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禊の対価
第二百五十七話 仕掛け
しおりを挟む「それで? なんの話をしていたっけ?」
ヨハンとカレンは中央の小さな机に腰掛けながら様子を見る。しかし、紅茶を並べながら問いかけるサリーには一向に変わった素振りが一切見られない。
そこから得られる可能性を考慮すると、本当にサリーは何も知らないのだが、それでもここにはなんらかの事情が隠されているという可能性。
「(でもどうしてニーナが?)」
もしニーナがいるのであるならばニーナの状態が気がかりでならない。ニーナの強さであればよっぽどのことでも起きない限り危険に侵されることはないはず。だが、もしそのよっぽどの事情が起きているのであれば今ニーナがどういう状態なのか心配になる。
「あ、あの!」
焦り逸る気持ちを抱いたまま口を開いたのだが、隣に座るカレンがそっとヨハンの手の上に自身の手を重ね合わせた。
「カレンさん?」
「落ち着きなさい。今は冷静にならないと」
そっとカレンの顔を見ると、カレンは優しい笑みを浮かべている。
「そう、ですね」
「あの子が心配なのはわかるけど、今は落ち着いて。すぐにもう一度ティアにどういうことか確認するから」
姿を消したセレティアナにカレンが話しかけるのだと。
「それまであなたは彼女から出来るだけ多くの話を聞きだしておいて」
「……わかりました」
そこからカレンはどこか俯き加減に思案気な様子を見せ始めた。
どうやらセレティアナとの会話を始めた様子。
「あの、サリーさん?」
「なに?」
笑みを向けてくるサリー。
「その……サリーさんのお父さんとは血の繋がりはあるのですか?」
「なにその質問。もちろんあるに決まってるじゃない」
そっとカップを口元に運ぶサリーの様子は先程までと変わらず、とても嘘をついているようには見えない。
「あっ、そういえばさっき言っていたまぞくってなに?」
カップを口から離しながら、次には問いかけられた。
「魔族は……僕もよくわからないんですが、昔人間を脅かしたことのある種族のことなんです」
「へぇ」
「今は魔王が封印されていて、その力が弱体してしまったらしいのですが、魔王が復活すれば魔族も力を取り戻すのだとか。実際のところはよくわからないんですけど」
「ふぅん。そんなことがあったのね」
「はい」
「それで?」
ならばその魔族が今この場にどう関係するのかと問い掛けられる。
「そのシトラスという魔族に、僕は以前襲われたことがあるんです」
「そうなの? お父さんと同じ名前だったのね」
まるで他人事のようなその返答だった。
「それに……――」
そこでチラリとカレンを見ると、カレンは小さく頷く。ヨハンも頷かれた意図を察したので小さく頷いた。
「(これを聞いても反応がなければ、サリーさんは本当に何も知らないのかもしれない)」
サリーに隠すことなく伝えてもいいのだと無言の承諾を得る。
「――……それに、僕たちはそのシトラスという魔族が作ったと思われる魔道具を探してここまで来ました」
ここに来た本来の目的を口にした。
「そうなの? それはどんな魔道具なの?」
それでも変わる事のないサリーの態度を見て、小さく息を吐く。現状、サリーはこの件に関係していないのだと結論付ける。
「はい。その魔道具は魔素を溜め込み、その魔素を使って魔物を召喚する事ができるんです」
「そんなことができるの!?」
「……はい」
「あっ、もしかしてそれで魔石のことを調べに来たの?」
そこでサリーは納得の表情を浮かべた。
それは、初めてこの農園を訪れた時のこと、ここで取れた魔石に付着していた魔素のことを尋ねたことを差しているのだとすぐにわかる。
「そっか。ごめんなさいね。でも、そんな特殊なことをあなた達みたいな子が調べるだなんて、あなた達一体何者なの?」
「えっと……」
返答に困ってカレンを見ると、丁度そこでカレンはセレティアナとの話を終えた様子で、真っすぐにサリーを見た。
「申し訳ありませんサリーさん」
「はい?」
突然の謝罪にサリーは首を傾げる。
「身分を明かしますと、わたしはカサンド帝国第一皇女、カレン・エルネライといいます」
「えっ!?」
「ここまで身分を隠していたのは、調べ物をするに当たって変に警戒されないようにするためです」
「はぁ」
僅かに疑うような視線で見られた。
「本当に皇女様? 本物の?」
「はい。こちらがその証明になります」
そのままカレンが懐から取り出したのは小さな徽章。そこにはカサンド帝国の紋章が象られている。
「……確かに、間違いはないようね」
それが証明になるのか疑問を僅かに抱くのだが、偽者を語るような大罪を犯す必要も考えられない。そのまま徽章とカレンの顔を交互に見まわした。
「それで? その皇女様がどうしてこんなところに?」
「まずはその説明からしないといけないですね。じつは……――」
疑問符を浮かべるサリーに対して、カレンは帝国内で起きている一連の出来事、村々が焼き討ちに遭っていることを、それがその魔道具によって引き起こされている可能性を話して聞かせる。
「――……そんなひどいことが…………」
サリーは帝国の内情に疎く、ここメイデント領が辺境ということも相まって焼き討ちの件を一切知らなかった。口元に手を当てて、カレンの口から聞かされる惨状を信じられないといった様子を見せる。
「それで、わたし達が調べているその魔道具の手掛かりがここにあるかもしれません」
「そんなのここにはないわよ」
呆れながらあっさりと答えられた。
「ないならないで仕方ありません。ですがあるかもしれません」
「はあ」
「それで、もしよろしければ、この書斎を少々調べさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「いいわよ。何を調べるつもりなのか知らないけど、お好きにどうぞ」
「ありがとうございます」
頭を下げるカレンなのだが、サリーは呆れ混じりでどこか納得がいかない様子。
「でも、調べるといってもどこを調べるのよ?」
「それは……――」
カタッと立ち上がり、カレンはセレティアナが最初に指差した方角、ニーナの魔力を感じ取った方向に向かって歩いていく。
そのカレンをヨハンとサリーは疑問に思いながら見ていた。
「――……サリーさん。この部屋に、秘密の通路とかはないですか?」
「秘密の通路?」
本棚の背表紙をなぞりながら確認するように声をかけるのだが、サリーは首を傾げる。
「さぁ。お父さんが作っていたのだとすればないとは言い切れないけど、仮にあったとしても私は何も知らないわ。でもそんなもの……――」
「――……そうね。例えば、不自然にここだけ埃がついていないのとか。最近触られたのだとすれば…………」
本棚と本棚の間を確認するように見るカレンなのだが、よく見るとそこには他の本棚に比べて埃の量がいくらか少ない。
「もしここに隠し通路が存在するのだとすれば、だいたいこの辺りに……」
一冊ずつ本の背表紙の上に指を一本ずつ引っ掛けて僅かに動かしていった。
その途中、指を引っ掛けても本が動かないところがあり、カレンはそこで足を止める。
「あったわ」
一体何があったのだろうかとカレンの動きを見ていると、動かない本に指を二本掛けて少しの力を込めた。
グッと重たそうな動きを見せるその本なのだが、他の本と同じようにして傾けることができる。
すると、本棚と本棚の間からカチャっと小さな音が鳴り、本棚が僅かにズレる。
「やっぱり仕掛けがあったのね」
そこでカレンは両手で本棚を掴むと手前に引いた。
本棚全体が前に押し出て、そのまま横に動かすことができる。
動かした先、本棚のあったその場所には下に降りる階段が現れた。
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