S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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碧の邂逅

第三百八十六話 林間学校④

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マヌシード高原にあるロッジ。景観を損なわないように造られた木造建ての家屋が五つ建てられている。

その中の一つ、ヨハンは一人木卓に座り料理が仕上がるのを待っていた。
現在、エレナとモニカにカレンとサナがそれぞれのロッジで調理に当たっている。

「……どうしよう」

正直なところ、カレンの料理がどれかを当てることなど容易い。頭を悩ませているのは当てる当てないなどといった、そんなことではなかった。

「食べたくないなぁ」

しかし食べないわけにはいかない。この後出されるであろうカレンの料理を。

「ヨハン?」
「あれ? どうしたのナナシー?」

ガチャッとドアが開いて姿を見せたのはナナシー。続いて部屋に入って来るのはレイン。

「どうしたの二人とも」
「ちょっと抜け出して来ちゃった」

どこに行っても付いて来る学生達を森の中に入ったところで撒いて来たのだと。さすがにずっと囲まれていては疲労が溜まる。加えてサナの姿がなかったことから、探していたところここに行き着いていた。

「っつか、面白いことになってるみたいじゃねぇかよ」
「笑いごとじゃないよ」

ニヤニヤとしながらヨハンの正面に座るレイン。

(なんて良い場面に出くわしたんだ!)

ニヒヒと笑うレインからすれば所詮他人事。まさかそんなことになっているとは思ってもみなかった。

(でも……――)

片肘を着いて隣に座るナナシーをチラリと見る。

(――……ナナシーの料理が一番美味いけどな)

ヨハンに会いに行くとかこつけて何度もご相伴に預かっていた。

『いやぁ、ほんとナナシーの作るメシは美味いな』
『そんなに褒めても何もでないわよ?』
『ほんとだって。なぁヨハン』
『そうだね。なんていうか、家庭的な味付けだよね』
『そうなんだよ、その通りなんだよ! おかわり』
『しょうがないなぁレインは。ちゃんと後で請求するからね』
『金とんのっ!?』
『冗談よ』
『なんだ。おどかすなよ』
『ふふっ』

もぐもぐと何度もおかわりする様をいつも嬉しそうに笑って返すナナシーを見てはレインも内心で感情が込み上げて来ている。この気持ちは間違いない、と。

(しっかし、エレナとモニカも大変だよなこれ)

話に聞けば、婚約を結んだだけでまだそれなりに猶予はあるのだが、問題は今後の対応。それが今正に事の一つとして起きているわけであった。

「お待たせ」

ドアを開けてぞろぞろと入って来るモニカ達。
手の平の上には大きな皿に銀色の料理蓋、クローシュが乗せられていた。

「ヨハンくん。忖度なしにお願いね」

サナの真剣な目つき。

「……うん」

とはいうものの、そもそもサナ達の料理自体の良し悪しの判断まで辿り着けるかどうか。

(いや……)

心の中で覚悟を決める。
頑張ればカレンの料理を食べた瞬間に解毒魔法と治癒魔法を自身に施せば間に合うはず。
自分自身に治癒や解毒といった魔法はそもそも効力が薄い。それ以前に意識を失うかもしれない瀬戸際、それだけ絶妙なタイミングでの集中力を保ったまま魔法の行使など試したことはないのだがやれるだけのことはするつもり。それだけの修練は積んできた。

「じゃあヨハンくん、ごめんね」
「うん」

ヨハンの後ろに立つサナが布を当てて目隠しをつける。

「それで、誰が食べさせるの?」
「「「「えっ!?」」」」

ナナシーの問いに対して同時に声を上げるエレナ達。

「スプーンの運び方とか、平等にする方がいいでしょ?」
「それはそうだけど……」

そのままモニカ達は互いに顔を見合わせた。
そういえばと失念していた。目隠しした状態とはいえ、ヨハンの口に料理を運べる機会をみすみす逃すわけにはいかない。

「だったら俺がやってやるよ」
「その方がいいかもね」
「「「「あっ」」」」

立ち上がるレイン。

「じゃあお願いレイン」
「おうよ。じゃあどれからいこうかなぁ」

と机に並べられた食器に目を送るのだが、途端に寒気に襲われる。
せっかくの機会をみすみすレインに奪われたことによる殺気。

(ふぅ。まぁ仕方ありませんわね)
(別にここは問題じゃないわ)
(せめて料理だけは勝たないと)
(…………)

腹立たしさを覚えながらも勝負は料理内容。一番美味しいと言わせられたら勝ち。

「じゃ、じゃあ一つ目、いくぞ」

不意の殺気に一瞬怯んでしまったレインなのだが、一つ目の皿を手に取る。
クローシュを外した皿の上に乗っていたのは、コットンラビットの肉で作られたソテー。

(匂いは……大丈夫)

懸念している料理であればクローシュが外され、鼻先に持って来られた時には気付く筈。しかしその気配、危険な様子は感じられない。
そうしてレインはフォークで刺した一切れの肉をヨハンの口の中に運んだ。

(柔らかいな)

もぐもぐと咀嚼するのだが、咀嚼するよりも先に舌でさえ溶けるような柔らかさ。元々の素材を引き立てるように調理されているような気品さが感じられる。

(これはエレナかな?)

濃くもなく薄くもない絶妙な味付けも含めた料理の上品さからしてエレナと推測した。

「どうだ?」
「うん。とっても美味しいよ」

ヨハンの反応を得たエレナはホッと安堵の息を吐く。

「じゃあ次、いくぞ」
「うん」

そうしてレインが次に取り出した皿に乗せられていたのはシチュー。
コットンラビットの肉を乗せたスプーンをヨハンの口の中に運んだ。

(……これは、どっちだろう?)

後の選択肢はモニカかサナ。食べられたという時点で間違いなくそのどちらか。

(たぶん、モニカかな?)

肉質自体は申し分なくどちらとも判断がつかないのだが、違いがあるのは他。野菜を綺麗に切り揃えた見事な切り口のその差がモニカとサナの違いだと判断する。

「どうだ?」
「美味しいよ」
「そっか」

ドキドキと構えていたモニカも安心して息を吐いた。

「じゃあ次な」
「……うん」

もう残されているのはあと二つ。

「どうしたのヨハン?」
「え?」

首を傾げて問い掛けるナナシー。

「なんか緊張しているみたいだけど?」
「……あぁ、いやぁ」

どう言葉にしたらいいものなのか。
ご愁傷様ですとばかりに手を合わせているニーナはヨハンの緊張の理由を理解している。

「なんだよ? ほら、次いくぞ」

疑問符を浮かべながらレインが次の皿を取り出した。容赦ないなと思うものの、レインは知らない。グッと覚悟を決めて目を瞑り、力を込める。

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