S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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禊の対価

第二百九十四話 護るべきもの

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◇ ◆ ◇


「いやあああああっ!」
「お兄ちゃんッ!」

カレンとニーナ。その視界に捉えるのは落雷を受けて前のめりに倒れるヨハンの姿。

「はぁ。あなた達には彼を心配する余裕なんてないはずよ」

溜め息を吐きながらローズはカレンとニーナに向けてボボッと赤と白の魔力弾をいくつも放つ。

「ティアッ!」
「本当にいいんだね?」

確認する必要がないほどの意思の共有。声を掛けられたセレティアナは何を、と問いかけることもなくカレンの言いたいことを理解していた。

「もちろんよ」

迷いのない即答。考える時間どころか必要もない。

「彼をお願い」

今この場でヨハンを護れるのはセレティアナしかいない。
笑顔でカレンはセレティアナに答える。

「わかったよ」

それがどういうことを示すのか、確認するまでもなかったカレンの心情をセレティアナは理解していた。それでもカレンの口からその言葉が聞きたかったので確認せずにはいられなかった。

「ごめんねカレンちゃん。約束を守れなくて」
「そんなことないわ」

互いに小さく呟きながら、シュンっとその場で姿を消すセレティアナ。

「ごめんニーナ。ちょっと痛いわよ」
「へ?」

その場に残るのはカレンとニーナであり、眼前に迫り着弾するのはローズの魔力弾。カレンとニーナにはもう避ける時間も守る術も持たない。

「え? ちょっとカレン様!?」

そうなるとまともにローズの魔法を直撃することになる。ローズの予想ではカレンが身を護るために魔法障壁を展開すると想定していたのだがそれが成されなかった。

「きゃああっ」
「ぐぅッ」

ドドドッと高威力の魔力弾を受けて全身をボロボロにさせるカレンとニーナ。衣服のあちこちに穴を開け、擦り傷や火傷を作る。

「どう……して?」

口をあんぐりと開けるローズにはわからない。カレンが魔法障壁を展開できるだけの時間は確実に用意していたはず。

「彼を、死なせるわけにはいかないのよ」

ゆっくりと立ち上がりながらにこりと微笑むカレン。

「そ、そういうことかぁ。なぁるほど。カレンさん。ちゃんと説明して欲しかったなぁ」

痛みを堪えながらカレンの言葉をようやく理解するニーナ。

「ごめんなさい。時間がなかったから。でもあなたもそうするかと思って」
「当り前じゃん」

ニカッと笑うニーナとそれを受けて声を漏らして笑うカレン。ローズはその二人の覚悟と彼に対する親しみに思わず呆けてしまう。わかっていてもまともに受けられる程に手加減もしていなければ恐怖も抱かない様な弱い魔法ではないという自負もある。

「……カレン……さま?」

まるで信じられない行動。ローズもその言葉でセレティアナが姿を消してどこに行ったのかということを理解した。
あの精霊がそこで何をするつもりなのかは明確にはわからないのだが、自分の身の安全よりもヨハンの身を案じて精霊を向かわせたことを信じられないでいる。

「どうしてそこまで?」
「さぁ。どうしてでしょうね。わたしにもわからないわ」

ニコッと微笑むカレンの表情を見てローズはズキッと胸を痛めた。

「カレン様……。まさか…………」

小さく呟きながらローズも雷雲立ち込める場所、ヨハンのいる場所に向けて首を振る。


◇ ◆ ◇


「そこまでせんでも小僧はもう立ち上がれんぞ」

倒れて気絶しているヨハン目がけて大きく斧を振り上げているバルトラにジェイドは声を掛ける。

「ダメだ。コレはもう殺し合いに他ならない。危うく我等も死にかけたのだぞ?」
「……ああ。その通りだ」

事実その通りで否定のしようがない。バルトラはそういう男。こうなると止めることの方が難しく今後の不和を呼ぶ。ジェイドは諦めて大きく息を吐くとヨハンから顔を背けた。

「……シンのヤツが気に入った理由がわかったのだがな」

とはいえもう遅い。斧が振り下ろされた時にこの子どもの命は尽きる。

「むんッ!」

バルトラの声が聞こえると同時に目を瞑るジェイド。

「さらばだ」

小さく呟きながら首が千切れる音を聞こうとしたのだが、響いたのはガンっと鈍い音。

「むっ?」
「どうした?」

想定していた音が聞こえることなく、鈍い音と共にバルトラの小さな声が漏れてくるので倒れたヨハンの方に視線を向けた。

「ごめんね。この子、まだ死なせられないの」

そこにはヨハンを取り囲む白く光る障壁。バルトラの斧を弾き返すほどに強固な障壁。その中でふよふよと浮いている小さな存在。

「お主は?」

突然得体のしれない存在を目にするのだが、ジェイドは冷静に問い掛ける。

「ボクはセレティアナ。カレンちゃんの契約精霊さ」
「……ほぅ。どうしてソレがこやつを護る?」

カレン――つまりヨハンとニーナの護衛対象である皇女カレン・エルネライ。バルトラの問いは、その契約精霊が何故本来護るべき主人のカレンを護るのではなく、その護衛であるヨハンを護ったのか。

「うーん。それには答えられないな。でも、どっちにしろこの子はもう戦えないよ。ここらで終わりにしてもらえないかな?」
「…………」

セレティアナの提案にバルトラは無言。その横にジェイドが立った。

「構わぬ。よいなバルトラ?」
「……好きにしろ。どうせもう終わりだ」

意識を失っているヨハン。もう戦いようはない。それどころか強がっているものの、バルトラ自身も限界が近い。先程の斧を振り下ろした時の障壁の感触。今の力ではこれを打ち破ることなどできない。

「ありがとう。助かるよ」

ニコッと微笑むセレティアナに対してバルトラは無言で振り返る。

「向こうは……――」

ジェイドが視線を向けた先にはローズと共に歩いて来るカレンとニーナの姿が見えた。

「――……ローズ?」

並びながら歩いて来る様子が不思議でならない。どういうことなのだろうかと疑問に思いローズたちが歩いて来るのを待つ。


◇ ◆ ◇


「……終わったな」

すくっとシンも立ち上がり、ゆっくりとジェイド達がいるところに向かって歩き始めた。

「なんとか死なずに済んだか」

フッと笑みを漏らしながら同時に先程ヨハンが見せた脅威を思い出す。ジェイドとバルトラの二人を相手取ってこの戦いぶり。身体の奥底が震えてくる。

「俺もやりたかったぜ」

武者震い。強者を相手にした時の高揚感。しかし、今回我慢したのは自分も加われば間違いなく殺してしまう自信もあった。

「ってかアイツ。どうやってこの短期間で自分だけの剣閃を掴み取ったんだ?」

同時に沸き上がる疑問。明らかに数日前とは違うその技。
あの時には魔法と融合させた剣閃など確実に使えなかったはず。通常の闘気を飛ばすだけの剣閃。

『自分だけの剣閃』

確かにそんな話をしたことはしたのだが、それがまさかこんなに早く使えるようになっているとはどういうことなのか疑問でならない。

「まったく。異常だろアイツの強くなり方」

溜め息を吐きながら歩くのだが、それでもまだ延命に過ぎない。所詮この場をやり過ごした程度なのだと。

「ここまでやっちまった以上、どうせアイツら死罪だろうしな。さて、どうするか」

例え冒険者の任務。護衛を務めるカレン。反逆者になったカレンにただ加担しただけではなくここまでのことをしたのだから。

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