S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帰郷編

第 百二話 vsヴァンパイア

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「ギッギギ――」

目の前のヴァンパイアは首を傾けながらヨハンとモニカの前に立つ。

「さてっと。あの子達の実力を見せてもらおうかしら。いくら本物のヴァンパイアが相手じゃないとはいえアレはあるだろうし、アレを見つけられなければそれなりに苦労するわね」

距離のあるところからヨハンとモニカを見るヘレンは、二人がヴァンパイアに対してどう対応をするのかを嬉しそうな表情をして見ていた。

「どうするモニカ?」
「そうね、あいつの動きが大きく変わらないのならそれほど速くないわよね。でも、とはいえあの再生能力は厄介だわ」

小さく話して相談するのは先程見せたヴァンパイアの回復力の高さと再生能力について。どうすれば倒せるのか明確にイメージができていない。

「(……もしかしたらどこかに弱点があるのかもしれないね)」

チラッとヘレンの態度に目を送るのは、余裕綽々で自分達の戦い振りを見定めていることに対して。どう見ても何の考えもなしにヘレンが自分達二人だけで戦わせるとは思えなかったということ。

つまり、何らかの方法を用いればこいつを倒す方法があるのだろうという結論に至る。

「――ギギギ!」

そう考えるのだが、ヴァンパイアはヨハンとモニカが相談して答えを出すのを待つはずがなく前傾姿勢になり真っ直ぐヨハンとモニカ目掛けて襲い掛かって来た。

ヴァンパイアは爪を鋭く伸ばして、ヨハンに向けて大きく振るう。

「――っと!」

ヨハンは爪の軌道を読み切って横に跳んで回避するのだが、ヴァンパイアの爪は背後にあった瓦礫をスパンと豆腐のように切り裂いた。

「さすがにあれをまともに喰らうわけにはいかないな。――――モニカ!」
「ええ!」

ヴァンパイアの背後に回り込んだモニカが滑らかな動きをもって剣を素早く一閃する。そうしてヴァンパイアの首を一撃の下で切り落とした。

「へぇー、さすがモニカちゃん。やるわね。それに迷いがないのも実にいいわ」

ゴトンとヴァンパイアの首が地面に落ちたのを確認して、ヘレンはモニカの剣技に感心を示し、同時に一切の躊躇がなく振り払われた剣の鋭さにも大きく頷いている。

「でーも、それじゃああいつは倒せないわよ?」

小さく笑いながらそのままヴァンパイアの動きを確認する様に見つめていた。

「いくら再生できるといっても、これならどう? 頭を落としたんだからいくらなんでもこれで動けるわけ――――えっ!?」

モニカもジッと見てヴァンパイアの動向を確認するのだが、ヴァンパイアは一度動きを止めただけで、落ちた頭を拾い上げると元にあった場所に戻し、何事もなかったかのようにくっつける。

「うわぁ、気持ちわるぅ……。どうして頭が落ちたのに動けるのよ」

「ギ……ギギギッ!」

振り向いたヴァンパイアはすぐさまモニカ目掛けて襲い掛かるのだが、モニカは何度となく振り切られる爪の軌道を見切って縦横斜めに身体を動かして躱した。

「もうっ、しつこいわね!」

モニカの顔目掛けて鋭く振り切られた爪を屈んで躱して、そのまま止まっていた両足目掛けて下段、横一線に斬り払う。
見事に膝から下を斬り払われたヴァンパイアはズルリと地面に上体を落とした。

ヴァンパイアが活動を再開する時間を稼いだモニカはそのまま後方に飛び退く。

「ねぇヨハン?あいつもアンデットなんじゃないの?」

横に並んだヨハンに問い掛けるのだが、ヨハンはモニカの問いに対して即座に思考を巡らせた。

「いや……ヴァンパイアはアンデットとはまた別のはずだよ。ヴァンパイアも生物だって前に確か授業でそんなことを言っていた気がする…………」
「気がするって…………あーあ、こんな時エレナがいたら弱点とか教えてもらえるのにな」
「はははっ、だよね……」

苦笑いしながらエレナの不在を嘆く二人。
いつも困った時は決まってエレナの知識の豊富さを頼りにしていた。

「――……生物……生物かぁ。生物ってことは生命活動をしているってことだよね?」

ヴァンパイアの身体を上から下までしっかりと見る。
例え造られたものだとしても生命活動を維持しているという点に着目するとふと思いついた。

「…………そうか、そういうことか!」
「どうしたの?何か良い事でも思いついた?」

モニカは疑問符を浮かべながらヨハンに問い掛ける。

「うん、もしかしたらそんなに難しい話じゃないのかもしれないよ」
「えっ?」
「あのね――――」

ヨハンは小さくモニカに話し掛けた。

「――あー、なるほどね。確かにそれなら話は簡単ね」

笑顔でザッと足を揃えてヴァンパイアに向かって向き合うモニカ。

「ふぅん、なるほどねー。ヨハン君、確かに良い動きをしているわね。モニカの言う通り中々筋もいいわ。あの子、本当にモニカの旦那になってくれないかしら?」

ヘレンはヨハンの動き、まだまだ余裕を感じさせる表情を感心しながら見ている。

「……まぁ、そんな話はまだまだ先のことね。 それにしても、うーん、やっぱりあの子達アレには気付かないのかなぁ? そろそろヒントだけでも出してあげようかしら?」

ヘレンはヨハンとモニカが今のところ特に危険に曝されることがないこともあって安心して見ていた。しかしとはいえ、見たところ決定打を打てないでいるヨハンとモニカを見かねかけてもいる。

「あのさ、ねぇ、実はね、そいつ――――あっ……」

弱点があるの、と口元に手の平を添えて大きく声を掛けて助言を口にしようとしたところで、ヘレンは言葉を途切れさせる。

ヘレンが言葉を続けられなかったのは、目の前でモニカだけがヴァンパイアに向かって駆け出していたから。それに、ただ駆け出していたわけではなく、何か確信を持って動いていた事がわかったから。

「何をするつもりなのかしら?……ヨハン君は――」

ヨハンの方を見ると、ヨハンは剣を鞘に納めており、モニカの後方からヴァンパイアの動きを具に観察して魔力を練り上げている。

「あの子達、もしかして気付いたのかしら……?でも、あそこから何を?」

「ギギギ――」

ヨハンはヴァンパイアがモニカの動きを視認したのを確認して、素早く動こうとするためにグッと踏み込んだのを確認した。

「ここだッ!――アースニードル!」

グッと両手を前に突きだして、ヴァンパイアの足元の地面に魔法を放った。
ズムッとヴァンパイアの足元の地面が歪み、途端にいくつもの細い土の槍が突きだしてくる。

鈍い音を立てながら、ヴァンパイアの身体を、胴体だけでなく腕や足などいくつもの土槍が貫いた。

「ギ…ギギ…………」

ヴァンパイアは土槍が刺さった事で身動き一つ取れなくなり、その場で土槍の標本と化す。

「――えっ……」

明らかにこれまでの目的のない攻撃と比べて、何かを意図したその魔法攻撃にヘレンは目を奪われる。
同時に駆け出しているモニカは闘気を発動させて、剣を振るうことなくグッと胸の前で引くように構えていた。

「――はああああああああああッ!」

モニカは引いた構えから前方、ヴァンパイアの上半身目掛けて何十発もの高速の突きを繰り出す。

「ギ――ギギギギッ――――――」

土槍が身体に刺さっていることで身動きの取れなくなったヴァンパイアはモニカの突きをただただ受けることしかできない。

「――手応え、あったッ!」

高速の突きを繰り出していたモニカはそこで動きを止めて、剣をヴァンパイアの身体から引き抜く。

引き抜かれたモニカの剣はピシュっと小さな風切り音を上げ、その先端には赤く光る小さな石、魔石が刺さっていた。

「やっぱりあったね」

ヨハンがその魔石を確認すると同時に、魔石はモニカの剣の先端でピシッと音を立てて粉々に砕け散る。

「ギ――ギギャアアアア…………」

魔石が砕けるのと同時に、ヴァンパイアは身体を黒い霧に覆われその場で霧散した。

「ヨハン、倒したわ」
「うん、やったね」

ヨハンに向かって振り返るモニカはピースサインをしてはにかむ。

一連の動きを見届けたヘレンは思わず口を開けたまま呆けていた。

「お母さんどう?ちゃんと倒せたよ!」

ヘレンの下へ嬉しそうに駆け寄って来るモニカに気付いて、ヘレンもあっとなる。

「え、ええ…………」

母の動揺した様子を見てモニカは不安気な表情を浮かべた。

「……もしかして、あれじゃダメだったかな?」

考えるのはヘレンの期待した動きができなかったのではないかという不安。
だが、ヘレンはすぐに首を振る。

「ううん、違うわ。むしろ驚いているの」
「えっ?」

そこにヨハンも歩いて来るのだが、ヘレンが一体何に驚いているのだろうか二人とも理解できていない。

「まず、よくあいつの中に魔石があるのわかったわね」

「あー、それはヨハンがそうかもしれないって教えてくれたから」

モニカがヨハンを嬉しそうに見る。

「いや、でもそれは可能性の話ですよ? 生物なら心臓はあるけど、あいつは魔物だったから…………それなら心臓の代わりになっている魔石があるかもしれない、かなって」

「その考えは正解よ。まぁヴァンパイアの種類によっては心臓があるやつもいるけど、そいつらは真祖やらなんやら――――って、その辺は置いておくとして、どっちにしてもそれが弱点ね」

「なら仮説が当たっていて良かったです」

笑顔を浮かべるヨハンなのだが、ヘレンはそこで大きく息を吐いた。

「――はぁ。 でもね、いくらなんでもそれを実践するのってそんなに簡単じゃないわよ?それをいとも簡単にやってのけちゃってまぁ。 それにあなた達の連携も素晴らしかったわ。 なによりヨハン君のあの魔法、あれ相当難易度高いんだけど?」

「えっ? あっ、そうなんですか?」
「やっぱりヨハンは凄いわね」
「そ、そんなことないって!」

ヘレンに指摘されても特に意に介していないヨハンの様子を見てヘレンは目を丸くさせる。
モニカは横で母から褒められるヨハンを嬉しそうにして見ていた。

「(この子、想像以上だわ。あれだけ細かい強靭な土の槍をあれだけの数、ただ動きを止めるだけのために絶妙なタイミングで繰り出すのがどれだけ難しいのかわかってるのかしら?)」

考えるのだが、先程ヨハンの返答で答えはわかっていた。

「(絶対わかってないわね)」

腰に手を当てて、喜びながら話しているヨハンとモニカを見て再び大きく息を吐く。

「さてっと、とにかく一連の事件は解決……まぁ本当の意味で解決したわけじゃないけど、一応は終わったわね」
「ねぇ、お母さん、これからどうするの?」
「そうね、まずは怪我をしているあの二人を――――」

モニカの問いにヘレンが意識を失っているトマスとヤコブを見たところで建物の影から複数の人影が姿を見せた。

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