S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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エピソード スフィア・フロイア

第百二十二話 閑話 初任務⑦

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「くっ、くそ……このままでは…………」

額に汗を流しているのはサキュバスの方。
まだ目の前には到達されてはいないとはいえ、ジリジリと後方に追いやられているのはスフィアの圧倒的な実力を見せつけられていたから。

「そろそろ限界ですかね?」

「チッ!このままでは確実にやられる……」

サキュバスは焦りを覚え、チラリとスフィアの背後にいるアスタロッテを見てすぐさま両の手の平を見る。

「そうか、コレならば――」

そして再び地面に手を付けた。

「まさか!?」

ニヤリと笑い、サキュバスが地面に精一杯の魔力を流し込むと、地面が再度隆起する。
そうして形作られるのは二体目のゴーレム。

「――はぁ、はぁ、はぁ」
「……それほどの魔力があったのね」

サキュバスの様子を見る限り満身創痍な様子が窺える。
恐らく残る魔力のほとんどを費やしているように見えた。

しかし、それがサキュバスにとっての起死回生の一手とは思えない。

「でも、同じ程度のゴーレムが二体出て来たところで無駄よ?」

スフィア達が劣勢に立った上で二体目のゴーレムが出て来たのであるのならば絶望を感じていた。
だが、二体を同時に相手取ることは可能であるし、背後にいるサキュバスの様子を見る限り、もうそれほど魔力は残っていないと判断出来るので、それ以上のゴーレムが生み出されることもないはず。

「だろうな。だがッ!コレはお前を倒すために生み出したわけではないッ!」

一体どういう意味なのだろうかとスフィアは疑問符を浮かべるのだが、有無を言わせず二体のゴーレムが同時に動き出した。
そして大きく腕を振るい変わらずスフィアを目掛けて来たのは、一体のゴーレムのみ。

「ちっ、そういうことね! アスティ!」

大きくアスタロッテに声を掛けるのは、アルス達の対応をしていたアスタロッテはスフィアを信用していて完全に背中を向けていた。

「ごめん!そっちに行ったわ!」
「大丈夫!」

アスタロッテはスフィアの声に反応して即座にその場を飛び退く。

「――――あっ……」

そこで小さく声を発するのは、アスタロッテが飛び退いた場には誰もいなかったのだが、そこにヨロヨロとふらつきながらアルスとマルスが飛び込んで来た。

「――そう、いうことッ!」

判断の誤りを確認してダンッと力強く地面を踏み抜き、ゴーレムの腕が振り下ろされる場所に駆けだす。

サキュバスの狙いは背中を見せているアスタロッテを攻撃することではない。
アスタロッテが退いた先、その場に魅惑状態にしているアルス達を跳び込ませることだった。


それが生む結果はつまり――――。


「ぐっ…………」

アルスとマルスがゴーレムの拳で圧し潰されないように魔剣を頭の上で構えて必死に踏み留まる。

「スフィアちゃん!」

アスタロッテが慌てて駆け出すのは、スフィアはアルスとマルスを守るための行動を取っているはずなのに、アルスとマルスは様子を変えずにスフィアの身体にしがみつく。

「えへっ、えへへ――――」
「スフィアちゃんから離れなさい!」

すぐさまアルスとマルスを蹴り飛ばすのだが、ロシツキーもそれに続いて来ていた。

「スフィアちゃん!そんなことしてるとスフィアちゃんまで潰されちゃうよ!」
「――で、でも……こ、このまま放っておくことなんてできないわ!」

必死に声を絞り出すスフィアはゴーレムの拳を支えることで精一杯。

「だからって!」

アスタロッテがゴーレムの身体を見渡して見ても、自分の力では何もできない。
もっと弱いゴーレム。土のゴーレムなら良かったのだが、このゴーレムは岩のゴーレムである。

「どうしよう……。 どうすればいいのよ…………」

このままではスフィアの体力が尽きて潰されかねない。

「アーッハッハッハッハッハッハ!いい気味だわ!メスブタはそのまま醜く潰されちまいな!」

高笑いを上げるサキュバス。
そのサキュバスをアスタロッテはきつく睨みつけた。

「な、ならっ!あんたを倒したらいいのよ!」

勢いよく駆け出すのは、生み出した本人を倒せばゴーレムが倒壊する可能性について。

アスタロッテのその考えに間違いはないのだが、しかし失念していることがある。

「おっと、危ない危ない」
「――くっ!」

もう一体のゴーレムを即座にアスタロッテの前に立ちふさがらせた。

「ほらほら?のんびりしているとお友達がぺちゃんこになっちまうよ?」

余裕の笑みでアスタロッテとスフィアを視界に捉えた頃、スフィアは片膝を着いている。

「――このままでは……」

どうしようもなくなる。
アスタロッテがアルス達を引き剥がすのから離れたことでスフィアの身体の周りにはアルスとマルスとロシツキーががっしりと抱き着いていた。

「わ、私はまだこんなところで死ねないのよ!」

絶対に死ぬわけにはいかない。

「(まだ私にはやることがあるのよ!)」

脳裏にエレナの笑顔を思い浮かべ、このまま死ぬわけにはいかないと考え――――。

「(――お母さんが信じるお父さんのように私は強くならないと)」

グッと奥歯を噛み、唇から血を流す。

「あ、あなたたち――――」

身体にまとわりついているアルス達を見て、大きく息を吸い込んだ。

「いい加減目を覚ましなさいッ!それでも王国を護る騎士団の人間ですかッ!」

スフィアの大きな怒号が響き渡る。

「な、なんだこの魔力は――」

洞窟内の空気をビリビリと振動させるほどのその怒号は、思わずサキュバスが耳を塞ぐほど。

「……ス、スフィアちゃん?」

それは幼い頃から一緒に育って来たアスタロッテですら聞いたことのない程の怒号であった。
思わずスフィアの方に目を向ける。

「えっ?」

そしてその光景に驚きを隠せなかった。

「ぼ、僕たち……い、痛てて――」
「お、お前マルスか!?」
「ってその声はアルスか?」

アルスとマルスが同時に意識を取り戻す。
しかしお互い声でしかお互いのことを認識できない程にその顔が変形してしまっていた。

「おい!そんなことよりも!」

ロシツキーも意識を取り戻しアルスとマルスに声を掛ける。
同時にハッとなるのは、スフィアに抱き着いているのと同時に現在置かれている状況。

振り下ろされているゴーレムの拳をスフィアが必死に支えているところだった。

「そ、そうだ!スフィア!大丈夫か!?」

アルスが慌てて声を掛ける。

「え、ええ。 そ、それよりも、早くここから、離れてください」
「お、おう!」

アルスとマルスとロシツキーが慌ててその場から離れた。

「なッ!?一体どうなっている?まさかワタシの魅了が解けたというのかッ!?」

信じられないのは何もアルス達だけではない。
サキュバスもその光景に目を疑っていた。

「スフィアちゃん!」

アスタロッテは慌ててスフィアのところに駆け戻る。

「クソッ!こうなったらせめてあいつだけでも!」

今アスタロッテにスフィアの下に戻られるわけにはいかないと判断したサキュバスはグッと手の平をスフィアが受け止めているゴーレムにかざした。

「――ぐぅ!」

もうあと少し早くアルス達が意識を取り戻せたらとは考えるものの、もう支え切れるだけの力がスフィアには残されていない。

「潰れろおおおおッ!」

サキュバスが大きな声をあげ、ゴーレムの腕がグッと押し込まれる。


「――よく頑張ったね」

辛うじて保つ意識の中、聞き間違いかと思えるような声が聞こえて来た。

眼前、ゴーレムの腕は左右に真っ二つに割れたかと思うと、身体であるその岩をも二つに切り裂いている。

ズンッと大きな音を立てて二つに割れるゴーレムの身体の中には赤い魔石が埋め込まれており、断面から見えたその割れた魔石はパキッとひび割れた音を立てて粉々に砕け散った。

「お、お父さん?」

なんとか保っている意識の中、小さく呟きながらぼやけて見える目の前の背中が父の背中に見える。
父ならば例え岩のゴーレムであっても一刀両断できることは知っていた。

「大丈夫かい?」
「――あっ。 ア…………アーサー……隊長?」

振返った顔をはっきりと確認すると、父ではなく騎士団中隊長であるアーサー・ランスレイその人。

「どう、して、ここ……に?」

どうして父の姿と見間違えたのかという疑問を抱きながらも聞きたい事が他にある。

「どうしてもなにも、君達が集合時間になっても来ないから。捜索している方角を目掛けて探しに来たら、洞窟の前でスネイルに会ってね。すまない。事情を聞いていたら遅れてしまった」
「い、いえ」

ホッと安堵の息を漏らすのは、先程見せた目の前の隊長の実力が遥かに抜きんでているものなのだと判断出来た。
かなりの硬度を誇る岩ゴーレムを、目の前の人物はまるでなんでもないかのように軽々と斬り裂いたのだから。

そうして視界の端に小さく映るのは、洞窟の出口に向かう細道にはスネイルが怯えながらスフィア達を見ている姿がある。

発煙筒を使おうとしたスネイルを制止したのはアーサーであり、スネイルから事情を聞いたアーサーはバリス達を洞窟の外で待機させて自身とスネイルのみで踏み込んで来ていた。

スネイルの話によると、サキュバスは他の騎士達を魅了している。そのため、魔除けを持っているスネイルはまだしも、バリス達まで魅了されるわけにはいかないとの判断から、一時間待っても戻らないようなら援軍を連れに王都へ戻る様に指示を出していた。


そうしてこの場に現れたアーサーは満身創痍のスフィアに優しい笑みを浮かべる。

「それにしても、先程の啖呵、中々心に響くものがあったよ」

洞窟内を駆けている間、スフィアが叫んだ怒号はアーサーにも聞こえていた。

「あとは任せてくれ。すまない、負担を負わせたみたいで隊長失格だね」
「い、いえ、そんなこと……」

ここまで助けに来てくれたのだ。
待ち合わせ場所でただ待っているだけでなく、探しに来てくれて、事実間に合っている。

フラッとよろけながら倒れそうになるのだが――。

「スフィアちゃん!」

アスタロッテが慌てて抱きとめた。

「ごめんね、効果が薄いけど我慢してね!」

アスタロッテが拙いながらもスフィアに治癒魔法を施す。

「さて、私の可愛い騎士をここまでしてくれたんだ。絶対に許さないよ」

「(相変わらずキザな言い方、ね)」

堂々とした佇まいのアーサーが笑みを消してサキュバスを鋭く射抜く。
その口調に僅かに嫌悪感を抱くのだが、どこか安心感を得られた。

「な、なんだアイツ――」

サキュバスが驚いているのは何もゴーレムを切り裂いたことではない。
それにも驚愕を覚えているのは確かなのだが、それよりも脅威に感じているのは目の前の男に魅了が通じないということ。

サキュバスには対象の外見がどうであれ男性と女性の区別は確実に判断できる。
残り少なくなった枯渇寸前の魔力とはいえ、あと一人男を魅了状態にすることのできるぐらいの魔力は残されていた。

「私に魅了が通じないことを不思議に思っているね?」

まるで見透かすかのようにサキュバスの疑問にアーサーが答える。

「冥土の土産に教えてあげよう。それはね、キミの魔力より私の魔力の方が上回っているからだよ」

「そ、そんなバカなッ!?」

「んー、まぁ事実なのだがね。他には私にはそういった誘惑系の魔法の一切が通じないっていうのもあるにはあるのだけどね」

「さて」と小さく発してアーサーが踏み込むと、すぐにもう一体のゴーレムの前に到達していた。

アーサーが白い宝飾の施された剣を鋭く一振りすると、もう一体のゴーレムは前のゴーレムと同じようにして真っ二つになる。

「あっ……あああ…………」

余りにも圧倒的な力を見せられ、サキュバスは声にならない声を発した。

「ではさよならだ」

アーサーのその美しい顔から見る限りは信じられないような、一切の温情を見せないその一振りは、サキュバスを切り裂く無情の剣となる。

「ぐっ――男など皆死ねば良かったのに!」

その言葉に違和を感じて振り下ろす剣をピタッと止めた。

「キミは男に何か恨みでもあったのかい?」
「ハッ!所詮人間の時の話だ。男に騙され、余所の女に寝取られただけの、なッ!」

サキュバスが吐き捨てるように言い放つ。

「……ふむ。 なるほど、つまりキミは魔族だったわけだ…………元人間の、ね」
「……知っていたのか」
「ああ。そういう可能性があるという程度の話だけどね。ではさようなら」

「グッ――――」

そうしてサキュバスが弾け飛ぶように消滅した。

「――ふぅ、もう何も起きないかな? いやぁ彼女たちには初日から色々と苦労を掛けてしまったようだね」

背後を振り返り、全体を大きく見渡すのはここで起きた戦いの、その被害の大きさを物語っている。

「だが、彼女たちなくしては今回の件、被害を最小限に抑えられなかったというのもまた事実だろう」

アーサーの視界の中には疲労困憊のスフィアとアスタロッテが映っていた。

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