いたのは俺だから。
そして歌を歌っているのは──片割れでもある双子の兄・風雅だ。
ガチャとドアが開く音がしてちょうど風雅が部屋に入ってきた。
「お、いい歌流れてんじゃん」
「たまたまCM流れてきたとこ。でもやっぱりチョコレートのCMには合ってない気がする」
「後から使いたいって言われたんだからいいんじゃねぇの?少なくとも俺たちの所為じゃねぇだろ」
「まぁね」
元々この曲は俺が趣味で作って風雅が趣味で歌っただけだった。
それをアップすると瞬く間に広がっていき、気付けば有名なチョコレートのCMソングに抜擢されていた。
最初は信じられなかった。企業に声を掛けられた時は疑う気持ちの方が大きかった。
楽観的な風雅は「使いてぇって言ってるならいいんじゃん?」と軽く捉えていたから詳細や契約等は全て俺が担当した。
テレビでCMが流れているのを見てようやく納得したぐらいだ。
俺たちは双子で、顔は似ているけれど性格は正反対なのだ。
それで良かったと思う。軽率な風雅と慎重な俺だからこそ上手く成り立っているのだろうから。
「けどマジな話、人生変わったよな。こんなことになると思わなかった」
風呂上がりの風雅はラフな格好でソファに座った。
パソコン作業している俺の視界に入る位置で寛ぎ始め、お気に入りの棒付きキャンディを取り出して咥えた。
「俺の方が有り得ないと思ってる。まだ信じられない部分もあるし」
「それは疑いすぎ。雷雅らしいとも言えるけど」
「だって出来過ぎだろ。適当に作って適当にアップした歌が大ヒットしてそのまま事務所に所属して人気者の地位に行くなんてさ」
「んー、俺たちがすげぇツイてたってことだろうな。こういうのって運とタイミングだろ?」
ははっと大きく笑う風雅。その楽観的なところにムカついた時もあるが救われた時の方が多い。
結局風雅のように生きて行った方が幸せなのだろう。
「それはそう。何ならマジでそれしかない」
風雅は歌が上手いし歌声もカッコいい。俺が作った歌はそれを存分に活かせている自信もある。
けれどそれだけだ。そんな歌手など掃いて捨てるほど存在している。
勝敗を分けたのは運とタイミング──まさに今、風雅が言った通りなのだ。
1曲目の「キミガスベテ」以降、話題になり過ぎた俺たちは急遽配信者になった。
事務所に求められていたこともあるが「どうせやるなら徹底的に」という思いがあったからだ。
顔出しをするつもりがなかった俺たちはとりあえず自分たちの代わりとなるイラストを作り軽く動かせるようにした。
元々パソコンが得意だった俺には何の問題もなかった。
とはいえ歌っているのは風雅一人だ。
だから風雅が前に出て、裏作業は自分が担当する──そうするつもりだったのだけれど、風雅が反対した。
「雷雅がいないなら配信しない」
その一言で方向性が決まったとも言える。
メイン配信は風雅が行い、たまに俺が参加する。その形で落ち着いた。
風雅の配信は歌と雑談がメインだ。
俺が描いたイラストが歌ったり喋ったりするのは純粋に嬉しかった。
昔から活発的な風雅と違って俺はインドア派だった。
パソコンもイラストもインドア派だったからこそ身についたとも言える。
独学で常識以上の知識がついたのは元来勉強熱心な部分があったからだろう。
そういう意味でも俺たちはバランスが良かった。
今、こうして上手くいっているのだから。
「てか今日、雑談配信していい?雷雅も出て欲しいんだけど」
「いいよ。新曲の宣伝も兼ねてるんでしょ?」
「お、流石雷雅。俺が浮かぶことは大体浮かんでんな」
立ち上がった風雅は俺の口に新しい棒付きキャンディを押し込んだ。
口内にイチゴ味が広がる。
「疲れた時には糖分ってな」
「そんなに疲れたように見えた?」
「あぁ。雷雅はいつも頑張り過ぎ」
ぽんぽんと優しく頭を撫でられる。
頑張っているのは表に出ている風雅の方で、自分の頑張りなどまだまだだと思わなくもない。
むしろずっとその思いが俺の中にある。
風雅以上に頑張らなければと勝手に思い込んでいるのだ。
きっとそれは風雅に見透かされている。
だから頭を撫でられた後すぐにぺしりと叩かれた。
「いてっ」
「何で叩かれたのか分かってんだろ?」
「……うん」
「じゃあもうそんなこと考えんな」
風雅は食べ終わったキャンディの棒を遠くのゴミ箱に投げ捨てた。
今日も抜群の命中率だ。
「ありがと、風雅」
「礼はいいって。こっちが恥ずかしくなるから」
「だから言ったんだけど」
ククッと笑う俺に風雅は「ったく」と悪態づいた。
もう一度ソファにどかっと座り、両手を頭の後ろで組む。
その様子を見届けてから作業に戻る。
配信をするのならその準備をしなければ。
静かな部屋にカチカチとキーボードを叩く音だけが響く。
「……なぁ」
作業に集中していた所為で何分経ったかは分からない。
けれど風雅の声はいつだってしっかり届く。
視線を向ける。風雅は先程と変わらない姿勢でこちらを見ていた。
「何?」
「雷雅はこれで良かったのか?」
「これって……つまり現状ってこと?」
「そう。勝手に売れて勝手にこういう状況になったこと」
風雅があえてぶっきらぼうに言ったのは俺の為だろう。
文句を言うなら、不満を言うなら今だ、と。
不器用で優しい風雅らしい気遣いだ。
「本音言うと最初は展開が早過ぎてついていけなかった。俺は元々ゆっくり考えてから行動するタイプだし、考えるよりも先に世界が回っていくのが怖かった」
「だろうな。雷雅が無理してんのは見てて分かった」
「風雅の夢も知ってたけど自分の夢もあった。だから少しだけ悩んだこともあったけど、一番やりたいことが見つかったからこれで良かったと思ってるよ」
「一番やりたいこと?」
聞き返してきた風雅に笑顔だけで答える。その先を答えるつもりはなかった。
風雅ならきっともう分かっているはずだから。
代わりにパソコンを指差し「何時から?」と尋ねる。
「あ、悪い。22時でどう?雷雅が大丈夫なら、だけど」
22時まであと2時間ある。こくりと頷いた。
「じゃ、22時予定で配信ページ作っとく」
「サンキュ。さぁて、今日は何喋るかなぁ」
風雅は立ち上がって身体を伸ばした後、部屋を出て行った。
配信の準備をするのだろう。
それまでに俺も準備を終えなければ。
「こんばんはー!急に配信いれてごめんな。来てくれてありがと」
配信が始まり、隣に座る風雅が明るい声を出した。
パソコン画面にはイラストの風雅が映っていて同じ声で同じ言葉を喋った。
当たり前なのだけれど不思議な気持ちになる。
俺が描いた「風雅」は分かりやすくにこにこしている。
元気で活発な風雅をイラストにするなら明るい顔をしていた方がいいと勝手に判断した。
独断と偏見で描いたそのイラストを風雅はすごく褒めてくれた。
一方「雷雅」は分かりやすく不安げな顔をしている。
あまり前に出たがらない俺にはそれぐらいがちょうどいいはずだ。
ついでに風雅を緑髪、雷雅を金髪にしたのは俺たちの名前の由来である風神と雷神のイメージからだ。
仰々しい由来のような気もするが両親が付けてくれたこの名前を俺たちは気に入っていた。
なるべくイメージに合っている方が覚えてもらいやすいだろうという俺の目論見は恐らく当たった。
「おー、コメント沢山来てるってか今日すげぇ見てくれてんじゃん。ありがとな」
同接数を見れば既に1万人を超えていた。
配信を重ねる毎に増えていっているのは風雅の努力の成果だろう。
「てかコメントにめっちゃ雷雅くんは?って来るんだけど。いるって。雷雅も喋れよな」
「こんばんは」
促されて声を出すと画面に映っていた俺のイラストも喋り出す。
コメントが沢山流れて行く。目で追うのは諦めた。
「雷雅が出てくれるのは1ヶ月ぶりかな」
「多分それぐらいだと思う」
「ずっと曲作ってくれてたんだぜ。しかもすっげぇいい曲。聞きたいっしょ?」
風雅が煽るように尋ねれば「聞きたい!」と好意的なコメントが溢れかえる。
「実は明日公開しちゃいます。な、雷雅」
「お昼にはアップ出来ると思うので」
「今回もすげぇカッコ良く歌えたから絶対ぇ聞いて欲しい」
ニコニコした外見に反し、風雅の声は真剣だ。
常々「歌に対する思いだけは誰にも負けない」と言っている風雅は歌への情熱が強い。
だからこそ応援したいと思うのだ。
風雅が歌手になりたいという夢を叶えたからこそ、それが長く長く続くように。
俺に出来ることを全てやりたい、と。
「タイトル?タイトルは……どうしよっかなぁ」
タイトルだけでも聞きたいというコメントがいくつか流れ、風雅はそれを拾ったようだ。
ちらっとこっちを見て「どうする?」と視線で尋ねてくる。
「言っちゃえば?」
「雷雅がいいって言ったから言う。タイトルは「ボクノモノ」でMVも雷雅が作ってくれました」
パチパチと風雅のイラストが拍手をし、俺のイラストはぺこりとお辞儀をする。
「そー、雷雅めっちゃすげぇの。俺?俺もちょっとMV手伝ったって。でも9割雷雅がやってくれた」
「いやいや。俺がどれだけ曲とかMVとか作っても風雅が歌ってくれなかったら完成しないし。だから風雅の方がすごいって」
「それじゃあ雷雅に捨てられないようにしねぇとな」
「大丈夫。俺、風雅にしか歌作る気ないから」
俺たちの会話でコメント欄は大いに盛り上がっていた。
ファンが望んでいるのはこういうやり取りなのだということは薄々感付いていた。
正直それは好都合だった。
元より俺は風雅が大好きで大好きで大好きで仕方がない。
極論、風雅さえいれば生きていけると思っている。
「マジ?雷雅、やっさしー!」
隣に座る風雅もイラストと同じぐらいにこにこしていた。
配信中でなければ抱き着かれていたかもしれない。
その間もコメントは絶え間なく流れている。
風雅は適宜良いコメントを拾って紹介していく。
隣で聞きながら相槌を返すのが俺の仕事だった。
至って普通の配信だ。それでいいと思う。
終盤、風雅が俺宛のコメントを拾った。
「雷雅が書く歌詞、いつも独占欲強めだよねってコメント来てるけど?」
流石にファンは鋭い。歌詞を深く読み込んで自己解釈しているのだから当然だろう。
いつか気付かれて突っ込まれるとは思っていた。
「あー、そうだね。意図的にそうしてるわけじゃないけど完成した歌詞眺めると独占欲強めだなって俺も思う」
「無意識で書いてたってこと?」
「そう。多分そういう雰囲気が好きなんだろうね、俺」
画面に映る俺のイラストは困り眉のまま微かに笑う。
まるで今の自分の感情そのものを表しているようだ。
──それは嘘をついている顔。
無意識なんて嘘だ。意図的にしていないわけがない。
俺は明確に「独占欲」を書いている。
「成程な。けど雷雅が書く歌詞、俺にもぶっ刺さってるからやっぱすげぇいい歌詞だと思う」
「ありがとう」
もっと言えば歌詞は全て俺から風雅へのメッセージだ。
風雅がそれに気付いているかは分からないけれど。
1時間で配信を切り、風雅は身体を伸ばした。
「はああぁ、今日もいい配信だったな」
「すごく良かったと思う。お疲れ様」
「雷雅もな。ちょっと休もうぜ」
手招きをされ、一緒にソファへ行く。
座った途端覆い被さるように抱き締められた。
風雅に抱き着かれると幸せな気持ちになる。
満たされた俺はぎゅっと強く抱き締め返した。
そのまま数分静かな時が過ぎる。
先に口を開いたのは風雅だった。
「……なぁ、気付いてたぜ」
「何に?」
「お前が書く歌詞の意味」
抱き着いている所為で風雅の顔は見えない。
けれど声は真剣そのものだった。
「毎回独占欲が強めだってことも、」
風雅はそこで言葉を切ってバッと身体を離した。
そして俺を見て不敵に笑う。
「全部俺に対する言葉だってことも」
「!」
露骨に驚いた顔をしてしまった。
まさかそんなことを言われるとは思わなくて。
「俺が気付いてねぇと思ってたか?」
何も言えなかった。代わりに小さく頷いた。
風雅はククッと笑う。
「お前のことなんてお前より分かってるっての」
「すごい自信じゃん」
「あぁ。自信あるぜ。雷雅がどれだけ俺のこと好きだか理解してるしな」
「確かに。そうかもしれない。てかその言葉で確信した」
風雅が俺を好きだということは勿論分かっていたけれど、自分の想いはその倍以上だと思っていた。
俺は風雅さえいれば生きていける。風雅以外いなくなったって構わない。
だから自分は内気なのだと思う。他者との関わりを拒絶してきたから。
その理由はただひとつ。ずっと隣に風雅がいてくれて、それで満たされていたからだ。
反対に風雅は色んな人と関わりを持ってきた。友達だって沢山いるし、好きな人だって沢山いるはずだ。
それでも良かった。例え俺より好きな人がいたとしても俺は誰よりも風雅が好きだったから。
けれどもしかしたら風雅は──。
「雷雅は俺のことすげぇ好きだけど分かってねぇとこあるよな」
「そうだったみたい」
視線を交わした後、キスをする。
いつもより情熱的に感じたのは錯覚ではないだろう。
だから俺も強く返した。
唇の感覚がなくなるくらい長いキスの後、風雅は俺の耳元で囁いた。
「俺はお前のモンだしお前は俺のモンだから大丈夫」
甘い蜜のような言葉に頭が蕩けそうになる。
きっと風雅は俺と同じ気持ちだったのだ、ずっと。
俺と同じくお互いしか必要なくて、他はどうでもいいと思っている。
「ありがとう、風雅」
「こっちこそ。いつも感謝してる。お前がいなきゃ俺の歌手になるっていう夢は叶わなかったから」
「役に立てて光栄」
ニッコリと笑顔を作る。風雅は同じ笑顔で言った。
「あ、さっき言ってたお前の一番やりたかったことって──俺の役に立つこと?」
「そういうこと」
風雅の役に立って、ずっとずっと風雅と一緒にいること。
それに比べたら自分の夢など粗末なものだ。簡単に諦められる。
俺には風雅がいれば、それだけで。
「次の新曲のタイトル決めてもいいか?」
「いい案、浮かんだ?」
頷いた風雅は俺の首筋にキスを落としてから囁いた。
「キョーイゾン」
「最高」
世界一素敵な歌が出来る予感がした。
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
姉の代わりに舞踏会に行ったら呪われた第三王子の初恋を奪ってしまった
近井とお
BL
幼少期、ユーリは姉によく似ていることから彼女の代わりに社交の場に出席することが多々あった。ある舞踏会の夜、中庭に姿を眩ませたユーリに誰かがぶつかってくる。その正体は呪われていると噂の第三王子であったが、ぶつかられたことに腹を立てたユーリは強気に接し、ダンスを踊った後、彼を捜している気配を感じてからかいながら立ち去る。
それから数年後、第三王子は初恋の令嬢を探し始めたが、それはユーリに違いなく……。
初恋の相手を捜す第三王子×軽口令息
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる