S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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紡がれる星々

第四百九十六話 閑話 スフィアの訪問

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「ここね」

目の前には大きな屋敷があった。

「さすが元々はカトレア卿の屋敷ね。私の家より大きいじゃない」

屋敷を訪れているのは水色の髪の女性。普段の騎士姿とは異なり、休日用の格好をしている。

「ごめんください」
「はーい。って、あれ? スフィアさん?」
「こんにちはナナシー。本当にここで働いていたのね」

ドアを開けて中から姿を見せたのは使用人姿のナナシー。互いに見知った間柄。

「どうかしましたか? ヨハンなら出かけていますけど?」
「あっ、違うのよ。ちょっとあなた達の顔を見たくなってね」
「えっと……どうも」

ペコリと軽く頭を下げるナナシー。

「その服、似合ってるわね。可愛いわ」
「ありがとうございます。そうなんです。やっぱり村と王都は全然違いますね」

笑顔で返すナナシー。ひらひらと身体を揺らすのは、ナナシー自身もその衣装を大いに気に入っていた。

「元気そうでなによりだわ。せっかくの王都だもの。いっぱい楽しんでね」
「はい」
「それで、サイバルは?」
「サイバル? サイバルなら裏にいるはずですけど……――」

疑問符を浮かべながら、ナナシーはスフィアを連れて屋敷をグルっと外回りに回った。

「どう? 王都の生活には慣れた?」
「ええ。本当にこんな綺麗な世界があるんですね」
「私はエルフの里も綺麗だと思うけど?」

スフィアとしては以前二度訪れているエルフの里。

「確かにそうですけど、綺麗の幅が違いますよ。なんといいますか、世界が広いんです」
「世界が広い?」
「はい。単純な広さのことだけでなくて、こう、人間が持つ興味の幅の際限がないのですよ」
「そうね……。でもそれは別に良いことだけではないわ」
「そうなんですか?」
「ええ。やっぱりもちろん多様な価値観は次々と新しいことを生み出していくわ。でもそうなるとどうしても損得勘定が働いてしまうの。だから僻みや嫉み、劣等感や愉悦という感情が生まれるのよ」

それはエルフにはほぼ持ち得ない感情。エルフだけに限らず、獣人やドワーフのような人種にしても種族意識・仲間意識によりそういった感情はほとんど持ち合わせていない。

「それはなんとなくわかります」

僅かに表情を落とすナナシー。人間の独占的な思考はエルフからすれば危険な思想。だからこそエルフは人間と距離を取って生活してきた。

「あーあ。もっと楽に考えたらいいのに」
「みんながみんな、そういうわけじゃないのよ」
「ですね。あっ、いたいた」

そうして屋敷の裏手に回ると、サイバルが立ったまま庭の手入れをしているところ。その手入れの仕方は独特、というよりもエルフならでは。
腕を伸ばし、魔力を地面やいくつもの木に流し込み、雑草の芽を抑え、特定の草や花の成長を促進する。

「凄いわね」
「大体のエルフはできますよ?」
「へぇ。にしても……ふふふ」

その手際は見事としか言いようがなく、およそ人間には持ち得ない技術。
この手入れの仕方を見たイルマニとネネからは最大限の賛辞が送られていた。

「ん? スフィアか? どうした? そんなに笑って?」

手を止めるサイバルが見るスフィアの表情は笑いを堪えているように見える。

「だ、だって、あなたがそんな普通に働いているだなんて、面白くて」

ナナシーが王都に来ているまでは理解できた。人間の世界に興味があったのだから。それはわかる。
しかし、以前話した時のサイバルは、あれだけ里から出ないと豪語していたのだが今は王都にいるのだから。あの学年末試験で遠目に見つけた時は思わず目を疑ったもの。しかもそれどころか、生活の場としてまさかヨハンが進呈された屋敷の使用人としてなどということは予想の斜め上の展開過ぎる。

「し、仕方ないではないか。長の命令なのだから」

サイバルとしても来たくて王都に来ているわけではない。確かに生活として定着しつつあるが、帰って良いならば今すぐにでも帰る。

「そんなことを言いにわざわざ来たのか?」

久しぶりに顔を合わせたかと思えば笑いものにされて若干不機嫌になるサイバル。

「ごめんなさい。違うの。本題はこっち。この間ヨハンが襲われたじゃない? そのことよ。あなたから詳しく話を聞きたくて」
「……その件か。まだはっきりとしていないのではないか。イルマニ様が調べているところだ」

暗殺者自身の調べはすぐについていた。依頼を受けて任務をこなすといった輩。それ自体は特に珍しい話ではないのだが、依頼人の正体がはっきりとしない。どうにも巧妙に細工がされている。

「難航しているのね」
「ああ。だからこそイルマニ様はそういうことができる人物が背景にいるのだろうと言っている」
「なるほどね。いいわ、わかったわ。ありがとう」
「もういいのか?」
「ええ。知りたいことは知れたもの」
「そうか」

それだけでスフィアからすればおおよその見当はついている。それはイルマニにしてもそうなのだが、憶測だけで結論付けるわけにはいかない。

「何の話?」
「ナナシーは気にしないでいいわ」

話の内容がちんぷんかんぷんのナナシー。

「それよりも、せっかくだからこれからどこかに連れて行ってあげましょうか? 美味しいお店知ってるわよ?」
「私行きたいです!」
「いやいい」
「どうして!?」
「仕事が忙しい」
「まったくぅ。せっかくお姉さんがお化粧して来たっていうのに、つれないわねぇ」
「好きに言ってろ」

ぶっきらぼうに答えるサイバル。スフィアはナナシーに顔を向けるなり、互いに苦笑いしていた。

「相変わらず固いのね」
「ですです」
「いいわ。今日のところは帰るから、遊びたくなればいつでも声を掛けて。仕事で王都にいない時もあるけど」
「そんなことは訪れない」
「はいはい。じゃあナナシー、また今度ね」

そうして背を向け屋敷を後にしようとするスフィアはピタと立ち止まり、顔だけ振り返る。

「ああそうそう。その格好、良く似合ってるわよ」
「っ! いいから早く帰れッ!」

庭の手入れをするために庭師さながらの格好をしているサイバル。

「なにを見ているナナシー」
「私も似合ってると思ってたけど?」
「世事はいらん」
「何よ。本当のことよ?」
「そうか。いいからお前も早く仕事をしろ」

ざっと歩くサイバルの姿を見てニッと笑うナナシー。指先をサイバルの歩く先にいる地面に向ける。
魔力が送られた草はすぐさまにゅるッと伸びるとサイバルの足首のところに輪っかを作った。

「ぶほっ!」

足を草に取られて前のめりに転倒する。それも豪快に。

「あはははははははっ!」
「お、お前という奴はッ!」

指を差して笑うナナシーをギロリと睨みつけるサイバル。

「覚悟しろッ!」
「いいわ。いつものように返り討ちにしてあげるわよ」

すぐさま身構える二人は既に臨戦態勢。ドンっと勢いよく二人して飛び込む。
そうしてそこかしこで繰り広げられる力強い踏み込みにより、地面はいくつもの穴を開け、続けざまに二人が繰り出すのは、エルフが駆使する固有魔法によって周辺の草木は大きく変化をもたらしていた。
まさに荒れ放題。綺麗に整えられた庭は瞬く間にその様相を変えていく。

「――……はぁ……はぁ……。くそっ!」
「ふふん。まだまだ甘いわね。これでトドメよ!」
「くっ!」

いつも通り、優勢なのはナナシーの方。それは毎度のこと。

「な、に、を、遊んでいるのですかな、お二人は?」
「え?」
「あ」

突然その二人の間に入り込むようにして姿見せる老齢の男、イルマニ。
不意に飛び込んで来たことでその動きを即座に制止させる。

「い、イルマニさん!?」
「あっ、いや、これは別に遊んでいるわけでは」

無意識に目線を逸らすのだが、視界に入る周囲は整備されたとは程遠い庭が広がっていた。

「それだけ泥だらけにして、ここまで荒れ果てて、本当にそう言えるのですかな?」

改めて周囲を見渡すサイバル。確かにイルマニの言葉通り。だがこれはナナシーが邪魔をした結果。

「いや、しかし……――」

問い掛けながら、恐る恐る振り返る先のイルマニの笑顔。恐怖でしかない。

「どうやらお二人ともまだまだ元気一杯のようですな。いいです。こちらへ来なさい」
「「…………はい」」

こうなればもう逃げようなどなかった。

「ネネ」
「はいっ!」
「私は所用ができましたので、あとの始末はお願いします」
「は、はいっ!」

そうして屋敷の中に姿を消していく三人。

「これを……? 私、一人で?」

ネネが見回す庭の惨状。これを少なくとも元の状態に戻すのだとすればどれだけの時間を要するのか想像もつかない。むしろサイバルとナナシーの二人に片付けさせたら一瞬で終わるのではないかと思ってしまうのだが、ああなったイルマニを止めることなど易々とできはしない。

「……そうだわ。ご主人様を呼んできましょう」

流石にエルフ程に草木への干渉はできないのだが、それでもヨハンの魔法は卓越している。主としても優しさ溢れる彼ならば、困っていることを伝えればきっと手伝ってくれるはず。

「こんなの、やってられないもの」

こっそりと先程まで一緒に出掛けていたヨハンを探しに行った。


「――……これは、思っていた以上にひどいね」
「そうなのです。私の力が至らないばかりに申し訳ありません」
「いや、いいよ。みんなでやればすぐに終わるし」
「どうしてわたしまで…………」

巻き込まれるカレンはげんなりしている。
そうして時間を掛けながらも庭の手入れを済ませた。

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