101 / 724
帰郷編
第 百 話 再来
しおりを挟む「ギギャアアアアア」
眼前に迫る男は理性を感じさせない。
「(――やっぱり人間には見えないな)」
獰猛な牙を見せながら、狂気じみた赤い目をしている男。
「(でもヴァンパイアでもないとなれば、こいつは一体…………)」
襲い掛かる男とすれ違いざま、鞘に納めた剣を横薙ぎに一閃する。
「ギシャアアアア――――」
ヨハンは交差をする瞬間、前方に大きく踏み込んだ。ヨハンの動きを目の前の男は捉えきれていない。
キンッと小さな金属音を響かせて目の前に迫って来た男を一太刀の下に斬り伏せると、ヴァンパイアらしきその男は勢いのまま地面を滑り、動きを止めるとピクピクと微かに動いていた。
「ヨハン?倒しきらなかったの?」
モニカが男に目線を送りながら駆け寄って来る。
「うん、もしかしたら会話ができるかもしれないと思ってさ。でも、どうやら無駄みたいだね」
モニカと二人で確認する様に目を送るのだが、目の前に倒れているヴァンパイアらしき男は「ギギギ」と小さく声を放っているだけで、理性と知性を持っていないと判断出来た。
「何者なの?」
「わからないよ。でもとにかくギルドに――――」
事情がはっきりしない以上、ギルドに連れて行くしかないと考えると同時に途轍もない殺気を感じ取る。
「モニカ!――」
「――えっ?」
ヨハンの声に反応したモニカもなんとか殺気を感じ取り、無意識に剣を抜いて顔の前に持って来た。
――瞬間、黒い光弾がモニカの前に到達し、ドンっと衝撃を受けたモニカの身体は背後に吹き飛ぶ。
「――がはっ!」
勢いのまま背後の壁に叩きつけられた。
「モニカ!大丈夫!?」
「え、ええ。で、でも、ヨハンの声がなければ今のはかなりやばかったわ…………」
慌てて駆け寄り、モニカに治癒魔法を施すのだが、目線だけは光弾が放たれた方角に向ける。
「(今の攻撃……あれは前に見た――――)」
暗闇の中から薄っすらと姿を現したのは、以前一度対峙した男。
「あーらあらー?あなた達はいつぞやの坊やたちじゃなーいですかー?」
「お前は……シトラスだな」
「ありがと、もう大丈夫よ」
以前見た時と同様に黒いコートとサングラスを身に着けていた。
シトラスは疑問符を浮かべる様にヨハンとモニカをじっくりと観察し、ヨハンによる治癒を終えたモニカも立ち上がりシトラスを見る。
「ふーむ、あの時のお嬢ちゃんにしては随分強くなったようでーすねー。子どもの成長は早いものです」
「あら光栄ね。どうやらヨハンだけじゃなく私のことも覚えてくれているみたいだわ」
「フフフフッ、もーちろん覚えていますともー。あのような煮え湯を飲まされたのは最近ではあの一度きりでしたからねー。 そ・れ・に、どーうやら今回もワタシの研究の邪魔をするようですしねー」
ギロリと睨みつけられたのだが、臆することはない。
ヨハンは先程倒したヴァンパイアらしき男に目を送り、再びシトラスを見る。
「……こいつはなんだ?こいつもお前の研究だって言うのか?」
「えーえ。その通りですよ」
「……前にも聞いたけど、お前は一体何の研究をしているんだ?」
「それをワタシがアナタ達に答えてやるとでも?」
余裕の表情で両手を広げるシトラス。
「あの笛……」
ヨハンが小さく呟いた言葉を聞いて、シトラスは眉を寄せる。
「魔物を召喚するあの笛、オルフォード・ハングバルムが持っていた笛もお前の仕業なんだろ?」
「――!?」
オルフォードの名前と同時に笛と口にした途端、余裕の表情を浮かべていたシトラスの表情が一変して目を剥いてヨハン達を見た。
「フッフッフッフ、どうやらアナタ達に邪魔をされるのは、これで二度目ではなく三度目のようですね。いやいやまさか、あの貴族の男の詳細がつかめないのはどうしたものかと思っていましたが、失敗していましたか…………」
視線を地面に落とすシトラスは、呑気な話口調が鳴りを潜め、静かに語り掛けてくる。
「良いでしょう!それほどワタシの邪魔をしたいのであるのなら、ワタシを倒すことができればワタシが何の研究をしているのかを教えてあげましょう!」
「その言葉に嘘はないでしょうね!」
「「えっ!?」」
ヨハンとモニカの声が重なったのは、その場にいない筈の声が聞こえてきたから。
声は上空から聞こえ、見上げると建物の上から飛び降りる人影があった。
「――ムッ!」
勢いよくシトラスの真上に振ってくるその影は迷うことなく地面目掛けて手をかざしている。
ドンっと鈍い音を立てるのと同時にシトラスの周りの地面が隆起した。
四方を取り囲むようにして一瞬にしてシトラスの退路を塞ぐ。
「お母さん!?」
「これで逃げ場はないわよ!」
人影の姿を確認するなり声を上げたのはモニカ。
ヘレンはモニカに目配せする様に小さくウインクをして、目線はすぐさまシトラスを捉えている。
隆起させた地面の中心目掛けて一直線に剣を突き刺して飛び降りると同時に轟音を立てた。
埃を巻きあげる中、ズモモと音を立てて隆起していた地面は元通り戻っていくのだが、そこにヘレンの姿はあれどシトラスの姿はない。
「――チッ、逃がしたわね。闇魔法の使い手か」
周囲を見渡しながら気配を探るように気を張るヘレン。
「ごめん、モニカ、取り逃がしたわ!周りに気を付けて!」
ヨハンにはシトラスがどうやってヘレンの攻撃を回避できたのかわかった。
以前対峙した時と同じように地面に影を作ってその中に逃げ込んだのだと。
「……どこだ?」
周囲をつぶさに観察してシトラスの気配を探る。
微かにシトラスの異様な気配を感じるのでまだ遠くへ逃げてはいないのはわかる。
「――そこね!」
ヘレンが大腿からナイフを抜き取って壁に向かって素早く投擲した。
ナイフが投げられた壁からは腕が伸びて来ており、黒い光を宿している。
サクッと音を立ててナイフが壁に刺さると同時に、黒いローブが姿を浮かび上がらせた。
「――グッ……何故わかった…………」
姿を見せたのはシトラス。
「お生憎様。あなたみたいに気配を消して影から襲い掛かる卑怯な奴なんてこれまでいっぱい見て来たからね」
余裕の笑顔を浮かべながら答えるヘレン。
「お母さん!」
「ヘレンさん!」
「二人とも大丈夫?」
モニカとヨハンがヘレンに駆け寄る。
「うん、二人とも大丈夫よ」
「そう、良かった。あっちは?」
ヘレンが目配せするのは倒れているトマスとヤコブ。
「あの二人も気を失ってるけど死んでないわ! それよりもお母さん、どうしてここに!?」
モニカが疑問符を浮かべながら問い掛けたのだが、ヘレンも同様に疑問符を浮かべてキョトンとした。
「あら?何言ってんのよ?いつも通りよ?街で困ったことが起きてたから私が手を貸したっていうだけのね」
「あっ、なるほど…………」
モニカは一応の納得はいったのだが、ヨハンの方は納得できていない。
「えっと、ごめん、一人で納得してないで僕にも教えて貰えないかな?どういうこと?」
「あー、お母さん時々こうして動いていることがあるみたいなの。日常的なトラブルは私と一緒だったのは知ってるよね?」
「うん、それは昨日知ったけど」
「私も詳しく教えてもらってなかったから聞いてなかったんだけど、たぶんギルドの依頼なんじゃないかな?」
「あっ…………じゃあギルドの人が言っていた別口の依頼って、もしかしてヘレンさんのこと?」
そこで納得がいった。
自分達が裏で動いていることがあるように、ヘレンもそうした活動をしていたのだということを。
ヘレンがにこりとヨハンに微笑む。
「あったりー。 でもね――――」
モニカの見解にヘレンは同意を示しながら言葉少なめに真剣な眼差しでシトラスを見る。
「でも今回はちょっと特殊なケースみたいね。 まさか魔族絡みだとは思ってなかったわ…………」
「「えっ!?」」
ヨハンとモニカの声が再度同調するのは、ここで魔族の名前が出て該当するのは目の前の男、シトラス以外にはあり得ないのだから。
シトラスはヘレンの言葉を聞いて薄く笑う。
24
あなたにおすすめの小説
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜
ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった
騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。
賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。
小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる