沈黙Twins.

空々ロク。

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沈黙Twins.

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その双子は無口だった。
──否、周りから無口と言われていた。
いつも一緒にいるけれど2人が喋っている所は誰も見たことがなかったからだ。
『俺たちが無口ってさ!笑えるよな、エル』
『まぁ周りから見たらそうなるでしょ。実際俺たちは話してないわけだし。エムも知らなかったら騙されてると思うけど?』
エムと呼ばれた少年は青髪に紫のヘッドホンをしていた。口にはキャンディの棒が見えている。
隣に並ぶエルと呼ばれた少年は水色髪にエムと同じ紫のヘッドホン。風船ガムを膨らませている。
2人共同じ形の服を着ていた。ダボッとしたパーカーにダボッとしたサルエル。
それらは靴まで全て青系で統一されていた。
『それはそれ!俺は知ってるからいいの!』
『他人の立場に立って考えるのも大切だよ、エム』
『エルいちいち正論でムカつく』
『俺の言葉を正論って思ってるだけエムも偉いよ』
キャンディを舐めるエムも風船ガムを膨らませるエルも口元は一切動いていない。
雑踏の中、無言で隣を歩く2人組にしか見えなかった。
『やっぱり?俺って偉いよな』
『偉い偉い』
『絶対思ってないだろ!』
怒ったような声色のエムだが、やはり口元からキャンディ棒が出ているだけで表情も変わらないままだ。
『うん、思ってない』
『エル最近俺に冷たいよな。何?反抗期?』
『もうそんな年齢通り過ぎたでしょ。自分のこと何歳だと思ってんの?』
『18歳』
『……そこは真面目に答えるんだ』
無言のまま歩く2人は目の前の信号が赤くなったのを見て同時に足を止めた。
都会には多くの人間がいるが、2人は気にした様子もない。
まるで別次元を歩いているかのようにマイペースに歩いていた。
エムの隣に立つ大学生ぐらいの女の子がちらっと見上げてくる。
無言で笑みを返すと女の子は照れたように視線を逸らした。
『だからすぐそうやって女の子を誘惑しない』
『えー!そんなつもりないって。ただ見てくれたから見返しただけだぜ』
『見られるように空気変えたくせに。大体分かっててやってるんだから同じことだね』
怒気を含んだ声にエムは肩を竦める。
突然肩を竦めたエムを見て隣に立っていた女の子は疑問符を浮かべた。
信号が青に変わり、エムとエルは同時に歩き出す。
キョロキョロと顔を動かす女の子の前にもう2人は居なかった。
瞬間移動でも使ったかのように素早く道路を渡りきり、路地裏へ入っていく。
『嫉妬すんなよ。エルのことが1番好きだから安心しろって』
『俺は面倒事に巻き込まれたくないだけ。3年前のこと忘れてないからね』
『うっ……あの時は悪かった』
表情を変えないまま、声色だけを変えて謝るエム。
3年前のこと──エムは思い出すだけで苦い気持ちになる。
元々エムはエルより社交的だ。女の子好きであることは認めるし、付き合った人数も少なくない。
だから少し恋というものを甘く見ていたのかもしれない。
3年前に付き合った彼女はあまりにも嫉妬深く、分単位で連絡をして来るような彼女だった。
恋人とは適度な距離でそれなりに楽しく過ごせれば良いと思っていたエムには負担でしかなかった。
1週間で疲弊しきったエムは理由を説明し、別れ話を切り出した。
だが彼女は断った。別れたいという言葉を断り、付き合うことを望んできたのだった。
更にエムのことを勝手に調べ上げたらしい彼女はエルの存在を利用し始めた。
彼女が「別れるならエルを傷付ける」と言った瞬間、エムの中で何かが爆ぜた。
温厚に済ませるつもりだったが、その瞬間一気にどうでも良くなり、いっそ彼女を消してしまおうと首に手を掛け──脳内で叫ばれた。
『エムっ!!』
名を呼ばれたエムは正気に戻った。
殺され掛けた彼女は号泣していて、エムは一言「もう会いたくない」とだけ残しその場を去った。
エムを止めたのはその場にいないエルだった。
それでも声が聞こえたのはいつものことだ。
何せエムとエルは脳内で会話が出来る。
ヘッドホンをしていれば外音が消え、より一層クリアに相手の声が聞こえる。
テレパシーというよりも声を出さずに喋れるという感覚だった。
それ故に2人は無口な双子だと思われていた。
いつも2人でいるけれど、傍目には無言で隣を歩いているからだ。
だが本当はどちらも喋ることが好きで、実際に沢山会話を繰り広げている。
2人にとっては脳内で会話をすることが普通で、口の中に飴やガムを含んでいることが当たり前なのだった。
『まぁいいけど。あれで懲りたみたいだし。3年前から付き合ってないもんね』
『懲りた懲りた。俺にはやっぱりエルしかいねぇって思った』
『はいはい。一応喜んで受け取ることにするよ』
路地裏を歩き始めた2人は人波を上手く避け、軽快に歩いていく。
脳内で会話出来ること以外に出来ることは「空気を変えること」だ。
2人が少し他人と違って見えるのは、纏っている空気が異質だからかもしれない。
街中で女の子を惹きつけるのは容姿ではなく、空気が異質だからだとエムは思っている。
ハッと思わず見てしまうような空気を纏っているエムは目が合えば笑顔で手を振る。
それだけで女の子をときめかせられるのはエムの特技かもしれないが。
『で、今日は何処に行くつもりだ?エル、行きたい所あるんだろ?』
『ギター欲しいんだよね。楽器店行きたい』
『また買うのかよ。何本目だっつーの。まぁ、ちゃんと全部使ってるみたいだから良いけどさ』
『9本目。使う為に買ってるからね』
するりと人波を掻き分ける2人は通り過ぎた瞬間、振り返られることが多い。
「今、何か通らなかった?」「あ、あの人達じゃない?」という会話は何度も聞いてきた。
異質な空気はその時々によって使い道が変わる。
人が多く、あまり注目されたくない時には静かな空気になり、先程のエムのように女の子に見付けて貰う時は温かい空気になる。
2人は空気を使い分けることで人生を楽に生きていた。
気付かれたい時、気付かれたくない時、他者を巻き込みたい時、2人きりでいたい時。
2人でいれば自由自在だった。
ただし、2人でなければ異質な空気を使うことは出来ない。
『おっと。今可愛い子いたのに。俺の空気変えさせてくれなかっただろ?』
『そう。エムの好みだなって察したから変えさせなくしたんだよ。恋愛は懲りたって言ってなかったっけ?』
『別に恋愛したいわけじゃねぇよ。ただ可愛い子とアイコンタクトでも取ろうかなって』
『さっきやらせてあげたでしょ。さ、楽器店入るよ』
『はぁい』
エムとエルは空気を消し、普通の人間達と変わらない状態で店に入った。
音楽をやっているエルは『こっちも良いけどこっちも捨てがたい』とか『こっちとこっちどっちが良いと思う?』とか『全部欲しいぐらい悩む!』とか──ウキウキと楽器を選んでいた。
勿論、その言葉を聞いているのはエムだけで、エルの表情は変わらず真顔で口元の風船ガムは膨らんでいる。
不思議な双子だとエム自身も思っている。
普通の双子とは違うのだろう、と。
けれどエムはエルが大好きで、エルもエムが好きなことは間違いない。
2人で生きて行くことが幸せで、折角生きやすくする術があるのだから使わない手はない。
(ま、考えてることまで読まれちまうのは考えモンだけど)
『俺もそう思うよ』
『……だよな』
喋らなくても声として互いの耳に届くのは良い部分も悪い部分もある。
けれどここまで本音で生きてきた2人で、互いに嘘をつくことができない2人だ。
これからもそうして生きていけば良いだけの話だった。
『エル、ギター買い終わったらカフェ行こうな。甘いヤツ飲みたい』
『分かった。じゃあ俺はブラックコーヒーにしよう』
2人は楽器店で無表情のまま次に行く場所の約束までしたのだった。

趣味も性格も好きな物もまるで重ならないけれど。
それでもエムとエルは、2人で1人。
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