S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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エルフの里編

第四十話 ナナシーの実力

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スフィアに付き添っているエレナに事情を説明した後、村長とナナシーによって家の裏手の広場に案内された。

説明を受けたエレナも一体何故そういう話になるのかわからないままなのだが、スフィアが寝ている来客用の寝室に居たまま窓から広場を見る。

広場には一本の巨木が立っていた。

「あのー、それで村長さん。僕たちはどうしたらいいんですか?」

大きな木を境目にして、広場で離れて立っている村長とナナシーに話し掛ける。


「――どうじゃナナシー?」

村長がナナシーにヨハン達の佇まいを確認する。

「うん、確かにあの子たちは強いと思います。漏れ出る魔力がそれを感じさせます。ですが、魔力が漏れ出るということはまだコントロールが未熟だということです。三人一緒で大丈夫ですね」
「ふむ、そうか」

ナナシーは村長にヨハン達はまだ未熟さが見られると話した。


「――何を話してるんだろな?」
「さぁ?」

レインとモニカはあまりの急展開についていけず戸惑っているのだが、それはヨハンも同じ。

「ナナシーさんと戦うなんて、あの人強いのかな?」

「おい!おぬしたち!三人でかかってきなさい」

ナナシーと話し終えた村長はヨハン達に向かって声を掛ける。

「「「!?」」」

「舐められたもんだな。ヨハン達はいいよ、ここは俺が先に行く!目にもの見せてやる!!」

レインが村長の発言に我慢できずに飛び出した。

「ちょっと、レイン!」

村長の言葉に腹を立てたレインが真っ先にナナシーに向かう。
あくまで模擬戦闘であるため武器の使用は行わず、肉体と魔法の使用のみでの勝負となっていた。

握り拳を握ったレインが勢いよくナナシーに殴りかかる。

「怪我しても知らねぇからな!」

ナナシーに拳が届こうとしたその鼻先でエプロンを付けたままのナナシーがひらりと身を翻した。
レインの拳は宙を切り、ナナシーの手刀がレインの首筋に直撃する。

「――かはっ!」

手刀を受けたレインは受け身も取れず地面に叩きつけられた。

「「!?」」

勢いよく飛び込んでいったレインが一撃のもと地面に叩きつけられたことにヨハンとモニカは驚きを隠せない。

「ねぇ、今の見えた?」

モニカはレインとナナシーの一連のやりとりをヨハンに確認する。

「うん、レインが全力ではなかったとはいえ、ナナシーさんはレインの拳の軌道を完全に読み切って確実に効果的な一撃を加えていた」
「そっか。ねぇヨハン?」
「なに?」
「次は私が行っていい?」

モニカは疼いていた。
強者を見ると戦いたくなるのがモニカの悪い癖。

「うん、いいよ。けど油断したらダメだよ?」

「わかってる!!レインみたいに簡単にやられないから!」

そう言ってモニカは地面を強く踏み込んで一気にナナシーに向かって飛び出す。

モニカの気配を察知してか、にこにこしていたナナシーは少しばかり表情を引き締め、拳を構える。
二人の距離が縮まったと同時に辺りに土煙が立ち込めた。

モニカとナナシーの拳が空を切る風切り音がしており、時々鈍い音が聞こえる。


客室の窓から見ていたスフィアに付き添っているエレナはこの状況を客観的に見ていた。

「あのナナシーっていう子は…………そうでしたか、そういうことなのですね」

エレナは納得した様子で状況を見守る。

「つまり、これはどういう勝ち負けになったとしても、なんとかなりそうということですわね」

そう言って窓の外から視線を外し、スフィアの容態を確認しに戻った。



「――――っつぅー、てててっ」

レインが体を起こし、土煙に目をやる。横には村長が立つ。

「ほれ、だから三人でいいと言ったじゃろ?」
「ああ確かに油断したよ。けど、モニカも負けてないぜ。それに俺だってまだ――」
「実践で油断して命を落とした後にまだと言えるかの?」
「ぐぅ、それは…………」
「つまりはそういうことじゃ。ほれ勉強じゃ。もう一回いかんのかい?」

「ちっ!わかってるよ!」

レインが土煙に向かって走り出す。

「――きゃっ!」

鈍い打撃音のあと、モニカが声をあげ土煙の中から弾き飛ばされる。

「よっと!」
それを見たレインがモニカを受け止め――――。

「ちょっと、どこ触ってんのよ!!」
レインに受け止められたモニカはお尻に手をあてたレインに向く。
「ちがっ――」と言おうとしたところで、ドゴッと鈍い音が周囲に響き渡った。

「ひでぇえ」
と、少し涙を流したレインがそこにいた。


土煙が晴れた中にはまだ傷一つ負っていないナナシーが笑顔で立っている。
モニカの方はところどころ腫れあがっているのが見られるのだが、まだ冒険者学校の学生とはいえ、実力的には冒険者でも中位から上位に入ろうとしているレインとモニカを相手にしてほとんど有効打を打てていない。

「レイン、次は二人で行くわよ!」
「おいおい、ヨハンの力は借りないのか?」
「当たり前!!」
「ちっ!しゃあねぇ!!」

モニカのこういう時の頑固さをレインはよく知っていた。仕方ないとレインも腹を決める。

次は二人同時に正面からナナシーに向かった。
しかし、即座に二人は左右に飛び散り、挟み撃ちを行う。

「ふふふ、これは期待できるね」

ナナシーは表情を綻ばせて二人を迎え撃った。

レインとモニカは連携を取り、ナナシーに攻撃を加えていく。
1対1では効果的な攻撃を行えない程の実力差があったが、二人による連携攻撃と間に魔法による攻撃を挟み、ナナシーは回避することが難しくなっていた。

「――ほう、これはなかなか」

村長は二人がナナシーに対して善戦していることに驚嘆する。
その横にヨハンがスッと立った。

「ねぇ、ナナシーさんってすっごい強いですね!」
「おうわっ!」

いきなりヨハンが横に立っていたことに村長が驚き胸を押さえる。

「なんじゃ、お主は行かんのか?」
「うん、あの二人がやりたいって言ったから様子を見ていたので」
「えらく余裕じゃの?」
「余裕と言いますか、まぁ命を取られる様なやりとりじゃないし、レインもモニカも十分強いですよ?」
「まぁそのようじゃな。じゃがあの二人の実力は見せてもらっているが、お主の力はまだ見ておらんぞ?」
「わかってます。じゃあそろそろ僕も行ってきますね!」

ヨハンが村長に微笑むと、村長はどうしたのかと疑問符を浮かべた。
即座に地面を蹴り、瞬時にナナシーとの距離を詰めに入る。

「――あやつ!?ふ、ふははっ!」

ヨハンの速さに村長は驚愕した。思わず笑ってしまうほどに。


「ごめん、ちょっときつめにいくよ!」
「――えっ!?」

一瞬で距離を詰められたナナシーはレインとモニカの攻撃に気を取られていてヨハンの蹴りに反応が遅れる。
鈍い打撃音とともにナナシーが後ろに弾き飛ばされた。

ナナシーの身体は広場の巨木に叩きつけられ、衝撃で巨木の葉がナナシーに降りかかる。

「ちょっとヨハン!何するのよ!?」
「そうだぜ、まだ俺達はやれたぜ?(って、ほんとのところ俺としちゃあ助かったけどな。ありゃあジリ貧だったよ)」

モニカが突然戦いに割り込んできたヨハンに詰め寄ったのに対して、レインはヨハンの参入を内心では喜んでいた。

「ごめん、でもそろそろ僕もいいかなーって。それに村長も三人でって言ったじゃない。理由はあれだと思うけど――」

弁解し、ナナシーがぶつかった巨木を指差す。

巨木の根本では、むくっとナナシーが立ち上がっており、表情からは先程まで見せていた穏やかさが消えていた。

「…………今のは、痛かったですね」

小さく呟くと、ナナシーの周囲をうっすらと黄色い光が包み込む。

「(あれは……もしかして闘気?)」

「お、おい、こらナナシー!!そこまでじゃ!!もうわかったからそれまでにしておけ!」

村長がナナシーの変化を察して終了の合図を出す。

「いやいや、ここまできたら最後までやりましょうよ。ねぇ、ヨハンさん?」
「おいおい、なんかキャラ変わってねぇか?」

ナナシーの明らかな変化にレインが戸惑いながら問いかけた。

「そうだね、きっと今から本気になるってことなんだろうね」

ナナシーの魔力が上がっていくのを感じる。

魔力を増大させ、立ち上がったナナシーの服は既にいくつもの破れがあり、最初の綺麗さはなくなっていた。

そこに強い風が吹き荒ぶ。

突風がナナシーの頭巾を飛ばし、薄緑色の髪が見えていたその頭にはおよそ人間の倍ほどの耳がそこにはあった。

「さて、今度はこっちからいきますよ」

「――――ストーップ!ストップじゃ!!ナナシー、そこまでにしておいてくれ」」
「あら村長、せっかくいいところでしたのに」

慌てた様子で村長がヨハン達とナナシーの間に入ってくる。

これまでナナシーは先んじて手を出してはいなかった。
レインやモニカが攻撃してきたのを反撃していただけであり、ここにきて初めてヨハン達に向かい攻勢に出ようとしたところに村長が入ってきたことで毒気が抜かれる。

途端に先程まで放っていた圧倒的な気配を消したナナシーは村長に向き直った。

「仕方ないですね。確かにこれ以上いくと私も我慢できなくなりますしね」
「(ふぅ、助かったわい) さて、これでわかったじゃろ?儂がエルフについて話してやれること、即ちナナシー自身がそのエルフということじゃな」
「「「えーーー!?」」」

村長は頭巾が取れて耳が剥き出しになったナナシー改めて紹介するのだが、余りにも突然の出来事に仰天してしまう。

ナナシーは破れたエプロン姿で爽やかに微笑んだ。

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