雇われ者の小唄

杉田杢

文字の大きさ
1 / 16

殺しの流儀

しおりを挟む
 ゴミが散らばり悪臭漂う路地裏で、俺は一人の男を左手で羽交い絞めにしていた。
「頼む……見逃して、見逃してくれ」
 俺は口で答える代わりに、左手の銃を男の後頭部に押し付けた・
「頼む。頼む頼む頼む、頼む!」
 男の懇願の悲痛さがいや増す。
「見逃すと俺にどんないいことがあるんだ?」
 聞きながら、銃を押し付けたまま右手をといた。
「金! 金がある!」
 俺の質問と解かれた腕に男の声に微かに希望の色が混じる。
「ほう……」
 生返事を返しながら、右手はコートのポケットを探る。
「いくらだ?」
 質問自体に意味はない。この路地裏は汚い。しかし、この男はもっと汚い。
「いくら……いくら欲しい?」
 出せる額を言わない。この期に及んでまだ値切れる、と踏んでいる。
「欲しくない」
 そして俺はもっと、もっと汚い。
 右手が目当てのものを見つけた。
「聞いてみただけだ」
 あたりをつけていた男の急所に俺は勢いよくナイフを差し込んだ。
 男のくぐもった声をきき、噴出す血を眺めながら、何度も、その動作を繰り返す。何度も。
 男の動きがなくなったのを確かめて、手を止める。何度繰り返しても慣れない仕事だ。
 こんな汚い男を殺しても自分の業がしっかり一回分、黒ずみ、汚れていくのが解る。
 ハンカチで顔に着いた血を拭い、着けていたコートを脱いで包むように丸める。銃をーーただのモデルガンだーーズボンの間につっこみ、俺は足早にその場を後にした。



 早足でしばらく歩くと、仕事にかかる前に目星をつけておいたホームレスのキャンプに辿りついた。
 7、8人の顔馴染みのホームレスがドラム缶に火を起こして、囲んでいる。
「寒いね、今日も」
 挨拶をしてコートを火に投げ入れる。そのまま何食わぬ顔で火に当たった。
 ナイフは手作りだ。他に足がつきそうなものもない。誰にも見られてはいない。治安の悪いこの場所では男のくぐもった声など、猫の鳴き声よりよく音だ。
「浮かない顔だね」
 気遣わしげに右隣のホームレスが声をかけて来た。気を使われるほど顔色を悪くしていては世話はない。俺はまだまだだ。
「寒いからね……それに一仕事してきたからかもしれないね」
「仕事があるのは、いいことだよ」
 真向かいのホームレスがやはり気遣わしく言った。
「ない方がいい仕事もあるんだよ」
 しゃくりあげてくる感情に気づかれぬよう、俺はなるたけぶっきらぼうに言った。
 俺に気を使ってもらう資格などないのに。
 職業に貴賎無しと人は言うが。
 俺の仕事は最悪だ。
 いつの頃からだったか。こんな仕事がまかり通るようになってしまったのは。
 あれは。そう。超人類が現れてからだ。普通人にはとてもできない芸当の数々を息をするように。あるいは当人の意志を離れて発現させる連中が現れたのだ。
 最初は当人たちもそれが何なのかわからず困惑していた。しかし、一部が、それが有用な能力であると気づくと、自分や周りの生活向上のために有効活用し始めたのだ。良きにつけ悪しきにつけ。
 これに驚いた普通人のままだった人々は善良なやつも、悪党も、十把一絡げに弾圧した。
 これがいけなかった。
 そっから先は血みどろの種族間闘争になって法の秩序はほとんど崩壊してしまった。
 その闘争はぐだぐだのなあなあで普通人と超人類の軋轢を残して終わったんだか終わってないんだかよくわからないままだ。
 そしてその時の負の遺産が俺のような汚れ仕事の量産だった。
 あの闘争の中、どさくさ紛れに仲の悪いやつらが、こっそりお互い殺しまくった名残が今の無法状態の中で生き続けてるわけだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...