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紡がれる星々
第五百六十一話 壊れ始める嫉妬
しおりを挟む「ど、どうしてあたしをかばったの?」
バニラは慌てて治癒魔法を施そうとするのだが、しかし魔力が枯渇寸前となっており十分な治癒が施せない。焦りだけが込み上げる。
「だって……バニラには、助かって欲しかったから」
「だからってあなたが犠牲になるなんてこと」
顔面蒼白している中、それでも笑みを浮かべるミリア。
「「ミリア!」」
その様子を察知して慌てて駆けつけるシグとスレイ。
「む、胸が……」
いくつも身体に傷を負っている中で特に致命傷だと感じるのはドクドクと血を流している胸。槍によって貫かれていた。
「そ、そんな……」
あまりの出来事にスレイは言葉を失う。怯えるようにして首を振る。
「代われっ!」
シグがバニラと位置を入れ替え、治癒魔法を施し始めた。その表情はまさに必死。
「な、にしてるの……シグ。早く……あいつを倒さないと……」
「もういいからしゃべるな!」
「わ、たしにかまわないで、ここで、終わらせない、と……」
「黙ってろって言ってんだッ! 今治すからなっ! なぁに、これぐらいなら大丈夫さ!」
ミリアの周囲に浮かび上がらせる魔宝玉。魔力を総動員していた。
「だ、めよシグ」
その腕を握るミリア。
「こ、れは、戦争を終わらせるための力、だよ?」
「だけど、俺はお前を救いたい!」
「ふ、ふ。あれだけ、涙を嫌っていたシグが、涙を浮かべるなんてね」
その様子をスレイは黙って見ているしかない。自身は魔法を使えない。この場では何もできない。
「ミ……リア」
小さく呟く。
「スレイ! ミリアは俺が助ける! お前は早くアイツを倒せっ!」
ガルアーニは既に背を向け始めていた。しかしスレイは動かない。
「……スレイ、ごめん……ね」
「何を言ってるんだミリア?」
妙に寂し気な笑みをスレイへと向けるミリア。
「こんな時になんでオレに謝ってるんだ? 別に謝らなくたっていいだろ? け、怪我することだってあるさ。そんなこと言うならオレだっていつも」
「違う、の。そういうことじゃ、ないの。言いたいことが……ある、の」
「言いたい……こと?」
「……う、ん」
「だったら、だったらこの戦いが終わってからいつでも聞くからさ」
「聞い、て。いま、今言わないと。死んだら、死んだら次なんてないのだから」
「な、んだ? こんな時に何を言うってんだ?」
狼狽するスレイに対して青白い顔をしたミリアはか弱い声で口を開く。
「スレイ、わたし、ね。スレイの気持ちに、気付いていたの。こんなこと、自分で言うのも恥ずかしいの、だけど。だけどね、もう、もうあんな後悔は、したく、ない、から…………私ね…………わたしね…………私、ずっと……ずっと、ずっとシグが好き、だったの」
ゆっくりと、か細いながらも、それでもはっきりと言葉にした。
「何を言ってるんだミリア! 冗談はほどほどにしろよ?」
治癒魔法を施すシグも突然の告白には驚くしかない。
「んな冗談、治ってからいくらでも聞いてやるから!」
必死に言葉を紡ぐミリアは笑顔で小さく首を振る。
「違うの、シグ。冗談なんかじゃ、ないわ。へへっ…………私、ドジだから、さ………………いつこうなっちゃうかわからなくて、いつも不安だったの。あの時、あなたにきちんと伝えれば良かったって、何度も後悔したの」
目尻から涙を零すミリア。傍目から見る限りにはもう生命の灯が尽きようとしていた。
「だからさ、死んじゃう前に、やっと会えたシグに本心を、ちゃんと言いたかったの…………また、会えなくなるかもしれないから、ね……―――」
スッと目を閉じるミリア。
「くそっ! わけのわかんねぇこと、言いたいだけ言いやがって! 絶対に死なさねぇっ!」
一際大きく輝く治癒魔法の光。その凄まじい魔力量は魔法に長けるエルフ達をも遥かに凌駕している。
「…………」
「ったく、バカなこと言ってるんじゃねぇよ! おいスレイも何か言ってやれ!!このバカを叩き起こしてくれ!」
「…………――」
「おいスレイ? 何を黙っていやがる?」
ただただ黙って瞳を閉じているミリアをじっと見ていた。
「…………この感覚は?」
戦場を後にしようとしてガルアー二・マゼンダはピタと足を止める。振り返って見る先はミリアが横たわっている場所。
「ま、まさか、あやつが魔王の器だったというのか?」
疑念の眼差しを持って見つめるのだが、その感覚に間違いがないというのは、心の臓、核が鼓動を告げている。
「ふ、ふははははははっ! 見つけた! 見つけたぞっ! まさか、まさかあやつだったとは夢にも思わなんだ! しかし因果なものよの」
真っ直ぐ視線を向ける先は棒立ちになって剣をだらりと下げている金色の髪の男へ。
「スレイ?」
「――…………知っていた。知っていたさ」
ぽつりと小さく漏らす声。
「そんなこと、最初から知っていた。ミリアがシグのことを好きだったことなんてさ」
「何を言ってるんだお前?」
「それに、シグもミリアのことを好きだってことがさ。お前あの時オレにこう言っていたよな。生まれた時から一緒なんだ。見てればだいたいわかるってさ」
「…………」
その場面にはヨハンも覚えがある。
この血の記憶の追想を始めた最初の村の中で確かにシグはそう口にしていた。
(でも、だからって……)
信じられないものを目にしている。どす黒い瘴気がスレイの足下より生み出されていた。その瘴気の様子には覚えがあった。二学年の学年末試験で目にしている。
「それにさ、これも知っていたんだぜ? シグがミリアを俺に譲ろうとしてたってことをさ」
「……そんなこと」
言葉では否定するものの視線を伏せるシグ。
「だから断ち切るためにグラシオンに仕官に行ったんだってな。全部知っていたさ」
「ち、違うっ!」
伏せた視線を精一杯の眼差しを持ってスレイを見つめる。
「本当に違うと言い切れるのか?」
「い、いや、それが全てってわけじゃないんだ!」
「だろうな。だからオレには猶予が出来たってぐらいにしか思ってなかったさ。その間にミリアの気持ちをオレに向けられたらなって」
「スレイ……お前…………」
スレイは剣を持ち上げ、剣の腹に反射する自身の顔を映した。
「だが、ミリアの気持ちは変わらなかった。お前の安否をことあるごとに気にかけていた。それはオレもそうだったし、恐らくお前にしても同じだろうな」
「当たり前だっ! だからこうしてここへ」
「だがここまで誰がミリアを守って来た? オレだ。シグ、お前じゃなくオレなんだよ。オレがミリアを守って生きて来た。誰でもないオレ自身だ」
「それは、わかっている」
「いいや。わかってないね。オレがこれまでどれだけ必死に戦ってきたか。それどころか兄弟、双子でどうしてこうまで違うのかと、お前は考えたことがあるか?」
「…………」
「魔法が使えるお前にはオレの気持ちはわからないだろう。だが、それでもオレは考えていた。ミリアに振り向いてもらうためにはどうしたらいいだろうかって。やれるだけのことはしたさ。そうして、理解した。自分の正直な気持ちを」
「わかった。スレイ、お前は結局何が言いたいんだ?」
「信じられなかったよ。こんな自分がいるだなんてな。信じたくなかった」
そのまま天を仰ぐスレイ。ぽつぽつと雨が顔にかかる。
「オレは、戦場を駆け抜けながら、お前の死について考えていた。このままオレも死ぬかもしれない、と。だが、それ以上に、お前が死んだということを喜んでしまっている自分がいることに気付いたんだ。そんなこと、そんなことを考えること自体が間違いなのにな」
ぽつぽつと降る雨がスレイの頬を伝い、そのまま言葉を続けた。
「そしてこうも考えた。これで、これでミリアはオレに振り向いてくれる、と。そう思っていた。…………だが、実際はどうだ? ミリアはいつまでもお前のことを考えていた。ミリアの心の中には間違いなくお前が、シグが残っている。オレがどれだけ声を掛けようとも、忘れさせようとしてもできなかった。周りをけしかけたことも一度や二度じゃないさ。それでも一切オレに振り向かなかった。お前もそうだろうシグ? ミリアのことを忘れられなかっただろう?」
顔を下ろし、目を合わせるスレイとシグ。
「そんなこと……」
「ムダだって。オレもお前のことを忘れられないでいたんだ。お前も同じさ。共にずっと忘れられないでいる」
小さく笑いかけるスレイと対照的に表情を落とすシグ。
「それにお前は相変わらず凄いよ。まるで、まるで英雄かのようにこの場にやって来た。称賛に値するよ。だが誰がここまで戦ってきた? オレが、オレがみんなを引っ張ってここまで、最前線に立って戦ってきたんだ。誰でもないオレが人間を、いや、エルフや獣魔人達亜人を引き連れて連合軍の先頭で戦って来たんだ。魔力を持たないオレがだぜ?」
「ああ。お前は凄いよ。尊敬する」
「そうだろう? オレは凄いんだ。誰からも認められる程に強くなった。成長したんだ。実力で認めさせてきたんだ。でもオレは結局お前には敵わなかった。答えは、出た」
共に視線を向ける先は意識を失っているミリアへ。尋常ならざるシグの治癒魔法とミリア自身の光の聖女による力によって命を繋ぎとめることには成功している。
「凄いなお前は。やっぱり魔力がないオレは天才魔導士のお前の様にはなれない。だからそれでも剣だけでもと必死になって強くなった。お前がオレにくれた称号、剣聖に恥じぬように努力した」
「じゃあもういいじゃないかよ」
「よくないさ。確かにオレはここに至るまでに色んなものを得て来た。地位も、名声も、なくたっていい金も入って来るようになった。誰もがオレに賛辞を送る。だが、オレが欲しいのはそんなものじゃない。称号や地位なんか、そんなもの何一ついらない。本当に欲しいのは他にある。オレが欲しいのは、オレが欲しいのは…………ミリア、ただ一人なんだ」
薄く笑みを浮かべるスレイ。
「やっぱりお前なんて死ねばいいんだ」
それは今まで一度たりとも向けたことのない残酷な笑み。
その様子を見ていたガルアー二・マゼンダは歓喜の笑みを浮かべていた。
「ふっ、フハハハハハッ! 見つけた、見つけたぞッ! 魔王の器ッ!」
スレイを包み込む瘴気。その身体を取り囲んでいく。それは可視化されたスレイ自身の魔力に他ならない。
「お前……それ、なんだよ?」
「…………」
狂気の笑みを浮かべるスレイを、シグは信じられないものでも見るかのような眼差しを向けていた。
(僕は……――)
それはヨハンにしても同じ。ここまでいくつもの戦い、スレイとミリアの戦いを追想していた中で一つの結論が導き出される。
(――……もしかしたら、僕は、とんでもない勘違いしていたのかもしれない)
取り返すことなどできるはずがない。これは結末が決まっている過去。
(この記憶や経験はスレイのものじゃなかったんだ……)
ローファスやエレナに繋がる血の記憶。誰のものなのかという核心。
(最初から、彼女はあの場所にいたんだ)
初めに目にしたのがスレイとシグだったこともあり、それに気付けなかった。
(この記憶の大半は、彼女、ミリアの記憶なんだ)
それは流れ込んでくる感情にしても同じ。もどかしさと申し訳なさにいくつもの葛藤。愛情。謝罪の念。
(…………スレイが、魔王の器だったんだ)
この過去見、人魔戦争の一つの結論。
そうして同時に思いだされるそれはサンナーガ遺跡の地下にあった壁画の画。
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